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2008/09/10

エンテツと街を歩こう in 北九州。

Kitakyu_kouza02「市民プロデューサー講座」は北九州市の関連団体、ヒューマンメディア財団が主催している。仕組みの詳細は知らないが、『雲のうえ』を生んだプロデューサー中原蒼二さんが、コーディネーターのようなプロデューサーのようなことをしているらしい。

各地で「まちづくり」なるものが盛んだけど、「まちづくり」は「メディアづくり」という側面が欠かせない。と、おれはおもう。つまり街の魅力をどう発見しとらえ、どうメディアに表現し伝えていくか、それがわりとキモになる。

そういう「専門家」もいるのだけど、とかく、詳しい専門家まかせで、一般市民は、あまり考えたこともなく無関心か、それを「客観的」に「批評」するだけという関係が、けっこうある。

あるいは、こういう事例が多いのだが、いわゆる「関係者」だけの「まちづくり」で予算がつかわれておわる、予算消化のような「まちづくり」が、たくさんあるのだ。たとえば、予算がついて、さまざまな印刷物はつくられるけど話題にもならず捨てられる。あるいは街角に「まちづくり推進協議会」や「まちづくり憲章」のような標語を書いたモノを建てるだけで、補助金が出て何かをしたことになる。そういう残骸は、いたるところに見受けられる。

そうではなく、市民が自らプロデューサーとして、その「まちづくり」に関わる。それは自分のやれることからやればよいのだけど、どこから手を着け、何をどうしたらよいかわからないひとも少なくない。

今回の「市民プロデューサー講座」の企画は、そうした現実に応えるものといえるだろう。

とにかく、中原蒼二さんがメールで呼びかけた文章は、こういうものだった。

タイトル
「いつもと違う、風と光を感じ取る、それをミニコミとして情報発信する、というワークショップ」

内容
「今回のプロデューサー講座は「エンテツさんと街を歩こう(仮)」というのをやります。 これは大文字の「観光」だけではなくて(それはそれで頑張るとして「観光協会」とか)、ふだん見慣れた街の見慣れた光景のなかに、少し角度を変え、あるいは視点を変えることによって、今まで気づかなかった見落としていた自分たちの街の「宝物&資産」を見出そうという試みです。そうです。もう気づかれた方は多いと思いますが、乱暴にも簡単にいってしまうと『雲のうえ』の基本的な取材&編集方針に近いものです。ただし、『雲のうえ』にはそれなりのフレーム(ミッションとか規模とか)がありますが、今回はそれよりも身近なもの、本当に自分の生活に隣接・密接しているもののなかに新たな価値をみいだしてみようではないか、ということです。エンテツさんと一緒に街歩きをしながら、彼は何を見て、何を掬い上げ、何に価値を見出し、写真を撮り、どんな文体でそれらを情報発信するのかを、よくみる・感じることができる、あまり機会のないワークショップになると思います。(以下略)」

このポイントは、タイトルにあるように「いつもと違う、風と光を感じ取る、それをミニコミとして情報発信する」ことにある。感じ取るだけではなく、それを表現し実際にメディアをつくるのだ。「メディアをつくる」といっても大げさなことではなく、このブログだって、そういうものであり、実際に、講座に参加した方は、紙メディアにするための原稿をつくるのだけど、おれはこのブログに表現し、それを参加者に見てもらう。

とにかく中原さんの文章を読んでおれは、昨年末から今年にかけて関わって寄稿もした、東京は北区のまちづくり公社の『街よ! 元気になれ』の冊子(街の魅力「新北区紀行」~観光のススメ~)を思い浮かべた。なので、その冊子を一冊、持って行った。

Kitakyu_kouza016日土曜日午後1時から、小倉駅北側のビルにあるヒューマンメディア財団の会議室で始まった。

まず、歩くコースを大雑把に決める。戸畑区と若松区を結ぶ、洞海湾に架かる若戸大橋の両側のたもとのへんを歩く。その具体的なコースを決める。その段階ですでに、若松区に職場があるのに、そのへんのことは知らない、小倉のことは知っているけど、そのあたりは知らない、昨年そのあたりを歩いたおれより知らない。そういうひとが少なくないことが判明した。とくに北九州市は、戸畑市、若松市、小倉市、門司市、八幡市など、いくつかの市が合併したこともあって、ただでさえ自宅と通勤先のあいだ以外のことは疎くなりやすいのに、自分の関係する区以外のことになると知らないことが多い。もう、この会議室にいるうちに、これはおもしろいことになるぞ、という期待が高まった。

中原さんとおれがちょっと話をし、持って行った『街よ!元気になれ』も見てもらい、あとでコピーをとって配布することにし、午後2時すぎ出発した。

総勢12名だったかな? 最年少大学生。この日から「街じゅうアートin北九州2008」が始まり、そのオープニングセレモニーが、ちょうどこの時間帯にぶつかっていた。いつも講座に参加のひとたちは、そちらでも活躍しているから、講座の参加者は少なくてこの人数だというのだが、むしろこれぐらいの人数のほうがよかった。

Kitakyu_kouza03小倉駅から電車で戸畑駅。戸畑駅から歩き始める。歩きの出発点になる戸畑駅の北側すぐには『雲のうえ』5号に登場の「まんなおし食堂」と「えだや食堂」がある。えだや食堂の女主人は、働きすぎではないかと心配だったが、やはり身体を壊されて引退、以前ここで働いていたおばさんが店を守っていた。渡船場へ向かう大通りを歩いて、蛭子神社、若戸の渡船場前を通り、海岸沿いに海岸食堂、若戸の渡船場にもどり渡船(渡船の料金は50円から100円になっていた)、洞海湾沿いに北へ小道を行く、小路に入り蛭子神社、小路を行き丸仁市場に裏側から入る、丸窓の天ぷら(すり身を揚げたもの)を買って食べる予定だったが着いたのが16時過ぎ売り切れ店じまい中、すきっ腹をかかえ明治町銀天街、料亭「金鍋」、山田食堂の前を通ってぎょうざの「鉄なべ」ここで食べかつ飲む。レトロ観光開発中の洞海湾沿いのバンドを歩き渡船で戸畑にもどる。角打ち田中酒店、高田酒店、「角打ちは街の学校だ」店主と楽しく会話しながら、得るものが多い。戸畑駅から小倉、打上げの居酒屋(名前忘れた)。途中から参加のひともあり、最後に駆けつけたひとは、この打上げ会場に午前1時ごろだった。プロデューサーというのは、人脈や人間関係が大事だから飲み会参加だけでも大切なのだ。

さて、それで、おれの発表だが、このあと今日中か明日のエントリーになる。「アートな若戸大橋の楽しみ方」というタイトルを考えている。

最後に、おれがマジメにシゴトをしている様子がわかる画像を、参加者のミカ嬢が撮影し送ってくれた。ありがとう。
Kitakyu_kouza04


ヒューマンメディア財団
http://www.human-media.or.jp/
北区まちづくり公社
http://www.matikita.com/

中原蒼二さんのブログ
http://ho-bo.jugem.jp/

当ブログ関連
2008/03/15
北区の『街よ! 元気になれ』。
2008/04/09
「手づくり観光」と「B級グルメ」とまちづくり。
2008/08/26
頭は北九州モードのなかで。北九州市の渡船。

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