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2008/09/09

北九州、の前の滋賀・長浜、の後の愛媛・西条。

どーも、みなさま、お世話になりました。ありがとうございました。
と、イキナリ書いても、わからないひとがほとんだろうけど、北九州市の「市民プロデューサー講座」ってのに招かれて行って来た。いろいろな人とであい、いろいろお世話になったので、まずは帰還の報告をかねてお礼。

市民プロデューサー講座については、ここに書くという約束のこともあって、明日から詳しく書く。講座に参加の方は、明日からマジメに見てください。

まずざっと、この一週間近くの備忘メモ。

09naghama_toraya講座は先週6日土曜日で、おれは5日金曜日の夜にホテルに入っていればよい日程だったのだけど、どうせいくなら途中下車やまわり道のクセで、4日の朝9時ごろウチを出た。ちかごろ滋賀県長浜の「まちづくり」のウワサを聞くので、どんなアンバイなのかと新幹線の米原で乗り換え長浜へ。なーるほど、小樽や門司が、いわゆる近代赤レンガ遺産を活用した「レトロ・テーマ・パーク化」としたら、こちらは、飛騨高山、ちかごろの京都・祇園、関東だと小規模ながら川越の小江戸といった、「何風」というべきか「木造土蔵風レトロ」とでもいうのか、そんなアンバイの古い街並みを生かした「テーマ・パーク化」が着々とすすんでいる。

詳しくは後日。おれとしては、そこで、おもわぬ収穫。そそられる食堂。こちらは「テーマ・パーク化」とは関係ない、そのまんまの姿。入らずにはいられない、入る。食べて出て、ちょっと歩いたら、また一軒。うーむ、腹が一杯だから無理だ、写真だけでも。それが画像の「とらや食堂」。「小さな食堂・大きく感謝」

長浜では琵琶湖畔の民宿にでも泊まって、暮れゆく琵琶湖を眺め、琵琶湖周航の歌を口ずさんだり屁を放ったりしながら、ゆくえの知れぬ恋の道かなと孤独を慰めるつもりだった。だけど、たいがいのところは見てしまい、琵琶湖畔に行ってみれば、水は泊まりたいほどキレイでもなく、ハテどうしようかと思っているうちに雲行きが悪くなる。「そうだ、京都へ行こう」ついでに夜の祇園のそぞろ歩きなんて、カネがなくてもいいじゃないのと電車に乗る。米原までもどったころ雨が降り始め、京都に着いたら土砂降り。ついてねえなあ、土砂降りに流される恋の道かなと、あまり濡れずに行ける1960年代から愛顧の店で、昔からコンニチまでの、ここの料理の味の変遷を思い出しながら、生ビールをあおる。

5日朝も雲行き悪いから、一気に北九州へ。北九州は晴。アチコチうろうろ。夕方、中原蒼二さんとホテルで落ち合う。18時過ぎ、一緒に小倉駅北側の角打ち。北九州市きっての才媛というウワサの嬢あらわれ、生ビールで乾杯のち、焼酎一升瓶を買う。これがいけなかったというか、よかったというか。

09kitakyu_sudo翌日の仕事があるから、あまり飲みすぎるわけにはいかない。講座の事務局である、北九州市で最も忙しい女2人のうちの1人というウワサの吉武あゆみさんが夜10時になったら、ワレワレの飲みすぎをチェックする電話をかけてくるから、それで切り上げる。イチオウそういうことで始まった。

ところが、おれはまだ会ったことがない、角打ち文化研究会の会長、須藤輝勝さんに中原さんが電話すると、来られるという。その須藤さんがあらわれてからなのか、その前なのか、そのへんの記憶が、すでにさだかでない。トツジョ、「四月と十月」同人で古墳部、美術家にして中学校教頭先生の田口順二さんがあらわれた。これには驚いた。まったくの偶然遭遇らしいのだが、田口さんは、このブログを見ていて、中原さんとおれが一緒なら、この酒屋の角打ちに来るのではないかという、カン働きはあったらしい。すごいカンというか、ワレワレの行動パターンが単純すぎるというか。

とにかく、それで、田口さんも須藤さんも入り乱れての酒宴になったうえ、吉武さんは忙しく携帯の電池が切れるほどだったそうで、電話はなく、心ゆくまでの飲んだ。おれは先に1人でホテルにもどったらしい。気がついたら翌朝、ホテルのベッドの上で、ふとんもかけず、パンツいっちょうで寝ていた。とにかく、思いがけず、須藤さんや田口さんにあえて、うれしかった。初対面の須藤さんとは、記念撮影もし、何度も握手をした。

09kitakyu_wakato6日土曜日、明日から詳しく書く。泥酔記憶喪失の深酒にも関わらず、目覚めはよく、かなり歩き、そして深夜まで飲み、快調にすごした。

7日日曜日、ようするに前夜も、講座の参加者と午前1時過ぎまで飲んだ。この日からは自前の泊まりでありフリー。午後2時に中原さんと吉武さんと、北九州市で最も忙しい女2人のうちの1人というウワサの染織家、築城則子さんに会う予定だったが、落ち合うすし屋の都合で17時に変更。時間が空いたので、下関へ。ウロウロウロ。小倉にもどり旦過市場、赤壁で角打ちとおもったが、日曜日で休み。

旦過市場のなかに「大学堂」なる、去年はなかった、フリースペースができて、牧野伊三夫さんの「雲のうえ原画展」をやっているではないか。そこで店番の人とオシャベリしているうちに、待ち合わせの17時。築城さんとは昨年も会っているが、初めて名刺交換。ここに北九州市で最も忙しいというウワサの女2人が揃ったのであるが、そして、やがて忙しい女2人は忙しく先に去り、中原さんと2人残る。疲れて21時半ごろにはホテルにもどって寝たような気がする。

8日月曜日、朝~。6時半ごろ目が覚め、また眠ると何時になるかわからないので起きてしまう。あとどうしようか決まっていない。チェックアウト、小倉駅へ行き、ロッカーに荷物を預け、「そうだ、今浪うどんを食べよう、あそこなら朝からやっている」。モノレールに乗る。今浪うどんのご主人と一年ぶりの再会、握手。うどん、満足。またモノレールでもどりながら、「そうだ、西条へ行こう」とおもう。このブログにも何度か登場の、東京の会社員をやめて百姓になった、愛媛は西条の藤田家族さんのところへ行くアイデアが浮かぶ。

09saijyo_imotaki小倉駅に着いて、時刻表を調べる。藤田さんチに電話する。天気がいい朝に百姓のウチに、トツゼン電話して、「いまから行ってよいか」。新幹線岡山経由、瀬戸大橋線に乗り換え、伊予西条駅へ。13時半ごろ藤田家族宅に着く。畑を見せてもらう。藤田さんの「食と農」の仲間たちと一杯やって、西条に泊まることにして、駅にもどりホテルをとる。そして画像のように、川原で「いもたき」をやった。いやあ、西条市民、平日、月曜日の夜というのに、こんなアンバイに川原で、「いもたき」をやるのだ。いいねえ。そのことや西条の詳しいことは、後日書く。トツゼンの押しかけ訪問なのに、藤田さん、西条市のみなさん、お世話になりました、ありがとうございました。

ああ、きょう9日火曜日。もっと、ついでだから高知も徳島も行きたいという誘惑を断ち、17時ごろウチに帰り着いた。

いじょ。

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