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2009/01/05

ゆらぐ「カレーライス伝来説」。「カレーライスは汁かけめし」と言い切れない悲しさ。

ひさしぶりに、あてにならない『ウィキペディア(Wikipedia)』の「カレーライス」の項目を見た。…クリック地獄

またもや、書き換えられている。ま、この「ウィキペディア流」の仕組みは、簡単に書き換えられるというのが特徴であり、とりあえず根拠のないことでも書いておけるという「利便性」が「真実性」を上回るのだから、書き換えられるほどよいのかも知れない。

冒頭、この一行から始まる。「カレーライスは、米飯(ライス)にカレーソースを掛けた日本の料理である。」

つぎに「食材をさまざまなスパイスで味付ける習慣のインド料理がルーツである。明治時代の日本に、当時インドを植民地支配していたイギリスの料理として紹介され、その後日本で独自の進化をした。」とある。

そして「概要」の項目には、このようにある。引用………

カレーライスは、はじめ日本にイギリス料理として伝わったため、日本では長く洋食として扱われてきた。現在の日本のカレーは、この流れに基づいた欧風カレー、さらに1990年代以降急増した本格インド料理店のカレー、そしてこのふたつの流れをふまえて生まれたオリジナルカレーの3つに大別できる。洋食としてのカレーは、イギリス海軍のカレー粉を入れたシチューの影響が大きいという説がある。
(略)
なお、遠藤哲夫は著書『ぶっかけめしの悦楽』(文庫版改題『汁かけめし快食學』)で、日本においてこれほどまでにカレーライスが普及したのは、日本の伝統食である「ぶっかけ飯(汁かけ飯)」の系譜にカレーライスが位置づけられたためだと述べている。

………引用、おわり。

おおっ、ついに、おれの著書が、たったこれだけ登場した。ちょっと要約というか表現がおかしいが、きっとそのうちウィキペディア流にしたがい、さらに正確な記述がなされることだろう。

「洋食としてのカレーは、イギリス海軍のカレー粉を入れたシチューの影響が大きいという説がある」、あるいは「カレーライスが日本に普及するにあたって、大きな役割を果たしたと言われているのが大日本帝国海軍である」、また「大日本帝国陸軍がカレーライスの普及に貢献したという説もある」というぐあいに、「言われている」だの「説もある」だのと、ずいぶん自信のない書き方になっているのも、むしろ正確といえるだろう。

が、しかし、「カレーソース」の項目では、こう書いている。「日本初のレトルト食品であるボンカレーの発売当時のホーロー看板カレーライスのうち、飯の上にかける汁をカレーソースと呼ぶ。野菜や肉などを煮込んだ鍋に、カレー粉と小麦粉を油で炒めて少し焼き色をつけたもの(ルウ)を入れ、とろみが出るまでさらに煮るというのがオーソドックスな作り方である」

これは、正確に記述するなら、「オーソドックスな作り方である」の前に、「いまでは」を入れるべきだろう。そして、まさに、「いまではオーソドックスな作り方」が、なぜ、そうなったのかが、「米飯(ライス)にカレーソースを掛けた日本の料理」としてのカレーライスという料理、その歴史の核心なのではないか。そのことについて『汁かけめし快食學』では述べている。

しかし、なぜ、素直に、胸をはって、「カレーライスは日本の汁かけめし料理」と言い切れないのだろうか。そこが、またオモシロイところなのだな。やはり、日本の知性あるいは知識人たちは、中国や欧米やインドなどからしか、日本を見られないのだろうか。

2008/12/29「書評のメルマガに、津村喬『ひとり暮らし料理の技術』。」にも書いたが、津村喬さんの『ひとり暮らし料理の技術』では、「汁かけめしの歴史を無視し「カレーライス伝来」に偏向したカレーライスの歴史のデタラメが、また一つあきらかになる」のだ。そのことは、いずれここに書くだろう。津村さん、おれより、かなり決定的な言い切り方をしている。

まだまだ、これからが楽しみだ。だいたいね、いい気になって言ってしまうが、料理の歴史としての調べと、考察が足りないのだ。「カレーライス」というキーワードだけで資料を拾って書いたような「歴史」では、カレーライスの真実は明らかにならない。料理と料理の現場である生活の実態から出発することが必要だろう。

時を経過するほどボロがでるオボッチャマ太郎総理の言葉のように、年月がたつほど「カレーライス伝来説」を基軸にしたカレーライスの歴史はボロを出す。しかし、あんないいかげんな総理でも、いつまでも居座っていられるのだから、汁かけめしの歴史を無視した「カレーライス伝来説」もまだまだはびこっていられるかもな。

ま、まもなく午前1時だが、『ウィキペディア(Wikipedia)』の「カレーライス」の記述が、1000分の1ぐらいは正確になった祝杯をあげるとするか。

関連
ザ大衆食「汁かけめし(ぶっかけめし)とカレーライス・丼物」…クリック地獄

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コメント

>特にカレーライスと似て非なるインド料理は、僅かな「似て」の部分のみが取りざたされ、大なる「非なる」部分にはチラとも目を向けられていない。実はこの「非なる」こそが醍醐味であり、面白さなんですが。


まさに!

なんでしょうかねえ、まだまだガイコク・コンプレックスが強いのでしょうか。

投稿: エンテツ | 2010/02/07 14:53

何故に坂下か、ですか?昔からうんざりする程繰り返し垂れ流されて来た「龍馬伝説」が、またかよって感じで盛り上がってるらしく、不愉快だったもので。
カレーに限らず我が国でありつける外国料理って、実は怪しいのが多いのではないかとかなり前から感じています。「食文化」と話が大きくなると手に負えませんけど、オリジナルとの単純比較ができた物に関しては、私でも「こりゃ違うじゃん!」と指摘できるわけでして。特にカレーライスと似て非なるインド料理は、僅かな「似て」の部分のみが取りざたされ、大なる「非なる」部分にはチラとも目を向けられていない。実はこの「非なる」こそが醍醐味であり、面白さなんですが。「情報化社会」だの「国際化」だの言ってもやはりこんな物なんでしょうなぁ。

投稿: 坂下龍馬 | 2010/02/07 13:55

うれしいコメント、ありがとうございます。ふつうに考えれば、日本のカレーライスは汁かけめしの系譜に位置づくものだと思うのですが、いちど流布した「定説」を改めるのは、なかなか難しいものですね。ま、でも、確信を持って、しつこくいい続けるより仕方ないですね。そうしましょう。

それはそうと「坂下龍馬」さんというのは、ご本名かどうか知りませんが、「坂上」ではなく「坂下」に「龍馬」ってのは、味があってよいですね。

投稿: エンテツ | 2010/01/27 11:20

偶然このブログに辿り着きました。カレーの成り立ちはまったくおっしゃる通りだと思います。私はインド料理が好きで、実際あちらに何度か行ってもいますが、インド料理とカレーライス--もっと言うと日本におけるインド料理も--とはまったく文化が違うのだなぁ、というのを痛感しています。料理法だけでなく食事の仕方(手で食べるといった食作法の他、1回の食事をどんな料理で構成するかといったことも)もまったく異なるわけでして。カレーライスは「辛み入り汁かけ飯」という軍隊での呼び方がぴったりの丼飯。それを文明開化気分で外来語で呼び、箸ではなくスプーンで食べてみましたというだけの日本初の料理&食べ方であると確信しています。

投稿: 坂下龍馬 | 2010/01/26 17:04

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