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2008/09/27

「糠漬文化人」あるいは「糠漬アーチスト」そして「おかん文化人」など。

Kitakyu_3_takadasake2北九州の「市民プロデューサー講座」9月6日土曜日は、「街じゅうアートin北九州2008」が始まる日で、いつもなら講座に参加する大勢が、そちらのオープニングセレモニーに関係していた。そのなかのお一人、大野浩介さんだが、途中たしか高田酒店で角打ちをしているころに駆けつけた。そして、おれの手に「床漬」を渡すと、また忙しく街じゅうアートのほうへ去った。

その床漬は、大野さんチに100年伝わる糠床で、キャベツ4分の1カットを漬けたものだった。

「床漬」とは「糠漬」のことだが、北九州では独特の文化を形成している。そのことを『雲のうえ』5号「はたらく食堂」に書いた。若松区の駅前食堂で、120年続く糠床の床漬に感動したからだが、それをおぼていて、持ってきてくださったらしい。とにかく、うれしかった。

Kitakyu_4_nukaduke持って帰って、そっと、おれだけで食べたいものだったが、そうはいかない。糠から出したら日持ちはしないから、はやくうまいうちに食べなくてはいけない。というわけで、そのあとすぐ、打上げで行った小倉の居酒屋で切ってもらい、みなで食べた。そのうまさ。みなは、おれが土産にもらったものだということなんか関係ないように、うまいうまいと競って食べる。たちまち鉢の底が見えてくる。おれも負けないように食べていたら、写真を撮るのも忘れ、このアリサマになって、あわてて撮影したのだった。

床漬は、北九州の文化だ。つまり「糠漬文化人」あるいは「糠漬アーチスト」と呼んでいよい人たちがいるはずなのだ。全国的「糠漬」にしても、そうだろう。

だけど、「糠みそクサイ」イコール「生活クサイ」といったことは、これまでの文化だの芸術だのからは、いちばん遠いところにおかれた。

そして、文化だの芸術だのは「糠みそクサイ」イコール「生活クサイ」ことを軽蔑し、「糠みそクサイ」イコール「生活クサイ」ことは、文化だの芸術だのとみなされなかった。糠みそくさくない、生活くさくない、書斎やアトリエや街や自然から、文化や芸術は生まれるのであると。
そして、ともすると「糠みそクサイ」イコール「生活クサイ」連中は、ダサイ「愚民」あつかいされた。
そして、糠みそに手を突っ込んだこともない、文を書いたり絵を描いたりのたぐいをやる連中が、えらそうにしていた。
そして、食や生活を、あるいは街や自然を、趣味や道楽の対象としてしかみないのが、文化や芸術であるかのような風潮も蔓延している。
そして、いまでも、料理を「芸術」だなんていうのは、そういうことに関係があるだろう。
そして、糠みそくさくないイコール生活くさくないものが、「おしゃれ」だの「かわいい」だのということになる。

でもね、そういうものは力強くは生きられない。「糠漬文化人」あるいは「糠漬アーチスト」を含む「おかん文化人」のたくましさが、実際は、これまでも文化や芸術、それに関わる人たちを生み育ててきた。北九州の百年床を食べ考えると、そのことをしみじみおもう。「街じゅうアートin北九州2008」なんてことができる北九州の底力も、この力強い「おかん文化」と関係あるのかもしれない。

ところで、そういう床漬を食べて活躍の、大野さんの名刺の会社名は「株式会社 鎚絵」である。なんとまあ、ユニークな。ちょっと、このサイトの表現では、なにをどうする仕事なのかわかりにくいのだけど、ごらんください。
http://www.tsuchie.jp/
ようするに「鎚」というのは、鍛冶屋の鎚のことで、鍛冶技術を造形技術として、いろいろな分野に展開していこうということなのではないかと思われる。

とにかく、遅くなったけど、大野さん、おいしい床漬、ありがとうございました。大半は、北九州の方が、おいしいといって食べてくださいました。

高田酒店のおばんも「おかん文化人」だった。

Kitakyu_3_takadasake

「これは、糠漬くさいところがよいですね、最高の作品です」とか「すごく生活くさい文化ですね、すばらしい」といった褒め言葉が、もっと通用するようになるとよいのに。

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コメント

素敵なコメント、それから、あの糠漬け、ありがとうございました。
ほんと、一朝一夕ではできない味ですね。きっと、叔母さんのおかずも、そんな味なのではないかと想像します。

そうですか、11月8日、来られるのですか。うれしいです。再会できるの、楽しみにしています。

投稿: エンテツ | 2008/11/04 07:51

たまたま、人に言われて、
自分の名前で検索したら、

出ていることに気づきました。
おいしくいただいたとのこと
とっても良かったです。

うちの母とおばにも
ちゃんと伝えておきます。

実家には叔母もいるというところが、
大野家の奥深さなのです。

僕が子どもの頃は
兄弟三人。
父母。
祖父祖母。
叔父叔母。
その娘(いわゆる従兄弟)
なんと10人家族でした。

叔母なんかはいまだに
おかずを多く作りすぎるらしい。

その中で、
糠漬けがない食卓というものは
考えられませんでした。

僕はつかりすぎた、
色の変わったきゅうりが大好きだった。

結婚後
実家からもらって帰った
きゅうりの糠付けを
「色が変わったから」
と言って捨てようとした嫁を
怒ったことがあります。

不断、尻に敷かれているのにね。

それでは11月8日に、再会できます事、
ちゃんとお話できますこと、
楽しみにしております。

投稿: kowske ohno | 2008/11/03 23:40

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