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2008/10/03

計量は科学、人間は「虚実皮膜の間」。か。

Hon_mng01ボチボチ引っ越しのしたくをしている。持っていくものは、これでいいのか、とおもうぐらい、少ない。もともと、文字通り「裸一貫」という状態を、何回か経ているから、少ないのだが、さらにまた捨てるのだから、とにかく少ない。

そんな中で、メシのタネ本でもあったから、捨てないできた本が一冊、出てきた。自分が「プランナー」という肩書でしてきた仕事を説明するのは、難しい。転々としていたからもあるが、内容そのものが説明しにくい仕事も少なくない。この本がタネ本だったにはちがいないが、いまおれが見ても、チンプンカンプンのところがたくさんある。

『マネジメント・リサーチ ハンドブック』マネジメント・リサーチ ハンドブック編集委員会編、丸善から1967年発行。1271ページの厚い本だ。

1972年の秋、転職した会社で、上司というか先輩というかに、「はい、これを読んどいて」と渡された。Ⅰ.マネジメント・リサーチの理論と方法、Ⅱ.マネジメント・リサーチの活用、Ⅲ.マネジメント・リサーチの情報とその処理、にわかれている。わかりやすくいえば、マネジメントに関する、調査、計画、保守・管理、の理論と方法の手引き。

あとでわかったのだが、これは当時の、その分野に関する最高水準を総合したものだった。というわけで、ずいぶん長い間「ハンドブック」として役に立った。

どんなに最高水準だったかというと、たとえば、いまではメシくえばセックスするようにアタリマエになって、新聞の記事などにも、その方法を用いた結果が載るのはウンコのように日常的になっている因子分析法。その詳細な方法まで、この本にはある。ところが、これはとんでもなく複雑な大量の計算を要する方法で、当時、その作業をやれる大型のコンピューターは日本に、たしか3台ぐらいしかなかった。

おれは、そのころ、「クラス・メディアの効果測定法の研究開発」だったかな?とかいう、ややこしいプロジェクトをやらされていたが、これは因子分析法をつかうものだった。その作業は東大新聞研のコンピューターを使ったのだけど、東大新聞研のコミュニケーション論?あたりの先生たちと共同のプロジェクトだったからだ。ときどき会って打ち合わせした、いまでは教授の当時は助手の先生が、この作業がやれるコンピューターは、日本には、ここと、ナントカとナントカと、と名前をあげて教えてくれたが、忘れた。

とにかく、それで、おれはコンピューターのほうは知らないし関係なく、プリントアウトされたデータがあればよいのだけど、その量が、すごい。B4サイズぐらいの折りたたみ連続用紙だったおもう、重ねると1メートル近い高さもあって、これがズラズラズラと細かい数字。いまのように、いきなり図表化できないから、生の数字がズラズラズラ出てくるのだ。ほんと、いまじゃ考えられない。

つまり理論はあっても、実際に作業できる環境がなかった。そんなわけで、のちに、コンピューターが普及し小型化高性能化が進むほど、この本は役に立ったのだな。だから、転々としながらも、この本だけは手放さなかったのだろう。当時の本で持っているのは、この一冊だけ。

いまみても、マネジメント(会社だけではなく社会、集団も含め)に関わることは、ほとんど網羅されている。つまり、方法的には、そんなに大きな変化はない。処理能力が進化しただけなのだ。日本の「成長」も、そんなものなのだろう。

変色した付箋のところを開いてみたら、「4.行動科学的手法」の「モラール・サーベイ」の項目で、「従業員態度調査票」の質問と回答のモデルが載っていた。この本は1990年ごろからこちら使った記憶がないから、それ以前のことだろう。

こういうマネジメント・リサーチのレベルからみると、マーケティングだ編集だイベントだ「まちづくり」だ…いろいろあるけど、どれも同じ原理に基づいている。そしてそれは、かなり計数化して「科学的」に把握できる。ということになる。いまでは、ひとのココロ(心理)まで、計量して把握することが進んでいる。

だけど、その原理の実際の現場では、人間がからんだり動かしたりしていることが、かなりある。その人間てやつについては、特定な条件下でしか、管理しきれない。なので、もろもろの条件を与えて強い管理下においたり、なるべく人間が関わらない自動化を選ぶことになる。そういうときには、また、こういうマネジメント・リサーチが有効になるのだな。

ちかごろの「強い管理」では、「ボランティア」なんて方法がハヤリのようだ。モチベーション(「愛」だの「夢」だの「仲間」だのなんかは強力だ)を与えて、嬉々としてタダ働きをさせる。でも、これには、これの落とし穴がある。つまり、それでうまくいったマネジメントが喜んでいるだけで、実際にボランティアに支払いしたばあいの収支を計算した判断をしておかないと、その事業は、かりにあるていど続いても、トツゼン行き詰まることがある。モチベーションを与えられて、嬉々としてタダ働きで支えてきたひとたちは、またほかの強いモチベーションに動かされる可能性が大きいからだ。「まちづくり」のイベントなどにもあることだね。

よく「企業の寿命30年説」があるけど、営利だろうが非営利だろうが、かりに一事業が成功し30年続いても、ちかごろのファミレスの退潮ぶりもそうだが、人間の関係するモノゴトは、30年やそこらで成功不成功を判断するのがマチガイというものだ。人間は、もっと、「人間なんてラララ」と、銀杏BOYZの峯田クンはうたうけど、ラララのレレレ、なんだなあ。だから、うたや文学や絵などが必要だし、生まれるんだろう。てめえ、そんなことぐらい、わからんのか! 「人間なんてラララ」

しかし、この本を、ひさしぶりに手にして、思う。おれも、生々しいビジネスの現場から、ライターなんていう、浮ついた稼業にダラクしたものだ。

ためいきをついて、パラッとめくったページは、「統計学的手法」の「確率分析」で、まったくわからない数式が並んでいた。

Hon_mng02

このあと、おれが酒を呑む確率は、そんな数式なんかなくたって、わかる。100パーセント。

この本が捨てられる確率は……

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