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2008/07/28

ベタはよくないし、「消化」も「昇華」も、ちょうどよく、いきたいが。

きょうは少々二日酔い気味にもかかわらず、仕事は順調に片づいている。やはり、少しほろ酔い状態のほうがよいのだろうか。コツコツ仕事のあいだに、「理解フノー」のために、『四月と十月』の最新号、この4月発行の18号をパラパラ見る。

この号については、中原蒼二さんがブログ「吹ク風ト、流ルル水ト」の5月6日に書いておられ、そのあと中原さんに会ったときに、「ライターでもないひとたちにこんなにうまい文章書かれたら、あんたたちどうする」とからかわれた。しかしこれはもう、たしかに中原さんのおっしゃるとおりのなのだ。

なので、その5月6日の「四月と十月」から引用。


いまや、わが日本に美術雑誌という括りはないのだろうが、それにしてもレベルの高い充実したメディア(?)である。

まず、楽しんでつくっていることが読む側に伝わってくる、これがいい。
(略)
そのうえ、このことは大書しておかなければならないが「文章がいい」。
どの人の文章がいい、というのではない。
開いたページの文章を読んで、フゥーッと息を吐く。そうするとだんだん気持がゆっくりとしてくる。
名文を書こうという意気込みがない。ちょっと技巧をこらして…というスケベ心がない。
しかし、なにかが伝わってくる。フゥーッと息をする。
そうだ、この感じが『四月と十月』に静かに満ちているのだった。


そうなのだ、そうなのだ。そうなのですね。

表紙の絵は、美術教師から教頭先生になった、田口順二さん。「表紙の作品について」で、「この絵はゴミ拾いをしている自画像です。朝学校に行って校舎の周りのゴミを拾います。ガムの吐き捨てや、タバコの吸い殻、お菓子の袋など毎日拾います。学校では禁止されているはずのものが、なぜか多量に落ちています」と書いている。続いて、表紙のデザインをした内藤昇さんが、書いている。「田口さんは中学校の教頭先生である。/さぞかし大変だろうなぁ、心身共に。/腐ったミカン世代の僕としては心の底からそう思う」

久家靖秀さんの文章は、「家出」のタイトルで、「十歳の息子が家出をした」と書き出す。
息子さんは無事にもどってきた。久家さんは、文章をこう結ぶ。


 後日、二人きりの時にこう聞いてみた。
「どうしてあんなに遠くまで行っちゃったの?」彼はうーんとうなってから答えた。
「前から、一度家出してみたかったんだよね。警察の手も及ばない遠いところに。」


古墳部の旅行のとき、久家さんと、温泉につかりながらだったか、酒飲みながらだったか、このことについてアレコレ話した。10歳から中学生ぐらいまでのあいだというのは、思いがけないことを考え、なにかのはずみにやってしまうことがあるようだ。けれど、おとなになると、そのとんでもなく思いがけないことを考えていたことも、忘れてしまう。おれが尊敬する都内の中学校の先生は、「人間は中学生ぐらいのときに一度死ぬのである」というのが持論で、なんどかその話しを聞いた。関係ありそう。

有山達也さんの連載「装幀のなかの絵」は、「完成っていつ?」のタイトル、近頃おれがときどき考えていることに接点があって、いまでも考えている。

雑誌「クウネル」に掲載の川上弘美さんの短編小説の挿絵のことだ。「川上さんの原稿を読んでから挿絵を誰にするかを考え、全体のレイアウト、仕上がりも同時に進めることにしている」「今回は若手のイラストレーターに依頼を決めた。堺直子さんという方で、事務所に送ってくれたファイルを見ていいものを感じていた」

「堺さんへの依頼は「自由に描く」ことと正反対の窮屈なやり方を考えた。それは逐一進行に干渉をし、具体的に指示を出していくものであった。この方法を彼女に了解してもらった」

彼女が描いた絵を携帯電話のカメラで撮影しメールで送ってもらい指示することを繰り返した。カンジンなことは、ここからだ。

「続けるうちに顔を含めて段々と良くなってきたけど、逆にこなれた感じも出てきた。こなれてはいけない、この辺りが潮時と判断し、オーケーの返事をした」「オーケーを出した絵とそれまで描いた(彼女が納得している)すべてのものを一緒に送ってもらった。」

「その中に混じって描きかけのような、練習のあとのようなものに目が留まった。最後の絵よりとても魅力的だったが、これは決して本人が選ばない一枚ではないだろうか。本人が気付かないうちに絵は完成されていた。魅力的なものが途中で捨て去られてしまうこともあるんだな、と。」

それで有山さんは、「彼女に電話して違うものをチョイスしたことを話した。」

これはまあ、有山さんならではの話しで、誰でも真似できることじゃないだろうけど、おれが興味をもったのは、「逆にこなれた感じも出てきた。こなれてはいけない、この辺りが潮時」という判断だ。近頃、これって、けっこう大事だなあと思うのだが、ま、低能力のおれには、わかっちゃいるけど、なかなかできない。どうしても、ベタのベタベタにこなしてしまおうとする。

んで、しかし、これが、ひとのことだとよくみえる。よくわかる。
だから余計に気になるのだが……。てなところで、ちょうど時間となりましたあ。

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