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2008/12/12

気になる1995年と『オルタ』2008年11-12月号と五十嵐泰正さん。

もう1か月以上すぎてしまったが、はてなの「東川端参丁目の備忘録」さんが、こんなことを書かれていた。

http://d.hatena.ne.jp/thigasikawabata/20081104#1225813260

そうそう、それで思い出した。読売新聞社から出ていた「月刊KiTAN」創刊号の特集は、「いま!プロデューサー」というものだった。この雑誌は一年ぐらいで休刊してしまったけれど、遠藤哲夫さんが執筆していたり*1、清水ひとみ、花くまゆうさくも書いたりしていた。いい意味で読売らしくない雑誌だった。いや、読売らしくないというのは正確ではないかもしれない。「週刊読売」は、横尾忠則が表紙を描いていたときがあったのだから
あのころは、まだ新聞社系の雑誌も元気だった。「サンデー毎日」は高村薫「レディ・ジョーカー」を連載していた。「週刊朝日」が凄かったことは言うまでもない。あの頃の朝日は、「科学朝日」や「アサヒグラフ」を出していた。いやいや、「AERA」だってスゴかった。戦後50周年記念増刊号*3の表紙は、田中角栄と麻原彰晃を並べた絵だった記憶がある。戦後ニッポンに対する痛烈な皮肉。

1995年については、いつかきちんと考えにゃならんな。


Kitan_001そのおれが書いた文章は「ザ大衆食」のサイトに掲載してあって、東川端さんには、リンクをいただいている。こちら「大衆食堂の楽しみ方 トラッドな外メシ屋の達人になる(読売新聞社『月刊KITAN』1995年12月号より)」…クリック地獄

おれは、「1995年については、いつかきちんと考えにゃならんな」というところが気になっていたのだが、いままたそのことを思い出した。

1995年については、これまでもアレコレ話題になっている。だけど、オウムのサリン事件とかウインドウズ95とか、ある種風俗的にわかりやすい「事件」が中心で、根本的な何かが欠けているような気がして、気になっていた。

で、先日2008/12/10「野狐禅銀杏BOYZだのオルタだのパセミヤだの。」に、ちょっとだけ紹介した、『オルタ』11-12月号(アジア太平洋資料センター)の特集「労働開国?─移民・外国人労働者・フリーター」の「討議」を読んで、とくにその五十嵐泰正さんの発言に、ああ、これなんだなと思った。

それは、いま「労働開国」といわれている「外国人労働者や定住移民受入れ」は、かつて1995年以前のバブル期に唱えられた「外国人受入れ」とは、かなりちがっているという指摘だ。つまり、「バブル景気の頃と現在を見比べて顕著なのが、受入れを要請する主体の違いで、バブル期に外国人導入を強く唱えていたのは主に中小企業の団体です。だけど、今回は「6月に自民党のプロジェクトチームが1000万人の移民受入れ提言を首相に提出。去る10月には経団連が、やはり受入れへの転換を強く促す政策文書を発表した」ってことなんだな。

その背景に何があるかといえば、90年代後半から急速だった、いわゆる「新自由主義体制」ってやつなのだ。ま、だから、「労働開国」というが、「外国人労働者や定住移民受入れ」は、労働問題はもちろん、ナショナリズムや多文化主義や平等や、いろいろなことに関係してくる。

で、そういえば、エコロジーってのも、1995年あたりを境に、それを推進する主体が、がらり変った。以前は、エコロジーを唱えるのは、大企業批判や体制批判の側だった。ところが、いまや国と大企業が推進している。こういう逆転現象は、ほかにもあって、たとえば、新自由主義は国内にあっては、大衆食堂や大衆酒場など、これまで商品化や消費主義から縁遠かった生活の分野まで、激しい商品化と消費主義の場に引きずり出した。大衆食堂や大衆酒場などは、そうして「市場」に受け入れられることになったのだけど、おれが『月刊KITAN』1995年12月号に書いたころの大衆食堂や大衆酒場は、まだ「市場」としてはあまり注目されていなかった。『散歩の達人』にして、大衆食堂の特集を組んだのは1997年4月のことだった。いまや、汚いまずそうと見捨てられていた大衆食堂や大衆酒場が「善」で、ファストフード店などは「悪」扱いだ。

ま、とにかく、『オルタ』は読みごたえがある。バックナンバーの9-10月号の特集は、「1995年―あの年、何があったのか。」で、とても気になる。

それにしても、わが五十嵐泰正さん、ちょうどいま右サイドバーのコメント欄、2008/12/07「農地消え、アートな農協栄える?」にコメントをいただいているけど、観念や教条に走らず、事実確認をしっかり積み上げながら問題点や方向を整理している。さすが。ついでながら、「討議」だから論文のような文章とちがって、わかりやすい。これまで五十嵐さんの肩書など正確に知らなかったのだが、「1974年生まれ。筑波大学大学院人文社会科学研究科講師。専攻は都市社会学、国際移動論」なのだな。

だいたい、五十嵐さんは、観念や教条をふりまわさずに、実態から出発し、事実確認をしっかり積み上げる。それはトウゼンのことだと思うけど、これまでの「言論」というのは、そうではなかった。すぐ、ミギかヒダリかマンナカか「反」ナントカか「親」ナントカかと「色分け」し「色争い」のようなことをしてきた。そんな単純な頭がまかり通ったのは、新自由主義体制以前の、「米ソ」の二極を頭に置いとけばよいぐらいだった、牧歌的な時代のことだろう。まだその名残りで頭の切り替えができていない連中が、いまでも、新自由主義体制以前の単純な頭で大声を張りあげたりしているが、混迷を深めるだけ。食もちろん、農業と都市、医療…もつれた糸をとぎほぐすような、根気を重ねるカクゴが必要だということか。

おっととと、時間がない。出かけなくては。トツゼン、おわり。

五十嵐さんのブログを見たら、近刊の『戦後日本スタディ-ズ(3)80・90年代』(紀伊国屋書店)にも書いているようだ。ぜひ、読んでみたい。…クリック地獄

「月刊KiTAN」、創刊号もあった。この表紙を飾った方は、いまどうしているのだろう。ああ、1995年。

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コメント

こ「討議」の五十嵐さんの発言、読めば読むほど内容があって、ベンキョウになります。お世辞ぬき。

「「フツーに考えるとこうなる」というのを、フツーに言い続ける人」って、うまい言い方ですねえ。おれも使わせてもらいます。

「こころのたねとして」関連のシンポジウム、ぜひ行きたいです。日程、はやめにわかると都合つけやすいんですが。

投稿: エンテツ | 2008/12/14 21:59

昨日はお伺いできずに残念でした・・・;;

なんか褒め殺していただいて恐縮です。
これといった親分がいないので、あまりよくわからずに、八方美人と四面楚歌を無鉄砲に往復しているだけなのですけどね。それと、観念を振り回すだけのアタマに恵まれていないことには、自分のことながら感謝していいのかもしれません。

エンテツさんが「フツーにうまい」をいつもおっしゃるように、「フツーに考えるとこうなる」というのを、フツーに言い続ける人でありたいと常々思っております。

それはともかく、「こころのたねとして」関連のシンポジウムを、来年の2~3月のどこかでやるらしいので、そのときにぜひ大阪にいらっしゃいませんか??

投稿: yas-igarashi | 2008/12/14 17:25

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