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2008/03/05

『BRUTUS』が食堂特集とな。

先日、オオタニさんからメールで、現在発売されている『BRUTUS』が「みんなの食堂」という特集をしている、と教えてもらった。

こんなぐあい……

その中に、放送作家の小山薫堂さんが「食堂のパラダイス(そう書いてあります)
北九州を訪ねる」という記事(4ページ)が掲載されていましたので
お知らせします。

登場する食堂は、えだや食堂、まんなおし食堂、赤ちゃん食堂、
折尾の橋本食堂、学生食堂C&D、エビス屋昼夜食堂……
おお、目に耳に懐かしいこのラインナップ、と思ったところ、本文に
「北九州市発行の『雲のうえ』を見てどうしても行きたくなって」という
記載がありました。

……ということだ。

もう10年以上も『BRUTUS』を立ち読みすらしたことないので、どんな雑誌になっているか知らないのだが、むかしのイメージからすれば、違和感がある。これは、どういうことなのかな。よいほうに考えれば、すこしは生活くさいところに足をつけようということなのか。それとも、不況で『BRUTUS』の読者も変わったのか。

ま、「一読もまた一興(一驚?)かと」思うので、出かけたついでに本屋に立ち寄ってみよう。

ブログ検索したら「吹ク風ト、流ルル水ト」の3月5日に、「食堂」のタイトルで、このように書いてある。……

 『BRUTUS』(08・03/15号)は「みんなの食堂」という特集だ。
 あきらかに『雲のうえ』(07・10/25号)の影響下にあるが、総体的印象は「食堂にしては高いっ!」という
 ことである。
 夜の定食でも千円を越えると、おれのなかの警戒アラームが鳴る。
「これだけの材料で、これだけの技術を投入しているのだから高くなるのは仕方がない」という料亭やレストランの考え方が透けて見え始めるからだ。
 食堂はハレの場所ではない。普通に過ぎてゆく日々の「一服どころ」である。

……かっか笑いながら、御意。であるが、ま、やはり『BRUTUS』らしいというか。

オオタニさんも、

しかし、私たちも制作時には議論になりましたが、
どこからどこまでを「大衆食堂」とするか、というのは難しいものですね。
読んでいて、それを感じました。

と言っている。おれは「「大衆食堂」というのは呼称だから、線引きは難しいですね。本や雑誌の編集方針で、ときどきのくくりをすればよいと思います。」と返事した。

なんにせよ、大衆食堂が話題になるって、よいことだ。「食堂はハレの場所ではない。普通に過ぎてゆく日々の「一服どころ」である。」といったぐあいに、いまや消費に解消されてしまったかのような生活を、生活として語る機会がふえるだろうから。

近頃の雑誌などを読んでいると(ブログもそうだけど)、消費を生活とカンチガイし、市場と社会や街を混乱することが目立つ。大丈夫か、認識力。

とにかく、「北九州ほど、大衆食堂の必然性を持った街というのも、これまた稀有」であり、北九州市が「食堂のパラダイス」であることは、確かだ。角打ちも含め「大衆食のパラダイス」でもある。

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