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2008/10/19

「生活目線」の可能性。生活の中の日常性と非日常性。

ときどき考えていることではあるけど、最近の二つの記事から、このタイトルを思いついた。めでたいことに、全国紙を頂点とする活字文化は、難しい局面にあるらしい。難しいというか、転換点にあるというか、どうでもよいが、遠く大昔の貴族社会あたりから続いていたらしい「生活遊離」の活字文化の栄華が、やっと、平穏ではなくなった。といえるのだろうか。

かつて経済学者?の竹内宏さんが、「経済は生きている。街角から考える発想を」てなことを何かに書いていた。そのテの主張はたくさんあったのだけど、たいがいのニンゲンは「自分にあった=努力しないですむ楽な」選択をしたのち、自分の正しさの根拠をかき集めて主張するわけで、「街角派」の旗をふって「まち歩き」をしても、頭の中は「生活遊離」の活字文化のままの目線で眺め書くということはめずらしくなかった。つまりは、「書斎」をかついで街角に出ただけなのだ。それは、ある種の文化的な「上から目線」といえないことはない。困ったことにご本人は、街を歩いたり大衆酒場や食堂などに入れば、「庶民文化派」のツモリだったりするのだが、それこそ「生活遊離」の特徴といえそうだ。

こういう傾向は、もちろん、食の分野で最も顕著で、ほぼ趣味道楽のような「文学目線」の食談義が、まだ依然としてまかり通っている。そこでは、なぜか、文学的によいことオモシロイことが、食的にもよいということになってきたのだなあ。そして、そういうことが、もはや衰退しつつある中で、まだ、とくに「生活目線」より「政治目線」「文学目線」「趣味道楽目線」などが得意で楽な男たちにとっては「価値ある」状態は続いている。まだまだ続く。

だけど、マスコミかミニコミかに関係なく、これからは「生活目線」をモンダイにしなくてはならなくなるだろう。ミニコミだから「正しい」なんてこともなくなる。てか、もう、そんな一時代前の「マス」「ミニ」の尺度は通用しない。

それはまた、これまでの「生活」のとらえかたで「生活目線」を語るのがよいことなのかにも関係する。ってことで、タイトルの「生活の中の日常性と非日常性」になったのだが、いま書いていられない。

とりあえず、ちょっと興味がある、この二つの記事の一部をメモしておく。


yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081018-00000010-maip-soci
女性誌 サバイバルあの手この手 王道は「読者目線」
10月18日12時54分配信 毎日新聞

一方で、部数を急増させている女性誌もある。キャバクラ嬢を対象にした「小悪魔ageha」(インフォレスト)は「06年の創刊時5万部だった部数は、今35万部」(中條寿子編集長)という。

 はやりの化粧法や髪形を紹介するだけではなく、100人以上の読者モデル「age嬢」が登場して「毎日タクシーを降りて店に入るときが憂うつ」などと本音を語る。

 中條編集長は「世の中、芦屋に生まれて母親からブランドバッグのバーキンをもらうような子ばかりじゃない。自分の力で生きようとする女の子のために作っている」と話す。編集部員には「上から目線」で取材しないことを厳しく課している。読者との距離感を作らないためだ。

 雑誌危機の時代を生き残る秘けつは、当たり前のことではあるが、「読者目線」(久保研究員)に尽きるのかもしれない。


名古屋タイムス
http://www.meitai.net/archives/20081016/2008101610.html
高校生の時、取材受け「勲章もらった気分」に 
林香里・東大大学院情報学環准教授

社会の規範や思想が変わる中でどのようなジャーナリズムが考えられるかがわたしの大きな研究テーマです。外国人が入国し、女性問題も時代とともに変化。新聞研究者は絶滅危惧(きぐ)種ですが、ジャーナリズムの果たす役割は今後も重要でしょう。
 ジャーナリズムは地域の情報を大事にするとこからは始まると思う。政治権力、首相の話ばかりがジャーナリズムではなく、生活の窓口として地域情報を伝える媒体を地域の人は大事に支えるべきです。生活を大切にすることとジャーナリズムに興味を持つことは同じだと思います。情報はただだと思いがちですが言論、文化を意識して支えるためにはお金はいることを意識していかないと駄目。教育、環境に対する意識のように、国民1人1人の問題でしょう。

 プロフィル 林香里(はやし・かおり)63年名古屋市生まれ。87年南山大学外国語学部卒。88―91年ロイター通信東京支局勤務。93―96年ドイツのエアランゲン・ニュールンベルク大学留学。95―97年東京大学大学院博士課程。01年同大学院から論文博士号(社会情報学)。01―04年ドイツのデュッセルドルフ大学講師などを経て04年東大社会情報研究所助教授。同年4月から現職。

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