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2008/05/09

神々しく演出された「こだわり」「厳選」「良質」そして厨房の密室性。

Hatinohe_gyokouasaiti2008/04/07「「食料自給率わずか40%」にひそむ虚虚実実。」に、こんなふうに書いた。

「カロリーベースで40%、生産額ベースで70%という、この数字のひらきは、なんなのか。そして、東京都だけを見れば、カロリーベースでは、わずか1%。生産額ベースでも、わずか5%。東京都民は、「食料自給率わずか40%」より、この数字、そこにあるゆがんだ構造と精神を記憶したほうがよいように思う。」

このあと、たしか20年ぶりぐらいに、東京都の人口の占める割合が1割、つまり日本の全人口の10人に1人が東京都民であるという数字が発表になったと記憶している。

この数字を、もう一度ならべてみよう。
食料自給率 カロリーベース  1%
         生産額ベース  5%
東京都民の割合 全人口の  10%

なにも、かんじない。あっ、そう。

東京の常識は日本の非常識、お笑い、ってことじゃないだろうか。対中対米関係だけじゃなくて、東京から発信されるメディアを信用していては、とんでもないことになる。非常識ニッポン、ばんざーい、だ。ま、地方にだって、東京以上に東京のようになりたいという常識がなきにしもあらずだから、簡単には線はひけないが。それに、常識ってやつもツマランから、東京の非常識をながめながら暮らすのも、タイクツしのぎになる。そもそも、ブログのネタに苦労しない。

東京の出版社から発行される、オシャレでスローでバタフライじゃないハロウインじゃないロハスか、どのみち古い言葉になってしまったが、地球にも身体にもやさしいとかいわれる天然な自然な、そうそうオーガニックな食と農の生活を満喫しているような、オシャレな雑誌がある。あれを見て、それじゃあ、いったい、どれぐらいのオーガニックな農産品が流通しているかと、たまには考えてみよう。

このデータが、なかなかない。ないけど、ある。JASに適合の有機農産物の流通量は、国内総生産量のたった0.17%だ。これは政府規格の統計に拾われた数字だけだから、実際は、もっとあるはずだが、でも、この倍はないだろう。自家消費用を加えても、たいした数字にならない。

これを、上の数字にならべてみよう。そして、なんの雑誌とはいわないが、おしゃれなオーガニックな雑誌におどる言葉を思い浮かべみよう。……あまりにもバカバカしくて思い浮かばない。いや、ボケがひどいだけだが。バカバカしい現象がおおいと、それを忘れようと、ますますボケがひどくなる。でも、この数字だからこその、東京の「近代食」批判や「自然食」崇拝であり、それは常識つまりバランスを欠いている。

ようするに、いつも「こだわり」「厳選」「良質」のオーガニックが話題だが、ほかの90%以上を占める、それは、こだわってもいなければ、厳選もされてない、質の悪い、そういうものでたいがいのひとは生活していることになるようだが、それはイッタイどうなっているのだ。中国ギョーザに悪態ついて、アメリカのジャンクフードを軽蔑して、ああニッポンって、「こだわり」「厳選」「良質」なんだわシアワセ。これが、東京の常識で、日本の常識なのか。

おれは、とにかく、そういう話は、まったく信用してない。

そもそも、ウチあたりに投げ込まれる、宅配弁当などのチェーン店のチラシだが、そこにだって、「こだわり」「厳選」「良質」って言葉が、安っぽく偉そうにしている。まるで「毒」でなければ、みなそうであるかのように。

そうそう、そういう話をしたいのじゃない。そういう安っぽい言葉が、神々しく通用するようになったのは、ナゼかということなのだ。そこには、プロの料理人の存在があるだろう。彼らを神々しく持ち上げた東京のメディアの存在があるだろう。とくに、そのメディアにむらがって、おいしい話をしていた物書きなひとたち、グルメなひとたちの存在があるだろう。

一つの神話、あるいは都市伝説…東京には、世界中のうまいものがある。ほんとうか。

ほんとうかもしれないが、それは一割も満たないことだろう。ほかは、もしかすると世界中でイチバンまずいものをくわされているかも知れない。上の数字は、その可能性を示している。

でも、アンシンしたまえ、人間は舌ではない大脳で食べているのだ。みな「こだわり」のプロの料理人がつくっているのだと思えば、使いまわしのものだって、うまいと思うはずだ。著名なグルメや料理評論家だってね。ナントカさんという有名人がオススメといえば、もうそれだけでおいしいのよ。オシャレな雑誌を見て、オシャレな店で食べれば、それだけでうまいと思う。自然崇拝な話をありがたくおもえれば、それだけでおいしい。そういう神々しさが、朝どりのホウレンソウなんか見たことも、生のままかじったこともない人が圧倒的におおい東京では、通用する。

そうなのだ、船場吉兆の使いまわしが問題になっている。

神々しく演出された厨房の密室性。船場吉兆の騒動の背景には、そういう裾野があるにちがいない、と確信する。そこに、上の東京の数字をかけあわせてみよう。神々しい。

ま、使いまわしは悪い。そのうえでのことだが、船場吉兆なんか、一生のうちに一度も行けない連中が、そんなこと騒いでどうする、どうせ船場吉兆の使いまわしのものですら口にできないのだ。東京の飲食店の心配をしたほうがよい。東京の飲食店の、何割か、やはり、おそらく全流通量の9割ぐらいになるだろうなあ、業務用卸流通のはずだ。そこでは安い輸入品が幅をきかしている。もっとも、それだって、「こだわり」「厳選」「良質」だ。これ、東京の常識ね。

ふつうは、とってから一日以上たった野菜しか手に入らないと、カクゴの料理を楽しんだほうがよい。生サラダより温サラダを楽しむとか。たいがいの野菜は、熱を加えたほうが旨みが出るんだし。オーガニック信仰より、こっちのほうが現実的だろう。

「こだわり」「厳選」「良質」あと「シュン」か、東京じゃ、そんな言葉にはツバをし、ありふれたものをおいしく食べることだ。そのことに、もっとこころをくだくことだ。安飲食店のアジフライに、ひからびたパセリなんかいらない、それがあるのがアタリマエという惰性をあらためたほうがよい。盛りの飾りにすぎないなら、刺身のツマだっていらない。でも、キャベツの千切りは、ひからびていても、あったほうがうれしいな。そういうことを考えたほうがよい。

常識と非常識がこんがらがって、迷走日本のようになったので、書くのがめんどうになった。やめる。画像は、八戸漁港の朝市で、ホウレンソウ。

原稿、書いているから、ご安心を。

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