「明大応援リーダー部」解散すればすむ問題なのか。
明大応援リーダー部が解散へ=元部員の自殺問題で-上級生の暴行は慣行・調査結果
1月25日12時1分配信 時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080125-00000063-jij-soci
明治大(東京都千代田区)の応援団リーダー部員だった学生が自殺した問題で、同大は25日、リーダー部を解散することを決めた。同日午後、納谷広美学長が記者会見して発表する。自殺したのは、理工学部3年の男子学生。同大によると、男子学生はリーダー部の複数の上級生からたびたび暴行を受けていた。下半身を裸にされ、熱湯を掛けられたことも判明した。
(以下略)
いくつか「体育会系」の不祥事が続いているのだけど、部を解散しちゃうってのは、どうかなと思う。いや、ま、それがどういう基準かによるのだが、たいがいアイマイなのだ。
そもそもだよ、こういうときは「文化系」の連中は、他人事のような顔をして裁くし、たいがい大学の幹部というのは「文化系」なのだ。そして、こういう問題がおきたときは、大学の「文化」の問題として問題化させない力が働いているように思う。問題を限定して処理する、よくある方法だ。
「暴行が慣行」というのは、文化的に根深い問題があるはずだ。それはこの応援団に突出して表面化したけど、セクハラやパワハラなど、表面化してないような先輩後輩や師弟などの関係に、慣行となってしまった、個人の尊厳に鈍感な文化があるのではないかと疑いたくなる。
おれはかつて、仕事の関係で大学や学会の偉い先生方とつきあいがあったけど、これはヒドイなと思うことが、たびたびあった。それは教授と、その研究室に出入りしている「弟子」たちのあいだにみた光景だけど。忘れられないのは、私立ではよく並んでいわれれる有名エリート大学二校のうちの一方の、学部長経験者の教授と約一年にわたり仕事をしていたときだ。
その研究室の「助手」みたいな、だけど身分的にはよくわからない、そのときはウエイティング・ドクターといって、大学教員への就職口を待って、教授の研究室に出入りしながら教授の手伝いをしているひとがいた。教授の名前で出す原稿を書いたり、ありとあらゆる下働きをする。教授の奥さんの買い物のお供もすれば、飲んでいる最中に教授が見たいテレビ番組のビデオのセットをしに教授の家に行かされたり。あのころは、まだ携帯電話がなくてよかった。
彼は、いつも秘書のように教授について歩き、見ているのもかわいそうなぐらい教授に気をつかう。教授は、またなんでも言いつけて、おれにも、この男は自由につかってください、なーんていうのだ。それはもう、人間あつかいとは思えなかった。
彼とは、よく飲んで、おれと飲むと彼はもうムチャクチャ飲んで酔う。そして自分が大学の教員になりたいために、いかにその教授のもとでガマンしているかを話した。たしか30歳ぐらいだった。大柄で大酒を飲み、おとなしい、人のよい男だった。彼は、東北のある地方の大きな地主というか農家の一人っ子で、親が全部の山林を手放してもよいから大学の先生になれと言っていたからカネには困っていなかった。それに小さなスナックを経営する2歳ばかり年上の愛人もいた。
で、彼は、めでたくある地方の「3流」といわれる私立大学の教員に就職できた。ところが、それから一年ぐらいのうちに、あっけなく死んでしまった。死因はガンで、発見されたときは手遅れ状態だった。おれたち、その仕事の関係者と、彼の愛人は、あの教授に殺されたのだと言った。
ああ、思い出して悔しい、Aさんに黙祷。
「体育会系だから」というのは、もしかすると肉体の扱いが乱暴になる可能性はあるかもしれないが、後輩や目下のものを軽んじたりいじめたり奴隷あつかいするのは、「体育」の問題ではない。悪しき慣習、文化風土の問題であって、それはウラをかえせば、というより、こちらがオモテなのだが、「学閥」や「人脈」となって有利にはたらく関係と表裏に存在する。
おれは「体育会系」であり、かつ大学は出てないからこそかもしれないが、そういう見方をしている。
解散させて、コトをおさめようなんて、いかにも「文化系」の高学歴者の悪知恵にしか思えない。「文化系」を誇るなら、真正面から文化の問題として解決する道を選ぶべきではないか。「文化系」が、なんでえ、ずる賢いだけじゃねえか。そういう連中が幹部だから、学内暴力が慣行になっていたんだよ。
食料をエサぐらいにしか考えていない連中も含めて、人を人とも思わない文化的退廃を、もっと問題にすべきだ。
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それゆけ30~50点人生。
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