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2008/09/23

「めし」への思い。「ザ・めし」の人びと。

おまえは今回の「事故米」「汚染米」騒動について、ブログに書かないのかといわれた。書かない。もうウンザリだ。あんたたち「頭のよい人たち」の稼ぎ場にしたまえ。

食料自給率モンダイ、この前のギョーザ騒動、その前のBSE、あれこれ書いた。でも「頭のよい人たち」にはかなわない。それに、みんな「頭のよい人たち」にしか耳を傾けない。おれなんか、ただの下層の便利屋自由文筆労働者、フリーライターだもんね。

書けば繰り返しになるだけだ。食を「栄養」と「グルメ」に矮小化したすえに「食育」。そうだ、ザ大衆食「食育基本法と食育問題のおべんきょう 食育ナンダロアヤシゲ」…クリック地獄から、カンジンなところだけ抜粋しておこう。

…………………………………………

そもそも関係者が「食の乱れ」と騒ぎ立てる問題は、食育の欠落が原因なのか。安全性にせよ、自給率の低下にせよ、食事や料理にゆとりのない生活にせよ、ほとんどは政府と与党の政策によるものである。個別の政策で解決を図るべきことがたくさんある。消費者をダラク者あつかいして、食育でカタをつけようなんて、スジ違いではないか。
  ああ、書いてしまった。これじゃ、食育ネタで声がかからなくなる、稼げなくなる。
  しかし、そうなのだ。国益優先で生活後回し政策を重ねた結果を、消費者のダラクといい、消費者の精神や知能の問題にすりかえたところに、いまの「食育」があるのだ。

けっきょく過去と同じレベルの蒸し返しなのだなあ、と思う。私が、食に特別な関わりを持つようになったのは、一九七一年秋のことだ。ある企画会社に就職し、大手食品メーカーのマーケティングの下請け仕事をやるようになった。そのころすでに問題だったテーマや議論のレベルから一歩も踏み出していない。まったく進歩がない。あいかわらずピントはずれである。

そして消費者は、働くため生きるため、現実的な食を選択するだけである。ダラクといわれようと。「食育」では安全性や自給率の解決にならない。「食育」をまっとうにやるつもりなら、生産者の独善をやめ、消費者の生存の権利として位置づけ深めるべきである。

…………………………………………こんなところか。

なかでも「そもそも関係者が「食の乱れ」と騒ぎ立てる問題は、食育の欠落が原因なのか。安全性にせよ、自給率の低下にせよ、食事や料理にゆとりのない生活にせよ、ほとんどは政府と与党の政策によるものである。個別の政策で解決を図るべきことがたくさんある。消費者をダラク者あつかいして、食育でカタをつけようなんて、スジ違いではないか」ってところと「「食育」をまっとうにやるつもりなら、生産者の独善をやめ、消費者の生存の権利として位置づけ深めるべきである」ってことだろうな。

今回のモンダイについていえば、なんでも消費者のダラクの責任にして、「食育」の御旗を掲げ、「個別の政策で解決を図るべきこと」をやってこなかった、「消費者の生存の権利」を追求してこなかった、その「食育」の旗振り大明神の「栄養士利権」が仕切るらしい「学校給食」に、「事故米」「汚染米」が使用されていたというのは、皮肉というしかない。

もしかして「栄養ボケ」や「グルメぼけ」が「事故米」「汚染米」そして農水省を許してきた、といってみたくなる。

とにかく、今回のジケンは、かなり不可解のことが多い。実被害者が出たギョーザ騒動は、解決のメドもたっていないし、誰も責任はとっていない。そして、今回は、実被害者は出ていないが、なんやら「マスコミ主導」の大騒動。いつもなら「原因究明と解決こそが私の責任」などと開き直るはずの大臣もさっさと辞め(更迭?)、あとは例によって、「頭のよい人たち」やマスコミの独断場ですね。かくてまた「想像的事実」がはびこる。

そんなことなんだけど、しかし、フツウのひとはマットウに『ミーツ・リージョナル』10月号「ザ・めし」特集を楽しんでいることを考えると、食の未来は、そんなに暗くはないとおもう。ようするに「フツウのめしくう生活」の基本を見失わないことがカンジンなのであり、そういうひとたちは、ちゃんといるのである。と、話を、ここにつなぐのだな。

ブログから、いくつか反応をひろった。ていねいに全部を検索してないから、ほかにもあるだろうけど、ここに見られるのは、「究極のめし」といったグルメのことではなく、日々の「うまいめしをかきこむ喜び」を楽しみにしているひとがいるということだ。

グルメもいいだろう、コンビニ弁当もいいだろう、あやしい学校給食もあるだろう、だけど、スタンダードな「在り方」は「ザ・めし」特集に、うまくまとまっているようである。というふうに見られるのではないかな。「うまいめしをかきこむ喜び」があるフツウの生活を大切にしよう。

気どるな!力強くめしをくえ! ということですね。


「それでも明日はくる」9月18日「見て楽しむ読んで楽しむ食わねども」
http://makoto55.jugem.cc/?eid=1372
面白かったのが「めし喰らい大研究」

「おしゃれ日記」9月14日「ごはん」
http://blog.livedoor.jp/akiradoor/archives/2008-09.html#20080914
ご飯はうまい!

「リリィの羽」9月8日「Meets Regional という才能。」
http://ameblo.jp/nighthare/entry-10136999191.html
ちなみに『ザ・めし』のサブタイトルとして「忘れるな、うまいめしをかきこむ喜びを。」とあります。
ああもう、なんか素敵だ。

「株式会社カナヤマ」9月5日「めしカッ食らう秋の始まり」
http://t-kanayama.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post_3243.html
み〜んなうまそうなんだけど、関西の店だから食いに行けんのよね。札幌にもこんな「街の雑誌」ができんもんかねえ〜。

「なんかぼやいてます」9月2日「食い気に執念深い女」
http://ameblo.jp/nekotorayan/entry-10134698626.html
もう表紙買いしました。

「アロマセラピーサロンNap timeブログ~take a nap~」9月1日「Meets」
http://ameblo.jp/naptime-blog/entry-10134076812.html
ご飯だらけなのでご飯好きの人はぜひ!

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