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2008/08/08

大阪続きで、書評のメルマガも「続・大阪味覚地図」。

Oosaka_narikin01はてさて、原稿など書き出そうかと、ミーツのほかにもある原稿の締め切りを確認していると、書評のメルマガの締切りが明日の9日だとばかり思っていたのに、きのうの7日だったことに気づく。いつカンチガイしたのだろうか、はてどうしようかチト迷ったが、んじゃ、「続・大阪味覚地図」にしようと、さっそく書き上げて、河上進(ナンダロウアヤシゲ)さんに送る。

この本は、1965年、おれがちょうど一年近く大阪に住んで仕事をしていたころの発行なのだ。そして、今回は、そのころよく利用した、というか、仕事で出る毎日利用した、阪堺電車に乗って、住んでいた東天下茶屋まで行った。この電車は、天王寺つまり阿倍野から出るのだが、まだ一部路面を走るチンチン電車で、当時とほとんど変ってない。

東天下茶屋のへんも、空き地や庭のある家がなくなって密集し、当時の屋敷の識別はつかないが、阿倍野筋や商店街の家並みは、ほとんど変ってない。もともと東京でいえば、「下町」といわれる「場末」なので、新しい開発からは完全に取り残されてきたのだ。だから、ま、おかげで、チンチン電車も残っているのだろうが。

だけど、天王寺つまり阿倍野は、いまや例のワンパターン高層化再開発の真っ只中。爆撃のあとの更地が広がり、ポツンポツンと高層が建つ。そこに一軒だけポツンと残った居酒屋。これが渋いうえに、昼酒がやれる、というので入った。そのことは、また後日に。

6日のこと。新大阪で藤本さんあんど川隅さんと落ち合って、さて、どこへ行こうかということになった。そうなのだ、今回は、アポなし取材。

前日まで、メールや電話で打ち合わせたけど、どうも決め手に欠けると迷っていた藤本さんは、おれが東京から行くのにアポなし取材じゃまずかろうと考えていたようだが、おれはまったく平気だし、大衆食堂のばあい、けっこうおもしろくやれる。なので、とにかく、食堂はたくさんある、なんとかなるもんだよ、と、そんな話をしていた。

川隅さんのクルマに乗ったところで、おれが行ってみたい気になるところをイメージで話す、んじゃ、とにかく港地域へと動く。だけど、目的にしていた食堂が水曜日は休みとわかる。んじゃ、と、またそこで検討、すぐ決まる。

そのときもそうだけど、そのあとも、この地域は東京でいえばどこに似ているか、というような比較でコミュニケーションをする。それが、なかなかおもしろい。

行った食堂は、その方式によると、ま、上野から浅草の地域に似ているかと。しかし、上野浅草といっても、「江戸伝統」の観光用イメージのそれじゃなくて、中小商工者の町ってことだ。食堂は、名前も個性的だし、取材をお願いすると、すぐOKが出た。

11時過ぎぐらいに店内に入った。それから1時間ぐらい。じっくり様子を見ることができた。もう願ったりかなったりの食堂だった。ここに書いてしまうと原稿に書けなくなるから、これぐらいで、おわり。

Oosaka_narikin02関西に特徴的なメニューの景色。おかずの棚の刺身に、「たい」がある。汁に、みそ汁だけじゃなく、吸い物、ここのばあい「玉吸い」という、東京モンがきくと「けったい」な風に想像しそうな名前の、すまし汁に玉子を落とした、それがある。客の注文を聞いていると、「しょうぶた」「だいぶた」が多い。これは豚汁の小か大。

「続・大阪味覚地図」の「金水〈しる〉」に、「むかしの大阪は汁の店が割り合いあったということである。戦後は、それが全部姿を消して、名のみ留めても他の店になったりしている」とあるが、関東から行った印象では、神戸にしてもそうだが、汁メニューが充実しているようだし注文も多い。十三には、大衆的な「しる屋」もある。

かりにだが、めしを注文すると、黙っても漬物がついてくるのがふつうだ。カネがないときは、それと汁で食事は成り立つ。

そうそう、忘れないうちに書いておこう。今回、いくつかおもしろい話があったが、そのうちの一つが、江さんの「親子丼と小ライスを注文するやつ」の話。笑った。親子丼をおかずにライスを食べるのか、いやいや小ライスにも漬物がついてくる、それが大事なんや。とか。とにかく炭水化物をよく食べる。それにしたって、汁や汁気がいる。

そうそう、ついでに忘れないうちに、もう一つ。鶴橋の焼肉屋へ行く途中で、村瀬嬢の話し。彼女は、キタとミナミでは顔がちがう、ミナミはね、こうこうこうでこうなんですよと、きわめて具体的に説明する。なるほど、そういわれてみると。

それは女の顔のことなのだが、彼女の話ではファッションもちがうというのだ。「ほら、東京だって銀座と池袋じゃちがうでしょ、あれとおなじです」と。それからは、女の、とくに若い女の顔が気になってしかたなく、翌日も、ずっと気にしていた。目に入った女を、ミナミのふるいにかけながら歩いているおれ。

村瀬嬢は、京都の女だからミナミではない。では、彼女はキタの顔なのか。それはともかく、以前、千住・上野で飲んだとき、たまたま東京にきていた彼女もいたのだが、「女子高トーク」がとてもおもしろい。「敵」にまわすと怖そうな女たちばかりだ。くわばらクワバラ。

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