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2008/03/02

劇場社会…過剰な自意識と自己陶酔による「いのち」とグルメ。メモ。

散漫に、備忘のためのメモ。

まだ「いのち」にこだわっている。ザ大衆食のサイトのところどころに、このようなコトバを掲げている。たとえば、ここ…クリック地獄。ここでも、やはり「いのち」という言葉をつかっている。

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あらゆる食事の場に掲げてくだせえ
食事の前に、ご唱和くだせえ

生活は「生命をつなぐ活動」
料理は「生命をつなぐ技術」
食事は「生命をつなぐ祭事」

「生命」は「いのち」とお読みくだせえ
あははは、笑う食卓じゃあ

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これはサイトを開設した2001年の当初には、なかった。しかし、生活とは、料理とは、食事とは、をうまくまとめて表現できないかを考えていた。たしか最初は「生命をつなぐ」ではなくて、「生命のための」という表現を思いついたが、それがしっくりこなくて寝かせておいたのだ。

ま、「いのち」なんてのは大層なものじゃないが、つなげることをしないと絶える。そういうニュアンスがほしかったのだな。「生命のための」だと、なんとも大層な感じがして、日常茶飯の感覚に欠ける。

ふりかえってみると、80年がすぐそこにみえる70年代後半だったのではないか、情報社会が具体的な輪郭をもってきたとき、すでに消費主義は台頭していた。そして記号論と劇場社会論のようなものが流行り、やがて広がった。

「劇場社会」という言葉は、当初、アメリカかどこかの国から、脱工業社会での生き方やビジネススタイルあるいはライフスタイルのトレーニングマニュアルと一緒に持ち込まれたと記憶する。少なくともおれの知人に、大会社の社員をやめ、それを新しいビジネスにしようとしていたひとがいた。

その「劇場社会」と、たとえば「小泉劇場」というときの「劇場」は、かなり違うような気がする。そこには、なにか「よりよい人生」への希望あるいは幻想のようなものが、まだ感じられた。去る22日のエントリーのタイトルにある「1980年は、未来に幻想を持てた最後の時代なんですよね。」だったのだ。そのころ、自分のまわりで「いのち」という言葉が、どのようにあつかわれていたか、すぐには思い出せない。

おれは32歳の75年の秋に、2歳の子供を失ったのだけど、そのとき、「いのちの大切さ」を思わせるような環境はなかったと思う。少なくとも、おれは、そのことで「いのちの大切さ」を考えることはなかった。考えたのは、「いったい2歳で死んだ子供は不幸なのか」ということだった。平均寿命をこえて長生きするほど幸福で、早死には不幸という、通念のようなものを感じ、ほんとうにそうだろうかと考えた。つまり「早死には不幸だ」という環境は、感じられた。それらについて、おれは考え続け、1995年の「大衆食堂の研究」のころには、自分なりの結論を持っていた。それが、上に掲げたコトバに関係する。

80年代後半、おれは「家庭医学」の分野の先生方を中心とする、ある種の医学的な「運動」に関わっていた。シゴトであるけど、興味深く付き合っていた。そこでは「いのち」が中心的なテーマだった。食事と料理と身体(いのち)の関係が、従来の栄養学とはちがう観点から話題になった。

そのころ「いのち」と「身体」については、ほぼ「記号化」されていたと思う。それは、ある種の神秘主義と結びつき、そのなかのある種の傾向は、オウム的なものに非常に近かったと思う。けっこうアブナイ感じがあった。

「九死に一生」を得たひとたちが、よく会合の場で「いのち」について語った。「いのちの大切さ」について語り、その人たちは必ず最後に、「九死に一生を得たワタクシのいのちは、余生を生きているようなものです」ということをいった。判で押したように。

そのなかの一人、比較的親しくなったフリーのジャーナリストに、あるとき酒を呑みながら、無遠慮に質問した。彼は戦場取材中に、砲弾だか爆弾で、死なずにすんだのが「奇跡」と思われる大怪我をした。まさに九死に一生を得たひとだった。そういうひとに対して、おれは「九死に一生を得ながら、あとは余生を生きているようなものだという、そのいのちの認識の仕方はオカシイのではないか」と言った。

おれの理屈っぽい疑問だったが、彼はしばらく考えてから「おもいがけないことを言われたが、そうかもしれない」と言った。いや、ま、実際かれは「余生」どころではない大車輪の活躍をしていたのだが。

そのとき、おれは、それ以上いわなかったが、「いのち」について、彼は自分の理解ではない、なにか「記号」的な解釈を与えられていると感じていた。彼だけではなく同じような体験をしたひとたちが、最後に同じようなことをいう不気味を感じていた。

「いのち」は、自分自身であり、もっと自分自身の肉体から出たコトバがあってよいはずではないかというのが、そのころおれが考えていたことだったと思う。

ああ、グルメの話までするのは、めんどうになった。もう、そのころには食べ歩き飲み歩きグルメは、ある種の「記号」を消費していたのであり、オウムにならないだけ、よかったね、ということを書きたかったのだが、また、そのうち。

しかし、めずらしいことではないが、タイトルから、かなりはずれてしまったな。

とにかく「つなぐ」ことだ。「いのち」を投げ出したり、悟ったりするために、めしをくっているのではない。

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