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2008/08/30

めし、メシ、めしっ!!!『ミーツ・リージョナル』10月号「ザ・めし特集」が届いた。

Meets_honsi2いやはや、おどろいた、特集タイトルが「ザ・めし」のことだもんなあ。それにしても、よくぞこれだけ、めしとめし屋を集めた。もちろん米屋だってある。

たとえば「毎日卵かけご飯宣言」は、「昼の定食も」「飲みのメシにも」「家でも」「週末旅も」といったぐあいだ。そんなトコトン突っ込み調子が最後まで。「昼定真っ当店」「気になり米を徹底調査 米ニュース」、おかずチョイスの「京阪神 めしテリアへようこそ」、「白めし史上主義宣言」と謳う「街で、家で、白めしの120%堪能法」の「セコ喰い」が愉快だ。さらに「丼(貪)欲に行こう」「街なか郷土めし行脚」。おっと、最初のグラビアにあたるページの「米っ娘、ええ顔24時」を忘れちゃいけない、めしなんかいい、この娘たちに会いに行きたい。とにかく、「ザ・めし」の看板に偽りなし、メシ・パワー全開。

本誌編集の橋本由嗣さんは、「「めし」は毎日の生きる活力で楽しみ。だから日々、何を食べるかは永遠のテーマだ」「「あの人に会って、あの人の作ったご飯を食べたい」と一度行っただけで感じさせてくれることが、日々の幸せへの近道なのだ」と編集前記に書く。「うまいめし」や「めし食うこと」の本質をとらえた言葉だとおもう。

これだけ「めし」についてまとめたものは、雑誌・本を通してないだろう。トコトン関西めしガイドでありながら、めしと街で生きること、めしと幸せを熱く語っている。全国のめし食うひとたちに読んでほしい一冊。

おれが書いた「緊急寄稿」については、↑上のエントリー「お知らせ 9月1日発売『ミーツ・リージョナル』10月号「ザ・めし特集」」をご覧ください。

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2008/08/29

大阪・庄内、お好み焼「パセミヤ」。

Oosaka_pasemiya_menu近づいてきた北九州行きは、このひとがいなかったらの『雲のうえ』は生まれなかった、あの『雲のうえ』をプロデュースした中原蒼二さんのプロデュースで、おもしろい試みをやる。この件については、9月10日ごろに、当ブログで、なんらかの報告があると思うので、ごらんいただきたい。きょう、そのプランの概要もメールで届き、これはオモシロソ~と、頭のなかは、ますます北九州モード。だけど、もうすぐ9月1日で、『ミーツ・リージョナル』10月号が発売になるから、大阪モードが盛り返し、ミックス状態。

きのうのエントリー「大阪、ダイビル140Bの「140B」」で書いた江弘毅さんは、『「街的」ということ――お好み焼き屋は街の学校だ 』(講談社現代新書) の著者だ。おれの大阪のことも北九州のことも「街的」が大いに関係するのだが、きょうは「お好み焼き屋」のことを書く。街の学校だぞ。

8月6日は大阪に取材で泊まり。すでに書いたように、夜は鶴橋で焼肉宴会。泥酔明けの7日、これまたすでに書いたように、十三で立ち飲み。あまり飲みすぎず、食べ過ぎずにいたのは、ここ、お好み焼「パセミヤ」へ行くためだった。

パセミヤは、大阪市ではなく、大阪府豊中市庄内西町2-23-23 グルメシティ庄内店一階専門店街内にある。十三から阪急宝塚線で二つ目の庄内駅が最寄だ。

お好み焼「パセミヤ」のWebページ…クリック地獄
パセミヤの二代目若旦那、よっちゃんのブログ「Art de Faire」…クリック地獄

を見ていると、おしゃれで、グルメで、住所には「グルメシティ庄内店一階専門店」なんてあるし、おれなんぞは近寄りがたいイメージだ。しかし、「パセミヤ」のWebページには、「おかん 大阪のお好み焼き屋には絶対欠かせません」とコメントがついて、おかんの写真があるのだが、どう見ても、下町のおかんだ。とにかく行ってみよう、なんの、おしゃれグルメな店だとしても、おれは恐れはしない。

てな、ことでもなく。よっちゃんは当ブログの読者で、しかも江原恵さんの著作をよく読んで理解も深い方だ。それに以前、入谷コピー文庫から出た、おれの『現代日本料理「野菜炒め」考』を一冊、どなたにでもわけますと、このブログで告知したとき、すぐさま応募くださって、差し上げた。さらにそのお礼にと、名だたる清酒「秋鹿」の高級酒を送ってくださった。どう考えても、おれにはまったくソンのない方なのだ。恐れる理由がひとつもない。

Oosaka_pasemiya_syonai庄内は、初めてだ。駅のそばから始まるアーケードの商店街は、大阪の各地にある、東京の北区あたりの、下町風商店街とあまりかわりない。ただし、アーケードにぶらさがる看板に「楽しくて、庄内」とあるあたり、やっぱ大阪だよなあと思う。東京の根っからの下町人種にもダジャレ好きは少なくないが、商店街の宣伝という舞台で、こうはやらないだろう。なーんてニヤニヤしながら、この通りをズンズン行くと、すぐ右に入る路地というか、そこがグルメシティ庄内店一階専門店街だ。こぎれないな二子玉川風ショッピングセンターのなかの、こぎれいなパセミヤを想像していたおれは、ふつうの家並みの街場な暖簾がさがる間口一間ほどのパセミヤの前に立って、じつはアンシンした。やはり、もし、やはり、アートフルなイマ風なおしゃれな店だったらどうしようとキンチョーしていたのだ。

13時半ごろ、店に着いた。
いや~、ほんと、こじんまりとした、家族でやっている、着飾らない、生活感街場感ただよう、いいお店なんですよ。
商店街の雰囲気がそのまま続いているような、長靴や下駄履きでもよさそうな、おかんな店です。

Oosaka_pasemiya_yaki01で、話は、とばす。お好み焼って、昨年の北九州でも食べたし、いろいろなところで食べたけど、おなじ、というものがひとつもない。ぜんぶ、表情も中身も、ちがう。そして、このパセミヤも、またこれまでに味わったことのないテイストのお好み焼だった。

注文は、豚・イカ玉にネギ増量タップリだった。自分が座ったテーブルの鉄板で焼いてもらうのだが、ほっこらとした焼加減、外はかたく焼きあがっているのに、口に含むとホロッと崩れてくるかんじに仕上がる。

たとえば参考だが。下の画像は『雲のうえ』5号にも載った北九州の、お好み焼の人気店「山田食堂」のネギ焼だ。ここは、全部ではないかもしれないが、ほっこりではなくて、押し付けるように焼く。押し付けるための、ステンで出来た丸い道具もあるぐらいだ。

Kitakyu_ymada_okonomiま、お好み焼に詳しいひとはたくさんいるから、あまり能書きは書かないにしよう。ただ、ずいぶんいろいろ「お好み」があるということであり、「お好み」の意を、具の選択だけではなく、その焼加減などすべてを含めて考えるならば、「お好み焼」は、広く深い食べ物なのだと、あらためて感じ入った。そして、ソースも含めて、そのあがりによって、酒類との相性もさまざまに可能なのだなあ。

ま、とにかく、パセミヤへ行って食べてみてください。よっちゃんは、そのブログからも、大変な研究熱心であることは、わかるし、おれみたいにズボラな人間でも、これはじつに繊細なお好み焼だということがわかる。

ともあれ、よっちゃんは江原恵さんの著作を、よく読んでいることはブログでも知っていた。話は、自然に、江原さんのことや著作のことになった。江原さんの本を読んでいるひとには、ときどき出合うことがあるが、たいがいサブカル系的関心の「本読み」の方であり、料理の現場の方は少ない。江原さんの本は、実際はクロウトじゃないとわかりにくい内容があるから、料理の現場の方と話すと、そのへんの話ができて楽しい。いろいろメニュー外のものをいただきながら、赤ワインなども飲み、いい酔い加減のなかで、またたくまに帰らなくてはならない時間になった。もっと話していたかったなあ、と、やや後ろ髪をひかれる思いで、パセミヤをあとにした。

よっちゃんのブログに「エンテツさんとの語らい」と、その日のことが書いてある。…クリック地獄

どうもありがとう、よっちゃん。また会いましょう。

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2008/08/28

おれの顔写真を間違えた「ゲンダイ」。

Kenkyu_gendai身辺整理の都合があって片付けをしていると、こんなものが出てきた。1995年9月8日の日刊ゲンダイだ。「話題の新刊・著者インタビュー」のコーナーに、おれが登場したのだが、なんと、ちがうひとの顔写真が載った。

『大衆食堂の研究』の発行日は、本の奥付には7月31日とあるけど、実際は7月中ごろに店頭に並んだ。ゲンダイからいつ連絡をもらったか記憶にないが、たしか8月の末に、インタビューを受けた。新宿駅中央口の、いまではなくなった「談話室 滝沢」でのことだった。インタビュアーは、フリーのライターの方だった。写真は、滝沢の店内の片隅か、滝沢の入るビルの階段あたりで撮影したと思う。

知らされていた掲載日、そのころ住んでいた最寄の、京浜東北線与野駅の売店で買った。広げると、ちがうひとの顔写真。えっ、これ、おれじゃないぞ、誰? 

すぐ、ゲンダイの電話でしか話したことのない編集デスクの方に連絡した。電話口で、先方は大変恐縮し、平謝りだった。だけど、こちらはそんなに大げさな問題とは思っていない。ちがうひとの写真が載ったから、おれの写真がちがうひとの記事に載る可能性があるのでは、と思った。

どこでどう間違えたのか、編集デスクのひとはおれと会ったことがないから、入稿前におれの顔写真をチェックすることはできない。ま、こういうまちがいは、意図的な扇動記事とちがい、罪はない。笑ってすませられる、ギャグだ。

それにしても、この顔写真は、どなたなのか。
このひとにも、生きていれば、あれから13年の歳月が流れたのだな。

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大阪、ダイビル140Bの「140B」。

8月6日の大阪。思いがけず、「編集集団140B」を訪ねる機会にめぐまれた。昼間、取材の移動の最中に、藤本編集さんが、連絡をとって訪問の段取りをしてくれたのだ。

江弘毅さんと140Bといえば、いま右サイドバーの最近のトラックバックにある、「エンテツさんの「街的」 (編集集団140Bブログ) 」だ。

これは、2006/07/19「「地下鉄のザジ」の街的飛躍そしてパーソナルヒストリー」にいただいたトラックバックで、その上のトラックバック「「ちょいワルおやじ」の〈消費〉生活のどこがおもろいねん (140B劇場-浅草・岸和田往復書簡) 」も江さんの関係の方による。

簡単に書いてしまえば、江さんといえば、おれの印象は「岸和田だんじり」と「街的」。とりわけ、その街的に、おれはヒジョーに共感したというか、刺激を受けたのだった。そして、江さんたちが率いる140Bは、なにやら熱いオーラを放ち、関西をこえて活躍の、気鋭の編集集団だ。

17時に肥後橋駅で藤本編集さんと待ち合わせた。土砂降りだった。

140Bの法人名は、株式会社140Bであり、ダイビル140Bの部屋に事務所があるのだ。

東京駅前の、かつての旧丸ビルのようなデザインの、高い天井の廊下を歩き、入り口も旧丸ビルのようだった。ドアを開ける。さあ、140Bだ。

と、細かく書いていられない。入って右手の壁に、学校の教室の黒板のように長い白板があって、いっぱい何か書いてある。メモのように書きなぐられ、消さないままの古いものもある。ここに140Bの「企業秘密」があるようだったが、写真を撮るのを忘れた。

江さんは、その白板の前の長机で来客と打ち合わせのようで、代表取締役出版責任者の肩書の中島淳さんと初対面の挨拶。と、細かく書いていると長くなるな。それに、いま午前2時過ぎで、やや眠い。

打ち合わせがおわった江さん、さらに140Bのブログで「島民」「島民」と活躍の名前からして迫力のある若手の大迫力さんが加わり、話はにぎやかに。そうそう、江さんの肩書は、取締役編集責任者。

Oosaka_140b_me「ななじゅうまる」「月刊島民」など、最近の作品を見せていただく。中島さんは、タイトルにこだわり、執念を燃やしているそうで、なるほど~。70歳を意識した「ななじゅうまる」、「商い」と「飽きない」をひっかけた「あきない」…。江さんの、酒場で本を読んでいるやつ、本を読むようなやつがいる酒場は嫌いだ、の話は、すでに書いた。大迫さんは、とにかく「月刊島民」だった。話がトツジョ千葉コンプレックスなどに跳んだり、にぎやかで楽しい時間は素早くすぎてしまった。

江さんがだんじりの話を始めると3時間ぐらい黙って聞いてなくてはいけない、というようなウワサを耳にしていたのでカクゴしていたが、お互い予定もあることだし、そうはならなかった。でも、いつか聞いてみたいものだ。

トツゼンの訪問なのに、忙しいなかお付き合いいただき、140Bの空気をタップリ吸えた。

自由闊達、ヴィジョン、熱いものを、身体にはちきれんばかりに蓄えたひとたち。知的であっても生活感や街場の感覚を失わない。いま、のりにのっている。それは、まさに、最初に部屋に入ったときに目に飛び込んできた、白板の姿だった。

そうそう、江さんたちと話している最中に、ドアから誰か入ってきた。おれからは背中になるのだが、その気配を察し、ふりむくと女子がひとり、外から帰ってきたところのようだった。どうもその顔や雰囲気が気になったのだが、あとで考えると、どうやら青山裕都子さんだったのではないかと思われる。アコガレの青山さん、挨拶できなかった。

眠い、とりあえず、このへんで。
あとで、書き足す。かも知れない。

「月刊島民」の「島」とは、大阪のエスタブリッシュメント・エリアといえる中之島のことだ。おれも、そこに「島」を意識したことはなかったが、おそらく「島」を意識しているひとは、極少だったにちがいない。そのエスタブリッシュメントも、街的な編集集団の手にかかると、街的な「島民」になるのだな。

Oosaka_140b_bいま中之島地域は、140Bの入るダイビルがある地域も含め、都市再開発がガンガン進んでいる。画像の渋い建物が、ダイビルだが、この左側は、川をはさんで中之島だ。大正年間に建てられた、東京の旧丸ビルとおなじ設計者によるダイビルも、その都市再開発の波にのみこまれそうだ。でも、建物や街路は変っても、街的は、したたかに生き続けるだろう。そういう力強さを140Bに感じた。

ほんとに、おわり。
シゴトしすぎて、神経が冴えているせいか? あまり酔ってない。つもり。

見よ!「編集集団140B]ブログ」…クリック地獄

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2008/08/26

頭は北九州モードのなかで。北九州市の渡船。

Kitakyusyu_tosen19月も今週でオワリということに気づいた。ということは、来週は北九州へ行くのだ。ということは、どうせいくなら、チョイはやめに行き、チョイ遅くもどり、アチコチまわりたいと思い、となると片付けておかなければならないこともあり、うーむ、むむむ、コツコツコツやりながら、頭の中は北九州モード。

というわけで、こういうときにでもなければやれない、昨年の夏、『雲のうえ』5号の特集「はたらく食堂」のときの、ロケハンやホンバン取材のとき食べた食堂などを、とりあえず一覧だけつくり、ザ大衆食のサイトに掲載した。…クリック地獄

ま、リストなので、用がないひとは見てもツマラナイと思うが、用があるひとは、タダで楽できる有難いリストだ。これだけ整理するのが、けっこう大変で、思わぬ手間に、けっこう真剣になってしまった。

もともと資料の整理が悪いうえ、8月のホンバン取材のときデジカメで撮影したデータは、今年早々のパソコンクラッシュで、バックアップもとってなかったので、全部消えている。なくなって清々したと思っていたが、デジカメのデータを見ると、行ったところ移動のコースと順序を知る手がかりになるのだな。ま、でも、いいのだ、なんとかできた。

と、やっているうちに、とんでもないことになった。というのも、「ザ大衆食」のサイトのレイアウトやデザインを変えたくなって、あちこち変えだしたのだ。トップページのほかに、「ヨッ大衆食堂」「ホッ快食散歩」をかなりいじった。

やれやれ。

そのあいだに、来週いつでも出かけられるようにと、コツコツコツ仕事をいろいろ片づけ、かなり可能性が出てきた。

と、そのあいだに、大阪の「ミーツ」藤本男さんから電話やメールがあって、おれが校正で直し赤を入れたところが、直らないまま刷りあがったと。なーんだ、校正やった意味ないじゃないか。ま、でも、おれは、そういうことは、つまり大勢に影響ないミスは、ほとんどすぐ忘れる。一字や一文にイノチをかけちゃいない。イノチをかけるならオンナにだ。じっさい、忘れて、頭は北九州モードだ。いいよいいよ、ガンガンやろう。みんな、失敗しながら成長しているのだ。おれのように、失敗しても成長しないやつも、ときにはいるが。みんな、どーせ、消えちゃう、忘れちゃうのだ。

えーと、あと、「四月と十月」の校正も送った。これは、ちゃんと直るだろう。

ま、とにかく、頭は北九州モードなので、北九州の画像だ。この洞海湾に架かる若戸大橋、若松区と戸畑区を結んでいるのだが、この橋は自動車専用道路だから徒歩や自転車は渡れない。なので、市営の渡船が活躍してきた。これが50円。洞海湾の両岸と奥と海側を渡船から眺める、これがいいんだなあ。いいんだよ。

2008/08/23「どうなるのだ、どうするのだ、下北沢の都市再開発を考える「シモキタ・ヴォイス」。」に書いた、「まもるべき街」とは何か、だけど、けっきょく「まちの宝」は何かだね。自分の損得だけじゃなく、自分の趣味や好きなことだけじゃなく、「まちの宝」を考えておかないと。

儲けだの、趣味的生活だのといっているうちに、大事なまちが失われてしまうのさ。いまの東京のような大都会は、「まちに生きる」より「業界や市場と趣味に生きる」だからね、もう小さな趣味まで誰かの市場になっていく。「まちの宝」もクソもねえのさ。自分が儲かるなら宝、自分が好きなら宝、そういうのがウロウロしているだけ。それじゃ、生きるためのみんなの「まち」は、どうなるんじゃ。

そうなのだ、「まちに生きる」ってことについて、考えておきたい。「生活」だよ、「生活」にとって、どう大切であるかだ。カネや趣味、自分が好きなことしかみられなくなってゆくなかで。ま、できたら北九州まで行って、50円の渡船に乗って考えてみてよ。

上は自動車がビューンと走る橋、その下を50円の渡船でゆく。それだけでも「風流」な「観光」ではございませんか。

あっ、なに書いているか、わからなくなったから、やめる。
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2008/08/24

いまどきの「庶民」。

おれがよく酒を買う、近くのボックスストアの酒の品揃えが最近かなり変化している。

乙類つまり本格焼酎の銘柄の種類と陳列面積が少なくなった。そして安い甲類の、1.8リットル入りの箱パックと2リットル以上入りのペットボトルの陳列が増えた。清酒も同様で、銘柄数が減り、かつ1.8リットル入りの箱パックへシフトしている。あと増えているのは、ワンカップの焼酎と清酒の陳列(これは、おそらく、財布の手持ち現金をにらんでの、小口単価でしか買わない人がふえているのだろう)。顕著なのは缶ビールで、いわゆる缶ビールの陳列面積は極端に減り、発泡酒と第三のビールがそれに変っている。

説明するまでもなく、マスコミの見出しなら、「生活防衛」というやつの実態だろう。

2008/08/01「法人化せよ!やら、居酒屋ほろ酔い考現学。」にも書いたが、今回の「不況」の飲食店経営の厳しさは、低価格帯の「家酒」に対抗しうる決め手がないため、客単価や売上の低下どころか「客離れ」が心配されることだ。

それはともかく、これまでの飲み方を、厳しくなる財布事情にあわせて、「率」のよいほうへ変える動きが顕著だとみてよいだろう。

で、おれが、まず店頭で考えたのは、そのように何らかの対応をしているのが、いまどきの「庶民」で、一方には、そんなことを心配する必要のないひとたちもいるということだ。

これまで「格差」がいわれてきたが、でもアイマイなところがあった。たとえば、「庶民」的生活レベルと、そうではない、「優雅」とまではいかなくても「市民」的生活レベルの「差」がアイマイだったような気がする。しかし、そろそろハッキリしてくるようだ。それは、ビールを買う余裕がどれぐらいあるかで、簡単にわけられるほど、明快になるかもしれない。

そうなったら、おれはやはり「庶民」より「市民」がいいなあ、と、酒類販売の棚の少ないエリートのような面積しかない缶ビールの前で思ったのだが、そのとき、おれはいま述べたような酒における「生活防衛的」な策を、ほとんど考えてなかったのに気づいた。

それは、そのように「レベル」を下げる必要がないほど、すでにふだんから安酒を買っていたからで、つまり、あと残されている策は、飲む量を減らすしかないのだ。

そのことに気づき、ガクゼンとしトツゼン気分は萎れたチンポみたいになり、オランダ産アジ開き4尾入り、これがまだ値上がりしてなくて、300円ぐらいなのを買って、萎れたチンポをぶらさげて帰ってきたのだった。

そして、ここ数日のレシートのたぐいを見ていて、なんと、クソヤロウ、21日に新宿はション横の「鳥園」で飲んだホッピー、最初のセットが600円! 中が300円もしているではないか。ああ、そんなことが気になる、クヤシイおれって、やっぱ「庶民」的生活レベルか。ああ、酒の値段や飲む量など気にせず飲める、「市民」になりたいなあ。できたら、「国産」なのに高いアジの開きも食べたい。

そうだ、インターネットをやめれば、そのぶんが浮く。いまだって、インターネットやっているのは、そんなに日々の労働に追われていない、ま、プロバイダーに払うカネの余裕とパソコンに向かう時間の余裕のある「ネット市民」たちだからなあ。しかし、おれは「ネット市民」やめたら、完全に「庶民」になっちまうなあ。やだよ~「庶民」なんて、ネットも酒もやれる「市民」がいいよ~。ぐわわわわわわ~。おわり。

マスコミは「生活防衛」という言葉をつかい、国民生活の方向性を、そこへ収斂あるいは閉塞させようとするが、本当は、こんなときにこそ「生活向上」を謳うべきなのだ。「向上こそ、最大の防衛」。みんなでめざそうグルメな市民生活。

と書いても、大多数の庶民は、インターネットなんかやってないのだな。発表になっているインターネット普及のデータは、プロバイダーのダブリや、業務でだけしか使ってないひとも含めて、大多数の庶民がやっているような数字だけど。

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2008/08/23

どうなるのだ、どうするのだ、下北沢の都市再開発を考える「シモキタ・ヴォイス」。

以前、2006年7月3日東京・世田谷区下北沢で開催された「カルチュラル・タイフーン 2006 下北沢」の「都市を紡ぐ」のセッションにパネラーで参加した。その後、下北沢再開発に関する情報はさまざまで「錯綜」している一方、下北沢駅の地下化工事は着々とすすんでいる。

いったいどうなるのかと思っていたら、「都市を紡ぐ」のセッションで一緒だった、下北沢の都市再開発計画の見直しを求める「Save the 下北沢」という運動の中心メンバーのかたから、

来週8月29日(金)から31日(日)までの3日間、
下北沢の都市再開発について多角的に考える「シモキタ・ヴォイス」というシンポジウム&ライブイベントを行います。
とのニュースが届いた。

メールには「2006年10月、再開発の要となる幹線道路(補助54号線)の事業認可が東京都によって下されました。その後、開発を進める世田谷区は用地買収を進めようとしていますがいまだ買収は難航しています」とある。

「都市を紡ぐ」のセッションのときもそうだったが、この運動は、単純な反対運動とちがい、下北沢の都市再開発について「多角的に考える」ことをしている。

「計画の見直しを求める運動は、立ち上がりから5年近くが経ち、その間に様々な政治的局面を経験し、また様々な議論もしてきました。「街の個性をまもれ」という主張が届く範囲についてや、「セキュリティー」の論理とどのように向き合うべきなのかといった問題、さらに「まもるべき街」とは何かといったことについてなど、今回のシンポジウムでも改めて議論がなされると思います」

そうなのだ、カンジンなことは「まもるべき街」とは何か、なのだ。大衆食堂があるような街を守ろう、大衆食堂があるような街をつくろう。

下北沢の都市再開発問題を考えておくことは、アチコチでこれからも発生する都市再開発問題を考えるうえでも大切になると思う。「こういういい街や店がなくなるのはサミシイ」なーんて、あとから寝言をいうぐらいなら、いまのうちに考えよう。

というわけで、「ぜひとも皆様、来週末は下北沢へお運びください」「またHP、メーリングリスト等でご紹介いただけますと幸いです」とのことだ。おれは参加できるかどうかわからないのだけど、よろしく~。

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シモキタ・ヴォイス08

 都市再開発に揺れる東京都世田谷区・下北沢。
 昨年、道路予定地にかかっている劇場「ザ・スズナリ」が呼びかけ、運動関係者・学者・文化人・演劇・音楽関係者などが多数参加して都市再開発について多角的に語り合う「シモキタ・ヴォイス」というイベントが行われました。延べ1500人が参加し、スクラップ&ビルドではない、持続可能な街づくりを目指す下北沢の声を広くアピールしました。

 今年は道路計画の見直しを求める地元商業者のグループ「下北沢商業者協議会」が主催し、8月29日(金)から3日間にわたりシンポジウムや音楽イベントを行います。

 計画の見直しを求める運動の関係者をはじめ、都市計画学者の福川裕一さん、社会学者の北田暁大さん、批評家の仲俣暁生さんなど、多くの方が参加します。ぜひとも皆様お誘いあわせのうえ、下北沢にお越しください。

【SHIMOKITA VOICE08 特設サイト】
http://www.shimokita-sk.org/sv2008/

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当ブログ関連
2006/07/03「「若者文化」を商品化した「若者の街」の後の祭り」

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2008/08/22

新潟日報コラム「甘口辛口」の掲載紙が揃った。

新潟日報に10回連載のコラム「甘口辛口」の掲載紙が届き全部そろった。10のタイトル、掲載日と、文章の一部を転載しておく。

8月4日 「おふくろの味」の謎
リクツをいえば、「おふくろの味」という味はない。なぜそんなアイマイな表現で、もっとも自分たちの身近な食や料理を語るようになったかについても、私は興味がある。

8月5日 生活のなかの料理
豆腐はありふれた食材であるが、品質と値段はさまざまだ。何度も食べるのだから、豆腐の味によって、薬味や調味料などを作りかえ、やっこ料理を何種類つくれるかは、うまい豆腐屋や豆腐料理屋を何軒知っているかより、日々のおいしい生活には大切だと思う。

8月6日 家庭料理こそが食の原点
働いて生き、生きて働く日々の食事を輝かしいものにしてきたのは、家庭料理や郷土料理とよばれるものなのだ。

8月7日 生活と味覚
とくに戸畑区には、独特の細い蒸しめんを使用したチャンポンがある。
それは製鉄と共にあった町の生活のおいしい物語でもある。
そんな味覚が、たくさんあるはずだし、もっと見つけたい。

8月11日 広い世界と狭い知識
付き合いの長いアサツキに、こんな食べ方があるとは知らなかったし、そもそも、もりそばには刻みネギとワサビが「正しい」と思い込んでいた。
60代なかば、なおかつ身近なもので、こんな初体験があると、味覚の世界の広さと、自分の知識の狭さに、あらためて気づく。

8月12日 隣は何を食べるひとぞ
ときどき、子どものころ遊んだ近所の同年代の連中は、どんな味のものを食べていたのか考えるが、まったくわかならい。
味覚は個人に属するものだからこそ、多様でおもしろく探究のしがいがある。

8月13日 「そんなもの」が目玉に
日常の身近な食には、それなりのよさがある。どこにでもあるようなものでも、土地ならではの物語がある。その魅力を発見することだろう。

8月14日 祖父母の代は霧の中
食に「上品」「下品」をあてはめる悪癖をやめなくては、食の実態も未来も見えてこない。

8月18日 ココロの問題
なんでも他人のココロの問題にするより、自ら政策的見通しを持つことがカンジンだと思う。

8月19日 快食
庶民が、ちょっと夢の経済大国を体験したぐらいで「美食家」を気どることはないと思う。かといって、「粗食」や「清貧」に耐えることもない

ザ大衆食のサイトで、全文ご覧いただけます。…クリック地獄

当ブログ関連
2008/08/09
新潟日報コラム「甘口辛口」。
2008/07/25
文章のオベンキョウをしてみるかと思うこともある。北九州から電話。

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人身事故、豪雨の新宿、酩酊。

きのう。新宿でキヨタ嬢と19時待ち合わせのため、夕方、はやめに出かける。北浦和駅についたら、京浜東北線のさいたま新都心駅で人身事故が発生しとまっている。はやめにウチを出てよかった。運転再開までホームで待つ。電光の「遅延速報」のようなものを見ていると、京浜東北線だけではなく、京急線、東急東横線、有楽町線、副都心線、西部池袋線だったかな?とにかく6つぐらいの線で「人身事故」が発生し遅延している。なんという日だろう。

赤羽で埼京線に乗り換えるころ、ホームのなかにまで雨が吹き込む土砂降り。なんという日だ。それでも、はやめにウチを出ていたので、5分前ぐらいに待ち合わせ場所につく。キヨタ嬢あらわれ、なるべく雨に濡れないコースを歩き、ション横の鳥園。雨のせいだろう、空いていて、この時間なのに、少ないボックス席に座れた。

キヨタ嬢は、この夏、職種はかわらないが、会社をかわった。30歳チョイで転職何回か。貸しておいた資料を返してもらい、新しい会社のことも含め、あれこれ、とりとめのない話。前の会社で担当した最後の企画が反応よく、うれしいらしい。やれば、ドンドン力がついていくトシだから、いいねえ。生ビール2杯のちホッピー、中3。

キヨタ嬢は、以前に駒澤大学前のバーへ一緒に行ったとき、マチコ女王様と会っている。マチュカバーへ行ってみたいというので、ゴールデン街へ。雨はやんでいた。女王様の出勤日ではない。おれも木曜日は初めてなので、初めてのひと。白ビールのち、バーボンをロック。けっこう酔った。時間は素早くすぎ、気がつけば、埼玉の空の下へ帰らなくてはならない時間。

三丁目で地下鉄に乗るタキヨ嬢と別れたあたりから記憶を喪失。
いい散歩をしたような、いい酒だった。

「四月と十月」10月号の校正が届いていた。忘れていたが、おれの原稿は、連載なのだ。「理解フノー」が連載タイトルで、今回は、その1「ウマソ~」なのだ。それを見て、いまごろ、キンチョーした。

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2008/08/21

「生活を豊かにする」ということ。

ケラリーノ・サンドロヴィッチさんのブログ「日々是嫌日」の2008年08月12日「オリンピックに関わらない生活。」に、近年の自分の「稽古以外は台本のことばかり考えている生活」のことが書いてあって、最後にこうある。……「ただ、生活のことを考えずに生活し過ぎました。それはもう、明らかに。ということは以前も書いたと思う。 生活をしなければならない。金云々ではなく、生活をもっと豊かにすれば、豊かな芝居が作れるはずだ。わかんないけど。」

生活を豊かにする、って、たしかに何をやっているにしても大切だとは思うけど、どういうことかなあ。と考える。

おれのばあい。さしあたり、朝起きたら一杯の酒を呑みながら、今日は何を食べるか考えることだろうか。朝酒やりながら、好きな女と今度はいつ会えるかとか考えるのも、豊かな気分になれそうだが、しかし、さしあたりそんなことを考えても相手をしてくれる女がいるわけじゃないから現実的ではなく、やはり食う飲むのことになるか。

食べるものが決まれば、買い物も決まる。でも、食べるものが決まらなくても、買い物に出れば食べるものは決まるから、となると、今日は何時ごろ買い物に出るかなあ、どこへ買い物に行くかとか、あるいは出かける日は、今日はあそこへ行くから、ヨシッあそこで飲もうとか、あそこで食べようとか、そういうことをウダウダ考えるあたりから「生活をもっと豊かにする」ことは始まるのだろうか。あと、毎日、決まった時間に、好きなコースを散歩できるなんて、ずいぶん豊かなことのような気がする。

先日行った王子の大衆酒場「山田屋」は、「常連席」というのがある。

それは、自然に決まってきたのだけど、向かい合って、片側に10人以上は座れる長いテーブルだ。毎日来て、座る場所まで決まっているひとたちがいる。それを知らない、ほかの客がそこに座ろうとすると、店の人が「そこは毎日来る人がいるからあけといて」というぐらいのものだ。

その常連席を見ながら呑むというのが、みごとな「生活劇」を見ているようでおもしろいのだが、たいがいの常連は、あまり長くは呑んでいない。その飲み方が、またカッコイイ。

山田屋は、生ビールなどいくつかの飲み物以外は、自分でケースから出して席に持ってくるようになっている。常連は、決まった出入り口から入り(出入り口が二カ所ある)、決まったコースを歩いてケースのところへ行き、決まった飲み物を取り出し席に着く、そのとき周りの常連とそれなりの日々の挨拶をかわし、そのタイミングで店の人がそばに来て、注文を聞き、といったぐあいの一連の動きがあり、たいがいは言葉少なに無言劇のようにすすむ。そこに、ある種の「生活のリズム」や「生活の表情」が見られる。

彼らは、きっと朝起きたときから、あるいは、前夜、ここを出たときから、そのときを楽しみに生きているかんじで、それを見ていると、とても「豊かな芝居」を見ている思いがする。

というようなことを考えた。

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2008/08/20

学力より精力。大阪・鶴橋の焼肉。

Oosaka_turuhasi8月6日の夜は、京阪神エルマガジン社『ミーツ・リージョナル』の「ザ・めし」担当の藤本男をはじめ、若い編集者たちと、鶴橋の焼肉屋で宴会になった。彼らがイチオシ、とくに肉に目のない肉姫がイチオシの店だ。

ここが、エルマガ社のある肥後橋から地下鉄で鶴橋に出て、鶴橋からタクシーに乗り、あまり繁華ではない、はずれの場末の街の雰囲気の路地にある。店の名前、よく覚えていない。「万」がついたような気がする。写真を撮ったけど、まだ酔ってないのにブレているから店名がわからない。最近、このデジカメは、狂っている。しょっちゅう落としているせいだろうか。この画像をみると、「鶴芳ミート」の前、ということになるようだ。

とにかく確かに、うまかった。鶴橋駅からタクシー2台に分乗したのだが、おれが乗ったほうではないタクシーの運ちゃんは、行き先の店の名前をつげると、あそこは焼肉屋じゃなくてモツ焼き屋だといったそうだが、メインは臓物系で、これがうまい。初めて食べる部位もあった。

ああ、思い出すとツバがあふれる。その日は、肌に湿気がまとわりつくような暑さで、夕方には激しい雨も降ったのだが、焼肉をモリモリ食べて精力をつけたいというか、失った精力を回復したい気分に、またこの焼肉がよかった。

藤本男が焼く、炭火に脂がおちて、ぼうぼうと炎があがるなかで、肉を手早くひっくりかえす。おれの横にピタリ座った肉姫が、食べごろをとって、おれの小皿に入れてくれる。おれはひたすら食べ、生ビールのあとマッコリをがぶがぶ飲む。その間に、女子たちは、鋭い会話をかわす。藤本男と肉姫は、同期だそうで、まだ20歳代と知る。

で、まあ勘定して、安くておどろいた。こんな焼肉屋が東京にあったら通う。

そのとき話題になったが、大阪でも、焼肉屋が特定地域をこえて広がったのは、1970年代以後のことのようだ。東京のばあいでもそうで、ただ東京のばあい、駅周辺の闇市あとが特定地域のようなもので焼肉屋が必ずといってよいほどあったから、どこにでもあったような印象があるだけだ。

東陽片岡さんの漫画には、主人公がうなぎ屋でうなぎを食べながら、ガキのころ親に連れられていくのは焼肉屋ばかりで、すしやうなぎは20歳すぎてからだとつぶやく場面があったと記憶する。そこは焼肉屋が生活の中にある地域だったのだろう。

ほかの地域へ行けば、たとえば立石あたりなら、それが、ガキのころ親に連れられていくのはすしやばかりで、焼肉屋などは20歳すぎてからというぐあいに、60年代ぐらいまでは、都市のなかでも地域によって特徴のある食べ物があったということだな。それは主に、中国人や朝鮮半島人の存在によって特徴づけられていた面もあるだろう。

なんにせよ、焼肉をモリモリ食べていると、「学力より精力」というオコトバが浮かぶ。このオコトバは、東陽片岡さんがなにかの漫画のなかで使っていたフレーズだ。

異議なし!


それにしても、この焼肉屋、また行きたい。もちろん、ユッケやレバ刺し、生系もうまくて安かった。
とにかく大阪まで行かなくてもよいから、「学力より精力」と焼肉が食べたくなる残暑だ。

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2008/08/19

王子「山田屋」泥酔。

きのう。16時、王子駅で中原蒼二さんと待ち合わせ。山田屋へ。実際は、二人とも16時前に王子に着いたので、山田屋は開店5分前で、まだ電気もついていなかったが、入れてもらう。

生ビールでカンパーイ。うめっ。

酔わないうちにと仕事の打ち合わせ。あれこれそれこれ。とりあえず、また北九州へ行くことに。なにをやるか、来月、このブログにご注目ください。「雲のうえ」の取材じゃありません。でも、おもしろいことをやります。

大事な部分の話は終り、あとはガンガン飲むだけ。17時をすぎると続々客が入ってくる。

女の高齢者の客がふえた。おなじテーブルにも、そういうのが1人。おれと同じぐらいの年と思われる。が、ご本人は、おれをかなり年下と見ているらしい。やたら話かけてくる。店の主のような顔して、地元で40年をくりかえす。が、この店では、そんなに古くないと思われる。最近、定年退職してから通いだしたらしい。テキトウに相手をしてやるが、こういう場所での飲み方マナーをしらない、こういうバアサンが増えると店の雰囲気がかわる。(追記)そうそう、思い出した。このバアサン、あんまりシツコイので、おれが「おれたちはホモだから女には興味がない」というと、本気にしたらしく、引いたかんじで、それからは少しおとなしくなった。

と、むこうの常連席に見たことのある顔がすわる。見たことあるが思い出せない。しばらくして、近寄ってきて挨拶される。それで思い出した、なーんと、罵詈雑言芸エロ漫画屋、塩山芳明さんの同業友人の多田さんではないか。彼と、その前に会ったのは、鶯谷の信濃路で、昼酒を飲んでいたときだった。ロクでもないところで、ロクでもない時間に会う。信濃路も山田屋も、おれのブログを見て来るようになったのだという。ちかごろは、通勤途上ということもあって、おれよりよく寄っているらしい。ま、とにかくめずらしいので、3人であれこれ飲む。

けっきょく、生ビール2杯、ここに来ると飲める高千代の普通酒辛口を3杯飲んだあたりで、かなり酔いもまわりくたびれる。

出がけに急ぎの仕事が入り、それを片付けなくてはならないのが気になっていたので、とりあえず多田さんは残し、中原さんと山田屋を出る。せっかく王子まで来たのだからと、もう一軒、と、串之介だったかな?何回か行っているが、店の名前を覚えない。チュウハイとホッピーなんぞを飲んで、完全に出来上がり。

王子駅ホームで中原さんと別れる。

ここまでは、比較的よく覚えているな。だけど、あとは泥酔記憶喪失。

今朝、いま6時すぎ。おきて昨夜できなかった急ぎの仕事を片付け、メールで送る。

多田さんに、どこか、たしか飲み屋だったと思うが、場所を聞かれ、あとでこのブログかザ大衆食のサイトに掲載の記事を知らせるような約束をしたような記憶があるのだが、どこの話だろう。思い出せない。多田さん、どうしても知りたかったら、なんの話だったか、連絡ください。多田さんも覚えていたらのことだけど。(追記)そういえば、「雲のうえ」5号を1冊送る約束をしたことを思い出した。そのことか。

ちかごろ飲んで約束しても、覚えてないことがあるようだ。

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2008/08/18

木村衣有子「大阪のぞき」WEB版 第四回「demokura」に襟を正す。

木村衣有子さんの「大阪のぞき」は、 京阪神エルマガジン社発行の『ミーツ・リージョナル』と、京阪神エルマガジン社Webサイトの両方に連載されている。

きのう、15日に掲載されたWEB版の第四回「demokura」を見て、「衝撃」を受けた。というと大げさだが、「襟を正し」、とりあえず3回ほど読み直した。まだ何回か読み返すことになると思っているが、あまりにもショックが大きくて、酒飲んで寝たのだけど、そのことをずっと考えながら寝ていたようだ。朝早く目が覚めてしまい、また考えちゃうから、ちょっと忘れないうちにメモしておく。

木村さんは、一見、「女の子」が好きそうなテーマを、「女の子」が好きそうな文章(それは、また日本で最も古い体質といえそうな「男文化」が支配する活字文化や出版文化に巣くう男たちが「女の子」に期待するイメージでもあるようだが)で、書いているようにみえる。

だけど木村さんは、「確たる」といえるかどうかはともかくとして、いまどきのそういう文章を書いて満足している「女の子」とちがって、「ヴィジョン」があって文章を書いている。ということを、何度も一緒に酒を飲み、小旅行をしたことがありながら、そういう話は、まったくしたことがなく、木村さんの書いているものから、そう感じていた。

そのことがより鮮明、そしてなんだか、これまでやや試行錯誤がありながら、一つふっきれた、飛躍したものを、この「demokura」の文章に感じた。それは、おそらく、いま、「ものを書く」ということにおいて、一番大切な何かを、木村さんは、つかんだというべきか、覚醒したというべきか、そういう「新境地」を感じさせる。「確たるヴィジョン」に一歩近づいたようにも感じる。


おれは、ときどきここに、からかうように書く「日本的私小説的」文学風土が「嫌い」だ。「嫌い」というのは感情的であり、肌に合わないということもあるけど、それだけじゃない。それは好んだわけでもないのに、この列島に生まれてしまい、好んだわけでもないのに、この列島の言葉を使うがゆえに自分につきまとう風土なのだ。

モンダイは、その風土を自ら克服するかどうかだろうけど、それは、大げさにいえば、近代をひきずりながら現代を生きるか、近代を超克しながら現代を生きるかということでもある。おれはまあイチオウ、あまりマジメに取り組んでいるわけじゃないけど、問題意識をもって克服しようと、たまーに考える。と、思っている。

簡単にいってしまえば、「日本的私小説的」文学風土というのは、けっきょく「私語り」「自分語り」になる。日本の「私小説」といわれるものが、すべてそういうわけじゃないけど、たいがい多く流通している文章というのは、文章の最後に、こんなことを書く私は、「とてもカワイイでしょ」とか「とてもよい趣味しているでしょ」とか「とてもオリコウでしょ」とか「とても人生やモノゴトがわかっているでしょ」とか「とても個性的でしょ」とか「とてもダメでドジな人間でしょ」とか、あるいは「とても文章が上手でしょ」とか「とても文学がわかっているでしょ」とか、そういう「私」をつけたすとナットクのいく文章なのだ。

自意識の「過剰」も少なくないが、なんてのかな、自意識と外界とのバランスが悪い。ようするに外界とのバランスをどうとるかの「ヴィジョン」がない。

そんなことを、たまーに考えているおれは、この木村さんの「demokura」の文章に、「現代」をみた思いがした。そこで「襟を正した」わけだ。

おれは、2008/04/15「そこに、なにが、どのようにあるか。なぜ、それが、そこにそのようにあるのか。」なんて書いているけど、とくに努力しているわけじゃなく、やはり、これではいかんかなあと、「襟を正した」わけだ。でも、スグ忘れて、酒を飲むだろうけど。こうやってメモしておけば、ちったあ自戒に役立つか。

とりあえず、そういうこと。
朝7時ちょいすぎに、こんなことを書いて、きょうは始まる。

飲食店ガイドも、このように書けるとよいなあ。

京阪神エルマガジン社 大阪のぞき 第四回 demokura …クリック地獄

ライト日記 …クリック地獄

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2008/08/17

自然農法の福岡正信氏死去

冥福を祈る。

 
自然農法の福岡正信氏死去 マグサイサイ賞を受賞

 自然農法の提唱、実践で知られる福岡正信氏が16日午前10時15分、老衰のため愛媛県伊予市大平201ノ2の自宅で死去した。95歳。愛媛県出身。(略)

 岐阜高等農林学校(現岐阜大応用生物科学部)卒業後、横浜税関、高知県農業試験場などを経て、故郷へ帰り「不耕起、無農薬、無肥料、無除草」の自然農法を実践。樹木などの種子を粘土に混ぜる「粘土団子」で緑化に尽力した。1988年にインドの最高栄誉賞と、「アジアのノーベル賞」といわれるフィリピンのマグサイサイ賞(社会奉仕部門)を受賞した。

2008/08/17 10:49 共同通信
http://www.47news.jp/CN/200808/CN2008081701000171.html


当ブログ関連
2006/03/17
誤解 自然農法と有機栽培

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『続・大阪味覚地図』で「東京=中央」を読む。

Hon_oosakamikaku
ああ、24時をまわり、ヨツパライ深夜便になってしまった。

まだシラフだったころ、一度、このタイトルで書き始めた。するとトツゼン、なにかが遠くで爆発したような、ズシンという音がした。なんの音だ、なにが爆発したのだ。と、思っていると、また連続して、その音がする。なんだ花火か、夕方雨が降ったのに花火やるのかよ。と、思っていると、トツゼン激しい落雷の音で電気が消える。あらららら、真っ暗。書いていた途中のブログまで消えてしまったよ。

まったく、夕方一度雷雨があって去ったから、もうないと思っていたのに、もっと激しいのが来て、二度も停電した。

じつは、「書評のメルマガ」が発行になっていて、2008/08/08「大阪続きで、書評のメルマガも「続・大阪味覚地図」。」に書いたように、今回は創元社編集部編『続・大阪味覚地図』創元社1965年1月だ。…クリック地獄

これが、ちょうどおれが大阪へ一年近く長期出張していたころの本ということもあって、あらためて読むと、けっこうおもしろい。いろいろ気になるから、付箋しながら読んで、気になるから、続けて、1970年版『大阪味覚地図・北』も、付箋をしながら読んでいる。

たまたま、「書評のメルマガ」の連載では、前々回に、「添田知道編『新訂 東京の味』保育社カラーブックス1968年」を取り上げている。…クリック地獄

その比較でも、いろいろ気になることがあって、おもしろい。

これは、料理や飲食店に関する評価や評論のことだけではなく、ほかのことに関する評価や評論にも関係あるのではないかと、そのことについて書いていたのに、落雷停電のおかげで、消えてしまった。

いまはもう書く気がしない。

という、報告であります。

ミーツ10月号の校正は、ザル目で凡ミスも発見、無事?に終わった。もうあと半月もない9月1日に発行。
それまで、このブログは、大阪ネタでいくか。

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2008/08/15

知らんよ。腹減るからめしをくう。それだけ。

きのう悩んだ豚さんの文章、きょう送ってから、考えなおし、やはり文章はぬきの画像だけでいくことにして、トリミング加工して送った。

いつも夏バテもなく元気そうだが、どうしてなのか聞かれる。
知らんよ、そんなこと。
とくに夏だからといって食欲が衰えるということはない。
朝から腹は減るし、腹が減ったらめしをくう。それだけ。
あと、酒を飲みたくなったら、酒を飲む。

たぶん「貧乏力=気にならない力」だろう。
でも、いつか、くたばるのだ。

牧野伊三夫編集長の「四月と十月」10月号の原稿を書いた。「画家のノート」である美術系同人誌だが、ここで何度も書いているように、みな「その筋」では高い評価を受けているひとたちが、「物書き」顔負けの文章を書いている。そこへ、書くのだから、怖気づく。なーんてことはなく、いつもの調子で思いついた話を、例によって、本日の締め切りに、余裕を持って間に合うように書いた。

こういうことを書いてよいのだろうか、こんなふうに書かなくてはいけないのだろうか、というようなことはあまり、というか、まったく考えない。何もあまり考えない。パソコンに向かって、このブログを書くように、考えていたいくつかのタイトルから、これでいくかというのを選び、最初の言葉を打ち、そこから転がるように、書こうと思ったことを書きたいように書くだけだ。ただ、このブログとちがい、文字数が決まっているから、それなりにメンドウはある。

しかし、これまでの「四月と十月」とは、まったく「傾向」のちがうものが載るのだから、はて、それが吉とでるか凶とでるか。おれとしては、なかなか、オモシロイ。とにかく、発行は、まだ先だ。そして、楽しみである。

美術に関係あるかどうかは知らないけど、「人間が食う」ということについての深い「理解フノー」のところを、直接そんなことを感じさせるような表現は使わずに、おもしろい体験を書いた。つもり。

「人間が食う」「生きる」ということは、あらゆる芸術の根底に関わることなのだ。なーんて、ね。知らんよ、そんなこと。

とりあえず、明日中に、ミーツの校正を終えなくてはならない。

「四月と十月」オフィシャルサイト…クリック地獄
おれは古墳部に参加したり親しくさせてもらっているけど、同人ではありません。

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2008/08/14

ブタさんで悩んだ。

Sigeru_ton_mono

きょうは、細かいことがいろいろあった。
細かいことをいろいろ片づけながら、ブタさんのために悩んだ。
たった数行の文章なのに、ブタさんの気持ちがわからない。

ブタさん、ブタさん、あんたの気持ちはどうなのさ。どういうつもりなの。
ぶうぶうぶう。

しかーし、ついに、なんとか、これでいいかというセンができた。
やれやれ。これで締め切りに間に合う。

根がバカだし、文章書くために悩むことはめったにないし、それにトシのせいか、あまり悩むと疲れる。
へろへろへろ~。

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「ミーツ・リージョナル」10月号「ザ・めし。」特集は9月1日発売。

Meets_10_2タイトなスケジュールで大阪取材から原稿アップを敢行した、「ミーツ・リージョナル」10月号「ザ・めし」特集は、いよいよ、その姿をあらわし始めた。

ただいま、デザインがあがり、校正中。ちかごろはpdfファイルで送られてきて、パソコン画面で見られる。

なかなかよい雰囲気だ。この扉ページの左側のページに、おれの「緊急寄稿」と、おれが取材した食堂が載る。デザインと文章が、ピッタリという感じ。

気どるな、力強くめしをくえ! 「ミーツ・リージョナル」10月号「ザ・めし。」特集は、9月1日、熱く発売。東京の「大」書店でも買えます。大宮のジュンク堂にも並びます。

去年の秋は北九州の「雲のうえ」だった。この秋は、関西の。
思いがけず、自分が好きな雑誌に書けるのは、うれしい。
もちろん、木村衣有子さんの連載「大阪のぞき」もある。
いま発売中の9月号「辛ミ~~ツ。」特集と「西の旅」夏号も、よろしく~。

京阪神エルマガジン社「Meets Regional」…クリック地獄

Meets_9

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2008/08/13

このまま、今年も終りか。

エイッヤッ、コツコツコツ、やって、当面の目安はついた。すっかり忘れていたが、写真を一枚用意しなくてはならない。はて、どうするか、明日にでも動物園へ行って撮るか。はてさて。

きのう今日、会社や職場を変った人たちからメールがあって、飲み話もまとまる。仕事の話も。いまからの仕事の話は、終わるころには、秋も終わりにちかいのだなあ。すると、もう今年も終りか。

23時過ぎ。いまから飲みにいくのだ。ぐへへへ。

飲んで飲んで 飲まれて飲んで
飲んで飲みつぶれて 眠るまで飲んで
好きな誰かを思いつづける
人の心を見つめつづける

なーんてね。うそっぽいね~。

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2008/08/12

このやろう、やっぱり十三だ。時代遅れの飲兵衛でいたい。

2008/08/10「大阪、天王寺、阿倍野。」に書いた阿倍野の居酒屋「明治屋」だが。そこで飲んだあと、そこへ行った話を街的さんにすると、彼は即座に「あそこはキライだ」といった。ワケをきくと、「あそこは、なんだか、文化人くさいというか、酒のみながら本を読んでいるやつがいるんだよ」

なるほど、さすが、「お好み焼き屋は街の学校だ」と書いたひとだと思った。

おれたちが入ったのは開店早々のせいか、いかにも開くのを待って入ったような飲兵衛風情がほとんどで、スポーツ紙を読んでいるひとはいたが、そんなに「文化っぽい」かんじはなかった。でもまあ、近頃の「凛とした」なんて形容が好きな連中が好みそうな雰囲気ではあった。

以前に当ブログに書いたことがあるが、おれも酒場で本を読んでいるやつがいるとむかつくほうだ。街や酒場より、本が上、という連中は、「街や酒場はぼくらの学校」と思っていない。本や、本を読むボクが、エライと思っているにちがいない。だからまわりに関係なく本を読むのだろう。これでは、街に出ても、書斎を担いで街にいるとおなじだ。

ま、それは好き好きだからよいとしよう。モンダイは、本を読んでいる連中は、自分がそのことで周りに迷惑をかけている、と思っていないのではないかと思われることだ。

静かにしていれば迷惑にならない……。それはとんでもないまちがいだと思う。酒場の雰囲気は客がつくっているのだ。本を読んでいるやつを殴りたいと思いながら飲んでいるやつがいるかもしれない。てめえの居酒屋通ぶった話や態度が気にくわないんだよと思っているひとがいるかもしれない。そういうふうに周りのひとのココロを考えてみたことがあるだろうか。

そういうことなんだな。ちかごろの、労働っぽい人間っぽい客じゃなくて、文化っぽい客は、どうもそのへんが、ひとりよがりという感じで、おれは好かん。のであります。本に書いてあることより大事なことが、酒場や街にはあるんだよなあ。うまい酒やつまみのごたくや、「凛とした」だのとわかったふうな口をたたくより、大切なことが、酒場にはあると思う。

13_nomiyoko

そこへいくと、大阪の十三は、いいねえ。昼前から暖簾をさげた酒場が並び、飲兵衛たちがいるよ。

十三の「イマナカ」で、昼前から1人で立ち飲みやりながら、しみじみ大阪男の河島英五さんを思い出したよ。まったく、ちかごろの酒場や立ち飲みには、ロクデモナイ「文化っぽい」のがはびこりやがった、かなしいねえ。とな。

13_imanaka

河島英五さんは「酒と泪と男と女」で、

飲んで飲んで 飲まれて飲んで
飲んで飲みつぶれて 眠るまで飲んで
やがて男は 静かに眠るのでしょう

……とうたった。


「時代おくれ」じゃ、

一日二杯の酒を飲み
さかなは特にこだわらず

……とうたいだし、

ねたまぬように あせらぬように
飾った世界に流されず
好きな誰かを思いつづける
時代おくれの男になりたい

……とか、

目立たぬように はしゃがぬように
似合わぬことは 無理をせず
人の心を見つめつづける
時代おくれの男になりたい

……とうたった。

好きな誰かを思いつづける

人の心を見つめつづける

いいねえ。うふふふ、酒場のおれのことだよ。

いまの酒場には、こういう雰囲気がなくなってきたねえ。

いま、「文化っぽい」お行儀のよい、それでいて凛と饒舌な酒場のタシナミを覚えるより、こんな時代おくれの飲兵衛でいたい。
十三には、そんな飲兵衛が、昼前からゴロゴロいたよ。

河島英五さん。もっと生きてほしかった。黙祷。

13_tashi

とりあえず。
あとで書き足すかもしれない。

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お盆働き。太田尻家で酔いよい。

Ootajiri_t_2きのう。締め切りの原稿を午前中に送り、ロクデナシ作戦打ち合わせ用のデータをながめ出かける。データは、悪くはないが、思っていたほどよくはない。こういうのがいちばんやりにくい、つぎの運びに慎重が必要、てなところ。新宿で、その打ち合わせ。終わっても暑くて、真っ直ぐ帰る気がしない。

経堂の太田尻家へ。生ビール2杯、出羽桜、焼酎、池田候、そのあいだに家長手製の梅ウイスキー?だったかな。とにかく、ヨツパライ。太田尻智子イラストのTシャツ、なかなかよい、買う。埼玉の空の下に帰らなくてはならない時間。出る。すずらん通りを経堂駅まで、鼻歌うたいながら歩いていたら、野崎夫妻にあう。お互いすれちがってから気づき、おや、まあ、こんなところで、一緒に飲みたかったなあ、立ち話。

今朝は、なんだか、心地よい二日酔い。原稿の方は、気に入っていただけたメールが入っていた。9月1日の発売が楽しみだ。その前に校正はあるし、それに、まだまだお盆働きのシゴトが残っている。

それにしても、きのうの太田尻家はオヤジ度が高かった。

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2008/08/10

大阪、天王寺、阿倍野。

Oosaka_abeno_meijiya_26日、西区南堀江の食堂の取材は、店が昼めしどきでたてこんできた12時過ぎに終えた。大阪らしい居酒屋、昼酒のめる居酒屋はたくさんあるけど、いまのうちにここは行っておきたいという居酒屋へ案内してもらった。そこは天王寺駅のすぐそば、いま再開発真っ最中の阿倍野。

天王寺駅から南に下る、阿倍野筋商店街の西側は、まさに爆撃をくらってガレキの更地と化し、アーケードの屋根はめくれ放題、仮設の建物で営業する店が並ぶなかに、まっとうな店が一軒だけ残っている。

むかしから有名店であり、いまやますます名を高めているという「明治屋」。開店が何時だったかな、13時少し前に着いたときには、まだ暖簾が出ていなかった。ワレワレ、つまり藤本さんと川隅さんとおれは、まだ健全な姿を保つ阿倍野筋商店街の東側の歩道に建つ、むかしのまんまの、喫茶「田園」に入った。1960年代、飯田橋にあった「田園」、新宿にもあった、渋谷にもあった、あの「田園」とおなじ。まったりとした空気が漂うところ。悠然とタバコをくゆらす男たち。サンドイッチを注文した客がいた。そういえばむかし、ミックスサンドやタマゴサンドを食べたと思い出す。

Oosaka_abeno_meijiya4そろそろ行くかと「田園」を出ると、すじ向かいの「明治屋」は暖簾を下げていた。入ると、むかしの木造のまま。冷房がなくても森閑と涼しそうだが、現実はクソ暑く冷房は効いている。撮影の許しを得て、シャッターを切る。まわりで再開発していることも、何十年という時のへだたりも、まったく感じさせない空間。

最初はビール。のち、ポン酒。純米酒銘柄も揃えているが、地元の伝統に敬意を表して、安い剣菱を選ぶ。暑い夏でも燗酒を飲むのが日本酒好き、なんていう「通」がいるようだが、そんな「教条通」のいうことなんざ、こちとらはなからバカにしている。自分の調子、そのときの飲みたいように、また酒のクセも考え、自由に選べるのが、ポン酒のよさだ。きょうは、冷やで。

出てきました。うーむ、このガラスのトックリが、いいねえ。見るだけでヨダレが出る。お猪口も、灰皿まで、みな一味ちがう。水ナスは、塩が効きすぎという感じだったが、これさえあれば酒が何杯でも飲めるという味で、酒との相性がピッタリだった。うめえ、うめえ、お酒、もう一本ね。

Oosaka_abeno_meijiya3

ところで、この天王寺駅前から出る、正式名称「阪堺電軌上町線」だが、おれは1965年の秋から翌年の夏まで、大阪に長期出張、仕事で滞在したとき、この沿線、始発の天王寺駅前から3つ目の、東天下茶屋に住んでいたのだ。

いまでもそうだが、当時から、そのあたりは、大阪の圏外といってもよいほど、大阪のキタやミナミの都心とはまったくちがう、「下町」というより「場末」といったほうがよい地域だ。そのおかげかどうか開発とは縁がなく、いまでも当時のままの、一部路面を走るチンチン電車が走っている。そして、東天下茶屋をひきあげて以来、その電車に乗って、そこを訪れたのだった。

その話は、また後日。

Oosaka_abeno左の画像。天王寺、近鉄前交差点の歩道橋から撮影。まっすぐ南にのびる阿倍野筋。画像の右、つまり阿倍野筋の西側は、再開発の真っ最中。左端に、ほんのわずか近鉄デパートが写っている。この建物は当時とおなじだが、やがて建て替えられ、ナントカ一の高さになるというウワサもある。

かつて、このチンチン電車を利用するだけじゃなく、この筋を東天下茶屋まで、何度も歩いた。そして、この再開発地域の、さらに西側から、おれが撮影している位置の右方向が、西成。おれの後ろをふりかえれば、天王寺公園や通天閣が見える。ここから西成をぬけ通天閣や日本橋を通り、難波まで、あるいはその逆コースを、やはり何度も歩いた。西成は、東京の山谷より荒野な景色が、渺渺と広がるところに見えた。

しかし、大阪は、いまさら東京のバブルのまねのようなことをして、どこへ行こうというのだろうか。かつて、御堂筋や中之島や堂島の、モダンの先進を切った誇りは、どこへ行ったのだろうか。

おれが初めて大阪に着いて、まもないころ。冷たい秋風が吹くなかで、淀屋橋のあたりから歩き堂島川を渡りながら、そこここを指差し、大阪人の知見や先見とハイカラを誇らしそうに語った、大阪人のジイサンがいたのだが。


きょうは、こんなところで。
着々とすすむ。

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2008/08/09

新潟日報コラム「甘口辛口」。

Nippo_column前に告知した、新潟日報の短期連載コラムが4日から始まっている。きのう6日までの3回分の掲載紙が届いた。これはいわゆる「生活面」に載っている。おれがいつも書いていることは、ほとんど「生活」のことなので、おれには生活面がふさわしいようだが、他紙も含め生活面に登場するのは初めてだ。

ときたま書いているように、そもそも、新聞の一面が、近頃では「総合」といいながら実質あいかわらず「政治」が偉そうな顔をしている。その日本の活字文化の事大主義な伝統こそおかしいのだが、ここでそんなこと書いてもムナシイだけだ。

名前を思い出せないし、それぐらい忘れられてしまったようだが。おれは反対の食育基本法の成立に尽力した、有名な女の「食ジャーナリスト」?らしきひとは、そういうマスコミの体質を問題にし、それこそが食育を必要とする事態をつくっているのであり、もっと新聞一面で食を生活として扱うべきだと、欧米の例をあげて主張していたこともあったと思うが、いまではそういう声も聞こえてこない。あいかわらず、食の主な舞台は、脳天気男たち(近頃は能天気女もする)の道楽談義か、しかめっつらの利権政治でしかないのだ。

いわゆる「芸術」や「文化」系で、議員や大臣になったひとに記憶があるだろうか。日本では、タレントをのぞけば、活字や文章をあやつって名をあげたものたちだ。新聞を頂点とする活字文化とは、そういうものである。読書階級であるエンテリ中間層が「生活感」を失うのは、トウゼンなのかもしれない。「生きる」こと「生活」は、一貫して軽く扱われてきた。「政治」「経済」「社会」あるいは「文化」や「学芸」などから一段と低いヒエラルキー構造の下層の「生活面」で、細々と呼吸している。

そりゃそうと、この連載は、10回だけで、金土日と新聞休刊日を除くということだから、来週も掲載になるはずだ。

1回「「おふくろの味」の謎」2回「生活のなかの料理」3回「家庭料理こそが食の原点」。4回以後、自分でも覚えてない。


関連
2008/07/25
文章のオベンキョウをしてみるかと思うこともある。北九州から電話。

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「早期解決」を、いまでもいう厚顔無恥。

「これほど、政府になめられっぱなしという国民もめずらしい」と、2008/07/30「WTO、日本政府と報道の、あきれた無様。」に書いたが、今回の、この報道だってヒドイものだ。

ここでもまた、報道は、確信犯的に日中両政府の露払いを買って出ている。「できるだけ早く解決するよう全力を挙げる」という胡主席の言葉が、見出しで「早期解決」になるのだ。だいたい、この言葉を使っている記者は、いまごろ、この問題で「早期解決」なんていう表現をすることが気にならないのか。

1、気にならない。この言葉の意味を知らない。
2、気になるが、どうせ日本国民は黙ってしたがうと思っている。
3、「早期解決」を強調したほうが、日中政府にいい顔できるので、この言葉をつかった。

どれかを選べ。

それはともかく、「できるだけ早く解決するよう全力を挙げる」なんていう言い方は、日本政府の「鋭意努力する」とおなじで、なにもしないことを意味する。では、日本政府のばあい、ほんとにやるときは、どういう表現をするだろうか。

1、粛々とすすめます。
2、天の声です。
3、裏金はもらっていません。

高学歴と長寿の国日本は、すばらしい。安泰である。
政府と報道にケツの穴をなめられながらの大人は、おれってイイ人生を生きているなあと、好きなことをやって自己表現に生きるとよいだろう。しかし、この国の表層を覆いマンエンしているようにみえる、エンテリ中間層的な「生活感」のなさは、なんなんだろうか。

ギョーザ事件「早期解決に全力」 日中首脳会談で胡主席
http://www.47news.jp/CN/200808/CN2008080801000658.html

 【北京8日共同】福田康夫首相は8日午後、北京五輪開会式に先立ち北京市内で中国の胡錦濤国家主席、温家宝首相と個別に会談し、胡主席は中国製ギョーザ事件について「できるだけ早く解決するよう全力を挙げる」と表明した。

2008/08/08 21:52 【共同通信】

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2008/08/08

大阪続きで、書評のメルマガも「続・大阪味覚地図」。

Oosaka_narikin01はてさて、原稿など書き出そうかと、ミーツのほかにもある原稿の締め切りを確認していると、書評のメルマガの締切りが明日の9日だとばかり思っていたのに、きのうの7日だったことに気づく。いつカンチガイしたのだろうか、はてどうしようかチト迷ったが、んじゃ、「続・大阪味覚地図」にしようと、さっそく書き上げて、河上進(ナンダロウアヤシゲ)さんに送る。

この本は、1965年、おれがちょうど一年近く大阪に住んで仕事をしていたころの発行なのだ。そして、今回は、そのころよく利用した、というか、仕事で出る毎日利用した、阪堺電車に乗って、住んでいた東天下茶屋まで行った。この電車は、天王寺つまり阿倍野から出るのだが、まだ一部路面を走るチンチン電車で、当時とほとんど変ってない。

東天下茶屋のへんも、空き地や庭のある家がなくなって密集し、当時の屋敷の識別はつかないが、阿倍野筋や商店街の家並みは、ほとんど変ってない。もともと東京でいえば、「下町」といわれる「場末」なので、新しい開発からは完全に取り残されてきたのだ。だから、ま、おかげで、チンチン電車も残っているのだろうが。

だけど、天王寺つまり阿倍野は、いまや例のワンパターン高層化再開発の真っ只中。爆撃のあとの更地が広がり、ポツンポツンと高層が建つ。そこに一軒だけポツンと残った居酒屋。これが渋いうえに、昼酒がやれる、というので入った。そのことは、また後日に。

6日のこと。新大阪で藤本さんあんど川隅さんと落ち合って、さて、どこへ行こうかということになった。そうなのだ、今回は、アポなし取材。

前日まで、メールや電話で打ち合わせたけど、どうも決め手に欠けると迷っていた藤本さんは、おれが東京から行くのにアポなし取材じゃまずかろうと考えていたようだが、おれはまったく平気だし、大衆食堂のばあい、けっこうおもしろくやれる。なので、とにかく、食堂はたくさんある、なんとかなるもんだよ、と、そんな話をしていた。

川隅さんのクルマに乗ったところで、おれが行ってみたい気になるところをイメージで話す、んじゃ、とにかく港地域へと動く。だけど、目的にしていた食堂が水曜日は休みとわかる。んじゃ、と、またそこで検討、すぐ決まる。

そのときもそうだけど、そのあとも、この地域は東京でいえばどこに似ているか、というような比較でコミュニケーションをする。それが、なかなかおもしろい。

行った食堂は、その方式によると、ま、上野から浅草の地域に似ているかと。しかし、上野浅草といっても、「江戸伝統」の観光用イメージのそれじゃなくて、中小商工者の町ってことだ。食堂は、名前も個性的だし、取材をお願いすると、すぐOKが出た。

11時過ぎぐらいに店内に入った。それから1時間ぐらい。じっくり様子を見ることができた。もう願ったりかなったりの食堂だった。ここに書いてしまうと原稿に書けなくなるから、これぐらいで、おわり。

Oosaka_narikin02関西に特徴的なメニューの景色。おかずの棚の刺身に、「たい」がある。汁に、みそ汁だけじゃなく、吸い物、ここのばあい「玉吸い」という、東京モンがきくと「けったい」な風に想像しそうな名前の、すまし汁に玉子を落とした、それがある。客の注文を聞いていると、「しょうぶた」「だいぶた」が多い。これは豚汁の小か大。

「続・大阪味覚地図」の「金水〈しる〉」に、「むかしの大阪は汁の店が割り合いあったということである。戦後は、それが全部姿を消して、名のみ留めても他の店になったりしている」とあるが、関東から行った印象では、神戸にしてもそうだが、汁メニューが充実しているようだし注文も多い。十三には、大衆的な「しる屋」もある。

かりにだが、めしを注文すると、黙っても漬物がついてくるのがふつうだ。カネがないときは、それと汁で食事は成り立つ。

そうそう、忘れないうちに書いておこう。今回、いくつかおもしろい話があったが、そのうちの一つが、江さんの「親子丼と小ライスを注文するやつ」の話。笑った。親子丼をおかずにライスを食べるのか、いやいや小ライスにも漬物がついてくる、それが大事なんや。とか。とにかく炭水化物をよく食べる。それにしたって、汁や汁気がいる。

そうそう、ついでに忘れないうちに、もう一つ。鶴橋の焼肉屋へ行く途中で、村瀬嬢の話し。彼女は、キタとミナミでは顔がちがう、ミナミはね、こうこうこうでこうなんですよと、きわめて具体的に説明する。なるほど、そういわれてみると。

それは女の顔のことなのだが、彼女の話ではファッションもちがうというのだ。「ほら、東京だって銀座と池袋じゃちがうでしょ、あれとおなじです」と。それからは、女の、とくに若い女の顔が気になってしかたなく、翌日も、ずっと気にしていた。目に入った女を、ミナミのふるいにかけながら歩いているおれ。

村瀬嬢は、京都の女だからミナミではない。では、彼女はキタの顔なのか。それはともかく、以前、千住・上野で飲んだとき、たまたま東京にきていた彼女もいたのだが、「女子高トーク」がとてもおもしろい。「敵」にまわすと怖そうな女たちばかりだ。くわばらクワバラ。

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2008/08/07

充実の大阪取材。

Oosaka_narikinきのう5時半ごろおきて6時ごろウチを出る。新幹線7時20分東京発で新大阪へ。新大阪駅で、ミーツ編集の藤本和剛さんあんど写真の川隅知明さんと会い、そのまま川隅さん運転のクルマで食堂の取材。

「ザ・めし」の特集にふさわしい、いい食堂で、取材も撮影も、いいかんじでおわった。のち、いい酒場で昼酒もやった。いいことずくめが続いて、なんとなんと、思いがけなく、気鋭かつファンキーな編集集団「140B」の事務所に伺い、あの江弘毅さん、あの中島淳さん、あの大迫力さんと会えたのだ。トツゼンのおじゃまだったのに、すごく楽しい話ができた。

夜~。京阪神エルマガジン社へ。ミーツ編集室、編集長の金場由佳さんにもお会いできた。西の旅編集室のみなさんも。なんだか、とにかく、ウワーッとみなさんと挨拶。ンッ、東京にいるはずの森本肉姫嬢も。というわけで、鶴橋の焼肉屋へ5、6人でくりだす。めちゃうまい焼肉をガンガン食べ、マッコリをグビグビ飲んで。溝口久美副編集長もあとから加わり。クタクタ楽しく、夜がふけ。

Oosaka_13きょう。11時ごろ中ノ島のホテルを出て、梅田まで歩き、十三へ。うふふふ、朝からやっている立ち飲み。のち、十三から二つ目の庄内のお好み焼き「パセミヤ」へ。お好み焼きほか、いろいろなものをごちそうになり、飲む。江原恵さんのこと料理のことなど話しているうちに、素早く時間はすぎ。

17時27分、新大阪発で帰る。

とりあえず、以上。詳しくは、後日。

みなさん、どうもありがとうございました。
俺めし、町めし、ガツンな、いい原稿が書けそうな気がします。

Oosaka_pasemiya

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2008/08/05

山は力だ。北九州市「雲のうえ」8号「振り向けば、山」。

Kikakyusyu_yama「雲のうえ」8号が届いた。特集タイトルは「振り向けば山」。

日本の海辺の町は、たいがいは、山辺の町でもある。海と山に挟まれて町がある。海のほうばかりをみて、海を埋めたて、山辺を離れるにしたがい、そのことを忘れやすい都市もあるが、歴史的地理的にみれば、その町の暮らしは、その町の山容に強い影響を受けている。たとえば、「山の手」という言葉の存在と、その風俗の存在にしても。それから、山から流れ出る川、そして入り江や湾。

昨年夏、北九州の取材で、市街地をくまなくといっていいほど移動したのだけど、ほぼ、どこからも山がみえた。門司区のように、山辺と海辺の境がないような町もあった。小倉は、紫川流域に発展したが紫川の源流地帯は他県でも他市でもなく北九州の山々だし、洞海湾の両側にも山がそびえていた。海辺から見たら、北九州は、山容のなかに位置する町なのだ。

そこで、かどうか、今回は編集委員のみなさんが、北九州の山々に登ったらしい。山、登山、自然、山の暮らし、山と街、そのあたりが舞台のようだ。

「ようだ」というのは、よく読んでいる時間がないから、パラパラ見たていど。

「山は力だ」というのは、おれが出た、中学か高校の校歌のなかにある。小学校は、「山は紫~」だった記憶があるから、中学か高校。「やま~、やまは力だ~」という出だしだけ覚えている。おれの故郷は山のなかで、海に向かって流れる川はあったが、海はなかった。山の力だけ見て育ったことになる。

北九州の人びとのばあい、どうだろうか。北九州の山々は、どのように北九州の個性と関わっているのだろうか。

ついでに。近頃の、「健康」や「癒し」のために山に登るという考えは、不健康で不健全な精神から生まれた、ゆがんだものだと思う。そこには、「山の力」という「他者」を想像する、あるいは感じる、あるいは感じようとする、感性や知性の働きがない。「健康」や「癒し」というのは、「自分」の意識のことであり、「自分かわいさ」の登山なのだ。じつに日本的私小説的登山の「思想」だ。とくに、遭難者が急増している中高年の登山に、それをみる。

画像は、昨年、7月19日、朝9時半ごろ。小倉南区上葛原の「柴山うどん」で食べたあと撮影。この山は、比較的どこからも見えた。電線にも負けない山の姿。牧野伊三夫さんに名前を聞いたが忘れた。「貫(ぬき)」711.6Mかもしれない。

きょうは、あれこれ、それこれ、大阪取材の段取りやら。口内炎は、傷口に唐辛子やアルコホルをすりこむような、キムチや酒による刺激療法のおかげで、かなりよくなった。

北九州市「雲のうえ」8号、案内はこちら…クリック地獄


そのむかし、いつも「アカシアの雨がやむとき」を口ずさんでいる女がいた。

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2008/08/04

ひさしぶりの口内炎。小諸の揚羽屋。

きのうから、でれでれどろどろこつこつえやえやひらひらと、時間がすぎてゆく。めしもくそもさけもあいもこいもしも、けせらせらの流れまかせ。なのに、なぜだか、なんでか、口内炎ができた。これは、まずい。取材で食べなくてはならないし、もうめちゃくちゃいやだけど、酒も飲まなくてはいけないというのに、口内炎とは。辛いもの食べて酒飲んで、刺激療法でねじふせるべくやっている。明日中に直さなければ。

きのう、新宿下層労働者キモ男から、ひさしぶりに電話あり。こいつが電話をくれるときは、ろくなことがない。でも、笑った。夜、新宿はゴールデン街の須田さんのスローコメディ・バーへ顔を出そうとおもっていたが、出かける直前に想定外の電話があって、行くのをとりやめる。きょうも午前から、仕事ではないが、聞き捨てにできない電話が。なんでまあ、こうおかしなことが続くのか。暑いからかなあ。

このまま8月はおわるのだろう。そして、おなじように9月がくるのだろう。わかってらあ、そんなこと。

このあいだ2008/07/25「文章のオベンキョウをしてみるかと思うこともある。北九州から電話。」を書いたが、「おれの文章上達法」というのを考えてみた。

それは、こんなふうなのだ。だといいな。

朝起きたら酒を飲む。ポン酒ならコップに一杯。焼酎を割ったら二杯ぐらい。あるいはビールロング缶とか。最低、それぐらい飲む。

腕立てふせを50回やる。

腹筋50回やる。

背筋30回やる。

銀座の伊東屋に特注の原稿用紙を床に広げる。そこへ、東陽片岡流手ばなミサイルをとばし、さらに東陽片岡流オナニー精子をとばす。

しかるのちに、もう一杯酒を飲んで清め、こころ静かに、パソコンに向かい、キーを打ち、文章を作成する。

そのように作成しつつある原稿がいくつか、まもなくできあがります。よろしくね。


Komoro_ageha画像。

2008/07/05「四月と十月古墳部「ヒスイの旅」から帰る。」に書いたように、7月5日は、長野県の白馬から特急バスで長野に出て、各駅停車で小諸。揚羽屋へ寄った。ここ数日のように、がんがん暑い日だったが、揚羽屋のなかは涼しかった。奥さん、娘さん、お孫さん、みな元気だった。たくましく生きている。

アユはまだ早いだろうと思っていたが、すでに始まっていて、揚羽屋独特の大きな水力回転式円形水槽といったかんじのなかに、一尾だけ小さいのがあった。背ごしにするか迷ったが、ちょいと小さすぎなかんじもあり、小さいほうがせごしにはよいかもしれないが、たべごたえがサミシイような気がしたので塩焼きにしてもらった。

この「若あゆ」というかんじの焼いたやつが、なんとも酒にあう。さらに、奥さんが、野沢菜の古漬けの最後のほうと、新しいのを出してくれた。いずれも、酒のつまみに最高、というわけで、亀の海をちびちびやり、いろいろお話をしながら、亡くなったオヤジを供養してきた。

って、飲んで酔って帰ってきただけ。こうして、また一年がすぎた。

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2008/08/02

岩登りゲレンデ、明星山。

Myojyo01「新潟県糸魚川 高浪の池 とんぼ。」の画像にある明星山について、pfaelzerweinさんにコメントをいただいた。詳しく紹介しなかったが、明星山は、知るひとぞ知る岩登りゲレンデなのだ。たしかに、一目見たときに、これは評判になるだけのことはあるとおもった。

「ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546) 」を掲げて「Wein, Weib und Gesang」というブログをやっておられる pfaelzerweinさんは、ドイツに長く滞在のかたで、そのブログみると、ワインや食に造詣が深いだけでなく、かなりのロッククライマーだ。「女」と「歌」については、知らない。

そして、もうすでに日本を離れて長いのに、コメントに、こうあるように明星山をご存知だった。「明星山、こうした写真は初めてみました。その昔、故長谷川恒夫などが開拓していた時期もあって、よくル-ト図を眺めていました」

さすがですねえ。

なので、ちょっと、あまりよい画像がないのだけど、もう少し岩壁がわかるものを掲載しておく。この岩壁は、谷川や穂高など日本の著名な岩場とちがい、カラッと乾いたかんじで硬くしまり、快適な登りが楽しめそうだった。でも、おれはもうトシだから、登らない。

上の画像、見えているところは、中腹から上部。下の画像は、その中腹部を、谷底で横から見た。右側の緑の斜面の中ごろに、コンクリートを打った部分が見える。上の画像は、ほぼその位置から撮影したもの。

Myojyo02

こちらにも、岩壁中腹の画像がある。

2008/07/05
四月と十月古墳部「ヒスイの旅」から帰る。

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俺のメシ、俺の町のメシ。

Kawasaki_maru01「俺の町」はどこにあるかといえば、「俺のメシ」があるところだ。ここは、川崎では有名な大衆食堂あんど大衆酒場。ここに入ると、「おおっ、ここに、俺の町がある」と思ったりする。

ふだんウチにはテレビがないから見ることもないNHKの「のど自慢」なんぞを見ながら酒をくらっていると、なぜか、ぴったりはまる。そこで、もう何十年間も、そうしてきたみたいだ。

大衆食堂は、テレビが街頭に進出したときから、もっとも熱心なテレビのファンであり、しかもNHKのファンなのだ。が、しかし、俺の記憶では、民放キー局のほとんどが、それなりの時間で大衆食堂の番組を一度は組んだと思うが、NHKについては、その記憶がない。

記憶がないどころか、何度か話はあって、ロケハンまで付き合ったこともあるが、実現しなかった。そのワケは、いまここで問わない。

ただ、NHKは、そういうところであり、それはまた、コンニチの日本の、あるいは国の、正直な姿だとおもう。だから俺はNHKの職員を責める気はないから、そのことについては、一度このブログで書いたかもしれないが、あまり書かない。と、いいながら、また書いている。

このモンダイは、かつて江原恵さんが、1970年代中ごろに、NHKの「きょうの料理」のモンダイについて指摘した、そのことより根深いモンダイをはらんでいる。NHKは、江原さんが指摘したモンダイは、それをあらためたのだが。それについては、もっと根深いモンダイがあるのだ。それは、NHKに存在するようだが、じつは、そうではない。NHKは、その存在を反映しているにすぎない。だから根深いのだ。

この空間に、「俺の町、俺のメシ」をみるひとは、少数派だとおもう。どうして「大衆」が、そのように「少数派」になったのか。これは、けっこうオモシロイことなのだ。

そして、日本は、未来へのビジョンを失った。なるほど、「知的」でオシャレになったが、ビジョンもなければ、カクゴもない。

なーんてことは、どうでもよいのですよ。
俺の町のメシ。ここから、俺の未来へのビジョンと生きるカクゴが生まれるのだ。てめえらのことは、しらんよ。好きなように趣味に生き、おしゃれに、えらそうに、オシャベリしているがいいさ。

Kawasaki_maru02珍しいアンドンのメニューに、「鍋やき」700円があるのを見つけ、ここに書いてあるのだから「季節もの」ではないのかな、お店のひとに尋ねてみた。

「鍋やきうどん、夏でもだすの?」
「もちろんですよ、注文があればね」という答えがかえってきた。
そういうことなのである。

未来へ向かうビジョンとカクゴは、マスコミを中心とする華々しい舞台ではなく、こちらにあるのだ。ほんとうは、テレビが街頭に進出した時代から、その前からも、それは変わっていないのだが。

「俺の町、俺のメシ」を愛するひとたちは、むかしから、ここにいる。明日を生きるビジョンやカクゴは、そういうひとたちから生まれる。マスコミ周辺のエンテリの脳みそから生まれるのではない。「俺の町、俺のメシ」をもたずに、ビジョンもカクゴもクソもあるものか。

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新潟県糸魚川 高浪の池 とんぼ。

さる7月3日は、糸魚川市の姫川の上流の支流、小滝川のヒスイ峡から登ったところ、標高500数十メートルのところにある、高浪の池キャンプ場にいた。ワレワレのほか、訪問客は、誰もいなかった。「縄文料理」と称するものを作って食べ飲み、そして、高浪の池の貸ボートにのった。牧野さんと川原さん、スソさんと久家さんとおれで、一艘づつ。30分。

スソさんと久家さんが交代でこいだ。池の向こうに、ここに来る途中で見上げてタメイキをついた大岩壁のある、標高1100メートルぐらいの岩山、明星山が見えた。

Kohun_ryouri05

とつぜん、久家さんが「とんぼ、とんぼ」と、指さした。おれが座る、すぐ横のボートのへりに、とんぼが止まっていた。こんな色のとんぼを見るのは、はじめてだ。急いで撮影した。うまいぐあいに二枚撮れたところで、とんぼは飛んでいった。飛んでいってしまった。このとんぼは、たぶん、もう死んでいるだろう。おれは、まだ生きている。

Takanami_tonbo

夏の強い日ざしだったけど、池のうえは静かで涼しく気持ちよかった。

ぐははは、こんなことを書くこともある、午前1時半のヨツパライ深夜便でした。

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2008/08/01

法人化せよ!やら、居酒屋ほろ酔い考現学。

前の、午前1時半ごろのエントリーは、酔って書いたにしてはイマイチの内容と文章だったな。なんだか、ウニョムニョで、ウニョムニョもよいが、ウニャグチャで、よくない。

ようするに、「ミーツ」10月号の「ザ・めし」特集の取材で、大阪へ行くのだ。しかし、ほんと、そういうスケジュールで、あの「ミーツ」ができてしまうのだから、「ミーツ」の全スタッフがスゴイのか、印刷技術がスゴイのか、つまりはこれが「情報社会」なんだなあ。ま、もしかすると、来月1日発売の「ミーツ」には、おれが登場しているかもしれないということ。

とにかく、きのうのことを書き足しておく。きのうのエントリーを書いたあと、いまおれのまわりで、チマタを舞台に、もっとも油がのったイイ仕事を展開している、40台前半の男2人のうちの1人から電話があった。すでにやっているある活動を、NPO法人化して拡大強化するから一緒にやらないかという話。いい話だ、もちろんやるとも、二つ返事。ファンキービジネスのファンキユーを特徴づけるのは、「ユニークになれ」「法人化せよ」「つながれ!」だもんな。

そりゃそうと、もう一つNPO法人をつくる話しがあって、そういえば、この数年NPO法人から遠ざかっていたから、法環境も含めどんなアンバイになっているか気になりだし、とりあえず池袋ジュンク堂へ行くことを思い立ったのだった。

ジュンク堂で、そのテの本をパラパラ見たが、いまいちピンとくるものはなく、このあいだ飲んだとき、牧野伊三夫さんが京阪神エルマガジン社「西の旅」夏号に載っているような話しを聞いた記憶があったので、二階へ行き、その雑誌をパラパラ見る。牧野さん、神出鬼没の活躍だ。まさに、チマタを舞台に、もっとも油がのったイイ仕事を展開している、40台前半の男2人のうちの1人。

倉敷島だったかな?を訪ねて、絵はトウゼン、文章も書いている。絵はトウゼンよいのだが、この文章がよかった。牧野さんの「郷土愛」には、イヤミがないね。それは、あるいは、「へんにいい話に昇華させすぎていない」文章や絵のせいなのかもしれない、ともおもった。

それで、なんだか無関係に、古書往来座へ行ってみることにした。明治通りを10分近く歩く。ここでは、飲食系の棚しか見たことがない。その棚に、橋本健二さんの近著『居酒屋ほろ酔い考現学』(毎日新聞社)があった。そういえば、このあいだ飲んだとき、おれの文章からの引用があると聞いた記憶がある、パラパラ見ると、27ページのおわりから次のページにかけて、それはあった。

この6月30日に1500円+税で発売の本が、420円。買うかどうしようか迷ったが、イチオウ買った。

「大衆食文化についての著作で知られる遠藤哲夫が、知人の女性に聞いた話として、こんなことを書いていた(『談 別冊・酒』二〇〇六年)。」と引用がある。これは、「貧乏人は、酒を飲むな。これが、いまの日本である」という橋本さんの主張の文脈のなかで引用されている。

橋本さんは「階級論でおなじみの社会学者」(腰巻にそう書いてある)であり、本のタイトルに今和次郎の発見である「考現学」を採用しているが、今和次郎の考現学について、本文のなかで、「階級といえば、階級闘争、共産党、そして革命。彼の考現学は、こんな発想とは無縁である」と紹介する。つまりは、その「考現学」をタイトルに使用した橋本さんの発想もそういうものである、と間接的に述べているような印象を受ける。

まだ、よく読んでないので、これぐらいで。

往来座の帰り、とにかく肉体が「生ビール!」と叫んでうるさいもので、ジュンク堂横の赤ちょうちんに入ったのだった。ここのところ、この飲み屋によく入っている。気に入った、というか、気になると、しばらく続けて通うクセがある。


ついでに備忘用のメモ。下記の記事。このビール出荷量ベースに占める割合の動向は、注意しておく必要がある。記事は、「「第3」が発泡酒上回る」をピックアップしているが、第3のビールと発泡酒を足すと、その割合は24・5%+24・3%であり、48.8%もあるのだ。

ビールは、飲食店の提供も含まれるが、第3のビールと発泡酒は、飲食店での提供はあまりないだろう。飲食店では通常、チュウハイやサワーなどになる。つまり第3のビールと発泡酒は、大部分が家庭内消費とみてよい。

いま、飲食店経営は、非常に厳しい事態をむかえている。象徴的に簡単にいってしまえば、50%ほどのビールを飲む客の奪いあいなのだ。人間は100人いても50人しか相手にできない競争は、過酷ですね。いまチマタの飲食店は、そういう競争のなかにいる。ラーメン屋などでも、飲酒運転取締り強化の影響もあるけど、まずはギョーザなどを食べながらビールそしてラーメンというスタイルが減って、これが客単価低下の大きな要因になっている。


ビール類:出荷量、「第3」が発泡酒上回る 消費者の節約意識反映

 ビール主要5社が11日発表した5月のビール類(ビール、発泡酒、第3のビール)の出荷量(課税ベース)によると、出荷全体に占める第3のビールの割合は24・5%に達し、発泡酒(24・3%)を上回った。増税前の駆け込み需要があった06年4月を除き、第3のビールが発泡酒を上回ったのは初めて。生活用品の値上げが相次ぐ中、消費者の節約意識が高まっているものとみられる。

 5月の総出荷量は4016万2000ケース(大瓶20本換算)で前年同月比1・9%減と3カ月連続の前年割れ。中でも発泡酒の落ち込みが目立ち同9・1%減、ビールも同5・5%減だった。1~5月累計でも総出荷量は前年同期比3%減。【望月麻紀】

毎日新聞 2008年6月12日 東京朝刊

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「ミーツ」9月号が届く、10月号は? ようするにタイトではあるが、池袋で一杯。

Meets_9前のエントリーで、スケジュールがタイトだとかいいながら、池袋へ行って本屋と古本屋をウロウロし、一杯飲んできてしまった。とにかく、この蒸し暑いときの生ビールは、やめられない。

ま、「忙しい」といっても、朝の7時から夜の11時ごろまで会社にしばりつけられて、ブログなんぞはやる時間もなければ、自殺や過労死ならずとも体調を悪くする労働者と比べたら、やりようはあるわけだ。

ようするにクリティカル・シンキングだの、クリティカル・ポイントのおさえかた、という「手法」やらで、ひとを押しつぶしそうな「忙しさ」を、「忙しい」「忙しい」とわめいたりせず、涼しい顔で酒飲んだりデイトしながら切り抜ける。カッコイイ。なーんてことができればよいのだが。その気になれば、なんとかできるし、やれないことじゃねえな。

きょうもジュンク堂の横の赤チョウチンに1人で入ったら、ちょうどカウンターが一杯で、見た目は入れそうにないのだけど、店のひとは、そこを上手につめて、うまく1人分をあけてくれた。ようするに、そういうことだ。

出かけるときにポストを見たら、京阪神エルマガジン社から、きょう8月1日発売の「ミーツ」9月号が届いていた。おれは書いているわけじゃないが、先月号あたりから届いている。ありがとね。

それを見ながら飲んだ。何度でも書くが、いま日本でイチバン熱い商業雑誌。今回は、ほんとうに熱い。なぜなら「辛」特集なのだ。「辛ミーツ」真っ赤かかかか、辛そう、うまそ~。しかし、情報量も多いけど、すごいガツンな迫力。熱い、熱い。そのう、少々ピンボケというか辛い涙でブレたような料理写真をドカーンとつかう度胸もよいね。

木村衣有子さん連載は、ナガオカケンメイさんのお店「D&DEPARTMENT大阪店」。ぐぐぐ、木村さんらしい書き方で。

そして、次号予告を見ると、おおっ「ザ・めし」だ。おおっ、「ザ・めし」なら、おれの出番があるだろう。それとも、おれを抜きに、街のめしを語ろうというのか。そんなわけないよな。だけど、この10月号の発売は、泉大津で銀杏BOYZのライブがある8月30日のあとの9月1日発売なのだ。つまり、もう実質ひと月ない。ということは、もう、いまごろは原稿が揃って、デザインも追い込み、入稿直前のころだ。ああ、もうおれが出る幕はないのか。アアッ、おれが登場しない「ザ・めし」なんて、そんなことがあってよいのか。ああっ、ああっ、ああっ。しかし、来週の取材でも間に合うという動きもある。そんな、まさにタイトな。不可能と思われるスケジュールを可能にする力が、熱い「ミーツ」にはある。らしい。はたして、おれは、どうなる、どうする。

暑いのに、熱く、熱く、熱く、燃えろ~。

いけねえ、もう午前1時半だ。夜中に、なにを書いているのだ。
ああ、ミーツみていると、大阪に住みたくなる。

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