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2008/05/29

歌舞伎町60周年、今月逝ったひとを思い出す。

チトいろいろなことが重なり、激しくあわただしかった。どうして、モノゴトはバラバラちょうどよくやってこないで、重なってしまうのだろうか。そのあわただしさの中で、思い出したが書いてなかったことを、忘れないうちに書いておこう。

先週、2回も歌舞伎町へ行ったのだが、「歌舞伎町60周年」の旗が下がっていた。おれが5歳になる年、1948年に歌舞伎町は生まれたということだ。ふりかえってみると、1962年に上京してから、居所は転転としたが、転転としても変わらずよく行った盛り場が歌舞伎町で、ずいぶん付き合いが長く、いろいろなことがあった。

風林会館の近くのバーで、喧嘩にまきこまれ、某組織のヤクザに、おれの身体がぶっとぶほど殴られ、前歯がグチャグチャになった。あれは、何年のことだったか、1970年ごろか。おかげで、前歯が入れ歯になってしまったが、ぐあいの悪かったこと。

なんといっても忘れられないのが、と、ここで調べても、それこそ居所を転転としているうちに、日記とまではいかなくても、大事な出来事をメモしたノートまで失ったので、1978年の5月の10何日かだったと思う、その夜、歌舞伎町で一緒に呑んだ男が、翌日、自分の部屋で自殺死体で発見された。おれより少し年上で、37歳だったはずだ。

おかげで、おれが呑みながら何か言ったのが原因なのではないかと、ずいぶんアレコレ言われたものだ。ひごろ口が悪いと損をする。しかし、彼は、ちゃんと遺書を残してくれていた。彼は、死ぬ前に歌舞伎町で呑むために、いまはもう建物ごとなくなった、その呑み屋にあらわれて、グウゼンおれが居合わせたのだった。しかし、あまりあと味のよいものではない。でも、まあ、おれは最後に一緒に酒が呑めてよかったと思っている。ときどき一緒に仕事をした。仕事ができる男だった。

いま気がついたが、あれは、歌舞伎町が30周年の年だったのか。そして、あれから30年たつのか。そのうち、ヤツの思い出は、ゆっくり書くことにして、このブログにも書いた、5月に逝ったひとが2人いる。

2007/05/24「玉川奈々福さんの師匠、福太郎さん亡くなる」
5月23日 永眠 行年62。トツゼンの事故死だった。

2006/06/02「たつ!さんこと、坂本達哉さんが急逝」
明日が命日だ。5月30日 永眠 行年38。事故死ではないがトツゼンの死だった。タツさんのブログが、まだ残っている。なんだか不思議な気分だ。最後は5月27日、赤羽の大衆酒場「大久保」へ行った日記だが、大久保は去年だったか今年になってからだったか、閉店した。

思い出したときに、冥福を祈っておこう。思い出を胸にきざんでおこう。

チトまだ片付けなくてはならないことがあるから、とり急ぎ、ここまで。

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