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2008/03/14

F1あんどエコロジーあんど循環型社会のナゾ。

2008年のF1グランプリのニュースがにぎやかになってきた。以前に少し書いたような気もするが、1980年代に日本のあるF1チームのスポンサー探しを知人に頼まれて手伝ったことがある。その前に、「ルマン」誌の日本語版発行の企画にからんだことがキッカケだった。で、一時、カーレースのおもしろさにはまった。

そのとき知ったのだが、日本ではF1チームのスポンサー獲得が、非常に難しい。すくなくとも当時は、そうだった。開催地のフランスのイメージから比較的かっこいいと思われていたルマンにしても、カーレースには、なぜか「ダーティ」なイメージがつきまとっていて、企業が敬遠する。とくにレース中のクラッシュは、企業イメージを汚すとして嫌われていた。

というわけで、タバコ、その後、サラ金が、メインスポンサーだったと思う。一時、バブルのころか、リクルートがF3あたりに参入したことがあったような記憶もあるが。

1984年に、フリッチョフ・カプラ著吉福伸逸訳『ターニング・ポイント 科学と経済・社会、心と身体、フェミニズムの将来』(工作舎)が刊行された。この書は、おれもかなり刺激を受けたが、当時の「知的」な環境を、かなり動かした。この書あたりから、いわゆる「還元主義」が批判にさらされ「生態学的かつホリスティックなアプローチ」がニギヤカになり、コンニチの「循環型社会」を理想とする言説が盛んになる。「いのちをいただく」といったことにつながる、「身体=生命」への関心が、おかしな高まりをみせる。

で、なんでも体験のワタクシは、本を読むだけでは物足りなくて、「生態学的かつホリスティックなアプローチ」な人たちと、いろいろやりましたね。すると、その奥の院あたりに、トヨタさんがいたのです。あの、クルマのトヨタさんですよ。

クルマなんてのは、反エコロジー、還元主義のカタマリのようなものですよ。そのクルマ文化の最高峰レースとして、F1やルマンがある。なのに、トヨタさんが、「生態学的かつホリスティックなアプローチ」な奥の院にいる。これは、どうしたことか、なぜなのだ、まだ未熟だったワタクシは考えました。

ま、そのことは、今日はこれ以上ふれると、また話がとんでもないところへ転がるから、これぐらいにしておこう。とにかく、F1グランプリは、ダーティなイメージを持たれながらも、あまり叩かれることなく続いている。ばかばかしいほどの嫌煙「権」騒動や捕鯨激怒反対騒動と比べたら、祝着至極といえる。(捕鯨については、おれは、それほど「日本文化」を大上段にこだわるわけじゃないが)。これほど、エコロジーだ環境だといわれながら、F1グランプリに興奮できる余地があることは、まだ世の中、すこしは「健全」なのかなと思う。そもそも、タバコは吸わない人が急増していても、クルマは、大都会に暮らす「自然派天然派」はもちろん、熱狂的なエコロジストでも自家用車を持っているひとは多いだろうしね。そういう人たちは、そのうちトヨタさんがエコロジー車を開発してくれたら、大歓迎でしょうからね。

クルマもテレビもないタバコも吸わない、優良エコロジーな生活のおれだが、F1グランプリはテレビで見たいと思う。興奮のない人生は、ツマラナイ。そして、カネも賭けずに興奮するレースといったら、F1が最高だ。

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