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2009/01/17

生活景としての富士山、あんど「場所の力」。

Fuji_007

上京してから、日常的な生活景としての富士山が見られるところに暮らすのは初めてだと気がついた。おれが上京したころには、都心の大部分の場所からは、その景色はなくなっていた。おれにとっては、ときたま高いビルや郊外を走る電車のなかから見える富士山は幻のように瞬間的なものであり、富士山は「観光景」「行楽景」のなかに存在した。

だけど、そういった東京のコンニチの表層をペッとはがして見ると、その下には富士山を日常的な生活景と見られる東京だか江戸だか武蔵だかという場所が存在した。

Fuji_009富士山を日常の生活の中の景色として共有していた人びとと、そうではないコンニチの人たちと、たぶん、ほかのものについても「共有」や「共に生きる生活」の感覚がちがうのではないだろうかと、ここで富士山を見ながら思う。いま、たとえば、いま銭湯につかりながら富士山の絵を見るひとには、共に富士山を見て暮らす場所に生きているという感覚はないだろう。だけど、むかしのひとには、あったにちがいない。

そういうことが「場所の力」には関係する。

「場所の力」ってなんじゃらほいブログに書いてちょうだい、というメールがあって、ゼヒとも書きたいが、きょうは時間がない。なにしろ、昨日の夜トツジョ質問人形お嬢から電話があって、今日は生まれて初めてサルを食べるのだ。「場所の力」より「サルの力」に気分は高揚している。サル、くうぞうーーーーーーー、サル、覚悟!

「場所の力」という言葉は、アメリカ人だったかな?ドロレス・ハイデンさんの『場所の力 パブリックヒストリーとしての都市景観』(後藤春彦、篠田裕見、佐藤俊郎訳、学芸出版社、2002年)からきている。

以前にちょっと紹介した、今回のシンポジウムのキモである本『こころのたねとして 記憶と社会をつなぐアートプロジェクト』(こたね制作委員会、ココルーム文庫)には、「第四章 場所の力」がある。「過程としての、場所の力」原口剛、「「対話の力」が「場所の力」を呼び覚ます―「場所の力」を引き出すデザインはいかにして可能か?」永橋為介、「映像の居場所について」櫻田和也、「「場所の力」とどうつきあうか」五十嵐泰正、というぐあいで、いずれも一般論ではなく、コンニチ的実践として語っていて、まあ、とてもすばらしい。

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2006/01/04「初仕事できず、「新・国際社会学」などを読んだりして」にチョイと書いたけど、「1980年代中ごろか後半、そういう「活性化」「街づくり」「地域おこし」ってのは、おかしいじゃないかと疑問をもった、暴走するプランナーおれとフクチャンは、新しいスタイルのイベントを開発しようと取り組んだ」おれは、それから晴れ晴れしないものを抱え苦悩に満ちたウンコをしながら考え続け、それなりに手がかりをつかんできたのだが、この本で、じつに晴れ晴れとした見通しを得た。

いま「活性化」「街づくり」「地域おこし」だのと、いろいろイベントがあるけど、人を集めイベントの売上げが上がれば成功というわけじゃない。一過性のイベントが、それまで続いてきた日常の大切な場所の可能性を破壊してしまうことはいくらでもある。古い常連のいる居酒屋の生活景が、テレビや情報誌を見てドッと一過的に押しかける客によって、破壊され変わってしまうようなことが、「活性化」「街づくり」「地域おこし」をタテマエに行われる例はめずらしくない。とくに近年は、地域に長く続いている祭りを、観光用の祭りとしてつくりかえたり、あるいは芸術な文化なイベントが盛んで注目を集めるけど、人が集まったメディアに載ったから成功なんて騒いでいると、とんでもないことになる。ってことを、おれとフクチャンは、1980年代に体験したのだった。

場所をシッカリ見据えなくてはな。

ってことで、とりあえず、オシマイ。

富士山の画像は、きのう、買い物の途中で撮影した。実際は、富士山は、もっと大きく感じる。ここではなく、ウチのほうにくだる坂では、道の真正面に、手前に低い山があるが、裾のほうから見えるから、さらに大きく見える。

Wamezo_tukinoyu昨年5月のわめぞ「第1回 月の湯古本まつり ~銭湯で古本浴~」で、「酒とつまみ」編集発行人の大竹聡さん×エンテツのトークライブ「酒とつまみと男と男」が行われた、目白の銭湯「月の湯」の浴場の富士山の絵と浴槽のなかの大竹さんとおれ。サキさんの撮影。

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コメント

そもそも昔の関東平野はどっからでも富士山が見えました。地名に富士見なんちゃらってのが多いのはそぉゆうわけです。
おいらの実家の住宅自治会も「朝富士会」を名乗ってました。今は亡き母に以前聞いた話では、朝は台所の窓から富士山が見えたらしいっす。朝富士って名前がおしゃれでしょ?
そそ、なんでこのブログにたどり着いたかって言うと・・「もう一杯」読み始めたあたりでなんか検索して来たんだった。自分は呑まない人なんですが、大竹さんの文は好きです。

投稿: たこさん | 2009/01/17 16:54

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