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2008/05/08

ぜひ読んで欲しい本です『こころのたねとして』。

Hon_kokoronotaneこのところ当ブログによく登場する一ノ関と八戸の取材は、「美味しいまちづくり」がテーマだ。

「「都市と暮らしを考える」をテーマに、都市の諸相に迫る。都市計画から社会政策まで、都市に関わる問題、課題を独自の視点から掘り下げる」という雑誌『city & life』(発行=財団法人第一住宅建設協会、編集協力=アルシーヴ社)の特集。

いうまでもなく、食と地域の関わりは深い。んなわけで、食で地域の真相と深層を掘り起こし、地域の未来へつなぐ「たね」をみつけることは、これからの地域を考えるうえで、それなりに意味を持ってきた。

いま泥酔デレデレしていた連休もおわり、気がつけば原稿の締切りが、すぐ目の前にせまっているなか、おれの頭のなかに酒と共に宿る「食とまち」を考えるうえで、かっこうな本『こころのたねとして』が届いた。

何日か前、五十嵐泰正さんと電話で話したとき、まもなくできあがるという話をきいた。先日、大阪の原口剛さんから、できあがったので送るというメールをいただき楽しみしていた。

大阪市のNPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム)発行の「ココルーム文庫」。つまり文庫サイズの本だ。本文、283ページ、本体667円+税。発行者、こたね制作委員会。編著者、岩淵拓郎(メディアピクニック)、原口剛、上田假奈代(ココルーム)。

サブタイトルに「記憶と社会をつなぐアートプロジェクト」とある。

おおっ、「アート」がっ、おれが大嫌いな言葉じゃねえか。じつは、「こころ」という言葉も好きじゃないし、「まちづくり」という言葉も、あまり好きでない。しかし、この本は、そのようにおれが嫌いになった「アート」や「こころ」や「まちづくり」とまるでちがうのだな。

ま、「アート」というのは「表現」ということだろう。「まちづくり」というが、地域や社会をどうするか、どうしたいか、ということだろう。そして、「地域や社会」というのは、自分が生きる「場所」、自分の居場所のハズだ。その「自分」つまり「こころ」なのだ。

ところが、いま、自分の居場所となると、「市場」を意識する日常が大勢である。会社という組織を通じてであれ、市場に位置づくことが、「生きる」大きなテーマになっている。学校も、そのためにある。だけど、「市場」は、ほんとうに自分の居場所になるだろうか。市場は「こころ」の居場所になるか。そういうモンダイなのだな。

「まち」は、居場所になれないのか、居場所ではないのか。いま「まちづくり」といわれている表層を探っていくと、「市場」としての「まち」ではなく、「こころ」の居場所としての「まち」がもとめられていることがわかる。それが、近年「食とまち」にふれてきた、おれの実感なのだ。

しかし、「まちづくり」の「専門家」は、じつに都市工学的であったり、マーケティング的であったり、あるいは権威主義的なアートを押しつけたり。いっぽうチマタの「アート」な人たちは、同好の趣味の仲間うちに閉塞し、そのなかに「こころ」の居場所をもとめ、「まち」というアカの他人が交わる場所に「こころ」をつなげようとしない。「まち」に出てくるときは、アートをカネにしたいときである。つまりは、やはり、アートという市場に生息しているだけなのだ。結果的に「生活志向」と「アート志向」は、ほんらい矛盾するものではないはずなのに相容れず、溝が深まる。それもまた、おれの実感だった。

おっと、そういう話をしていると長くなる、いま自分の「美味しいまちづくり」の原稿書きが佳境に入りつつあるなか、この本を読んでいる間もなければ、詳しく紹介していられない。とはいえ、手にしたら、一章「アートから社会へ アートプロジェクト「こころのたねとして」とはなにか?」で、上田假奈代さんの「こころにたねもつこと アートと社会の関わりの可能性をさぐる」をスラスラと読み、さらにまずは知っているひとの文からと、原口剛さんの「築港 労働の記憶」「過程としての、場所の力」をスラスラ読み、最後の五十嵐泰正さんの「「場所の力」とどうつきあうか」を、うーむナルホド、筑波大学の先生らしい、じつに現実をよくおさえた理論的なまとめになっている、べんきょうになること参考になること多し、と読んだ。

ある種、息をのむドキュメンタリーでもある。

五十嵐さんと原口さんとは、「カルチュラル・タイフーン2006下北沢「都市を紡ぐ」のセッション 闇市と昭和の記憶、大衆の痕跡」を一緒にやった。おれは、そこで「大衆食や大衆食堂から見た東京の町」という報告をした…クリック地獄

これもまた「記憶と社会をつなぐ」試みだった。「まち」は新しいか古いかではなく、どう記憶がつながっていくかなのだ。

この本は、机上のものではない。「二〇〇七年、大阪・新世界を舞台に実施されたアートプロジェクト「こころのたねとして」」の実践の記録とまとめだ。

「詩人、劇作家、ラッパーなど異なる分野の表現者たちが、この街で暮らす人々の記憶を聞き取り、そこから紡いだ物語を朗読によって再び伝達することを試みた。今、表現は社会に何ができるのか。アートNPOの現場から生まれた実験的取り組みを検証し、その可能性を探る。果たしてこころのたねは芽を出すか?」ということなのですね。

おれは、「わめぞ」をおもった。そして、「芽を出す」だろうとおもった。イベントやマーケティングやゾーニングなどにとどまらない「まちづくり」のためにも、読んでおくとよいだろとおもった。とりわけ、アートな人たち(表現を仕事にしているひとや、表現が好きなひと)には、ぜひ読んで欲しいとおもった。

この本の内容については、これからじっくり読んで、たびたびふれることになるとおもう。

著者一覧。五十嵐泰正(筑波大学・都市社会学)、岩淵拓郎(美術家、「こたね」ディレクター)、上田假奈代(詩人、NPOココルーム代表)、小暮宣雄(京都橘大学・アーツマネジメント)、櫻田和也(大阪市立大学・失業と芸術の社会学的研究)、佐相憲一(詩人)、佐々木義之(日本橋・朝日山洋服店)、SHINGO☆西成(ラッパー)、瀬名秀明(作家、東北大学・SF機械工学)、妻木進吾(花園大学非常勤講師・都市社会学)、永橋為介(立命館大学・コミュニティデザイン論)、橋本敬(北陸先端科学技術大学院大学・複雑系)、原口剛(日本学術振興会・都市社会地理学)、樋口美友喜(脚本家、俳優)、冨士本大哲(北陸先端科学技術大学院大学・複雑系)、Hex(アクティヴィスト)、松井美耶子(小説家、音楽家)、maisie、森洋久(大阪市立大学・地理情報学)


NPO法人「こえとことばとこころの部屋」COCOROOM…クリック地獄

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