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2008/01/07

なにが「偽」「クズ」「品位」なのだ。

なんだか電話の多い日だった。たいがい今日から仕事なのか。メールとか嫌いで、電話が好きなやつがいる。ま、いいだろう。うれしいメールもあったことだし。

しかし、去年は、「偽」が流行だったようだ。流行というのは「文化装置」であるマスコミなど、メディアの先導があって、鶏が先か卵が先かということがあるにせよ、それらなしでは成り立たない。そもそも、「偽」があるなら「本」があるのだろうが、「本」をたどれば、去年一年間の「偽」騒動は、たいがい「日本農林規格」や「食品衛生法」とやらにいきつく。とくに死人や病人が出ているわけでもなく騒動となるのは、もしかすると、「日本農林規格」や「食品衛生法」などが現実に即していないのであり、改めるべきものなのかも知れない。だけど、そういうことは問われないで「偽」が問われる。

これは根深いモンダイがあると思う。

きのう書いた「クズ米」にしても、これをグーグルの検索でヒットした順番に見るだけでもオモシロイ。いや、悲しく切ないことも少なからずある。

そもそも「クズ」を決める「品位」とは、なんぞや。たとえばだ、イキナリだが、文字の書体を考えてみよう。文字の「品位」は、イメージとしてはあるかもしれないが、「品位」を定めるような法律はない。「細明朝」「極太明朝」だの「ゴチック体」だの、あるいは英文字なら「ゴナU」や「ヘルベチカ」それぞれの「ボールド」だのなんだの、書体の特徴をあらわす「呼称」はあるが、それはどちらが「上」か「下」かの「品位」をあらわすものではない。

農作物や農産品だって本来そういうものだろ。それを一つのモノサシで規格化する。これは、ある種の合理化ではあるだろうが、「偽」と「本」を選別することを目的にしたものではない。

ところが、いつのまにか、そういう法律が絶対化される。なんじゃ、これは、アタマは確か、か。と言いたい。

ここで昨年末の「肥満擁護同盟」のことを持ち出すのだが、肥満はデブだし、おれは肥満でもデブでもないが、その基準が法的に管理され、それぞれの個人の美学と、その相互関係にゆだねられるべきこと、つまりそれこそ「自己責任」であることなのに、なんだか国や会社の管理化におかれる。その基準をアヤシイと思わない、そういう土壌が、いま強固になりつつある。

昨年一年間、誰が頼んだわけでも死んだわけでもないのに、やたらマスコミが「偽」食品モンダイを扱ったのは、視聴をとりやすいということもあるだろうが、「健康」を錦の御旗に国民のイノチや思考のすべてを強固な管理化におきたい国家的な意図が働いている。と、イチオウ、そう観ておいたほうがよい。

おれ、酔ってますが、考えていることは、マトモ。たぶん。

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