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2008/06/30

横浜、葉山、逗子、鎌倉、酒浸り。

06yokohama_1横浜で飲んで逗子の中原さんちに泊まって飲むという予定を組んでいた最中に、葉山のギャラリーhaco5周年記念特別企画「牧野君とハイボール 里香ちゃんのカクテル」の案内が牧野さんから届く。ならば、それも加えようということになる。

おととーい、28日土曜日、横浜は石川町駅で15時30分、待ち合わせ。中原さんのほかに、ポン酒好き飲みっぷりのいい学習院お嬢様、初対面の元UPU京都ふとん屋若旦那さん。1軒目、角打ち、冷えた生ビールうめえ。2軒目モツ屋、ホッピーのあとポン酒。レバ刺し、ユッケ、なんでもうめえ。安い、1人2000円で、もうできあがったよ~。横浜橋商店街をうろうろ。黄金町から京急、新逗子。逗子駅まで歩きタクシー。hacoに到着。宴たけなわ。

大竹さん、岳ちゃん、瀬尾さん、木村さん、肉姫さん、同僚の関西からかけつけた初対面永田さん、えーと、ほかに…ま、とにかく、みんなもうかなり元気よくなっている。もちろん、蝶ネクタイをしめた牧野さんは、急ごしらえのバーカウンターで、ハイボールつくっている。

06yokohama_3そして、ひさしぶりの、カンさん。つまり、hacoは、カンさんのギャラリーですね。2階には酒場部で描いた牧野さんの絵が展示してあって、見る。週一の連載で取材も含め大変だったようだが、無事に最終回をむかえ、終了。

もちろん飲む。ああ、もうヨツパライだよ。で、大竹さん、瀬尾さんも一緒に中原さんちへ、全員で6人か。着くと、出迎えたのが、なんと夜叉姫さん。えっ、このひとが中原さんの奥さんなの?ってのは、ちがいましたね。

とにかく、飲んだ。もうよく覚えていないよ。大竹さんと瀬尾さんと学習院お嬢様は帰ったのだな。夜叉姫さんもか。目が覚めたら中原さんちだった。ふとん屋若旦那さんもいた。そーして、中原さんが腕をふるって魚をさばき、11時半ごろから、また飲み始めた。ビールのちポン酒。ふとん屋若旦那さん、用があって先に帰る。

おれは、この前の日曜に続き、新宿ゴールデン街のMバーで須田さんの飲み会があるから、帰りにそこに寄って、また一杯やるつもりだった。

中原さんは用があって横浜まで行くというので、15時半ごろだったかな、一緒に出る。それまで飲んでいたから、2人ともヨツパライ。須田さんの飲み会は19時半からで、ちょっと時間があるから、ひさしぶりに鎌倉でも散歩するかあと、逗子駅から一駅の鎌倉で、中原さんと別れ降りる。ウロウロして、ひさしぶりに八幡宮へとかやっているうちに、そうだ海へ行こうと思い立つ。若宮大路を海岸へむかって歩く。

この世は、一寸先、一秒先に、なにがあるかわからない。
ゆくへも知れぬ恋の道かな、ではなくて、ゆくへも知れぬおれの道かな。だ。

若宮大路を海岸へむかってフラフラ歩いていると、目の前に牧野さんがいるではないか。
あれっ、どうしたんですか。と、2人で言い合う。それからだ。

牧野さんはクルマで昨夜の撤収をした帰りで、本屋へ行って古墳部の旅の宿を決めるための本を物色するという。じゃあ一緒に行きましょう。本は立ち読みで、だいたいの情報は得られた。

本屋から出て、2人で見つめあう。このまま、わかれるのか、いいのか。と、お互いに黙って見つめあう。目が何かを語っている。

「エンドウさん、新宿へは何時までに行くのですか」「うーん、7時半から始まるんだけど」「じゃあ飲む時間ありませんね」「いや、いいよ、新宿のほうは先週も行っているから、今日は行かなくても」「ちょっとイッパイやりたいですね」「でも、牧野さんクルマでしょ」「置きに行ってきますから」「でも、ほら、めったに家にいないのだから、たまには家族水入らずのほうがよいでしょ」「そういえば、そうですね、でもちょっとだけ飲みたいですね、うちに行きますか」「うーん、せっかくだから飲みたいけど、でも、たまにはご家族といてあげたほうがいいんじゃないですか」「そうですね」「うーん、どうしたらいいのだ」……と、2人は堂々めぐりの話をくりかえす。ということは、ようするに、もう、2人とも飲むつもりなのだ。そして、そうなったのだった。

牧野さんはクルマ置きに帰り、19時に、牧野さんオススメの赤ちょうちんで待ち合わせることになった。にしても、まだ17時半で、1時間半ばかり時間があるから、おれは海岸まで歩き、荒れ模様の海でサーファーがへたなサーフィンをやるのを飽きずに眺め、のち待ち合わせの飲み屋へ行ったのだった。この飲み屋、よかった。

2人だけで飲むのは、今年に入って初めてだから、ぐふふふふ、がはははは、話がはずみ、飲むピッチも早い、早すぎるぞ牧野さん。それに、おれと牧野さんが、「ちょっとイッパイ」で終わるわけがなく。牧野さんはヤッパリ「ちょっといいバーがありますから、もう一軒行きましょう」と言うし、おれは飲み疲れだから早く帰るといいながら、牧野さんにしたがう。

そのバーが、またよかった。戦後日本における、アメリカ式カクテルの草分けの1人といわれる76歳のバーテンダー。とても76歳には見えない、おれは、おれより3つぐらい上かなとおもったぐらい。しかも、このひとが、マジシャンの団体の理事をやっているほどの手品師で、牧野さんがお願いすると手品を見せてくれた。その鮮やかなこと。と、楽しんでいるうちに、もう電車がなくなるよ~。

22時45分ごろ、バーを出る。駅に着く。切符を買っていると、先に改札口へ行った牧野さんが、「急いで、電車がくるよ」と叫ぶ。走る。電車に乗って、牧野さんは一駅だから、その間に携帯で電車があるかどうか調べてくれる。23時7分大船発の東海道線で帰れることがわかる。

ま、そうして午前1時ごろ、無事に帰りついたのだった。

とりあえず、こんなところで。中原さん、ありがとうございました。牧野さんも、立ち続けで、しかも自分では飲まずに、数百杯のトリハイをつくって、そしてきのうはおれの相手もしてくれて、ありがとうございました。

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