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2009/07/29

村上航さんによる、瀬尾幸子「せおつまみ」と「遠藤哲夫の[信濃路]偏愛話」朗読、YouTubeに。

何回見ても、愉しく、力強くおもしろい。

先夜の村上航さん(猫のホテル)の朗読の最中、スロコメ@下北沢&さばの湯@経堂の店長の須田泰成さんが、本職得意のビデオをまわし続けていましたが、早々に編集しアップしてくれました。須田さん、激しく忙しいのに、ありがとうございました。

こちら、瀬尾幸子さんの近著『せおつまみ』(集英社)から、史上初?レシピの朗読。
http://www.youtube.com/watch?v=LyrFmlm4G6Q

こちら、ミーツ別冊『東京ひとりめし』から「遠藤哲夫の[信濃路]偏愛話」の朗読。
http://www.youtube.com/watch?v=Jc4Jv59PelM

ぜひご覧ください。よかったら、あちこちに宣伝、ご紹介いただけたら幸いです。
そして、ぜひ、「生」を聴きに来てください。次回は、8月22日土曜日です。

また別に、8月8日土曜日、さばの湯@経堂で、村上さんの朗読会があるそうです。よろしく~。

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関連
2009/07/26
村上航さんの朗読は、ほんと、すばらしかった。6回目の泥酔論、スロコメ@下北沢。…クリック地獄

「遠藤哲夫の[信濃路]偏愛話」については、こちら…クリック地獄

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2009/07/28

山形県新庄駅前通り、急行食堂。

Sinjyou150

Sinjyou148去る17日、大蔵村での取材を終えて、おれは新幹線に乗るため最寄駅の新庄まで、クルマで来ていたカメラマンの秋山さんに送ってもらった。着くと、すぐの発車があったが、新庄駅周辺をふらふらしたくおもい、一時間ほどあとの乗車にした。

駅正面の道を行くと「急行食堂」なる、そそりまくる食堂があった。チョイとばかり、入ってみようかという気になったが、食べているとうろうろする時間がなくなる。写真を撮るだけにした。それにしても、元気そうな食堂の名前に、ラーメンの名前もフツウじゃない。天国ラーメンと地獄ラーメンを一緒に食べたら、どうなるのだ。地獄ラーメンは、激しく辛いような想像がつくが、天国は、どうなんだろう。ほかに「みそ納豆ラーメン」「スッポンラーメン」など、アイデア元気な店主を感じさせる食堂だ。

この正面から撮影した位置の後には、由緒正しそうで手仕事感あふれる納豆屋があった。なんだかうまそうなので、入ってみた。うまそうなので、二種類ほど買った。帰ってあけてみると、丸い大きな大豆の、しっかり発酵した色の納豆だった。うまかった。

丸亀八百清商店
http://www.orahono.com/?mode=f5

納豆屋を出て、鼻がヒクヒクする方向に曲がって歩くと、歓楽的飲食街があった。わりとどこの町でもみかける佇まいだが、なにかヘンなのだ。なにがヘンかといえば、たいがいの広告アーチは、道をまたいで建っているものではないか。ひとは、その下をくぐって歩くはずだ。ここは、ちがう。でも、アーチ型だ。こうなったについては、なにかワケでもあるのか、考えてみたがおもいつかない。

そんなふうにふらふらしてから、帰途についた。

Sinjyou153

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「おもしろい」という「実感」のままに。

カネを払い、なにか「いいもの」「いいこと」を与えられることに慣れてしまうと、自ら「おもしろい」という「実感」をもつのも難しくなるものらしい。自分が、なにをしたいのかも、わからなくなる。なにかにつけ、ひとに「解釈」を求める。よって「評論家」のようなものがはびこる。

そのうえ、不況が重くのしかかる。………………

最近、不況とメディア環境の根本的な変化の影響が原因だと思うのですが、
テレビも出版も広告も、オモシロイ企画が、すっきり通ることが稀になり、
なんだかなーな感じが増えているような気がします。

誰の心にも
こんな本を作りたい!
こんな雑誌を作りたい!
こんな番組を作りたい!
こんな映画を作りたい!
こんなお店を作りたい!
こんな会社を作りたい!

そんな思い、企画の種が心の中にあるにも関わらず、そのほとんどが、カタチにならずに終わってしまいます。

オモシロイことはどうせ現実化しないと頭から思い込む人が増える一方、
表現に前向きな人が減ってきているような気もします。

………………そんなことを、このあいだから須田さんと電話で話していた。「なんだかなー」、みな老成しちゃったというか、やたら「自己規制」だらけで、「萎縮」しているね。もっと、おもしろいこと、やりたいことをやらないと可能性はひらけないよ、とか話したりしているうちに、25日の朗読が実現した。やってみたら、想像以上に、おもしろかった。

須田さんから電話があって、そのおもしろかったことを話しているうちに、朗読を続けてやろうということになった。「来月は、どうですか」と須田さん。じつは、おれは、すでに、あまり余裕がない状況だ。8月は、ちょっと余裕がないから、トークライブは休もうとおもっていた。

あれは、いいかげんにやっているし、事実、「トークライブ」としてはいいかげんなんだろうけど、おれとしては、けっこう考えて臨んでいる。よーく、考えて、いいかげんなのだ。だから、余裕のない8月は難しい。そういうことだったが、話しているうちに、余裕のないなかでも、やる方法がありそうだから、やろうということになった。

最初の「お知らせ」のエントリーに告知したように、8月22日に決まり。これが決まる過程で、「酒とつまみ」のナベさんとも連絡をとったのだが、9月には、瀬尾さんと「酒とつまみ」代表の渡邉さんの対談もくわえて、朗読をやることになった。と、書いてしまえば、もう決まったようなものだ。なんだか、おもしろくなりそう。おれとしては、「遠藤哲夫の[信濃路]偏愛話」を、ぜひまた村上航さんの朗読で聴きたいということもある。村上さん、須田さんがいうように、「怪優」だ。

しかし、もう、きのうになったが、朝から、あちこちと電話で話した。何本か電話をして、美瑛町の宿も予約できた。まだ、急いでやらなくてはならないことが、片づいていないが、寝ておきてから一つひとつ片づけるよりしようがない。なんとかなるだろう。

しかし、なんだね、おれのような年寄りが、「おもしろそう」と夢中になるより、若い連中が先にたって、もっと「おもしろそう」なことをやってほしいよな。でも、まあ、須田さんほか、「おもしろそう」ってことで動くひとがまわりにいるってことは、おもしろい。

ややヨツパライ深夜便でした。「思い」を、行動へ、カタチに。まずは、「思い」がなくてはな。「解釈」ではなく「感じる」こと。

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2009/07/27

手仕事感のあるミーツ別冊『東京の手仕事』とCOWBOOKS南青山店「Little Press Fair 2009」。

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「手づくり」でも、「手仕事感」のあるものと、そうでないものがあるとおもう。ここに紹介するのは、どちらも「手仕事感」のものだ。芸術的か実用的か、アナログかデシタルか、有名か無名か、男か女か、聖か俗か、イロケかクイケか…、なんてことじゃなく、ようするに、「手仕事感」が大事なような気がする。

ミーツ別冊『東京肉本』『東京ひとりめし』などを手がけてきた編集者、森本亮子さんの最新作は『東京の手仕事』だ。きのう、スロコメで、できたてホヤホヤを頂戴した。で、これを見ながらおもった、ミーツの編集は、どれも、とても「手仕事感」があるのだな。それが、ミーツの元気や魅力の源にちがいない。これは、まさに足を使って編集した、そして手と足を使って働き生きる東京のまちの姿なのだ。大沼ショージさん撮影の写真が、けっこう載っているのを、ひさしぶりに見た。7月29日発売予定。

そして、もう一つ、「四月と十月」同人の川原真由美さんからの案内は、手づくり冊子展「Little Press Fair 2009」。まだ見てないわけだけど、川原さんのものなら「手仕事感」たっぷりにちがいない。

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COWBOOKSという南青山にある小さな本屋さんで
開催される「Little Press Fair 2009」に参加しています。
様々な分野の18名が手作りの冊子(リトルプレス)を
限定数にて展示販売します。

COWBOOKSは、海外で発掘してきたレアな洋書から日本のものまで、
厳選された本が並んでいる素敵な所です。
お近くにお越しの際は、是非ご覧くださいませ。


Little Press Fair 2009

日程:2009年8月1日(日)~8月23日
(日)
時間:12:30~21:00 無休
場所:COWBOOKS 南青山店 東京都港区南青山3-13-14 2F
http://www.cowbooks.jp/

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2009/07/26

村上航さんの朗読は、ほんと、すばらしかった。6回目の泥酔論、スロコメ@下北沢。

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昨夜スロコメにいたひとは、ゼッタイお得だったね。史上初?のレシピ朗読、ミーツ別冊の朗読。いやあ、村上航さん(猫のホテル)の朗読はすばらしくて、トークライブなんて、ばかばかしくてやってらんないとおもった。もう、泥酔論は、毎回朗読にするか。

村上さんに事前に手渡せた瀬尾さんの本が、「せおつまみ」(集英社)だけだったので、そこからのセレクトになった。瀬尾さんが選んだのは、「まぐろ納豆」「ふきと油揚げの炒め煮」「イカのワタ和え」「ハマグリのジョン」「カニの手まり寿司」。それを、村上さんは、「仲代達也風」「ゴドーを待ちながら風」「死んじゃった恋人から、死んだあとにもらった恋文といった感じ風」「ハムレット風」といった「風」で朗読した。

トークの最後には、ミーツ別冊「東京ひとりめし」から「遠藤哲夫の[信濃路]偏愛話」を、ハードボイルドタッチで。おれって、こんなにうまい文章を書くのか、とおもってしまうほどだった。

朗読の力は、すごい。とにかく、愉しかった。

ま、昨夜は、それにつきる。書くこと無し。
いつも、男性が圧倒的に多いようだったが、今回はいつもの男性が少なく、かわって初めての女性の方が多く、男女比が初めて女の多だったようだ。

おれは、まいどのごとくどんどん泥酔で、なぜか最後は、経堂の太田尻家、大竹さんと瀬尾さんとO嬢とで飲んでいた。カメラのなかに、閉店後の太田尻家の画像があった。午前2時近く。それから太田尻家のねぐらへ行って、缶ビール一本、飲みほさないうちに寝てしまったらしい。今朝、7時ごろ目覚めたら、コップにビールが残っていた。そのまま朝帰り。二日酔い。

ああ、しかし、また、あの朗読を聴きたい。画像じゃ、声がきこえないんだよなあ。
とりあえず、そういうこと。
そうそう、ミーツ別冊の最新刊出来立て、「東京の手仕事」をもらった。これまたミーツらしい仕事、なかなかよいねえ、あとで紹介する。

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2009/07/25

手を動かし、足を動かし、口は最後に動かす。

右手と左手で、べつのキーボードが打てたら、一度に二つの文章が書ける。だけど、実際は、そんなことはできない。身体ひとつ、手は二つあろうが一つだろうが、一つのキーボードしか打てない。できる文章は一つだ。おれはね。

一つが片づいてから、つぎへすすむ。石を積む作業と変らない。身体をつかう。料理もおなじだ。おなじだけど、自分で作らないで、口だけ動かすひともいる。文章も、しかり。

こんにちの世間では、身体をつかうひとより、口だけ動かすひとのほうが、尊敬されたり稼ぎがよいというか、ま、むかしから「貴族」というのがいて、手足を動かさないで食っていける方法を「洗練」させてきた歴史と文化と伝統がある。その基盤は、なかなか強固のようだ。

いまじゃ、「貴族」とはいわないが、「貴」たる教養や知識をもって、石を積むような作業をしなくても、どこからどうやってカネを得ているか、人様にはわかりにくい状態で、手足を動かして働いているひとからみたら、とても優雅に食っているひとが、けっこういるから不思議だ。

つまり、日本は、まだ、そのように「余裕」がある。そういうひとたちのあいだには、実際、「余裕」が漂っている。そういうひとの近くへ行くと、コレ、いまの日本のことだろうかとおもうけど、そうなのだ。

一方では、石を積む作業のひとたちは、ちかごろは酒を飲んでも、じつに景気の悪い深刻な話をしている。このギャップは、なんだろう、おなじ日本のことかとおもう。「格差」ということが騒がれたのは、いつのことだったか、いまでは「格差」は日常に強固に固定化されフツウであり、話題にすらならない。もう縮まることはないのではないかとおもわざるを得ない。

そばでみていると、ほんとうは、「貴族」のようなひとがいなくても、たとえば「貴族」のようなひとを支える、口を動かすだけの「貴族」のような「コンサルタント」のようなひとや「電博」のようなひとに高いカネをはらわなくても、自律的にやれることや方法があるのではないかとおもうことも、少なくない。いらない「貴族」にカネをつかっている「公共団体」や「企業」は、あるんだなあ。だけど、もっと自分たちで考え、自分たちの手足を動かすってことじゃないと、「貴族」たちは、ご安泰ってこともあるようだ。

そこんとこは、どうなっていくのかなと、考えてみたりするが気にはせず、手を動かし足を動かすことを続けている。酒を飲むのは、手を動かし足を動かしたあとのことだ。いや、ま、「めしがわりの一杯」ってのがあって、それは別だがね。

そうしたら、ここんとこ、ダブルブッキングやら、手足を順番に動かしていたのでは間に合わない約束をしていたことに、当日になって気づくことがあって、幸い迷惑をかけるほどのことはなく対応できたが、不況のなかでは、チョットしたことが「取り引き停止」になりかねないから、そのへんは「貴族」じゃないから気をつけねばな。「貴族」ならば、自分の責任でも、口先三寸で誰かを罵り悪者に仕立てあげ責任から逃れ、歴史的文化的伝統的に「洗練」された芸術的手法で自分の安泰をはかれるのだが、おれはそうはいかない。

Seotumami002でも、まあ、そんなこんなで、今夜の「泥酔論」は、なんとかなるていどに、ぐふふふ、けっこうおもしろいプレンゼンスライドをつくり、ほかの細々を小さな石を積むように片づけた。

気がついたら、北海道美瑛町と長野県大鹿村の取材の、交通やら宿泊の手配もまだだった。美瑛町の行きの飛行機は確保した。それだけ。大鹿村は遠くても本州のうち、ここから地続きだから、なんとかなるだろう。って、いいのかな。

そういえば、今夜のスロコメ@下北沢での「泥酔論」は、「だけ」ってのがキーワードだ。瀬尾幸子さんとの対談、村上航さんによる、史上初?瀬尾さんの料理レシピの朗読と、おれがミーツ別冊「東京ひとりめし」に書いた「遠藤哲夫の信濃路偏愛話」の朗読、きっとおもしろいことでしょう。いまからでも、まにあう、18時半、下北沢のスローコメディファクトリーへ。…クリック地獄

あと、クレイジーあんどファンキーな「わめぞ」総出の「雑司が谷 みちくさ市」も、晴れたので実施ですから、こちらもよろしく~。…クリック地獄

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2009/07/23

25日の泥酔論は18時半からに変更。瀬尾幸子さん、村上航さんと新しいおもしろい試み。

002えー、ここんところいろいろバタバタのなかで、バタバタ準備中の25日はスロコメ@下北沢でのトークライブの泥酔論の構成が、大雑把に決まりました。

まず、スタートの時間の変更です。18時からの予定でしたが、18時半からになります。でも、はやく来られて、となりのパンニャのカレーを食べたりするのもよいでしょうね。おれは17時半ごろには着く予定。

プログラムは、おれと瀬尾さんとの対談のあいだに、村上航さんの朗読をはさんですすむ予定です。

すでに告知してあるように、料理=瀬尾幸子さん、文=エンテツで、まもなく公開スタートの連載「わははめし」にあわせ、瀬尾さんとの対談です。

「わははめし」は、瀬尾さんの近著「ちゃぶ台ごはん」が好評の小学館の「小学館:BOOK PEOPLE」サイトに公開されます。これは、来春出版予定の「わははめし」を制作しながら、その一部を、月一回の更新で公開する計画です。
http://bp.shogakukan.co.jp/

そのあたりのことを企画の裏話も交えながらテキトーに紹介し、一回目の公開に登場する料理4品を、これは「3杯めしがくえるうまいおかず」ってことで、瀬尾さんが作ったものだけど、それを、めしのおかずではなく、つまみとして食べるとどうなるか、という話を、ウソとマコトをまじえながらオシャベリするってのが、柱です。

そして、そのあいだに、たぶん前半と後半のあいだと最後のへんに、村上航さんの朗読があります。

村上さんの朗読は、須田泰成さんの発案とプロデュースです。ミーツの食の文章はおもしろいのに、ふつう、朗読というと、世間でいわれるところの「詩」だったり「文学」だったりする、むしろミーツのような雑誌の文章を朗読すると、意外におもしろいとおもう、発見があるとおもう、どうだろうか。というような話がチョイと前に須田さんからあって、あれこれ考えていた。んで、じゃあ、とにかくやってみようってことで、瀬尾さんのレシピも朗読にしたらどうか、やってみよう、きっとおもしろい、瀬尾さんとも相談し、大いに賛同してもらい、実現となったわけです。

おれの文章は、ミーツ別冊の「東京ひとりめし」から「遠藤哲夫の[信濃路]偏愛話。」。瀬尾さんのレシピは、瀬尾さんが、「せおつまみ」や「おつまみ横丁」などから候補を選び、その中から村上さんに選んでいただくようすすんでいます。村上さん、すでに、読み込み練習にかかっているそうです。

こんかいの瀬尾レシピ朗読は、ちがうレシピを、いくつか朗読してもらいますが、今後は、いろいろな展開が考えられます。

「わははめし」も、これまでの「料理本」「料理コンテンツ」からすれば、かなり「型破り」です。そして、この朗読も、かなり「型破り」でしょう。なんといっても、「泥酔論」そのものが、ふつうの「上手」なトークライブを期待していると、かなり裏切られるはずの「型破り」ですね。ま、鈍感な政治家たちの政治より、「変化」はファンキーあんどパンクに先へ向かっているってこと。

とにかく、おれはまた、例によって、プレゼンスライドを簡単につくらねば。

とりあえず、25日、よろしく~。


猫のホテルオフィシャルブログ ネコホテノート:村上航
http://nekohote.eplus2.jp/category/3152654-1.html

当ブログ関連
2009/04/20
「書評のメルマガ」発行。「実用書」をバカにしちゃいけないよ、めしを作る覚悟の『ちゃぶ台ごはん』。
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2009/07/22

25日の泥酔論inスロコメ@下北沢では、史上初か?村上航さんによる瀬尾レシピの朗読をやる。

Sabayu001きのうは、17時過ぎから。下北沢のスローコメディファクトリーの姉妹店として最近開店の、経堂のカフェ「さばの湯」で、店長の須田泰成さんと瀬尾幸子さん、25日のトークライブ「泥酔論」の打ち合わせ。着いて、まず生ビール。店に置いてある、ミーツ別冊「東京ひとりめし」「酒場の本」、「せおつまみ」をパラパラやりながら、声を出して読んでみたり、あれこれ思いつきを出し合う。ビールのち、ポン酒を飲んだら、ほんとに泥酔。瀬尾さんも、けっこう酔ったな。で、太田尻家で、また飲んで、酔いを深め電車なくなり、瀬尾さん宅で缶ビール一本飲むのがやっと。朝5時ごろの電車で帰る。

だけど、おもしろい打ち合わせができた。とりあえず、これだけ書いておく。みなさん、25日は、ぜひスロコメに来てください。どなたでも入れます。チャージありません。自分の飲み食い代だけ。

Sabayu003料理のレシピは、手順を書いたもので無味乾燥、詩情のひとかけらもない。これを文学だのアートだのというひとはいない。ほんとうに、それでいいのか。その「常識」は、まちがっていないか。おなじ人間の脳ミソからの創造なのに、一方は文学だアートだともてはやされ、一方は「実用」として軽視される。そりゃ、おかしいだろう、偏見だろう。って、いうほど、くそまじめに主張したいわけじゃない。

とにかく、おもしろいからやってみる。レシピを、俳優、村上航さんが朗読すると、こうなる。そして、やっぱり言いたい、レシピのもつ本質は、生々しく、エロであり、グロであり、まさにドラマであり人間の本質に関わるアートなのだ。

詳しくはのちほど書きます。とりあえず、眠いんでね、寝る。いやあ、しかし、これは、愉快だ。おもしろいことになりそう。プロデューサー役の須田さんは、なにかタクラミがあるらしい。

Sabayu007(追記)最初の画像。テーブルの上にあった、鎚絵の金物アーチスト・大野さんによる、さばの湯開店祝い。大野さんのブログ「気づいたこと。考えたこと。出来ること。」の、2009年07月20日「「はさめず」醤油と「はさむため」豆腐」には、「スダサンのお店、「さばの湯」に行きました。」と、須田さんと須田さんの店の特徴を、とてもよくとらえた文章があります。…クリック地獄

次と次の画像は、須田さんと瀬尾さんとおれが打ち合わせの資料。西郷輝彦さん×瀬尾幸子さんの対談記事が載った、西郷さんの後援会「輝羅星倶楽部」の会報があった。これは、2009/03/12「取材とはいえ午後2時から飲み続け、泥酔ヨレヨレ。」に書いたように、スロコメでやった対談をまとめたもの。気取ったところのない二人の対談は、余計な「プライドを捨てる」話などが、とてもおもしろい。このときのスロコメで、瀬尾さんは、おれと西郷さんが顔見知りなのに驚いていたけど、ま、ひとはどこでつながっているか、わからない。なんとなく、「まさか」の関係があったりして、おもしろいのだ。

ひとをパターンにはめやすい。とくに、ひとをパターンにはめ、ダメなやつとか、いいやつとか、「敵」「仲間」とか、線引きのようなことをする傾向もある。

そして、そういうことが、わりとあるからこそ、須田さんがよくいう「シャッフル」が必要なのだ。おたがい、いろいろな人と裸で一緒に銭湯に入るように「シャッフル、シャッフル」。さばの湯や、スロコメは、そういう、誰とでも裸で風呂に入る銭湯のような感覚のところだとおもう。須田さんは、風呂屋のオヤジか。そういえば、きのうは、打ち合わせをやりながら、風呂会の会長でもある瀬尾さんの「銭湯論」で、盛り上がったりもした。

おれと瀬尾さんが初めて会ったのは、牧野伊三夫さんに誘われて、横須賀での風呂会に参加したときだった。それは、06年4月24日のことで、ザ大衆食の「横須賀市 旭野食堂」にちょろっと書いてある…クリック地獄

まったく、人は、どこでどうつながって、どう転がってゆくか、わからない。おもしろい。

さきほど、電話で須田さんと話して、村上さんとの初めてのコラボだから、直前の簡単な打ち合わせも必要だろうってことで、25日は、18時スタートを18時30分に変更した。よろしく~。

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2009/07/20

言葉の壁?に難渋の取材。「わははめし」の校正を終わる。

きのうのほうが取材の疲れが出た感じだった。おもえば16日の朝は早かった。5時過ぎに起き、6時チョイ前にウチを出て、大宮6時半過ぎの東北新幹線「つばさ」で終点の新庄9時51分着。東京からクルマで来ていた、カメラマンの秋山由樹さんと同行助手の熊本男子キヨタさんと合流、そのクルマで大蔵村役場へ。

009新庄駅から大蔵村役場までは、南へ15分ぐらいの道のり。10時過ぎに着き、すぐさま担当課で取材を始める。課長、係長、主任…いろいろな方に、いろいろな話をうかがい、勢いで役場から見える近くのトマト畑で農家の方を取材。日ざしが強く、空腹に気づいた昼近くだった。主任さんの案内で、村内を移動。「ふるさと未来館」で、大蔵村で栽培の蕎麦粉をつかい、家庭で蕎麦を打ち続けてきたベテランかあちゃんたちが打った蕎麦を食べる。蕎麦粉がギッシリつまった感じの、食べ応えのあるうまい蕎麦。地鶏のダシがきいている。腹いっぱい。

元気がついたところで、四ヶ村棚田の撮影、のち、さらに南へ向かう。これから種まきの広い高原な景色の蕎麦畑やノルディッククロカンスキー場を通って、肘折温泉が見える位置へ。さらに南奥地のブナ林へ向かう道路で、役所にもどる主任さんと別れる。

ここから先、山越えで寒河江にぬける国道なのだが、ネットなどに「国道のなかで最も悪路」と書かれたりする道だ。「日本の最も美しい村」で「日本の最も悪い国道」をゆく。皮肉ではなく、ここならではの体験。落ちたら断崖の一車線、舗装が途切れる。昭和30年代の上越国境の国道17号を思い出す。広がるブナ林。近年、新潟県や山形県では、不気味な「ブナ枯れ」が広がっているが、見た感じではわからない。

Hijiori045aもどって、肘折温泉三浦屋旅館。荷物を置いて、すぐ撮影に出る。共同浴場など、うろうろ、なかも撮影。キヨタさんがモデルになって、素晴らしい写真が撮れたのだが、本誌に掲載なるか?無理だろうな。

みやげ屋さんに聞いたところでは、ゆかた姿で歩くひとが多いのは、旅館のなかに売店がないことも関係するようだ。酒類も、たいがい持ち込み可らしい。お客様は、温泉郷みんなのお客様という精神か。そう、きのう紹介したように、「旅館はお部屋、道路が廊下」の湯治場なのだ。

内湯も、かけ流しでよい湯だ。18時すぎ、夕食はじまる。すでに写真を掲載してあるが、お膳で部屋まで運んでくれるのだ。ビールと酒。酒は、小屋酒造の花羽陽の、たぶん辛口だったとおもう。腹いっぱい。

おれは先に寝ちまったようだ。連れの男たちは、宿のおばあさんとなにやら話していたらしい。

Hijiriori119翌17日、5時前に起き、下駄で宿を出て、うろうろ。秋山さんは、撮影。朝市は5時半ごろから始まる。おう、平日なのに、こんなにひとがいるのか。もうそこに、どかっと何十年間も座っている感じの、朝市のおばさんに話を聞こうとする。が、何をいっているか、わからない。「どんじょ」は「どじょう」のことぐらいは、わかるが、「これ、なに?」「○×△■…」。二度ぐらいは聞き直せるが、三度となると気が引ける。わかったことにして話をすすめるが、半分もわからなかった。でも、毎朝ここに来るのが、楽しみだということは、よくわかった(小遣い稼ぎになることも含め)。いまはクルマで来るが、むかしは荷物を担いで何時間も歩いて通ったとのこと。

朝市は8時半ごろまでだったかな。宿にもどって、朝食のち、ご主人にインタビューいい話を聞く。のち、また、うろうろ、共同浴場のほかに、新しい日帰り入浴施設まで行って、温泉につかる。あがってビール。うめえええ。村長さんの取材が、役場で14時からなので、北へ向かってもどりながら、うろうろ。肘折温泉と役場は、20キロ弱だったかな。

Hijiriori127役場があるところの地名は、清水といい大蔵村の中心をなすが、商店街といえるほどのものはない。ところが、ここに、このあたりでは一番目だって大きいビルである「大蔵食堂」があって、びっくり。ここだけ見たら、「過疎の村」とはおもえない。もちろん、入った。従業員も多い。昼時、にぎわっていた。詳細は、いずれザ大衆食に掲載する。

予定どおり14時から村長さんインタビュー。予定どおり、約1時間でおわる。村長さんの話にあった、山形県の自治体のCMコンテンストで2席になったという「大蔵トマト」のビデオを、担当課で見せてもらう。コミカルなタッチで、なかなかおもしろい。

村長さんにクルマのところまでお見送りいただき、帰途につく。新庄駅で、そのままクルマで東京まで帰る秋山さんたちと別れる。もう一泊どこかで遊んで帰ろうとおもっていたのだが、天気が大きく崩れる予報なので、駅周辺をふらふらし、素直に16時半すぎの新幹線で帰った。帰宅は、22時前だったかな。

きのう。「わははめし」の校正が出た。夕方、地元の若松荘シアターへ行き、映画鑑賞のち、チエさんミチさんほか、お若い方々のゆかた姿もあってフンイキだね、仕事帰りのサッチャンも加わり、八雲神社の「万灯」だったかな?とかいう祭へ。21時すぎ、東大宮駅東口すぐの気になっていた居酒屋「ちゃぶ台」へ、総勢6名。つきあってみたい、いい居酒屋。地元萌えの夜、23時ごろ帰宅。

きょう、というわけで、連載が始まる「わははめし」の校正をおえ、ファックスで送った。あとは、公開を待つのみ。たぶん今週中に公開されるだろう。

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2009/07/19

「湯の里ひじおり 学校のある最後の一年」の上映。

Yunosato_a前のエントリーに書いた、肘折温泉の映画ができ、ちょうど7月23日24日25日に、東京は江東区文化センターで上映される。

題して、「湯の里ひじおり 学校のある最後の一年」だ。大蔵村には昨年度まで、小学校中学校それぞれ三つあったが、この春から一校に統合された。それにともない、肘折温泉の肘折小中学校は、134年の歴史を閉じた。

この「山形発・長編ドキュメンタリー映画」は、湯治場の学校最後の日を追いながら、「旅館はお部屋、道路が廊下」の湯治場・膝折温泉を語ったものでもあるらしい。

チラシに、こうある。「湯治とは、「なにもしないこと」。湯浴みや茶飲みに時間を費やし、何もしないで身体を横たえるのみ…。そんな素朴で「ぜいたく」な湯治が、広く知られることなく、連綿と伝えられてきた山形県最上郡大蔵村肘折温泉。(略)」

「日本で最も美しい村」連合の町村は、厳しい環境にありながら、自立の道を選択してきたといえる。大蔵村は明治に「村」になってから、一度も合併をしたことがない。なんとか農業で自立の道を探る。その抱える困難は、大変なものがある。そして、それは、ひとつ大蔵村の困難というより、少子高齢化と農業の衰退がすすむ日本の困難であるような気がしないでもない。

小中学校の統廃合だって、遠い距離を、子どもたちをスクールバスで通わせる決断を、行政も親も、しなくてはならない。その話を村長さんから聞きながら、これは「直接民主主義」だなとおもった。人口の多い都会ではありえない、なんにつけても、一人ひとり、とても重い判断を迫られるのだ。人びとは慎重で、楽天的で、意志の強い磨きのかかった言葉を放つ。

今回の取材が関係する『city&life』誌の全体の特集テーマは、「マチとムラの幸福のレシピ」である。レシピは、東京に集積された情報や知識ではなく、気が遠くなりそうな困難のなかで自立の道を歩もうとしているマチやムラにあるのかも知れない。

「湯の里ひじおり 学校のある最後の一年」、観にいきたい。でも、25日はスロコメ@下北沢で「泥酔論」ですからね。

ひじおりNEWS 肘折温泉郷
http://hijiori.jp/news/index.php

映画『湯の里ひじおり 学校のある最後の1年』を支援する会ブログ
http://hijiorieiga.blog.shinobi.jp/

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廃校になった肘折小中学校は、この画像の左手、山の上に、建っている。上のチラシの画像、左端、一番大きな四角い建物。

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2009/07/18

「日本で最も美しい村」連合、山形県大蔵村で、いろいろな「美しさ」に触れた。

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行ってから、大蔵村は、屈指の美味しいトマトの産地と知った。たくさん生産され、そのほとんどは、ココおれのウチから3キロぐらいのところにある大宮市場から東京圏に出荷されるのだが、高い評価を得ている。食材にうるさいモスバーガーにも採用され、モスバーガー公式サイトの「産地だより」に、その詳しい紹介がある。…クリック地獄

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なので、取材予定にはなかったが、真っ赤な情熱のトマト栽培農家を、トツゼン訪問した。人口が減り続ける村で、稲作農家を継ぎ、5年ほど前からトマト栽培を始めたイトウさんは30歳。「このかっこうで写真は、カンベン」というのをおれは撮影し、カメラマンの写真には、シャツを着て写っています。「ちかごろやっとトマトの気持がわかるようになった」という美しい話を聞いた。「美しい村」の「美しさ」は景観だけではないのだな。

2005年、全国7町村でスタートした「日本で最も美しい村」連合の加盟町村は、現在18。今年の10月、この大蔵村で開かれる総会では30をこえる見通しだが、加盟には審査がある。「1.人口が、概ね1万人以下であること」「2.人口密度が、1平方Km当たり50人以下であること」の条件のほかに、景観や環境や文化や歴史などの面で、なにかしら二つは認定基準をクリアしてなくてはならない。

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大蔵村のばあい、棚田百選にも選ばれた、「四ヶ村(しかむら)の棚田」の景観が一つ。それと開湯以来1200年、湯治場600年の歴史の「肘折温泉郷」だ。山間の、最上川上流の銅山川沿いに、20数軒の宿がある。

00kura092日本で温泉なんて珍しくない。いくら歴史が古くても、それが「美しい」ことの基準を満たすことがありうるのか、かなり疑い深く接近したのだった。

が、しかし、ここは、歴史が古いだけではなかった。どんどん近代観光地化やリゾート化を推進する他の温泉地からはほとんど失われてしまった、まさに無形文化遺産ともいうべき「湯治文化」が息づいている。部屋はもちろん、建物にも鍵がない宿がある。ゆかたに下駄ばきでフラフラするのがフツウである。行楽温泉地で失われてきた、昔の湯治場ならではの、まったり感が残っている。

一泊し、温泉にも何度も入り、取材をした。そして、この「湯治文化」の核をなす価値が、「なにもしないことの美しさ」であると知り、目からウロコがボロボロおちた。

いつもなにかしていないと不安である、いつもなにかを追いかけ、ちょっとのことで知ったかぶりをし虚勢をはらなくてはならない「都会文化」のアホ臭さを、あらためて「醜い姿だなあ」とおもったのだった。そして、だからこそ、こういうところで、目からウロコをボロボロおとし、なにもせずのんびりすごすことを覚える価値がある。

Ookura117_2平日にもかかわらず、大変なにぎわいの朝市は、雪がない季節は、毎日開かれる。というのも、湯治の自炊客用に始まったからだ。いまでも自炊、素泊まりができる。画像、左側の三階建てが泊まった宿、200年か300年かわからない、現存の建物は大正年間の写真にある、古い湯治宿の一つ「三浦屋」さんだ。

襖で仕切られているだけのワレワレ取材陣3人の部屋の隣には、男一人の長逗留の客。部屋に布団を敷きっぱなしで、テキトウに缶ビールを買ってきたり、弁当を買ってきたりして、過ごしていた。つまり、クウ、ネル、温泉にハイル以外は、なにもしないでゴロゴロしているのだ。

しかし、ちかごろの「都会人」は、そのなにもすることがない状態に耐えられず、3泊ぐらいの予約で来ても、「もう見るところもない、やることもない」と1泊で帰ってしまうひともいるとか。まさに「湯治」しなくてはならない、悪癖都会文化に染まった現代人といえるか。

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ご夫婦で世話してくださる、民宿風の、昔からの湯治宿だ。温泉もよいし、食事もたっぷりで、うまい。山菜は、かなりいろいろ食べているつもりだが、調理の仕方も含め、初めての山菜が、いくつかあった。もちろん、大蔵村の東北最古の酒蔵といわれる、創業1593年の小屋酒造の「花羽陽」もタップリ飲んだ。

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最初、見たとき、水量が多いからダムかと思った。だけど、近づくと、水流がはやい。ワレワレは、感動しつつ、地元の人たちにとっては、こんな景色は、どうってことないのだろうなあと、しばしこの景色を眺めていた、最上川。ここ、立っている位置には、2000年まで渡し舟の船着場があった。

「美しさ」を考えながら、「美しさ」にタップリふれてきた。詳しくは、9月末ごろ発行予定の本誌をお楽しみに。まだまだ、北海道の美瑛町と長野県の大鹿村の取材も残っている。

「美しい村」は「美味しい村」でもあるのですね。関東地方には、ミニも含め3億個近く出回る大蔵村の美味しいトマトを食べているひとが、たくさんいるはず。どーか、大蔵村の「美しさ」「美味しさ」を訪ねてみてください。

おいしくて評判のトマトジュースや小屋酒造の酒あるいは山菜や蕎麦など、入手困難な大蔵村の産物も、ネットで買えます。
「おお蔵Network」
http://www.ookuramura.jp/

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2009/07/15

ありふれたものをおいしく。「料理」は変わる。

時間がないから、ネットでみつけた、この記事だけメモしておく。ときどき書いてきたことだが、近年、料理は、あるいは料理に対する考えは、大きく変ってきている。「ありふれたものをおいしく」は、もともとキホンだったのだが、今後ますます語られるようになり、かつ磨かれていくことになるだろう。つまり、「あんなものは料理ではない」といわれてきた、生きること、働く生活のなかの料理が、やっと、「料理」として見直され、あたりまえに語られるようになる。この「変化」は大きい。告知してある連載「わははめし」も、この流れといえる。


(2009年7月14日 読売新聞)より
http://www.yomiuri.co.jp/gourmet/food/shinagaki/20090714-OYT8T00281.htm?from=yolsp

「卵掛けご飯」 コシノヒロコさん
創造力駆使 服も同じ


「手間がかからなくておいしい私の料理は、働く女性や一人暮らしの男性にぴったりじゃないかしら」(東京・渋谷区で)=菅野靖撮影 「ずっと仕事中心の生活。献立を考え、買い物をして、料理するなんてしたことない。ただ『窮すれば通ず』で、冷蔵庫にあるものや残り物で何か作ることは得意やな」と笑う。

 そんな自信作のひとつが卵掛けご飯だ。とても料理とは……と侮るなかれ。「私の顔を見るたびに、卵掛けご飯が食べたいと言う人がいるほどなんだから」

(略)

限りある材料と時間で、どうやって良いものを作るか? その点で、料理と服作りは似ているという。「違いは、舌で楽しむか、着て楽しむかだけ。良いもの作りには、創造力とコーディネート力が問われるわけよ」

 卵掛けご飯にとどまらず、湯がいたインスタントラーメンをいためて花がつおとザーサイをまぶした焼きそば、アンチョビーソースを生地の下味に使うお好み焼き……。発想は自由で、奇想天外。だが、その不思議な手料理は、食べた人をたちまちファンにしてしまう。

 見た目にもこだわる。「どんなにおいしい料理でも、食器や盛りつけなどのビジュアルが悪いものはダメ。味が変わってしまう」というのが持論。

 大きめの真っ赤な漆や土ものの風情あるおわんに、控えめに盛りつけられた黄色が映える。脇に置かれているのは、柄の長いスプーン。「きれいで、おいしそうで、どこの一流店の高級料理かと思うよ。ただの卵掛けご飯やけどな」。こだわりの一杯は、デザイナーとしての生き方そのものを表しているようだ。

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うーむ、データとイメージ。

だんだん時間がなくなる。ほんとうは目を通し覚えておくべきデータも、全部は覚えきれないかもしれない。

個性的な文章、よい文章、受ける文章なんか、知るもんか。まず、観察が大事だ。まず、よく見る。その積み重ねの結果、文章が生まれる。なによりも現場を、よく見るのが大事だが、見る中には、データも含まれる。データを、頭の中に、たたきこむ。たたきこみながら、少しは、イメージしてみる。

しかし、このデータ、たったこれだけのデータだが、呆然とする。おもえば、近年は、都市のデータだけを相手にしてきた。

NPO法人「日本で最も美しい村」連合は、2005年10月、7町村で発足した。昨年10月の総会で、18町村。まもなく10月の総会で、さらに加盟が増える見通しだ。今回取材するのは、発足当初からの3町村。

加盟の条件に、「1.人口が、概ね1万人以下であること」「2.人口密度が、1平方Km当たり50人以下であること」とある。人口密度、計算するのがメンドウなので、そのまま人口と面積のデータを下記に。最後に、東京23区。美瑛町と23区の面積は近い。

今回は「ルポ」にまとめることになっている。ケーススタディとは、ちがう。もちろんエッセイではない。が、半分ぐらいエッセイになってもよいでしょう、と、打ち合わせの成りゆきで、言われた。「半分ぐらい」って、ルポのようなエッセイのような、ってことであるか。どのみち簡単じゃない。このデータだけは、頭にたたききこんで、現地へ行こう。

1平方km当り14,161人の過密な東京は、農村を、そして自らを、どうしたいのだろうか。そちらのほうが、気になる。大蔵村を取材してもどり、美瑛町を取材してもどり、大鹿村を取材してもどり、考えよう。


山形県大蔵村
面積は211.59平方km。山林面積が180平方km、全体の85%。
人口:4,046人(2008年3月 現在)  面積:211.59平方km

北海道美瑛町
面積は677.16平方km。70%が山林、15%が農地。
人口:11,233人(2008年3月 現在)  面積:677.16平方km

長野県大鹿村
面積は248.35平方km。97%は山林原野。
人口:1,259人  面積:248.35平方km


東京23区計 面積・621平方km 人口・8,794,142人(H21.5.1)


「日本で最も美しい村」連合
http://www.utsukushii-mura.jp/

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2009/07/13

夏祭りの準備は進んでいるようだが…。宿が決まらない。

Maturi006まえのエントリーに書いた、盆踊りのやぐらは、なんの風情もない、クルマがごうごう通る、産業道路沿いの東大宮自治会館の前の広場に立ち上がった。すぐ近くに、東大宮が、東大宮という地名になるまえの土地の名である「砂」の集落が始まったとされる、八雲神社がある。新しい土地に初めて住みつくとき、まずは祠をつくった、そういう名残だろうか。八雲神社の社殿は大きくないが、神木のようなけやきが、ばかでかい。

引っ越してきたばかりだからわからないが、たいがいの都会地では、新しい祭と古い祭があって、そのあいだの交流は、あまりよくない。ストレートに、古い住民と新しい住民の溝が、そこにみられることもある。なかなか混ざりあえない。

Yakumo008そういうのって、「場所の力」の持続性からすると、どうかなとおもうが、よくわからない。とくに「イベント」という新しい祭は、古い「場所の力」には、まったく興味を示さないことが、めずらしくない。自分たちだけで楽しんで、場所への「お返し」など考えない。「お返し」なんて、古臭い観念にすぎないのかもしれない。だけど、とくに子どもたちは、けっこう、大人の楽しみや商売である新しいイベントより、古い祭を楽しみにしている感じもある。

盆踊りは、7月24日と25日だ。25日は、おれはスロコメで泥酔論のトークライブがある。なにかとたてこんでいるが、24日に、チョイとのぞいてみられるか。これは、東大宮地域全体の祭で、これとほかに、おれが住む地区の祭が、8月になってから、前のエントリーの公園であるらしい。これは、ほとんど子どもたちのためにやるようなものだろう。このあたり、「少子化」なんか関係ないとおもわれるほど、子どもがおおい。ウチのとなりも、3人の子どもがいる。

子どもの声を聞いたり、子どもたちが駆け抜けた風にあたりながらすごすのと、そうでないのとでは、生活の感覚がちがってくるような気がする。ってことに、ここに引っ越してから気がついた。

朝から、いくつものメールをやりとりし、いくつもの電話をかけ、山形県大蔵村と北海道美瑛町と長野県大鹿村へ取材で行く段取りや、そのあいだに片付けなくてはならないことの段取りを組んだり。

カンジンなことは、宿泊先を決めることだったが、調べているうちに、泊まってみたい温泉やらなんやらのほうに興味が動き、おまけに広大な地域なので、どこに宿をとるのが取材に都合よいか、まったく見当がつかず、アレコレ情報を検索して楽しんでいるうちに時間がすぎ、さっぱり決まらない。真冬じゃないから、寝るところぐらい、なんとかなるだろう。

旭川空港行きの朝7時25分の飛行機をとって段取り組んだのに、ここ東大宮の始発電車が遅いから、朝それに間に合う電車がない。なんてこった、まったくJRは、お役所だ。前夜、都内に泊まって飲みまくるか。

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2009/07/12

東大宮、地元萌えの日。

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芸能人の人気で総理のイスをねらうなんて邪道だ、思い上がりだ。総理になるなら、ここから地道に始めなくてはと、朝8時半、引っ越してきて初めて、地元の公園清掃にデビュー。見よ、この正面左金網下のドブさらいと、右金網下の草むしりは、おれがやったのだ。地元のために、よく働きますエンテツに、清くても清くなくてもよい一票を。

おれは基本的に、野次馬根性もあって、近隣づきあいは嫌いじゃない。引っ越し先では、町会や自治会に入ってきたのだけど、これまでは、会費を収めるだけで、とくに付き合いはなかった。まいど、ゴミ収集に関する回覧板がまわってくるだけで、「自治会」なんていっても、役所のゴミ収集下請け機関のようなものが、たいがいだった。

だけど、ここはチョイとちがう。そもそも、ここ東大宮自治会の、おれのウチがある地区の責任者が、40代とおもわれる若さなのだが、おもしろい。けっこうおもしろがって近隣のことをやっているフシがある。なんでも、おもしろがってやるってのは、おもしろい。

彼が立ち話で、この公園の清掃を、各地区ごと交代でやるのだけど、おれたちの地区が担当のときは参加が少なくて困るとコボシていたこともあって、参加した。ここの地区は、公園から一番離れている。しかも見沼たんぼなどの緑地に隣接しているから、あまりこの公園とは縁がない。それも清掃参加者が少ないワケだろう。

で、とにかく、子どもたちもいれて10数名か、圧倒的人数不足で、予定の30分すぎても3分の2ぐらいしか終わらない。でも、救急車を呼ぶことになってはいけないからと、以前にそういうことがあったらしい、なにしろおれより年上がけっこう多い、30分でやめるのだということだった。確かに、おれもやりだすと夢中になって、側溝をさらったりしていたのだが、朝めしは食べてないし、立ちくらみしそうだった。

おわって地区の責任者と、立ち話になった。また彼は言った。こういう地域の付き合いって、なんだかおもしろいんですよね。おれも、なんだか、そうおもう。めんどうもあるが、おもしろい。「世間」とは、そういうものではないかとおもう。もともと世間は赤の他人の寄り集まりなのだから、紆余曲折はアタリマエ。

だけど、カネにならないめんどうな付き合いは避け、「まち」には税金をはらい、「公共サービス」を買って住む。それが「都会的消費生活」というもの。自分に都合のよい仕事になるひとや、趣味や嗜好のあう人間だけと付き合い、ほかはなるべくクールにドライに処理、カサカサした人間関係のなかで、癒しを求め買い消費する。一方ではコミュニケーション・スキルが問われる。そんな時代に、こういう若い中年が近所にいるとは、なかなかおもしろいとおもった。

帰り、まずはコンビニでビールを買って飲んだ。そのうめえこと。また朝の清掃に参加し、このうめえビールを楽しもう。できたら、夏祭りの手伝いもしよう。うまいビールを飲むために。

Kaiwai001aそれはともかく、上の公園の写真の右手の道路をはさんで畑があり、そこに「じゃがいも お売りします」がある。この前日には、そこで芋ほりをしているオバサンもいて、じゃがいもが台にあった。ここは、以前、2009/05/06「「ふきお売りします」という土地の「麻こころ茶屋」やエコ系など。」に載せた「ふきお売りします」と同じ畑の一角なのだ。畑も貸しますという趣旨のサインが出ていたこともある。が、いまのおれには、畑までやる根性はない。以前は、やっていたことがあって、そりゃ、まさにめんどうも少なくないが、なかなかおもしろいものだったが。こういう畑が住宅にかわってしまうのは、ツマラナイとおもいながら、自分でやる根性はない。公園の清掃もやっとな自治会が、この畑を借りて維持する力もないだろうし…。

午後は、買い物に出たついでに、重松荘シアターへ。ビール差し入れの買収工作。ここで二票は獲得するのが、総理への道だ。

重松荘へは、産業道路を、線路の反対側へテクテク歩く。このあたりは、もとは「砂村」といったらしいが、その集落の発祥地といわれる、砂八雲神社に寄って大けやきを撮影したり、盆踊りのやぐらを撮影したり。地元と愛を交わした。

Kaiwai014重松荘からの帰りは、前から気になっていた、「かぎろひ」に入ってみた。「昔ながらの食材とフェアトレードの店」で、食品をあつかっている。こういうエコっぽい店が、以前に掲載した「麻こころ茶屋」「麻こころ商店」も含め、このあたりにけっこうある。ここもそうだが、それが、とりわけイマ風都心風のアートな暮らしオッシャレーということじゃなく、ごくフツウに自然な生活感覚の佇まいであるので、気になっていた。

小さな店だが、野菜のほかに、加工食品の種類が豊富で、日常の用が足りてしまいそうなほどある。オクラとピーマン、見るからにちがう。色が深く、しっかりしたツヤのある皮。値段も2、3倍するが、それぞれ198円と200円のパックでリーズナブルなので買う。もっと近くにあれば、毎日でも立ち寄ってみたい店だ。

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2009/07/11

東大宮、重松荘シアターでチェルノブイリ写真展、フィリピンパブの存在にコーフンす。

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以前に、東大宮の東口にある、「重松荘シアター」のことを書いた。2009/05/05「貧乏くささの居場所、東大宮の重松荘シアターで映画鑑賞。」

その重松荘シアターでは、7月26(日)までチェルノブイリ写真展をやっている。買い物がてらチョイと顔を出し、あわよくば、チエさんがいたらビールでも飲もうかと行ってみた。

着いたら3時近かったかな。チエさんは、うまいぐあいに、一人で受付をしていた。2階の、「映画上映室」が今回は展示室になっている。写真は『廃墟チェルノブイリ』写真集の中筋純さんが、巡回用のセットとして作り、貸し出しているものだとか。狭い部屋なので、一度に3分の一ぐらいしか展示できないので、差し替えしながらだそうだ。

Sigematsu005_2チェルノブイリの「事故」は知っているが、どういう「事件」で、なにを残したのかは、あまり考えたことはない。見ながら、むかし、高校生のころか?観た「渚にて」という映画を思い出した。核戦争で、人類が死滅する最後のときを描いたのだが、主演女優のエヴァ・ガードナーが好きで、観にいった。舞台は、オーストラリアのシドニーだったかメルボルンだったか。すでに大気は放射能に汚染され人々は死ぬだけ。生き残った者たちに自殺用のクスリかなんかが配られ、エヴァ・ガードナーの愛人、主演男優のグレゴリーペックが乗った原子力潜水艦が、故国のアメリカにもどって死ぬため去って行く。それを、名前思い出せないが有名な岬で見送るエヴァ・ガードナーの横顔が、まだ記憶に残ってますね。それ以上に記憶に残ったのが、そのあとの最後の場面。人っ子一人いなくなった市内の広場、風が吹き木の葉が舞う。そこに、正確な文言は忘れたが、「兄弟たちよ、いまからでも遅くはない」という横断幕がひらひらムナシク舞っている。その廃墟感を思い出した。

で、階下のチエさんのとこにもどると、彼女は早速、冷たい缶ビールを取り出し、プシュと栓を開け、二人でカンパイとなったのである。それから、ワレワレ二人の話したことは、チェルノブイリがらみではなく、世俗的なスナックとクラブとキャバレーのちがいなどだった。

そして、どうやら、東大宮の、おれのウチから駅へ行くあいだにある、いつも気になっていた「ラウンジ」なるところが、どうやらフィリピンパブらしい、ほかにもまだある可能性をチエさんが指摘し、その根拠となる店をあげた。その店も、妙な外見で気になっていたのだが、なんと、彼女は大胆にも、その店に入ったのだった。その話を聞いて、なるほど、そうだ、…おれは、この情報は、ぜひとも「フィリピンパブの大家」サイカメさんに知らせなければならないと思いながら、話に興じたのだった。

前回の映画会の話のときも書いたかも知れないが、おれが、こうやって、フラッと顔を出してみようかなと思うのは、チエさんたちは、たしかにエコやら原発やら、なんてのかな、ま、そういうことに関心が高いわけだけど、でも「エコなひと」というヨロイのような衣装をまとった感じがないのが、おれとしては付き合いやすいのだな。

どうも、その、おれのような、不道徳、不倫理、不謹慎な人間は、「正しいひと」「エコなひと」たちは神々しくて気後れがして近寄りがたい。だけど、チエさんたちは、フツウであり、気楽になんでもしゃべれちゃうってわけだ。

そうそう、そこにあった、映画のチラシ「色即ぜねれーしょん」やら銀杏やらパンクやらの話もできちゃうし、風俗営業の話とおなじように靖国の話もできちゃうってのが、よいわけだ。もちろん、チエさんは映画の話になれば、ものすごい。ようするにおれにとっては、無理なく楽しく付き合える、エコだったり原発だったりのわけだ。いや、ま、チエさんが、こんなおれに話を合わせてくれているのかも知れないが、楽しかった。

帰り、買い物したあと、その見た目はフィリピーナがいるパブとはわからない、「ラウンジ」のまえを通って帰ってきた。明日、時間があったら、重松荘へ缶ビールのおかえしを持って行こう。

そのうち、チエさんと、この「ラウンジ」に行くことになる可能性が高い。なんだか、東大宮が、だんだんおもしろくなる。

しかし、若い女たち、果敢にやってます。果敢にやっているひとをみると、若い女が多い、というのが、チトさみしい。

重松荘シアターにぜひおいでください。重松荘シアターのオーナーによるブログ「しげしげ日記」
http://shige-st.blogspot.com/

下の画像は、重松荘のとなりの葡萄畑。こんな風景がなくなりながら、都心のような景色が広がる日常が、原子力や廃墟への道なのかも知れない。戦争は日常にひそむ。

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責任の不在化のなかで。飲まないこともあれば、やはり飲んで泥酔。

きのう。ロクデナシ作戦の資料を間に合わせ新宿、午前から打ち合わせ。議論白熱、昼めしもふっとぶ。アルシーヴ社へ。取材の仮払いを受ける。手術でやせたアンドウさん、いつも鶏がらのようなリッチャンと不景気悲喜こもごものオシャべり。時間がなくなり、途中で旭川行きの航空券と山形新幹線新庄行きの切符を購入。新宿でタケイさん、らんぶるへ。二人とも酒を一滴も飲まずにオシャベリ。そういうことは、たぶん、初めて。飲まなくたって、ちゃんとしゃべれる。あたりまえ。紆余曲折を知らない連中のギョーカイ動向、紆余曲折多すぎる大悪魔作戦、はたして? キムラさんに電話。クルマで来ていたタケイさんと新宿駅でバイバイ。キムラさんと連絡とりながら神保町へ行くかどうかの結果、18時すぎ浅草、ゴロゴロ会館前で落ち合い、観音裏の飲み屋へ。浅草寺はほうずき市。まずは、ビール。蒸し暑い梅雨に、冷たいビールがたまらんうまさ。あとからサキさん。鶴齢の冷や、これがまたうまく、何杯もおかわり。3人で飲むのはひさしぶり。あちゃこちゃ話がとっちらかりながら酩酊。浅草に着いたらイガラシさんを誘ってみようと思っていたのに忘れてしまった。22時半ごろか、ほうずき市が店片付けをしているなかを歩き、地下鉄駅まで送ってもらい、バイバイ。ほどよき酩酊。東大宮に着いて、一日中めしをくわなかった空きっ腹に気づく。

ま、無責任な連中に染まらず、果敢にやることだね。

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2009/07/09

梅雨空の下、決まることは決まり、はっきりしないことははっきりしない。

じめじめやっているうちに忘れていたことがあった。「書評のメルマガ」vol.412が、先月の12日に発行になっていたのだった。2009/06/07「眠れない夜に夢から締め切りに気づき、書評のメルマガの原稿を書く。」に書いたように、悪い夢を見ているような夜中というか朝方、締切りが過ぎているのに気づき、あわてて書いた。今回は本ではなくWEBサイトの「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」だ。あわてて書いたせいか、チョイと誤字脱字があったので、それを訂正して、ザ大衆食のサイトに掲載した。…クリック地獄

Seo004この間に、料理=瀬尾幸子+文=エンテツの新しい連載のコンテンツ、デザインも進行し、だいぶ決まってきた。予定どおり今月下旬にはスタートできるだろう。あれこれ、北海道、山形、長野の取材も、それぞれ日程がつまりつつある。各町村長さんを取材したいから調整が難しいのだが、なんとかなりそうな見通しがたってきた。ただ、このまま決まると、全部の取材が終わってから、原稿を仕上げるまでの時間が少なくなるな。盆休みはナシか。ま、なんとかなるだろう。

あわただしくやっているうちに、北欧へひと月ほど旅する女からメールが入っていて、みやげを何にするとかあったのだが、来月出発とカンチガイし、まだ返事をしてなかったら、きのう出発してしまったのだそうだ。やれやれ、メールもらって返事も出さなかったから、怒って出発したことだろう。でも、たぶん、やさしい女だから、何か酒をみつくろって買ってきてくれるにちがいない。と、書いておけば、これを見た旅先の彼女と連絡をとっているはずの知人が、知らせてくれるにちがいない。大阪の熊谷真菜さんから「電車の車内刷りに、エンテツさんのお名前が出ていました」と、ミーツ別冊の『酒場の本』の広告だろう。熊谷さんはdancyu7月号に、「とんぺい焼について、東西6軒紹介してます。粉をつかってない、まがいもののとんぺいが多いので、そのへんを力説しています」そうだ。読んでみよう。えーと、あと、なんだっけな、はっきりしないこともあれば、決まっていくこともあれば、壊れることもある。昨年から、もう一年以上か、看病のためにひと月おきに仕事を休んでは、四国の実家に帰っていた知人の父上が亡くなっていた。母上も、ほぼ寝たきりなので、「介護離職」を覚悟しているそうだ。大変なことだ。子宮にポリープがみつかって、ガンかと心配していたが、検査の結果シロで安心の女もいる。

ある女からのメールに「日本人の多くは男女を問わず、「若い」のがお好みのようです。若い女はあえて年上のおやじをフツウは選ばない。畳と女房は新しいほうがよい、ということなのでしょう。女子もしかり。」てなことが書かれてあった。そうか。もうおれは、あきらめたほうがよいということか。では、酒を抱いて、生きていこう。

あれこれ、あれこれ、梅雨空の下で、すぎていく。

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2009/07/08

もう一度、不況と自炊。

6月23日に「不況と自炊」というタイトルで書いたが、内容は、まったくそのことにふれてない。タイトルを思いついて書き出し、内容のことは考えてないから、ちがうふうに話が転がることは、めずらしくない。が、近頃は、そういうことは少なくなった。

とにかく、酒飲んだときに、あの「不況と自炊」は、なんだかおもしろそうだ、どんなことを書こうとしたのか、と聞かれたり、ちゃんと書けと言われたりするのだが、そんなにちゃんと考えていたわけじゃないから困ってしまう。

そもそも、おれとしては、タイトルを見ただけで「おもしろそう」と感じてもらえたら、それで十分なのだ。タイトルと内容が一致してなくてはいけない、なーんていう「論理的」な「常識」は、破壊の対象である。まずは「感じる」ことこそ大事だ。

とか、リクツをこねまわしたくなるが、ようするに、なんだか不況でカネがないから自炊するというのは、そりゃ、しないよりよいことだろうけど、チョイと、カネのあるなしで自炊するかどうか決めるなんて、サミシイ話だなあとおもって、そのタイトルになったのだった。

ま、とくに男のばあいだが、「男の料理」というのは、大勢としては、「生活の物語」が欠けてきたわけで、カネとヒマの多い少ないで「自炊」かどうか決まったとしても、不思議ではない。

男は、料理をするにしても、それが「生活だから」と、サラリやるわけじゃなく、なにかとリクツをつけたがる。カナシイ性というか。もっと、フツウにやれないのかとおもうのだが、なにかと事大主義におかされている。

おれが、たとえば、大宮のいづみやの話をすると、大宮には、もっと安くてうまい店があると、ある男がいう。そりゃ、そうだが、おれは、そういう話として、いづみやのことを話しているのではない。だけど、自分がイチバンいいものを知っているという話を、男はしたがる。ひとつ、ふたつ、あるいはやっつや九知ったぐらいで、十知ったぐらいの話を、男はしたがるものだ。そして、なんでも優劣をつけたがる。カナシイ性だ。でも、あそこのモツ煮を「ルサンチマンの味」と表現した、想像力豊かな男もいるのだが。

ある亡くなったフォークの歌手が、吉祥寺のある有名なやきとり屋を好んだのは、そこが吉祥寺や東京でイチバンうまくて安いからではない。かれには、「生活の物語」があって、そのなかでのことなのだ。そういうふうに、あそこを愛好している男たちは、ほかにもいるだろう。それを、そのことを理解しようともせず、あいつは味覚オンチだ、なーんていうのは、おめえのほうが、よほど味覚をわかっていないし、脳みそがオカシイ。たとえれば、そういうことなのだ。

ま、これ以上書くと、また話がどこへ転がっていくかわからないから、もう4時近い朝だし、やめておこう。

関連
2009/06/23不況と自炊。

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2009/07/06

府中・東京外大カルタイ、池袋・古書往来座わめぞ外市、新宿・鳥園古墳部飲み。朝早くから夜遅くまで。

Culty001きのうは、またまたよく動き、よく飲んだ。7時15分ごろウチを出て、酔っぱらって帰ってきたのが、24時半ごろ。

まずは中央線武蔵境から、西武多摩川線なんていう初めて乗る、駅が6ぐらいしかないローカル線の、多磨駅近くの東京外語大のキャンパスへ。9時10分ごろ到着。遠い。

カルチュラル・タイフーン2009。各発表の会場となる講義研究棟の入口横の、なんやらエスニックなよしず張り風テントのところで、シノさんが炭をおこしている。ぐうぜんなことに、彼は、この屋外飲食物販売ブースに出店の、新宿百人町にある「TAPiR(カレー)」の手伝いに来ていたのだ。あちゃこちゃ、つながっているものだ。

朝早く、腹を空かして着いたおれは、ワガママをいって、まだめしは炊けてないが、できたてのチキンカレー汁だけを食べさせてもらい、発表会場へ。9時半から、五十嵐泰正さんの司会で始まる。

Culty005筑波大の五十嵐さんが指導する学生さんたちの発表は、前にも紹介した、「サブカルチャー、地域意識、ジモトつながり 郊外の現在」と題して、柏での社会調査実習の結果だ。なんとまあ、コメンテーターとして、売れっ子の北田暁大さんが来ていて、おどろいた。五十嵐さんの「力」か。

三浦展さんの「ファスト風土」をめぐって、北田さんと発表者のあいだで、「やりとり」があったのだが、学生は「未熟ゆえ」素早く十分な対応ができないのは仕方ない。いまや「ファスト風土」という言葉自体がひとり歩きしているようだが、「ファスト風土」なんていうのは、なんてのかな、「風俗的」な側面で、そんな言葉でとらえなくてはならない「社会的な風土」なんてないとおもっているおれにとっては、この調査結果は、なかなかおもしろいものだった。

002柏市は、東京の「郊外」であるけど、独立した中核都市の色彩も強く、ま、埼玉の川口や浦和や大宮だって、東京を軸にみれば、「ファスト風土」な「なにもない」郊外であるけど、それは、ほんの上っ面のことにすぎないし、そこから見ていたら、「郊外」の実態はあきらかにならない、ということを、こういう調査はあきらかにしてくれる。「ファスト風土」という言葉自体が、東京目線なものであり、土地で暮らす人たちの内実に迫っていない。

とかね、あれこれ考えてみるのもよいのだな。

11時15分ごろ終わり。「TAPiR」で、豆乳でつくったカッティーズチーズのカレーを食べながら、テキーラ入りのジンジャエールを飲む。まもなく、五十嵐さんも来て、二人でビールなんぞを飲みながら、おしゃべり。3月の大阪での「場所の力」シンポジウム以来か。ほどよく風もあって、広々とした緑のキャンバスは、まったり気持ちよかった。

13時ごろ、五十嵐さんとわかれ、池袋へ。古書往来座のわめぞ外市。いろいろな人とあい、おしゃべり。名前だけはよく聞いていたPIPPOさんと、初めて。めったに、そんな話をする機会もない、詩と朗読なんぞについて、あれこれ。

Wame004_2魚雷さんや、魚雷さんが、ひきずりこんだらしい「わめぞ第二世代」といわれる若者たち、など初対面のほかに、刃研ぎさん、旅猫さん、ネギさん、もちろん往来さん、古書現世の向井セドローくん、立石書店のイチローくんなど、いつものコアメンバーのほかに、覚えきれないたくさんのひとたち。そして、ようするに、のんべえ女子、武藤さんと、往来座前のベンチで、ビールなんぞを飲みながら、話し込んでいた。たいした話をしていたわけじゃないが、外市の書棚のところには、七夕かざりに、風鈴。風にふかれてチリリン鳴り、クルマ騒音激しい明治通りだけど、なんだかまったりな雰囲気で、のんびりすごす。

そのあいだに、何度か瀬尾さんと連絡をとる。おれはカルタイに参加のため行けなかった、四月と十月古墳部長のスソアキコさんが、「ほぼ日刊イトイ新聞」に掲載の「ひとり古墳部」の取材もかねて、高崎市にある群馬県立歴史博物館の大埴輪展へ行ったグループと、合流して飲むのだ。

おれは携帯を持ってないから、近所の電話ボックスを利用する。いまじゃ、街頭から姿を消しつつある電話ボックスだが、ちょうど往来座の近くにはあるんだな。古書と電話ボックス、なかなか似合う風景だ。なんちゃって。

で、とどのつまり、20時3分に新宿に着くということなので、西口の鳥園で待ち合わせ。おれは先に行って場所とり。古墳部一行は7名だったとのことだが、翌日の仕事もあり疲れて帰ったひともあり、スソさんと畑井さんと瀬尾さんの3人。畑井さんは、身体のぐあいを悪くされていたので、たしか昨年の暮れに、チョイと顔を合わせることはあったが、ゆっくり飲むのは、2年ぶりぐらいか。すっかり元気そうで、顔色もよいし、酒ものめるし、よかったよかった。

最近は、古墳部などで博物館へ行くと、ボランティアのガイドさんがついて、たいがい定年退職のようなおやじ、あれこれ説明するのだけど、これが、突っ込みどこ満載の、ありえないイイカゲンな説明をすることが少なくない。この日の、大埴輪展のガイドも、そういうおやじだったらしく、それをネタにしばし、盛り上がる。ネタとしては楽しいけど、たいがいのひとはガイドの説明を、とうぜん信じちゃうから、困ったものだの「ガイド公害」。

のち、スソさんの「農村的環境体験」が、年齢差あるにもかかわらず、おれのそれと近いことがわかり、これまた大いに盛り上がる。などと、楽しく飲んでいるうちに、23時すぎの終電間近になり、解散。心地よい酔いで帰宅。

さて、スソさんは、この大埴輪展について、「ほぼ日刊イトイ新聞」の「ひとり古墳部」で、どんなことを書くのだろうか。こちら、スソさんのホームページから、「ひとり古墳部」を、ごらんください。スソさんの本業、帽子デザインのこともおもしろいし、イラストもよいね。…クリック地獄

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2009/07/04

オルタ美術のち15時半から23時ごろまで飲み泥酔記憶喪失帰宅。

Ccaa003_2きのう。四谷ひろば内CCAAアートプラザで開催の「オルタナ美術ショーケース展」のち経堂。まだ内装をやりながら開業の「さばの湯」で太田尻家と待ち合わせ。15時すぎから飲み始め、家長と智子さん順じあらわれ、しばらく飲んで休みの太田尻家に移動して宴会。4、5種類の清酒を飲んだとおもう。23時ごろ太田尻家を出たのは覚えているが、あまり記憶がない。ようするに泥酔記憶喪失帰宅。帰りついたのは25時ごろのようだ。25時半ごろ、ちゃんと、急ぎの仕事の打ち合わせメールの返信をして寝ていた。身体のアチコチが痛いのだが、かといってなんの跡もない、なぜなのだろうか?

「四谷ひろば」というのは、廃校になった四谷の小学校のあとを、ギャラリーやらなんやら市民が利用できるようにしたもので、校舎そのものが、おもしろいかんじのアートにおもえた。

この「校庭に芝生を」とある校庭と校舎の風景は、じつにコワイ、不気味な、そしておもしろいアートだ。どんなに、この場所が「再生利用」されているようにみえても、「校庭に芝生を」は、滅んだ場所であることを思い出させる。しかも、子どもたちに「夢をもて、希望をもて」といいながら、「校庭に芝生を」の願いすらかなえることができないまま滅んでいった、場所の姿だ。それは、また高学歴化し知識は豊富になりながら、少子化の道を歩み、滅びつつある日本の姿を「表現」しているようでもある。むなしい学びと知識、むなしい夢だの希望だのを、「校庭に芝生を」は告発しているようにみえた。

Ccaa002建物のなかに入ると、すぐ右側に、事務所があって、数人のおばさんたちが、何かしら仕事をしていた。みな「労働者」というより、知的な「市民活動家」といったかんじだ。しかも若くはない。子どもたちがいなくなったあと、残った高齢者が、死ぬまでのあいだを「有意義」にすごそうという姿だろうか。いたるところで見られる「知的な風景」「文化的な風景」のような気がした。

階段をおりると、オルタナ美術部ショーケース展の会場だった。受付に言水ヘリオさんが、いた。かれの作品の「失敗」の説明を聞いているうちに、愉快になる。太田尻智子さんの絵もある。オオカミのような犬の絵が、横長すぎたので、仕方なく左右を展示スペースにあわせておさめた結果、表面に凹凸ができてしまったかのような、おかしさがある。あとで本人に確かめたら、もちろん、そうではない。最初から凸凹をつけて展示するつもりで描いたものだ。

みな、のびのび「好きなように」やっている作品ばかりで、「校庭に芝生を」は、こういうカタチで実現しているのだろうかとおもった…。でもね、子どもはつくらないと、増えないし、子どもがいなくなったのちに、やっとこういう場所ができるというのも、滅びを象徴しているようでもある。

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展示会場の奥には廊下があって、右側に並んだ教室は、別のアート活動に利用されていた。そして、突き当たりに「図工室」があった。懐かしい風景でもあり、この世のものとはおもえない風景でもあり、なんだか、大いに、シュールなのだった。

死ぬことがわかっていても、めしを食べるように、滅びるにせよ、いい続けなくてはならない。「校庭に芝生を!」

Ootajirike012経堂のバー「太田尻家」夫妻と、須田泰成さんが経堂に開店したカフェ「さばの湯」で待ち合わせた。太田尻家は、金曜日が休みなので、「飲もう」ということなのだ。15時すぎに着いた。営業は始めたが、まだ完全に内装がすんでない店内で、壁に、銭湯のように富士山の絵を描いているひとがいた。続きは、あとで書く。

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2009/07/02

『city&life』最新号「かわいいまちづくり」は、大いに、おもしろい。

City_life001午後、渋谷のアルシーヴ社で打ち合わせ。とりあえず、北海道、山形、長野で取材をやることになる。カメラマンの都合で、7月下旬あたりの1週間は動けないから、そこにほかの仕事の消化をあてることができるんで、少しはスケジュールが組みやすいか。ま、それにしても原稿量は多いし、ハードでヘビイな夏になることは、かわりない。

『city&life』(都市研究誌、季刊)の最新号、先月発行の夏号をもらった。まだ全部を読んでないが、かなり、おもしろい。

いま「まち」をみていると、「かわいい」を理解できない大上段なおやじたちが、「まちづくり」の行政レベルをにぎっていて、だけど「現場」は、どんどん「かわいい」で動いている。そんな激しいギャップがあるような気がする。

City_life002そこを見事にえぐっている感じがする。ま、だからといって、「かわいい」ならよい、「かわいい礼讃」というわけではない。そういうことではない。そこがまた、この雑誌の、批評精神のおもしろさなのだが。

とにかく、「かわいい」をキーワードに昨今の「まちづくり」をみれば、「かわいい」を理解できない尊大なおやじたちがいたり、なんでも「かわいい」に還元し、何かを失っていたり、だけど「かわいい」「かわいい」といいながら何かが生まれ、「かわいい」が存在感を発揮している。「かわいい」をめぐって、さまざまな姿があるわけだ。「これ、かわいんじゃない」とおもうことで、ひらける何かがあるかもしれない。

巻頭のインタビューに三浦展さん「まちづくりのキーワードは「かわいい」」、巻末のインタビューに、真壁智治さん「「カワイイ」という感覚が、建築を、都市を元気にする」という配置もおもしろい。

ちょうど一年前、きょねんの『city&life』の夏号では、特集「美味しいまちづくり」で、一関と八戸をルポした。
2008/06/25「『city&life』美味しいまちづくり、岩手県一関、青森県八戸。」

City_life007こんどは秋号でのルポだ。

「かわいいまちづくり」特集の「魅力ある町とは、「キャラクター」がある(「キャラ立ち」した)町である」。「「かわいい」と「美しい」では、「クオリティ」の次元が異なる」。「田舎を「かわいい」と捉えることで。愛着と誇りが育まれるのである」。「現代のゾーニングには、「用途」「機能」に加えて「虚構性」が必要である」。…といったあたりの記事も関係しそうだ。

City_life006
City_life005

いま。かわいいは、パンク。パンクは、かわいい。と、いえる。

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2009/07/01

予定なし。

Seomesi004きのうで6月がおわったということらしい。ちょうど、続いていた、いくつかのことがおわり、きょうは、なんだかひさしぶりの感じで何の予定もない。なので、明日から始まる新しい企画の資料など見ようかとおもいながら、やらずにごろごろボーッとしているのも、よきかな。

やや手探りでてこずった、瀬尾幸子さんの料理に文をつける作業も、きのう無事におわった。これで、予定どおり進行するだろう。今月の下旬には、ご覧いただけるはず。

これは、ある出版社のWEBサイトで連載のち本になる予定で、料理写真もWEB用とBOOK用を撮影している。去る6月15日に、2か月4回分16点の料理の撮影があった。つまり1回に1テーマ4点の料理で構成する。

各テーマごとに、約50字の短いリードのようなものと、400字~600字のコラム、そしてそれぞれの料理に、食べてのコメントを80字ぐらいずつ。文章の総量としては多くはないが、凝縮した内容で書かなくてはならないから、たくさんの写真のプリントをにらみつけながら、たくさんのことを考え、搾り出すように書く。

こういうのは初めてだし、そもそも「料理本」としても、従来にない新しい企画なので、けっこう集中力が必要だった。そのせいか、おわって、それともきのう飲みすぎたせいか、たぶん「飲みすぎだろ」といわれるにちがいない、きょうはボケー状態だ。

さいわい原稿は、出版社の編集さんにもよろこんでもらえたようだし、強力な瀬尾チームの編集女子は、おもしろくてコーフンしたとのことなので、ひと安心。次回の撮影は8月末で日取りも決まっているが、こんどは少しは、らくにうまく書けるだろう。今回のぶんは、あとは校正だけ。

今回の連載と大いに関係あり。2009/04/20「「書評のメルマガ」発行。「実用書」をバカにしちゃいけないよ、めしを作る覚悟の『ちゃぶ台ごはん』。」

昨夜は、東大宮で、いまふうのモダンな居酒屋なのだが、チョイとつきあってみたい飲み屋を新規開拓した。西口の駅前通りの「ふくまる」という。若いひとたちがやっている店のようだが、意欲と意図と技術がシッカリしていて好感がもてた。ただ、いまの経済情勢では、このての大衆的ではあるけどミドルな居酒屋は、どこでも苦戦している。

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