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2008/03/07

まむし焼酎

Mamusi今朝は、7時ごろから焼酎の湯割りなんぞを呑んでいますです。なぜ、そんなものを朝から呑むかについては、さして理由はない。朝だから、呑むのだ。

それで、なにかのはずみで、棚の後ろにモノを落としてしまった。そのモノを拾うため、棚を動かした。すると、ほかにもイロイロ落ちていて、その中に、こんなものがあった。

もうすっかり忘れていた。これは、5年ぐらい前に山奥の売店で買った「まむし焼酎」だ。どこで買ったかを書くと、お上に正義忠義顔するひとが、保健所あたりにタレこむかもしれないから書かない。

スーパーニッカのミニチュア瓶に、焼酎とまむしが入っている。500円だったか。たしか、ほかにも4号瓶入りのものもあった。周辺の集落のひとたちが、このようにして売っていた。もちろん瓶に封印はない。そのあたりでは、むかしから家庭に常備のものだったのだろう。

まむしはガキのころから親しんでいた。小学校高学年になると、つかまえて尻尾を持ってふりまわして遊んでいた。しかし、まむし焼酎については、話としては聞いていたが、わが家や周辺にはなく、実際にそれを初めて見て利用したのは、高校1年のときだったと思う。1959年のことか。

山岳部の山行で、巻機山へ登ったときだ。同年のノザワが手を、鉈で傷つけた。応急の措置をして下山。登山口の清水の集落で、山岳部の定宿というか基地のようになっていた民宿「雲天」に寄った。そのとき、雲天のばあさん(いまのご主人の母上)が、まむし焼酎を、「すぐ傷口がついて治るから」といって、塗ってくれた。ついでに、おれは足のかかと、靴ずれでボロボロに皮がむけたところに塗ってもらった。それは、一升瓶に3匹ぐらいのまむしが入っていた。「呑んでみろ」といわれたが、呑む気はしなかった。傷の治りは、たしかに早かった。

そのあと、いつだったか、その清水の集落にあった分校に寄ったとき、一人の教師が囲炉裏で、皮をむいたまむしを串にさして焼いていた。それを食べさせてもらったのが、まむしを食べた初めてだった。食べると、身体がカッとなった。しかし、まだ高校生だった。ほんとうは、いまこそ食べたいものだ。

はて、このまむし焼酎だが、どうしようか。5年すぎていても、モンダイはないと思うし、呑めば、インポが治るかもしれないが、イマイチ呑む気がしない。ふたをあけてニオイをかいでみたが、とくに悪臭はない。はて、どうしようか。と、焼酎の湯割りを呑みながら思案している朝なのだ。

画像で、まむし独特の模様と頭部のカタチがわかるだろう。色は、かなり脱色している。このまむしは赤色がうすい、比較的たくさんいる種で、安いほうのものだ。

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