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2009/01/16

泥ねぎとファンタジー。

Doronegi_001うれしいことに、ここ東大宮には、泥ねぎを売っているスーパーがある。このスーパーはウチから一番近く、しかも、おれがかつてマーケティング屋稼業で知りえた情報では、それなりに信頼のおけるローカルスーパーだし、それは売場を見ても感じられる。なので、10月21日に引っ越してきてからは、ここをよく利用し、ねぎは泥ねぎを買っている。もう何回買ったか。いま、泥ねぎを売っているスーパーは「少数派」だろう。

埼玉県は、「深谷ねぎ」で知られる、根深=白ねぎの産地だが、ほかにも、ほうれん草や小松菜の生産量も多いほうだ。それに山東菜などが、このスーパーには並ぶ。とくに、ほうれん草と泥ねぎが、もう見るからによくて、こんなによいのが毎日楽に手に入るなんてうれしくて、この冬はタップリ食べている。

もちろん、むいたねぎも売っている。むきねぎは、3本で198円。泥ねぎは、4本~6本入って同じ値段。本数が少ないものは太い。上の画像は4本入りで2本つかったあと撮影。むきねぎの倍の太さある。葉は切らずに丸ごとだ。重量は知らないが、コストパフォーマンスは、泥ねぎのほうが倍以上、よい感じだ。そもそも水分が蒸発してないから、タップリ水分の肉厚。泥がついていると劣化が遅いから日持ちがする。

ガキのころには、こんな数本なんていう単位ではない。たしか「一俵」という単位だったと思うが、炭俵のような大きさの束を買い置くのが普通だった。70年代から80年代、遊びや仕事で、クルマに乗せてもらって、熊谷や深谷あたりの国道17号を行くと、両側に売店が並んでねぎを売っていた。そこには、この「一俵」単位で束ねられたねぎが山積みになっていて、それをときどき買ってクルマのトランクに積み、帰ってから何人かでわけた。

Doronegi_005画像のねぎは、いずれも「JAくまがや」扱いの表示がある。が、合併で熊谷といっても広い。かつての妻沼町(めぬま)も今では、熊谷市。そのためか、合併しても「めぬまねぎ」の袋がたくさん残っていて使っているのかもしれない、二種類の包装がある。で、上の画像だが「泥ねぎ」ではなく「土付きねぎ」の表記だ。

なんか「泥」が嫌われている印象を受ける。しかし「土」では「泥」ほどの個性やインパクトも感じられないし、そもそも見れば「土付き」とわかるのだから、もっと商標になりそうな名前をつけたらよいと思うのだが、ま、そのために「ブランド」だの「付加価値」だのと高くなっては困るな。

ねぎを食べると風邪をひきにくいといわれる。たしかに、タップリ食べ続けていると、なんだか元気がつく感じがする。だからファンタジーと、話が転がるはずだったが、転がらない。つなげられそうなのだが、トツジョ今朝のことを思い出し文章が浮かばなくなったので、書くのがメンドウだからやめる。そういえば、きのうは泥ねぎと泥ごぼうと泥芋を煮てくったのだな。

とにかく、「泥」や「泥臭い」やつをキタナイ汚いと排除して、コギレイで気どったことになったのだな。

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コメント

ねぎってただ焼いただけでもうまいっすよね。
3~4cmに切ってフライパンで塩胡椒ふって2~3度ひっくりかえしながら焼くだけ。
これだけで一杯やれますって。
先日近くの古本屋で『汁かけめし快食學』を探したんですが、見つかりませんでした。

投稿: たこさん | 2009/01/17 16:03

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