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2009/01/30

はて、2月7日の「泥酔論」だが。

文学を志してはいないが作文するし文章を読む。料理人を志してはいないが料理は食べるし料理をする。

写真家を志してはいないが写真を撮る。画家を志してはいないが絵を描く。歌手を志してはいないが歌をうたう。

映画監督を志してはいないが映画を観る、ときにはビデオも撮る。俳優を志してはいないが芝居を観るし、ときには男や女を相手に片思いの一人芝居をやる。浪曲師を志してはいないが浪曲を聴くし、ときには便所でうなったりする。杜氏を志してはいないが酒を飲むし、ときには密造酒を作るひともいるだろう。

…そういうことは、いくらでもある。それがフツウではないか。

会社に入るひとは社長を志さなくてはいけないのか、といえば、そんなことはない。新入社員研修だって、社長になるための第一歩、というものじゃない。エリート以外は奴隷のように働く喜びを覚えさせられる。たいがいは、そういうことなのだ。

なのに、文学を志すように文学や言葉にふれ、料理人になるように料理を食べ作らなくてはいけない、というような権威やドグマが、けっこう横行している。これは滑稽というしかない。泥酔せずには、いられない。

滑稽といえば、あの麻生は、なぜ不人気の「給付金」(この名前からして納税者であり主権者である国民をなめている)にすがり、居直っていられるのか。そこにコンニチの日本のカギがありそうだ。泥酔すれば見えてくる滑稽な現代。金融危機だというが、株の売り買いをしているやつはいて、あいかわらず巨額が動いている。みんなが損をし苦しんでいるかのように、文学的につくられた「100年に一度の経済危機」をテコに何が進行しているのか。おれの経済危機は生まれてから続いている。

須田泰成さんのスローコメディファクトリー=スロコメ日記を見たら、2月7日トークライブ「泥酔論」が告知してあった。はて、どうするか考えるともなく考えた。なにも浮かばないが、アレコレ考えた。アレコレ、ソレコレ。たくさん考えておいて、酔いにまかせて暴発する。文学と料理に関する権威やドグマを、過激に笑いのめすか。

とにかく須田さんとの仕事で、短いイノチでおわりレアな逸品となった「エンテツの大衆食道」の鶯谷・信濃路編を見られるようにしよう。昼間から信濃路で泥酔しているおれの映像、編集製作がうまいから、これだけで笑える。

2月7日にちようび。ことし第1回目の新年会のつもりで、一緒に泥酔しましよう。

スロコメ日記…クリック地獄

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