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2008/06/27

過去の生活をネタにする難しさ。

食については、誰でも語ることができる。とりわけ、高級なものではない、庶民の生活であれば、なおのことだ。そして、自分も「庶民」だから、なんでもわかっているつもりになりやすい。たくさん本を読んで、あそこにこんなことが書いてある、ここにこんなことが書いてあると知っていれば、さらにである。

だけど、ごく基本的な部分の知識や情報、あるいは感覚が欠落していることが少なくない。たとえば、きのう話していて気がついたのだが、むかし(よく話題になる昭和30年代とか1960年代あたりだとして)の値段の「高い」「安い」についてだ。

そもそも「高い」「安い」の基準が難しい。いちばん多い比較の例が、平均給料と値段を比較する例だ。これだと、イチオウいまとむかしを比べる基準にはなるが、だけど、それで当時の生活の実感が理解できるかというと、そうは簡単ではない。

ま、とにかく、むかしの食べ物は、いまとくらべたら、たいがい高かったのだ。「くっていく」のが、言葉どおり大変だった。にもかかわらず、むかしは食べ物は安く、そのへんの畑に行けば黙ってとってくってよいほど、いくらでもあって、くうだけなら困らなかったかのような話しが、「むかしはよかったね」周辺でまことしやかに伝えられている。とんでもねえよ。

笑っちゃうのは、戦後だってヤミでなんでも安く手に入って、カレー粉だって誰でも安く手に入ったし…なんて話しが、まことしやかにされている。とんでもねえよ。

だいたい、ちかごろ「ヤミ市」などを楽しそうにネタにするが、そもそも統制経済だったからヤミが存在したのであり、ヤミで流通するものは、「高い」か「粗悪」に決まっている。そんなことは、チョイと頭を働かせてみればわかりそうなものだ。そして「ヤミ」というが、それは法律違反ということであって、「お上」に対しては「ヤミ」かも知れないが、生活の実態としてはヤミでもなんでもなく、たいがいのひとが利用するところで、だから「ヤミ」を利用しないマジメな裁判官が死んじゃったりして話題になったのではないか。ウチの押入れには、ヤミの食品が積んであったし、上越線の客の大半はヤミ屋かヤミ品を持っていた。それを「ヤミ」にしたのは統制経済なのだ。

だけど、なんだか近頃の昔語りというのは、ま、道楽の趣味なんだろうけど、そういう生活の実態や実感がぬきになってしまうのだな。でも、そういうことを、知識のありそうな人たちが、中央である東京を舞台にしゃべったり書いたりすると、あたかもそれが事実として、むかしは貧しかったけど、食うだけは困らなかったし、ヤミ市なんていう楽しいところもあって、庶民の生活は貧しかったけど楽しかった、なーんてことになってしまうのだ。

そりゃまあ、ヤミ市の写真など見れば、みな嬉々として、スイトンのどんぶりなんぞを持って食べているわけだけど、飢えがあるからこそ、ヤミ市で高いカネを払ってスイトンを食べるときのよろこびはひとしをのわけだ。煮込みだって、しかり。それにラーメンだってそうだが、むかしのラーメンは、じつに「粗悪」なものだった。

「高い」「粗悪」がアタリマエであり、だからこそ人びとは「進歩」や「向上」を願って、「がんばった」。身を粉にして働かざるをえなかった。そういうところにあった食生活の実態が、経済感覚や生活感覚のない脳天気なコンニチの道楽や趣味のオシャベリで、ゆがめられる。

それから、たとえば、缶詰のような加工食品でも、メーカーが定める全国一律の「定価」が「常識」になったのは、平均的にみれば1970年代を通してだ。だからこそ、それに従った「品質の基準」や表示がモンダイになった。また、だからこそ、かつては、デパートは定価どおりで高いけど品質はアンシンできると評判を得ていた。

マーケティングとスーパーがフツウになるまでは、食品の流通は複雑で、末端の店と客もふくめ、ほとんどの取り引きは「相対」で決まった。高いもの粗悪なものを買わされるかどうかは、その場の「勝負」だった。

ご近所で、みな顔見知りだから悪いものは売らなかった、なんてのはウソだよ。そうではなく、腐りかけたものでも、コレ痛んでいるから安くしておくよと値段を「相対」で決めて売買されていた。あの店は、店頭に腐りかけているものを置いて売っていると、非難されることはなかった。ま、いまでも、おれがときどき前を通る八百屋では、腐りかけのものも売っていて、ちゃんと買っていくひともいるが。そういうことなのだ。

現在はモノが豊かになってココロが失われた、むかしはモノがなかったけどココロは豊かだった、なんていう言い草は、現在の脳天気なアタマが考え出したことで、モノ不足を舞台に「高い」「粗悪」の「食品ブローカー」の暗躍はすごかったのであり、その残滓がいまでも、ジケンがあると「ヤミ」から浮上する。

あえていえば、むかしは「高い」「粗悪」がフツウである環境の中で、それぞれに対応する「知恵」があったということになるだろう。それはココロのモンダイなんぞではなく、モノ不足のなかでの厳しい生活の知恵だ。

いま脳天気な頭に欠けているのは、それであり、なんでもかんでも国やメーカーが安全や値段を決めてくるものだと頼った頭で、過去の生活をふりかえったところで、ボケがひどくなるだけだろう。

食品業者には社会的責任が問われるが、オシャベリには社会的責任は問われない。言論は自由であり、受け取る側の責任だからな。それならば、新聞や出版の再販制度をやめるべきだろう。

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