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2008/04/14

一ノ関、八戸、盛岡、朝市から夜中泥酔まで。

Sekinoiti_kura「食とまちづくり」の取材。10日9時42分、大宮発東北新幹線に乗車。車内で東京から乗車の編集の斉藤嬢と落ち合う。仕事では、05年12月の高千代酒造取材以来の同行。11時半ごろ一ノ関着。ホテルにチェックイン荷物をあずけ、まずは昼食、取材のテーマにも関係する「三彩館ふじせい」でもち膳を食べる。一列車遅れて、カメラマンの新井青年が合流、初対面。

13時「世嬉の一酒造」着、佐藤社長、蔵レストランで取材。再開発で潰されそうになった古い酒蔵の建物を、地ビール工場やレストラン、地域のイベントや博物館に開放して、まちづくりを模索してきた。17時頃一段落。食べ呑みはじめる。地ビール各種のち清酒「世嬉の一」。地元の食材と料理が中心のレストランの責任者である、社長夫人の常務もいらして、話を聞きながら、いろいろごちそうになる。昨年夏、釜石で食べて忘れられない、「麦いか」も。あとで、このレストランでこんなに呑んだ人たちは初めて、といわしめるほど呑んだ。斉藤嬢が清酒好きの酒豪であることは知っていたが、新井青年もそうなのだった。じゅうぶん食べ呑み、たぶん21時ごろホテルにもどる。

11日、9時半ホテルを出る。天気は雨と風で荒れ模様だが、街中を撮影しながら歩く。前夜話題になっていたダイエーあとの新鮮館で、弁当の納品に来ていたひとをつかまえて話をしていたら、ちょうど、新鮮館を経営する「一関まちづくり」の千葉社長が通りかかり紹介され、そのままよい話を聞けた。昼頃、「世嬉の一酒造」で毎日やっているもちつきや、前夜食べて呑むだけだった、料理や酒などを撮影。

15時過ぎの新幹線で、八戸へ。昨年夏来て、しばらくは来れないかもと思っていた八戸に。ホテルにチェックイン。

19時、B-1グランプリ事務局の今野さん、八戸せんべい汁研究所の木村さんと会い、案内されてローれんさ横丁の「おかげさん」へ。各種せんべい料理ほかを食べながら、呑み、そして取材。23時過ぎまで。23時半ごろホテルにもどる。そのままベッドのうえに寝てしまい、夜中に寒くて目がさめ、着がえて寝る。

Hatinohe_senbei12日、5時半にセットしておいた目覚ましで起床、6時に今野さんのクルマで片町朝市へ。木村さんも合流。初めての食べ物が、いろいろある、あれこれ買っては食べながら、手焼きの焼きたて南部せんべいを食べさせる「てんぽせんべい」へ。ある種の「せんべい喫茶」?とでもいうか。単に、せんべいを焼いている土間に古物のイスを置いたていどのジャンクな空間で、みな焼きたてせんべいを食べながらコーヒーを飲んで、おしゃべりしている。「八戸せんべい文化」の、ただならぬ深さと熱気。せんべいは朝のうちに売り切れ閉店。

朝市は8時ごろには終わる。取材ほぼ終わり、八戸漁港や蕪島や八戸食品センターなどを案内してもらい、八戸駅。斉藤嬢は弘前へ、新井カメラマンは帰京。おれは今野さんにホテルまで送ってもらい、わかれる。盛岡のサキさんに電話。東京から来る木村嬢を乗せてクルマで八戸に来るサキさんと、16時にホテルで会うことに。市内を歩きまわり、テキトウにひとをつかまえては話を聞き、天ぷらそばを食べビールを呑み、14時ごろホテルにもどり、16時までひと眠り。

Hatinohe_roji16時、サキさん木村嬢と会い、さっそく呑み屋が開くまで横丁路地めぐり。八戸は横丁路地が多い。17時、開店早々の八戸昭和通りの「弁慶」で呑み始める。いきなりトップギア。二軒目、昨夜の「おかげさん」に、気になるせんべい料理があったので、確認のためもあって行く。地元の清酒をぐびぐび。三軒目、どうやって、そこにたどりついたのか、どこだかわからない中心部からはずれのほう、とにかくバーテンダーをやって40年だったか45年のバー「花」で、カクテル。盛り上がり、ついにはバーテンの聖域、カウンターの内側に入れてもらって、グレーのチョッキ姿のかっこいい渋いバーテンダーと記念撮影という始末。このとき22時28分。

四軒目、「みろく横丁」でテキトウに入った店、10人も入れば一杯のカウンターだけ。ほとんど記憶がない。3人とも酔って、まわり中の客を相手にしていたらしい。おれの左隣の客はなじみのようだったが、奄美大島のひとで、一年に何度か家に帰るだけの全国を渡り歩く、大島紬?のセールスマンだった。右側のサキさんと木村さんのむこうには、地元の青年たち。そのむこうには韓国のビジネスマン。話をした記憶はないのだが、デジカメの画像のなかに、韓国の紙幣がある。その韓国人のものを撮影したらしい。もうグチャグチャ。

なのに、だから、翌朝7時、なにやらスゴイらしい八戸漁港の朝市へ行こうということなった。だけどホテルにもどったときは泥酔状態で、服も着がえないまま、ベッドにもぐりこんでいた。

13日、電話の呼び出し音で目が覚める。出ると木村さんの声で「エンテツさん、寝てたでしょ」。時計を見たら7時20分、そういえば、7時の約束だったと思い出す。10分ぐらいでしたくをしホテルをチェックアウト、サキさんが運転するクルマで八戸漁港へ。たしかに、この朝市は、すごかった。大規模な飲食系フリマというかんじ。無理しても行ってよかった。

またもや蕪島のうみねこを見てから、サキさんと木村さんホテルをチェックアウト。一般道で、盛岡へ向かう。「炭の里 軽米町」という物産センターのようなところに寄る。雑穀ミックスやニンニクが安いので、おもわず買ってしまう。昼頃、二戸の人気店そば屋「金地屋」でラーメンを食べる。さらに南下していると「御所野縄文公園」という看板が。えっ、こんなところに、サキさんも知らなかったらしい。では寄ってみるかと、とつぜん「古墳部」活動で縄文遺跡見物。そのあと、なんとかスキー場の近くの眺望のよい「いわて子どもの森」の飲食コーナーで、景色をみながら休憩。

10日と11日の午前中は雨と風の荒れ模様だったが、この日は、風は冷たかったが晴れて、中腹まで雪が残っている岩手山がきれいに見えた。滝沢村の「土日ジャンボ市」に寄る。八戸の朝市とは違って商業的で趣がちがうが、出店数も多く大にぎわい。そして、盛岡に着きました。

盛岡で泊まるかどうか決めてなかったが、もう疲れすぎてあまり呑めそうにない。翌日がつらくなりそうなので、東北新幹線の最終で帰ることに。盛岡駅で木村さんと降り、サキさんはクルマを置きに自宅へ。コインロッカーに荷物をあずけ、20時41分発の指定券を買い、まずは立ち呑みへ。サキさんがもどってきたところで、おしゃれ系パブ、のちおしゃれ系居酒屋と、おしゃれ系できめ、サキさん木村さんに駅まで送ってもらいわかれる。

大宮22時42分着。ウチに帰り着いたら、23時半ちかくだった。仕事も遊びも楽しかったが、疲れた。
たくさんの方に会い、お世話になりました。ありがとうございました。

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