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2008/10/09

祇園精舎の鐘の声にダンドリ手続きの響きあり。

はあ、なんてまあ、きのうから、きょう。ドタバタやっているうちに、もう21時すぎだ。

だんどりと手続きのことばかり。メールと電話と郵便局と役所と郵便局。10件以上あったイロイロのうち、飲みだんどりが3つ、仕事の話は、たった1つ! ああ、これが俺の人生なのか。飲みだんどりなんぞ、電話とメール両方だから、相手日時場所がこんがらがり、しかもだ、そのあいだに、世間には、たいしてカネもないのに株をやっているやつがいて、もう心配でシンパイで、いてもたってもいられないらしく、電話をかけてきやがる。

知らねえよ。恐慌だのなんだのというが、恐慌きたしているのはてめえの頭だろ、むかしとイマは大違いなのだ。情報システムが悪いほうに機能することもあるが、よい方にも機能するんだから、いいじゃないか、ジタバタするな。カクゴもないのに、株なんかに手をだして、俺に出資したほうが、よほど確実なのに。

とか、ま、とにかく、ごちゃごちゃあるのを片付けて、大宮駅で、乗換えのためにボンヤリしていると、どこかで、「祇園精舎の鐘の声」が。「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」ってことだが、鐘の声に諸行無常の響きがあるんじゃなくて、作者は諸行無常の響きに聞こえるということなんだよな。すでに自分の頭の中にできている「諸行無常」という観念に、鐘の声をあてはめているのだ。

だいたい鐘の響きが「諸行無常」といっているはずないもん。作者がそのように聞こえた、そういう心情であるということなんだよな。ところが、こういうふうに文章になって広がると、鐘の音に、そういう意味が与えられてしまう。んで、どこかのどーってことない寺の鐘の音をきいても、ああ諸行無常だなあ、と思ってしまう。柿くえば、鐘と法隆寺を連想し、諸行無常になってしまう。

いや、これは、ダンコ、性欲の響きだ、なんていう人はいない。そのようにして、本来なんの意味もないものに意味があたえられて、しかも誰かさんの観念が民族共通の心情のように語られてしまうこともある。そういうことって、日本人の味覚の話には、すごく多い。これは、ひとつの「私語り」「自分語り」であって、あたかも対象のことを語っているようでいて、じつは自分の心情や観念を語っているのだな。

なんてことを、大宮駅のホームでは、鐘の声は聞こえず、暑くてビール飲みてえええと思いながら、考えたのだった。

9月に事務処理上必要から、住民登録を引っ越し先に移した。ところが、ちょうど国民健康保険の保険証の切り替えどきで、9月末で持っていた保険証の期限が切れた。新しい保険証は、住民登録を移した先に送られたらしいが、そこはまだ誰も住んでいない、ポストは使えない。新しい保険証は宙に浮き、役所の担当のところへもどったハズなのだ。というわけで、いま、おれは保険証がない。ところが、何かの手続きというと、身分を証明するものが必要になることがある。おれは運転免許証も持っていないから、保険証だけが、唯一なのだ。だけどね、保険証を再発行してもらうには、また、まだ誰も住んでいない家に郵送してもらうのでなければ、窓口で俺の身分を証明する、保険証を出さなくては、すぐには受けとれない。だけど、それがないから、俺は、役所の窓口へ行ったのだ。それで、役所の窓口でひともんちゃくになって、疲れて、ああ、役人のツラを見ると諸行無常を感じるのだった。いえ、役人個人が悪いわけじゃありませんね、と、書いておかないと、このブログを見ている飲み仲間の役人もいるからな。おまえも、おまえも、おまえも、おまえら地方公務員も国家公務員も、みな悪い、ペッ。

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