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2009/05/27

インフルのおかげ?行列なし見物。仏教と殺戮の飛鳥で何があったのか。

「古墳部」の名前にもある「古墳」時代の終末期は、飛鳥時代の約100年と重なる。いまの地名でいえば、明日香村あたりに、宮や都があった時代。

この間に、王だか大君だか知らないが、多くの有力者が割拠していた、この地域に、天皇家のヤマト政権が生まれる。つまりは、中大兄らの蘇我入鹿謀殺クーデターに続く「大化の改新」で、土地も人民も、みな天皇家のものという「公地公民」へ向かう。ま、はなしは、それほど単純ではないらしいが。

Kohun_asuka00223日、11時過ぎに、明日香村の万葉記念館で、古墳部の人たちに合流した。男子は牧野編集長、伊澤さん、鴨井さん。女子はスソ古墳部長、川原さん、瀬尾さん、生野さん、永田さん、北島さん、後藤さん。

万葉記念館では、キトラ古墳壁画のうち、青龍と白虎を公開中で、しかも24日最終日の前日の土曜日。しかし、インフルの影響で、見物客はわずか。行列を見越し、テントを用意した入場券売場の前に、列はなく、待ち時間ゼロの看板がむなしく立つばかり。ほかの「遺跡観光地」も、並ばず、ゆっくり見ることができた。

この日のコースは、ひとによって、少しばらつきがあるが、おれは、万葉記念館、酒船石、石舞台古墳、昼食、伝飛鳥板蓋宮跡、甘樫丘、亀石、天武・持統天皇稜、飛鳥歴史公園館と、よく歩き、バスで橿原神宮前、近鉄で桜井、皆花楼。忙しいので、文章は、あとでボチボチ書き足す。

Kohun_asuka028Kohun_asuka032蘇我馬子の墓とする説が有力な石舞台。天皇の前で馬子の曾孫とされる入鹿が殺されたという凶行現場の、飛鳥板蓋宮跡と伝えられる遺跡。そして2005年から発掘調査が始まり大きな構造物が発見されている甘樫丘。入鹿殺害のあとオヤジ蝦夷が火を放ち自殺したという、蘇我氏の本拠地で滅亡の舞台との説があるところ。ここいらを中心に歩いた。いずれも、まだ発掘調査も十分でないし、確かな根拠が少なく、「伝」の域を出てないものが多い、ニッポン・ヤマト・ミステリーの中心地。

Kohun_asuka059_3もちろん、めしを食べ、ビールを呑み、おれと鴨井さんは、通りがかかりに見つけた酒蔵で、きき酒をやったりした。呑みながら、日本と日本人の過去を探る。

以前にクルマでまわったときと歩いたのでは、ずいぶん印象が違った。けっきょく、もっとも日本独自性が濃いのは、日本酒であり、ほかは天皇系だろうが反・非天皇系だろうが、ほとんど大陸や半島の濃い影響を受けているか、渡来人そのもの。という「清酒ひいき」の結論。古墳部は、こんど韓国へ行こうという話もあったが、前方後円墳などは、韓国のものも見なくてはな、という気になるのだった。


参考=読売新聞の記事「奈良・明日香 甘樫丘東麓遺跡 蘇我氏 実像に光」
http://osaka.yomiuri.co.jp/inishie/news/is51114c.htmからの画像。画像に説明はないが、左端、「石舞台古墳」の文字の下にある2棟の建物が、万葉記念館だ。
Is51114f

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