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2008/08/24

いまどきの「庶民」。

おれがよく酒を買う、近くのボックスストアの酒の品揃えが最近かなり変化している。

乙類つまり本格焼酎の銘柄の種類と陳列面積が少なくなった。そして安い甲類の、1.8リットル入りの箱パックと2リットル以上入りのペットボトルの陳列が増えた。清酒も同様で、銘柄数が減り、かつ1.8リットル入りの箱パックへシフトしている。あと増えているのは、ワンカップの焼酎と清酒の陳列(これは、おそらく、財布の手持ち現金をにらんでの、小口単価でしか買わない人がふえているのだろう)。顕著なのは缶ビールで、いわゆる缶ビールの陳列面積は極端に減り、発泡酒と第三のビールがそれに変っている。

説明するまでもなく、マスコミの見出しなら、「生活防衛」というやつの実態だろう。

2008/08/01「法人化せよ!やら、居酒屋ほろ酔い考現学。」にも書いたが、今回の「不況」の飲食店経営の厳しさは、低価格帯の「家酒」に対抗しうる決め手がないため、客単価や売上の低下どころか「客離れ」が心配されることだ。

それはともかく、これまでの飲み方を、厳しくなる財布事情にあわせて、「率」のよいほうへ変える動きが顕著だとみてよいだろう。

で、おれが、まず店頭で考えたのは、そのように何らかの対応をしているのが、いまどきの「庶民」で、一方には、そんなことを心配する必要のないひとたちもいるということだ。

これまで「格差」がいわれてきたが、でもアイマイなところがあった。たとえば、「庶民」的生活レベルと、そうではない、「優雅」とまではいかなくても「市民」的生活レベルの「差」がアイマイだったような気がする。しかし、そろそろハッキリしてくるようだ。それは、ビールを買う余裕がどれぐらいあるかで、簡単にわけられるほど、明快になるかもしれない。

そうなったら、おれはやはり「庶民」より「市民」がいいなあ、と、酒類販売の棚の少ないエリートのような面積しかない缶ビールの前で思ったのだが、そのとき、おれはいま述べたような酒における「生活防衛的」な策を、ほとんど考えてなかったのに気づいた。

それは、そのように「レベル」を下げる必要がないほど、すでにふだんから安酒を買っていたからで、つまり、あと残されている策は、飲む量を減らすしかないのだ。

そのことに気づき、ガクゼンとしトツゼン気分は萎れたチンポみたいになり、オランダ産アジ開き4尾入り、これがまだ値上がりしてなくて、300円ぐらいなのを買って、萎れたチンポをぶらさげて帰ってきたのだった。

そして、ここ数日のレシートのたぐいを見ていて、なんと、クソヤロウ、21日に新宿はション横の「鳥園」で飲んだホッピー、最初のセットが600円! 中が300円もしているではないか。ああ、そんなことが気になる、クヤシイおれって、やっぱ「庶民」的生活レベルか。ああ、酒の値段や飲む量など気にせず飲める、「市民」になりたいなあ。できたら、「国産」なのに高いアジの開きも食べたい。

そうだ、インターネットをやめれば、そのぶんが浮く。いまだって、インターネットやっているのは、そんなに日々の労働に追われていない、ま、プロバイダーに払うカネの余裕とパソコンに向かう時間の余裕のある「ネット市民」たちだからなあ。しかし、おれは「ネット市民」やめたら、完全に「庶民」になっちまうなあ。やだよ~「庶民」なんて、ネットも酒もやれる「市民」がいいよ~。ぐわわわわわわ~。おわり。

マスコミは「生活防衛」という言葉をつかい、国民生活の方向性を、そこへ収斂あるいは閉塞させようとするが、本当は、こんなときにこそ「生活向上」を謳うべきなのだ。「向上こそ、最大の防衛」。みんなでめざそうグルメな市民生活。

と書いても、大多数の庶民は、インターネットなんかやってないのだな。発表になっているインターネット普及のデータは、プロバイダーのダブリや、業務でだけしか使ってないひとも含めて、大多数の庶民がやっているような数字だけど。

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