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2009/01/13

おおっ、神様~。「戦争前夜」なのか。戦争よりエロが好き。

おととい11日のエントリーに書いた、『戦後日本スタディーズ3 「80・90年代」』だが、五十嵐泰正さんの「グローバル化とパブリック・スペース――上野公園の九〇年代」を読むだけでもよいと思って買ってきた。もちろん、五十嵐さんの「上野公園」とくにそのまた西郷さんの銅像周辺という小さいところからグローバルな世界と日本の動きを語る著述は、五十嵐さんならではで、とてもダイナミックで、おもしろかった。

何度も西郷像の前は通っている。とくに戦後、おれは4歳ぐらいか、まだ占領中。あの周辺は、まさに「足の踏み場もないほど」浮浪者が一杯いて、なのに、そこでニギリメシを取り出して食べようとし、たちまちおれと同じトシぐらいの浮浪者の子どもに奪われたことは忘れられないで強く脳裏に残っている(あのときの彼の顔とボロをまとった姿は、いまでも絵に描けそうなほどシッカリ覚えている)。その西郷像の足元は、どういうところだったか、へえ~、そのような日本と世界の歴史があるとはねえ、と思ったのだが、文章の最後は、こうだ。

「「ネットカフェ難民」が流行語の一角を占めたことに象徴されるように、都市下層が潜在/偏在/孤立化する傾向が顕著な昨今だからこそ、西郷像の足元でケバブをつまみながら職住の情報を交換したイラン人たちを思い起こしながら、しっかりと考えてみる必要がある。」

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「イラン村」すら忘れそうだが、今年の正月2日は、その上野公園へ水族館劇場「さすらい姉妹」の芝居を観にいって、ついでに野宿者たちと「生きぬこう!」と新年の乾杯をやった。2009/01/03「上野公園共同炊事水族館劇場のち信濃路とやどカフェ泥酔。」に書いたが、ブルーのテント村があったはずの周囲は、ロープがはられ「立入禁止」のふだが下がっていた。

そのテント村が消えたイキサツについても五十嵐さんは書いている。上野の商店街の人たちの「単なる個人的な排除意識ではなく、激しい地域間競争という現実を前提にしているだけに、その思いは切実である」。ようするに地元商店街の人たちは、激しい地域間競争の時代に、上野公園に「秩序ある都市景観」を取り戻し「ほかの繁華街が持ち得ない資源として」活用したいという思いは切実なのだ。

ここでもまた五十嵐さんは、2008/12/12「気になる1995年と『オルタ』2008年11-12月号と五十嵐泰正さん。」に書いたように「観念や教条に走らず、事実確認をしっかり積み上げながら問題点や方向を整理している」。

「場」に対する人びとの思いはいろいろだ。とくにパブリック・スペースは、いろいろな人と人の思いが集まるところだ。その「場所の記憶」を掘り起こし積み上げながら「しっかりと考えてみる」。いま、「まちづくり」あるいは未来に向けて必要なのは、コレだろう。

で、まあ、『戦後日本スタディーズ3 「80・90年代」』は、五十嵐さんの玉のような文章もあれば、チョイとイマイチだねというのもあるのだが、編者を代表して小森陽一さんと成田龍一さんの連名による「はじめに」には、こんなことが書かれている。

「戦争前夜とも言えるいま、あらためて「戦後日本」を総体として捉え直し、一つひとつの事実を、二一世紀の視点から歴史化する営みが、これからを生き抜くうえで不可欠だ」

いいですか「戦争前夜とも言えるいま」ですぞ。

はあ、そういや「前夜」どころかブッシュが大統領になってからは戦争続きだ。日本はすでに「戦闘」はしてないが戦争には参加しているし、戦争やりたがっている連中が、たくさんいるようだしな。

おおっ、神様、やっぱり戦争か。神様は、けっこう戦争しまくっているし、人を殺すのを是とする宗教もあるし、激しく憎悪をかきたてるし。

そうそう、おれは、たいしたことはないが、「無神論者」だった。無心な男でもあるな。無心=思慮・分別のないこと。情趣を解する心のないこと。無風流。遠慮なく物をねだること。=広辞苑より

「神様」について、上手に語ったひとの記憶がないのだが、銀杏BOYZの峯田さんが、ブログの1月3日に「神様について」というタイトルで書いている。なかなか上手いなあ、やはり上手いなあ、と思ったから、忘れないようにリンクをはっておこう。…クリック地獄

ま、峯田さんはうまく書こうと思っているわけじゃなく、自然にこういうふうに書けるのだろうけど。神様について書くのは難しい。おれのばあい、すでに書いている幣立神社や諏訪大社や1月1日「初詣は画像で。」など、自然に拝みたくなる神社もあるし、伊勢神宮にも数回参拝しているが、近代になってからできた神社では、そこに立っても何もピンと感じないことが多い。てか、どうもピンと来ない神社は、たいがい近代になってから国策的にできたものがほとんどで、なんだか建物の造りからしてエラソウという感じで、素直な気分になれない。


新年早々からメンドウなことをやって、新年会もほとんどパスした。とっくに新年な気分はなく、新年会なんか、どうでもよい気分。みな、新年会をイチャイチャやっているのだろうか。あなたは、どうしてますか。

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