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2008/02/12

食と、暮らしのリアリティ、街のリアリティ。

ダイキライな村上春樹さんは、『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』で、こう書いている。これはウィスキーをテーマにスコットランドとアイルランドをめぐったときのことだ。

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 僕はアイルランドを旅してまわりながら、機会があれば知らない町のパブに入り、入るたびに、それぞれの店の能書きなき「日常的ステートメント」をたっぷりと楽しむことになった。目についた森の中に入っていって、どこかの木の根っこに腰を下ろし、そこにある空気を胸一杯に吸い込むようなものだ。それぞれの森には、それぞれの森の匂いがある。「ここの町のパブにはいったいどんな人がいて、いったいどんなビールを出すのだろう?」、それが一日の終わりの、僕のささやかな楽しみだった。
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大衆的な、というのは、街と密接に生きているという意味でだが、大衆的な飲食店に入るときは、このようなトキメキがあると思うし、それが一番の楽しみではないかと思う。

ところが、食べ歩き飲み歩きの本や雑誌となると、このへんのことがスッポリぬけてしまう。それは、「消費のための情報」があればよいという考えが、つくる側にも読者にもあるからだろう。そして「消費のための情報」以外となると、「聖地」だの「珠玉」だの「厳選」だのという過剰な装飾表現,による能書きや、とにかくいいのだうまいのだのベタな煽り広告のような表現で埋まり、「日常的ステートメント」などは、どこかへとんでしまう。

こうして、その飲食店のリアリティは消されてしまうのだけど、しかし、とくに東京のばあいだが、それがますます東京荒野を深めているように思う。

すでに、きのうになったが、画像も掲載した三冊の本を比較してみると、1968年発行の『新訂 東京の味』には、まだ東京の食を語ることが東京の街を語ることになるリアリティがある。

2008/02/08「肉で盛岡の肉を思い出す。」に書いた、『ミーツ・リージョナル』には、前ミーツ編集長で『「街的」ということ―お好み焼き屋は街の学校だ』の著者、江弘毅さんの連載がある。そのタイトルは「江弘毅の街語り」で、この2月号は、「ミシュランはマクドナルドか?」。

東京というか「中央」の『ミシュラン東京版』騒動を批評している。おれが目にしたその種の中では、いちばん大事なところを突いているように思った。

例によって、やや観念的な「街的」がモノサシなのだけど、『ミシュラン東京版』がガイドブックとしてそぐわないのは、「調査員がちゃんと店を取材していないとか、鰻や蕎麦や焼肉といった日本の食を分かっていない、といったことではない」、ようするに「街的でないから」なのだという。

「<食>というものは、消費活動のためのものではなく、生活者つまり暮らしのなかのものであると思っている」「街は経済活動の場であり消費空間であるが、非常に街的度の高い人間にすると、それは生活の場に違いない」

「非常に街的度の高い人間にすると」ってところは、イマイチ腑に落ちないのだが。街は、そもそも生活の場であるのだけど、同時に消費の誘惑と勧誘の強いところでもある。「消費のための情報」があふれている。ま、それに盲従するほど、街的度の低い人間ということになるのかもしれない。

とにかく「マクドナルドがターゲットとしているのは生活者ではなく消費者である」「同様にこの『ミシュラン東京版』のガイドも、徹底して生活者ではなく消費者のためのものである」と江さんは指摘する。マクドナルドもミシュランもおなじレベルのものであり、「「消費社会」である「東京」の、マクドナルドとちょうど表裏一体のグローバルスタンダードで貧弱な<食>が星として輝いている。」

東京でも仔細にみていけば「街的」なところはあるのだけど、メディアがおおう表層は、かなり深く消費主義に侵食されている。それは地方でも、そういう「中央」の真似をしたがるひとたちがいるところは同じだろう。そこでは、大衆食堂や大衆酒場も、消費主義の対象である。いまや消費主義が未熟だった「昭和」ですら、その対象なのだ。

だから、この村上春樹さんや江さんの視点で書くことができないものかと思う。そのように志すひとが、もっといてよいのではないかと思う。いつまでも、みんなでそろって、「聖地」「珠玉」「厳選」でもあるまい。

『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』で語られる、ロスクレアという町で入ったパブの描写は、これこそ酒場だよ、酒場の人だし客だよ、と思わせるものがある。それは、そのリアリティは、東京の大衆酒場にだってある。ダイキライな村上春樹さんだけど、もうぞっこん惚れこんだ。どんな描写かは、けっこう村上さんも書き込んでいるから、読んでもらうほうがよいね。新潮文庫。

とにかく、まもなく午前3時だから寝るとしよう。いい体調。

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