« 不確かな感覚の存在、それとも不確かな存在の感覚。 | トップページ | 高度経済成長のハレの味か? ビフテキ。 »

2008/06/21

おれだけ割りくっている不幸せ、食と農と脳。

テレビがなかったら、インターネットがなかったら、携帯電話がなかったら、メールがなかったら、そうは思わなかったかもしれない、「おれだけ割りくっている不幸せ」。

たしか「東京プリン」だったかな、携帯電話を買ったけど鳴らない、田舎へ帰ろうかな~という歌。あれは何年前のことだったか忘れたが。携帯電話が新しい寂しさや孤独を運んできた。田舎へ帰ったところで、それがついてまわる。

なんだか、「おれだけ割りくっている不幸せ」を感じる情報システム。だけど、「夢と希望」も与えてくれる、といわれる情報システム。新しい出会いをもたらすが、かつてないわかれと不幸をもたらすかもしれない情報システム。

クルマは、たしかに新しい交通事故の疫病神になったが、たくさんのひとが利用している。ドライブで恋が芽生え、カーセックスという新しいチャンスも生んだ。クルマがあれば、カノジョができて、結婚できるかもしれない。

「おれだけ割りくっている不幸せ」に、おれはココロのナイフを研いだ。幸せそうなあいつらは、おまえはそういう根性だから女にもてないし、ウダツがあがらないんだよというだろう。

「格差社会」って、なんじゃらほい。よくわからない言葉だが、格差があるのはアタリマエだよ。それを論じる必要はないだろ。あってはいけないなんてことになったら、「おれだけ割りくっている不幸せ」は、もっと増えるだろう。格差はあるんだよ、それで十分。

格差はなくせないから、それが束縛になるようなことを、なるべく減らすのだ。チャンスは平等というのもオカシイが、ようするに判断材料だけは、望めば平等に手に入る、判断は束縛しないで自由。どうも、いまの「格差社会」モンダイってのは、そこんとこがどうもオカシイ。なんてのかな、管理された格差というか、管理された自由というか。

「おれだけ割りくっている不幸せ」からぬけだすには、カノジョができればよいのか。そんなものはいなくてもよいかもしれない、たいしたモンダイではないかもしれない。友達だって、いらないかもしれない。女を追いかけるより孤独のほうがよいかもしれない。どんな方法があるのか、それについて、どれだけ自由に考えられるか。夏になっても、海やカレーライスに背をむけられる勇気をもとう。レンアイなんか、くそくらえだよ。と、結婚3回の男はいい。

「格差をなくせ」という無理な注文をつけることは、そりゃまあカッコイイかもしれないが、現実的でない主張というのは、モンダイの先延ばしであり、モンダイを解決する意思がない表明みたいなものだ。かくて、格差モンダイは解決しないで、格差評論家のセンセイがメディアをにぎわし儲かるだけなのだ。そりゃそうだ、格差評論家のセンセイは格差がなくなったらメシのネタに困る。ま、すぐ、あざとく別のネタをつくるだろうが。

なーんてことは、どーでもよいのだ。
どーでもよくないのは、これだ。

たとえば、きょうのasahi.comの、この記事だ。
http://www.asahi.com/business/update/0620/TKY200806200293.html

千葉県知事、農水相に減反見直し要請 目標達成難しく2008年6月20日22時4分


 千葉県の堂本暁子知事が20日、若林農林水産相を訪ね、千葉県に課された08年産米の生産調整(減反)を見直すよう求めた。目標を達成できそうにない現状を踏まえた「白旗」だ。千葉県は減反目標の達成へ最重要県と見られてきた。他県の取り組みに影響しそうだ。

 08年産については、コメの需要に基づいて全国で154万ヘクタールの作付けが適正とされ、10万ヘクタールの削減が掲げられた。千葉県の削減義務は1万3千ヘクタールで、都道府県別では福島県(1万3900ヘクタール)に次いで2番目。東京など大消費地に近いため、生産調整に参加せず直売する農家も多く、動向が注目されていた。

 堂本氏は農水相との会談後、「千葉の土壌は転作しにくく、目標達成は難しい。抜本的な見直しが必要だ」と記者団に語った。若林農水相からは「全国で痛みをわかちあっている。わかってほしい」と話があったという。

 農水省幹部は「まじめに取り組んでいる県から不満が出る恐れがある」と話す。北陸のある県の担当者は「現場の農家は不公平に思うだろう。転作が難しいのはどの県もいっしょ」と漏らしている。

 昨年は過剰作付けで米価が下落し、07年度(補正分を含む)と08年度予定分で2千億円近い税金がコメ対策に投入される事態になった。08年産の生産調整について、農水省は7月上旬にも中間報告する予定だが、「達成は厳しい」という。(小山田研慈)


堂本知事に対して、「「白旗」だ」と書く。いやはや。

「全国で痛みをわかちあっている。わかってほしい」と若林農林水産相。いやはや。こんな泣き落としのような政策なのか。

「農水省幹部は「まじめに取り組んでいる県から不満が出る恐れがある」と話す」……オイオイ、千葉の農家はまじめじゃないのか。そうか、千葉県というとハマコーを思い出すが。ま、千葉県の役人がまじめじゃないということなのだろうけど、「生産調整に参加せず直売する農家も多く」なのだからね。どうして、こういう農家を自立性と自律性のある農家として評価できないのか。

「北陸のある県の担当者は「現場の農家は不公平に思うだろう。転作が難しいのはどの県もいっしょ」と漏らしている」どうして、こういう声を取り上げるわけ。そういう県に右へならえしなくてはならないってこと? 難しいなら難しいとハッキリいってはいけないのか。どうやら「まじめ」というのは、国の言いなりになる県のことらしい。

「昨年は過剰作付けで米価が下落し、07年度(補正分を含む)と08年度予定分で2千億円近い税金がコメ対策に投入される事態になった」……この書き方は、最近の「コメ不足」モンダイを避けて、あたかも農水省のとおりにやらないと、ムダな税金がつかわれるかのような。ま、そこは、たしかにモンダイがないわけじゃないが、ようするに、作付けを含め経営判断を農家の判断にまかせるべきということじゃないと、展望は開けないってのは、もう何度も書いてきた。判断は自由であるべきだ。

判断を間違えば貧乏もあるさということでよいのじゃないかね。経営というのは、どんな経営も、そうやっているんだ。それが、「大人の経営」ってもんでしょ。それに、判断する自由を束縛しちゃ、人間の可能性は発揮されない。結果的にカネがかかることになってしまう。


あっ、おれ、もちろん、酔ってますだ。まもなく、午前2時だあああああああ~

関連
2008/05/31
食や農や食料自給率や食育とか語るなら「今日の一貫」さんを読んでおきたい。

|

« 不確かな感覚の存在、それとも不確かな存在の感覚。 | トップページ | 高度経済成長のハレの味か? ビフテキ。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 不確かな感覚の存在、それとも不確かな存在の感覚。 | トップページ | 高度経済成長のハレの味か? ビフテキ。 »