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2009/09/30

わははめし撮影3回目に加齢日祝いとか。

0109月最後の週、月火水は、たてこみ。だけど、ここをぬけ10月になると、やや余裕になるかな。ま、とにかく、日にちは変ったが、きょうってことで書く。11時に瀬尾幸子さん宅集合で、わははめし3回目の撮影、9時ごろ家を出る。

顔ぶれは前回どおりで、「酒とつまみ」のアイドル、葉子さんも瀬尾さんのアシスタントで入った。1回目2回目とも、1日に料理16点の撮影だったが、今回からやりかたを変え、13点に。が、点数が減るとていねいになることもあり、けっきょく、全部終わったら19時半近く。でも、気分的には楽になった。だいたい10点ぐらいすぎて、「あといくつあるの」と気になりだしたら、疲れているのだな。

013まだある。急いで片付け、設営を変えて、今月が誕生日のおれの66歳加齢祝い。忙しい撮影のあいまに、いつのまにか瀬尾さんがケーキをつくっておいてくれた。おつまみやおかずだけじゃなく、ケーキもうまーい。長尾さんには花束をいただく。シャンパンで乾杯。どうもありがとうございました。

だが、ゆっくり飲んでいられない、すぐ片づけ、10月11月のスケジュール打ち合わせ。ああ、もう今年は3か月しかない、書籍化の企画やら進行方法やら、なんやら、段取やら、あれこれ、21時すぎまで。新宿まで佐々木さんと電車のなかであれこれ。デザイナーをどうするか難題。しかし、考えてみたら、来春刊行ってことだと、おれが新たに書く原稿だって大変だぞ。ま、なんとかなるだろうけど。

まだ明日中に仕上げなくてはならない原稿があるから、飲まずに帰宅23時ごろ。ふ~。ってわけで、とりあえず、アルコール抜き深夜便でありました。ただいま25時すぎ。

そうそう、この間に、10月1日ごろ更新予定の「わははめし」3回目掲載分の校正と再校もおえたから、そのうち更新されるでしょう。よろしく~。←左サイドバー「最近の記事」の「お知らせ」にリンクがあります。

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2009/09/27

「city&life」93号、発行。特集「マチとムラの幸福のレシピ」…ルポ「日本で最も美しい村」連合。

いま、新しいムーブメントが始まっている。なにかが大きく変ろうとしている。なにが、どう変ろうとしているのか。

006「都市のしくみとくらし」を探究する『city&life』93号が発行になった。特集「マチとムラの幸福のレシピ」。これからの「マチ」と「ムラ」の関係、そしてそれぞれの「生き方」を探って、いやあ、じつにうまい構成と編集。なんとタイムリーすばらしい内容、「農業ブーム」「八ッ場ダム」あるいは「まちづくり」など、どう考えればよいのか大いに刺激になる。ある意味では、ここに書かれていることは、これからの一つの基本でしょう。

おれのルポ「日本で最も美しい村」は、16ページ、40数枚の力作。ルポに隠し裏テーマのようなエッセイをからめたようなあんばいで意味深長な?「草むしりからの幸福」を持ち出している。

文中の、「日本で最も美しい村」連合会長、美瑛町長、浜田哲さんのオコトバから。……「楽しみだよ、面白いよ。水平にいろいろな地域が連携していける。そういう意味じゃ、いままでいろんな組織があっても、結局、縦割りでしたから」「いろんな部分が自律的に動くところをたくさんつくる、それがいろいろに結びつきながら、いろんな新しいものが生まれてくる」「じつは日本も、いま東京も、東京に一極集中の時代が、ある意味では変ろうとしている。ほんとに都市の姿を考え直さなくては、そして都市の姿を考え直そうということになったら、われわれの地域と連携する意味が出てくる」

「日本で最も美しい村」連合は、2005年10月、小さな7町村でスタート。今年、来月10月6日の第5回総会(山形県大蔵村)で、30をこえる見通しだ。

ぜひご覧いただきたい。頒価500円、送料210円、A4サイズ・本文40ページ。

編集・発行=第一住宅建設協会 編集協力=アルシーヴ社
http://group.dai-ichi-life.co.jp/d-housing/citylife.html

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スロコメ@下北沢「泥酔論」盛況御礼。

みなさん、ありがとう。ほんと、誰かいっていたけど、息苦しいほどの熱気だった。(換気が悪いだけか)

ゲスト、「酒とつまみ」の渡邉和彦さん楽しい話たくさんありがとう。けっこうしゃべるじゃないか。もっと、もっと、聞きたいね。村上航さん、あいかわらず、すばらしい。『せおつまみ』の中から、レシピを勧進帳風に朗読?一人芝居? 大うけ。

エンテツ、女子から初めての土産(レター付)と、初めての20才女子(清酒好き)来場に感動感涙泥酔。未来は、明るい。

詳細あとで。終電やっぱり乗り遅れ、大宮からタクシー泥酔帰宅。

なぜ飲むの? わかってたまるか ベラボーめ!

ただいま26時すぎ。ありがとう。

須田さんがスロコメのブログに、画像をアップしてくれました。ぜひ、ご覧あれ!
「エンテツの泥酔論・第8回!ス老(ロー)パワー、スゴすぎる!」…クリック地獄

9回目は10月25日にちようび。泥酔グローバリゼーション、「泥酔は地球を救う!」…渡邉和彦さんのオコトバ。ゲストにダビッドさん(仏人カメラマン)を迎え「フランス人の酔い方」。

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2009/09/26

そのまんまキャベツ。そして「なぜ飲むの? わかってたまるか ベラボーめ!」

001ま、もう24時をすぎ、ヨツパライ深夜便の時間なのでありますが、まだきょうということにすると、あすはスロコメでトークライブ「泥酔論」の8回目、かな? すでに告知してあるように、『酒とつまみ』の発行編集人、渡邉和彦さんがゲストだ。

準備しようがしまいが、泥酔のようなトークライブだから、関係ないのだが、いちおうバックナンバーなんぞをパラパラ見て、プレゼンスライドも簡単につくった。その間に、ちゃんと原稿仕上げたり、校正をしたり、つぎに書く原稿の資料を見たり、あれこれやりながらね。

で、チョイと前から気になっていたことがある。というのも、この東大宮の飲み屋で、おれが気にいっている店の一つ、いちばん通っている、といっても、まだ引っ越してから4回行ったぐらいだが、「ちゃぶ台」か「ちゃぶだい」という店だ。そこのメニューに、「そのまんまキャベツ」ってのがあるのだな。これが、なかなか、けっこうなものなんですね。ただ、キャベツを洗っただけなんだけど。タレあるいはドレッシングのたぐいを添えて。

これ、『酒とつまみ』の7号、「瀬尾幸子のつまみ塾」に、まったくおなじ名前のものがある。ま、「そのまんまキャベツ」ってのは、ちかごろときどき見るんだが、『酒とつまみ』の7号は2005年7月発売だ。

もしかして、ちゃぶ台の大将も「酒つま」を読んでいたらおもしろいし、あるいは、「そのまんまキャベツ」は居酒屋メニューとしては古くからあって、それを瀬尾さんがどこかでキャッチしたとしたら、それはそれでおもしろい。とにかく、「ちゃぶ台」の「そのまんまキャベツ」について、大将に聞いてみようと、あれこれ片づけて21時すぎに、その7号と最新12号を持って出かけた。

ところが、のれんから頭をつっこんで見たら、大にぎわい。おれ一人すわるイスもない。大将もてんてこまい。うーん、これじゃしょうがない。待つのは好きじゃないから、朝からたいして食べてなく腹ペコ、インドにしようと「ニューデリ」へ。

座るやいなや生ビール! あれこれ注文し一段落。「酒とつまみ」の最新12号をパラパラめくる。ビール、グビグビやりながら。まいどおかしな「酒飲み川柳」をみる。と、そこで、ビールを吹き出しそうになった。

なぜ飲むの? わかってたまるか ベラボーめ!

千葉県浦安市 泥酔ニーランドマニア氏の作。

なぜ飲むの? わかってたまるか ベラボーめ!

がははははは。拍手。今号の一席、「朝ラッシュ なのにガラ空き 俺のそば」も悪くないが、おかしさインパクトでは、おれは、これだ。愉快で、もう一杯生ビール、もう一杯で、けっきょく3杯飲んでしまった。

いじょ。

あすの泥酔論のことは、こちら。
2009/09/14
26日のスロコメ「泥酔論」と「酒とつまみ」12号発刊の動向。

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2009/09/25

「観光」は儲かるか?

036どうも、きのう書いたようなことは、なんども書いているような気がして、調べてみた、やはりそうだった。チョイと自分の備忘として、一つだけリンクしておく。

2008/10/28「シンドイしんどい「ゲーム感覚」のグルメとアンビテンデンツ。」

ここに出てくる、1987年バブル真っ最中の中央公論10月号、野田正彰さん「新・都鄙問答のすすめ」は、観光による「まちおこし」「むらおこし」といったことについて、かなり誌面を費やしている。

やはり以前、このブログのどこかに書いたはずだが、おれは当時その「まちおこし」「むらおこし」にいろいろ関わっていて、矛盾を感じていたときに、ストンと胸に落ちたのが、この「論文」だった。この優れた一文は、おなじ1987年に制定の、いわゆる「リゾート法」正しくは「総合保養地域整備法」が意識されている。法そのものを批判するというより、一歩も二歩も先、リゾート法とはちがう、地方の町や村と都市の関係と在りかたを示している。

いま、この夏に訪ねたところでもみられたが、リゾート法による破壊と廃墟化の残骸は、すごいものがある。いまもって、大きな問題を残している。郵政関係の「かんぽの宿」や厚生関係の「グリーンピア」など、もちろん。まさに欲の亡者の夢のあとといった感じだ。

しかし、惨憺たるリゾート法の失敗も、当時のただ「公費」をドブに捨てるようにおわった「まちおこし」「むらおこし」についても、そして「野田論文」についても、まるでなかったかのような有様だ。リゾート法の時代の背景にある、野田さんが指摘した、東京の精神状態「アンビテンデンツ」は、一方では食べ歩き飲み歩き「グルメ」となって表出し、いわゆる「一億総グルメ」を生んだわけだが、その流れは大都会を中心に、あいかわらず続いている。

最近の「八ッ場ダム」問題、基本的に東京都民の問題だと思っているので、詳しいことはまったく関心ないのだが、「地元では今、建設されるダムを目玉に、観光客を誘致して経済振興を図ろうとの動きもある」とのことには、驚かざるをえない。

そもそも、大新聞は、この問題を政治問題化することだけを考えているようで、ダムを観光の目玉にして食っていけるものなのか、真に地元の将来を考えた検討など加えずに、民主党をつるすためにだけ利用しているにしか見えない。こうして、また「八ッ場ダム」の「地元」は、政治と大新聞にふりまわされるのだろう。ま、それは、冷ややかにいえば、小渕恵三さんの娘にすがる以外、自律と自立の道を追求してこなかった結果であるのかもしれない。あわれであるともいえるが、同情する気もしない。政治とは冷酷なものなのだというのは、「大人」の常識として生きてきたのではないのか。

とにかく、いまどきダムを観光の目玉にして食っていけるのかとおもう。真剣に考えているのかとおもってしまう。もっと観光資源としては優れているものを持ち、長いこと観光を営んできたところでも難しくなっているというのに。

しかも、「八ッ場ダム」は、どちらかといえば東京に近く、後背にある観光地への通過点にすぎない。どんな根拠があるかも知らないで、こんなことをいうのもなんだが、いまや年間100万人から来る観光地だって、それで収支をとるのは難しい時代らしい。どこも観光を頼り強化しているから競合が激しく、海外から客を呼び込めない観光地は、やっていけないという声があるぐらいではないか。

観光でカネを得るための、道路などの維持管理やらもろもろの「装置」に、とんでもなくカネがかかる。しかも、観光客は、なかなかそれに見合うカネを落としてくれない。群馬や近隣の先輩観光地を見渡してみれば、すぐわかりそうなものだが。よく調べてのうえのことなのだろうか。

観光は、派手な話題になりやすいが、出るカネも大きい。見た目ほどは、儲かっていない。実態は、儲かったとしても、小遣い稼ぎていどだ。どこの地域もそうだが、基本的な農業などで成り立つことをぬきに、観光で成り立つなんて、とても考えにくい。

そんなことを思ったのだが、おれには、誰にも、関係ないことですね。はい。

でも、もしかすると、無責任いえば、このまま中止したほうが、観光資源的には利用価値が出るかもしれない。いまどき単なる「ダム」なんか、観光の魅力にならないもん。観光で食うつもりなら、そこまで覚悟の判断がいるような気がする。

仮に、他人の一票の重さを考えないで、自分の一票だけの「地元」を押し通し、その結果がこんなダムを目玉の観光で振興なんていうお粗末なら、選挙を前提とした国家の原則はなんだったのか。ダムを推進したいのなら、もっと魅力的な将来の絵を提示すべきだろう。ってか、ここまで推進して、そのていどの将来の絵だからこそ、「中止」に支持もあるということを考えるべきだろう。

おれは、このあいだ投票してない。国なんぞなくなっても生きていくぐらいの意志が、必要なのだ。かつての敗戦を考えれば。敗戦の教訓とは、そういうものではないのか。そこから出発して、ときどきの政府を判断する。政府や政治家がいう「大義」なんてものに惑わされてはならないのだ。

ああ、それでおもうのだが、やはり、スナックだね。自律と自立の精神は、スナックだよ。100年後でも、スナックは残るだろうし、残したい。 けっきょく残るのは、スナックなひとのつながりさ。そうそう、だから、明日は、スナックなスロコメの「泥酔論」へいらっしゃい。ってことなんですよ。

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2009/09/24

あと百年したら。そのまえに、せっせとやって、行きたいところがある。

042このあいだ、誰だったか、あとこのまま1000年も原子力発電所が続くかしら、原発のある自治体は、いつまでも原発収入に頼って食べていけるのかしらといった。

1000年前というと、1009年だから、平安中期、平清盛が登場するより百数十年も前のことだ。奈良の都は、もっと、ずっと以前。だけど、いまの奈良や京都には、そんな昔の観光資源で食べている人たちが、たくさんいる。いま1000年後の人たちにとって、資源となりうるものをどれだけ生みだしているのだろう、残しているのだろう。もしかすると、お荷物だけ残しているかもしれない。

1000年、長すぎる。100年でいいや。あと100年、たぶんフランスのワインは、あいかわらずフランスのワインの位置を占めているだろうが、日本の米と清酒は、どうなっているかわからんね。そんな話をした。

「「食」に生きる人々」といったタイトルが、Webのどこかのドメインのページにあった。見たら、あいかわらず、「職人」だの「プロ」だのという話だ。それも「人気」の職業についてだ。人気や流行は、いうまでもなく、はやり廃りがつきものだ。そんなものだけ追いかけても、生活に根ざした腰のすわった食文化は育たない。ま、しかし、それはエンターテイメントであり娯楽だから、いいじゃないかと。でも、そこが本質的な問題なのではない。

みずから楽しむことを知らないで、誰かの情報で楽しませてもらう。あれを知っている、これも知っている、ここに行った、あそこにも行った、あれも食べた、これも食べた、その意味すらも、何かの情報で意味づけされて過ぎていく。展望は開けない。100年後に、どうしてもこれだけは残したいスタンダード、生活文化というのが、見えてこない。とうぜん、何も残らない。印刷されたものや、なにがしかのメディアは残っても、なんになろう。メディアで、その消えた暮らしを見ながら、「懐かしさ」などを消費しておわる。関わりない暮らしは消える。消費され、流行らなくなれば、消える運命しかない。それが、すでに、ここ数十年の歴史なのだ。

そして、おれは、せっせと目先のことを片づけている。せっせとやるのは、はやく片して、小旅遊びに出たいからだ。ゆっくりやっていると、またいろいろ重なって、出かけそこねてしまう。もちろん、酒と温泉の小旅だが。

仕事のあいまをぬって、コースと時間と金の計算をする。これが、けっこうたのしいね。行きたい場所は、二か所決まっている。そこをつなげて移動するのだ。途中で5時間ぐらいローカル線各駅停車が入るな。とかとか、やっていると、おもしろくて、原稿がすすまない。すぐ書けるとおもっているし、急がなくていいですというメールがあったりすると、余計すすまない。夕方になった。そろそろ飲酒タイムか。きょうは昼ごろ、一杯やったら、午後ものすごく眠かった。

そうそう、さきほど、「city&life93号が先ほど、無事、完成いたしました」と連絡があった。どんなアンバイに仕上がったか。

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樋口一葉「にごりえ」青空文庫。

087もしや、青空文庫にあるのではと調べたら、ありましたぞ。「にごりえ」は、旧字旧仮名なので、いまどきの若いひとは読めるかどうか、でも何度も読んでいるうちに、わかるとおもうけど。

それで思い出したのだが、おれのばあい、昭和18年1943年の戦中生まれってことなんだが、たしか小学校高学年で初めて買った、コンパクトサイズの岩波か角川の国語辞典は、新仮名と旧仮名の両方が載っていたと記憶する。まだ、旧字旧仮名や文語体にふれる機会はたくさんあった。戦前教育を受けたひとには及ばないだろうが、旧字旧仮名の文章がけっこう苦にならずに読めるのだな。旧い人間でござんす。「愛の告白」にコメントもいただいて、気分上々のヨツパライ深夜便であります。ま、とにかく、青空文庫。

樋口一葉の公開中作品リスト
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person64.html#sakuhin_list_1
にごりえ
http://www.aozora.gr.jp/cards/000064/files/387_15293.html

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2009/09/22

愛の告白。

086前のエントリーの続きでございます。手の届かない恋はひどい便秘以上に苦しいものでございます。ここに告白したところで俺のおもいが届くわけはないのはわかっていても少しは自分が楽になるために書いてみましょう。

そもそもひとは気軽に俺の仕事について連休明けでいいですからといいます、それはまあ連休前にといわれたら大忙しになってしまう、連休明けでよいですといわれたらうれしい、いっときはうれしいわけでございますけど、あさってには連休が明けてしまうきのう今日になって気がついてみれば、連休明けでいいですというのは連休は休まずにやりなさいということではありませんか。もちろん連休など無縁のものなれば休む気はなく朝から酒かっくらっていますです。激しく燃える恋に堕ちた俺は仕事など手につきませぬ。

たいがいそういうものでしょう、恋心はトツゼン竜巻のように発生しました。かつて淡い恋心を抱いていた女でありますからかチョイとしたはずみで小さな火花が光った瞬間一気に逆上(のぼ)せあがってしまったのであります。

彼女の歳をいいましょう。24歳です。若い!30歳代なんてメじゃない。ああ、こうやって書くのも苦しい胸のうち。名前は奈津さん。ああ、ついに年齢と名前を告白してしまった。

とにかくこの連休の入口ごろだったとおもいます、一冊の小冊子が届きました。出版社アスペクトのPR誌『アスペクト』です。若い編集者チンくんこと前田和彦さんからで、きょねんの暮れに会ったときも今年になっていつだったか確か「わめぞ」外市でチラッと会ったときも、この冊子の編集を忙しく楽しんでいるようでした。

いわゆる出版不況を反映してか、表紙に「泣くな季刊化記念号」とあります。以前は月刊だったか隔月刊だったのでありますね。特集が「歌舞伎町と読書」でございます。リード文によりますとこういうことであります。「「歌舞伎町って、日本でいちばん本を読まない街かも」。その街で本が読まれない理由を見つけたら、その逆張りで本が売れるのではないか――。うん、そりゃあいいというわけで、今回のテーマは歌舞伎町」なんでございますね。まるで退廃大敗した自民党みたいに短絡したあたまで、これじゃジリ貧は当然とおもいながら、でもキャバクラのねーちゃんやホストクラブのホストたちが登場するんでナントナク見ました。

しっかしキャバクラのねーちゃんって、まったくねえ、「キャバクラでもてるお客さんてどんな人ですか?」という質問に「楽しくて、紳士的な人。相談に乗ってくれる人」「明るくて、触らない人」というのでございます。ば、ばっきゃろうといいたくなるではありませんか。客は何のためにカネを払うのか、てめえらを楽しませたり、相談にのってやるためか。まったく、キャバクラというのは、そうなのであります、カネを払ってキャバ嬢をチヤホヤするところなんですよ。ま、擬似恋愛ごっこ、プラトニックな擬似恋愛ごっこといいますか。下心あってのつもりで男はやっていますが、たいがいカネ巻き上げられオシマイ。その昔、池袋のキャバクラへ行きましたね。どうせカネ巻き上げられるならキャバクラよりスナックのほうがマシでございますよ。

ああ、そういうことではございません。やはり、歌舞伎町のキャバ嬢やホスト野郎は、あまり本は読みませんね。「私は書店には行かないですね」というひともいて、俺は拍手を送ったのでございます。

さてそれで、「歌舞伎町に立ち読みは存在するか?」のルポもおもしろかったのでありますが、「これからどんな本を読みたいですか?」という質問の答えが、こういうものでした。「心にぐっとくる本」「泣ける本ですよやっぱ」「生きていくうえでためになる本」「幸せになれそうな本」「そりゃあエロ本ですよ。それ以外にない」。そして編集部は、こう結ぶのです「みなさん、アスペクトが不得意な分野ばかり回答。どうりで売れないわけである。でもこれでわかりました」。ほんとうにわかったのか、といいたいですね。

いやいや、そんなこたあどうでもよいのです。俺は、そこで、なぜか淡い恋心を持っていた樋口一葉さんを思い出してしまったのでございます。樋口一葉があれば、いいじゃないか。そのヒラメキのすばらしさ、われながら驚き感心しました。

そうなんです、いま必要なのは、貧窮困苦のうちに24歳で死んでしまった、樋口一葉なんですよ。樋口一葉は、「心にぐっとくる」「泣ける」「生きていくうえでためになる」「幸せになれそう」「エロ」ですよ。「にごりえ」なんざ、まさにそうではございませんか。東京の場末のまち、下積みで働き生きるひとたち、そのなかで飲み屋の看板美人酌婦と落剥の妻あり子ありの土方下働き野郎の不倫の恋、まちや酒場や飲兵衛の様子も生き生きと描かれ、そして男は酌婦を殺し自分も死ぬ悲劇の結末。

俺は、おれは、おれは、樋口一葉さん、奈津ちゃん、夏ちゃんのことを思い出し、すっかり逆上(のぼ)せあがったのであります。ああ、愛しい一葉さま。樋口一葉が長生きしていたら、吉田健一っぁんの『私の食物誌』の影響が、こんなにはびこることはなかっただろうに。おれは、岩波文庫の『にごりえ・たけくらべ』そして山田風太郎の新潮文庫『明治波濤歌』の樋口一葉が切なく愛しく力強く描かれている「からゆき草紙」まで引っ張りだして読んだのだった。そしてますます一葉に恋心をつのらせるのだった。

これはもう、樋口一葉とその作品をからめ、ぜひとも玉川奈々福さんに浪花節にしてもらいたい。ぜったい、キャバクラ嬢やホスト野郎たちが浅草木馬亭に押しかけるにちがいない。山崎監督には、エロ薔薇映画でお願いしよう。「酒とつまみ」では、一葉焼酎カクテルを開発していただこう。

そうなのだ、樋口一葉なのだ、樋口一葉がいるではないか。樋口一葉をかえりみない、インテリのインテリによるインテリのための文学的ヒエラルキーが、食や出版や日本を荒廃へ導いているのだ。樋口一葉さんこそ、ゆきづまり日本の救いの女神、希望の星、日本で最も美しい輝かしい女。なんていい女なんだろう。

ああ、彼女の熱い吐息が、俺のほおにかかります。

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ラブに堕ち、身を焦がし、「酒とつまみ」12号発売。

178胸がはりさけケツの穴がゆるんでしまいそうな恋に堕ちてしまいました。やはり「堕ち」と書くべきでしょう。「落ち」でもなく「越智」でもないのです。こうやって告白を一文字づづのばしていますが、じつは、じつは、じつは、あああああ、おれ、どうやっても手が届かないひとに恋してしまったのです。ラブ、ラブ、ラブ、焦がれ、胸が張り裂け死んで脱糞するかもしれない。その前に便秘糞を放出するように、ここに恥をさらしてもよい書いてしまおう、そう思ったのでございます。

ああ、すると、書き始めようとしたまさにそのとき、『酒とつまみ』12号が届いたのでございます。そこで、恋の虜になっていた、おれは思い出しました。あれまあ、『酒とつまみ』の編集発行人、発酵する渡邉和彦さんをゲストに迎える、スロコメ@下北沢での「泥酔論」トークライブは、今週の土曜日のことではないか。

ああっ、おれは恋に溺れて、そんなことはすっかりメモリークラッシュ、もう彼女のこと以外は考えられない、トークライブがなんだっての。おれは、彼女を追いかけて追いかけて追いかけて、泳げないから沈んでしまう海の底でも、クマの出るキャンプ場でも、鹿が出たら鹿は食べて、ナンベンはナベちゃんに食わせて、おれはどこまでもどこまでもどこまでも彼女を追いかけて追いかけて追いかけていくのだ。

と、パラパラ『酒とつまみ』をめくったら、この雑誌、「季刊」を標榜しながら、一度としてそのペースになったことなく、今号は1年ぶり、1年ぶりのせいかどうか、やけに充実していておもしろさメタボリック腹はらナンベンも健在。ははあ、やつら、『酒とつまみ』はこうやって引きのばすことで、恋焦がれるおれを手玉にとる女子のように、もったいつけているのか。

許せん! と、言いたいところだが、惚れた弱みだ、といっても、むこうはこちらの惚れた弱みにつけこむようなことはしない、だからますます燃えちゃうのだ。そこで、おれは、おれの身を焦がす恋について語りたい。

が、飲みすぎた。このあとに書き足すか、あらたにエントリーをたてるとしよう。

ともあれ、26日のトークライブ、よろしく~。『酒とつまみ』12号も会場で買えます。

愛してる~、愛してるよ~、愛してるよ~。「にごりえ」て、酒で濁った絵のこと?

まもなく午前2時の、ヨツパライでした。でも、恋は、うそじゃないよ。

2009/09/14
26日のスロコメ「泥酔論」と「酒とつまみ」12号発刊の動向。

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2009/09/21

「敬老の日」はいらない。

092おれは、昨年の9月の誕生日で、いわゆる「前期高齢者」入りをしている。

「65歳以上の高齢者の人口は2898万人、総人口に占める割合は22.7%といずれも過去最高となった」そうだ。あと5年すれば、「団塊の世代」がそっくり65歳以上になる。そのとき、この比率は、どうなるか。

「敬老の日」など必要ない。もっと必死に働き食べ生きる若いひとたちが敬われるべきだね。「敬老の日」より、無為徒食の老人が、どうやったら若者の重い荷物にならずにすむかを考える日があったほうがよいかも知れない。がんばれ河野太郎。

ま、もっとも、高齢化率が40%だの50%だのという過疎の地域では、けっこう70歳代の老人が「現場」で活躍している例をみてきたが。そういう人たちは、敬われて当然だろう。おれはもはやその年齢に近いのだが、彼らのような歳のとりかたをしたいと思ったし、誰にもそう思わせる魅力があった。ついでに、そういう町村でも、首長は、50歳代前半ぐらいまでの、土地では「若い人」といわれる人たちだった。

70歳ぐらいの老人が「現場」で活躍している高齢化率が40%だの50%だのという過疎の地域に、高価なカメラを持った都会の高齢者がおしよせシャッターを切っている姿、自分はどっちの老人になりたいか考えた。けっきょく、「どう働き生きるか」という中に「美しさ」がある。

「気概」と「愛情」と「知識」ってことかな。そして働く力。
老人になると、「気概」は「我欲」に、「愛情」は「執着」に、「知識」は「妄想」にかわり、働く力は思い出を語るぐらいのことにしか機能しない。

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2009/09/20

「公共財」としての食文化を考える。

016食や食文化に関心があったり、それに関するエッセイってなものを書くとなると、たいがい吉田健一っぁんの『私の食物誌』を読む。そして、たいがい、そのまねをするか、影響を強く受けることになる。その痕跡は、うんざりするほどある。吉田健一っぁんをバッサリ切り捨てた江原恵さんにしても、その切り捨て方も十分急所を切ったとはいえないし、だからだろうか、彼の著作には吉田健一的痕跡を見ることができる。

なぜ、吉田健一っぁんの『私の食物誌』が、そんなに影響力を持ってきたのか、そりゃま一つの文学的権威のなせるところにせよ、おれにとっては謎の一つだった。

「大雪山系トムラウシ山の遭難」は、その原因は不明のことが多いけど、実際のところ、あのように状態が悪くなったなかで引き返す判断力は、そのときになって得られるものではない。ましてや、一人で、ツアーを離れて引き返したり、途中の避難小屋で天気が回復するまで停滞する判断をするのも難しいだろう。

ガイドがいるから、仲間がいるから、「ガイド」も「仲間」もツアーというなかでの一時的なものにすぎなくても、それに引きずられる。ずるずるずる、ヤバイなと思ったときは遅い。こういうことは、日頃からある。だけど、トムラウシのような環境ではなく、いちおう安全安心なまちで、安全安心といわれるものを食べて、吉田健一っぁんの『私の食物誌』のようにやっていれば、なんら問題はおきない。ヤバイ、なんてことはない。ま、そういうことなんである。

だけど、日本は「大雪山系トムラウシ山の遭難」的状態にあるね。ようするに、あそこで遭難したのは、おれたちであり、あのツアー会社もまたおれたちであり、特殊なものではなく、まちのそこらのスーパーや飲食店とおなじことをやっていたにすぎないだろう。

いや、ま、この考えはまだまとまっているわけではないのだが。だけど、とくに最も直接的に水需要が関係する東京都の住民は、いったいどう考えているのか知らんし「地元の声」というとマスコミから聞こえてくるのは当のダムの地元の声ばかりなのだが、八ツ場ダムの問題なんぞは、まさに「大雪山系トムラウシ山の遭難」的状態のように思われる。こういうことが、生活に関わることなのに、吉田健一っぁんの『私の食物誌』的知識のなかでは、つながりすらしない。このビンボーな国で。そりゃまあ、ビンボーを感じないですむ暮らし向きのひとはいるだろうが、自分がそうだからといって、この国のビンボー悪天候が片づくわけではない。

昨年、「美味しいまちづくり」の取材で、岩手県一関と青森県八戸へ行き、約1年すぎた今年の夏、「日本で最も美しい村」連合で、山形県大蔵村、北海道美瑛町、長野県大鹿村、そして今回は講演で静岡県御前崎。

「美味しいまちづくり」の八戸では「B1グランプリ」をおっぱじめた人たちを取材したわけだが、きのうときょう秋田県横手で開催の「B1グランプリ」は今年で4回目、「日本で最も美しい村」は10月に山形県大蔵村で第5回の総会を開く。どちらも同じぐらいの年月を経過し、着実に成果を重ねている。

この二つは、どちらも、地方から始まり、いまでも拠点は地方にある。しかも、中央の補助金のたぐいは受けずに(地元自治体からは支援がある)、自力で自律的自立的に成り立ってきた。「東京モデル」とはちがう方向あるいは方法といえる。

いずれにせよキーワードは「地域」だ。そのことがどのていど意識されているか違いはあるが、地域の公共財として、日常の食文化の価値が着目されたり高められたりしているようにおもえる。東京のように、どこまでいっても欲望と消費で、地域がつながらない「食」の状態とはちがう。それは主に地域というよりメディアに暮らす「クリエイティブ・クラス」や「高等遊民」のことかも知れないが、どうも公共としての地域は見えてこない。「大雪山系トムラウシ山の遭難」ツアーのように、何か、ときどきの「ガイド」と「仲間」と「カネ」でこと足りるなかに、食があるようにみえる。

中途半端だが、きょうは、ここまで。

B1グランプリ in 横手…クリック地獄
愛Bリーグ(B級ご当地グルメでまちおこし団体連絡協議会)…クリック地獄

NPO法人「日本で最も美しい村」連合…クリック地獄

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2009/09/19

御前崎、黒潮物語・漁師ぶっかけめし、ガワ。

005画像は、ガワとは関係ありませんぜ。この魚は、御前崎漁港の市場だが、カサゴのたぐいだろうか。ぼうずコンニャクさんなら、すぐわかるのだが。

ガワは、めしにかければ、うまそうなぶっかけめしになる。いや、ガワといえば、ガワをめしにかけたぶっかけめしなのだ。と、ややこしい。ガワは、こちらを、クリック地獄

ガワの話は、11日の夜、泊まった[民宿御前崎]のご主人に聞いた。すでに書いたように、ご主人は、漁師そして手火山式の鰹節となまり節の製造者だ。NPO手火山の副理事長でもある吉村さん。[民宿御前崎]の料理店[厨]で、吉村さんと理事長の川口さんと役員の鈴木さんと一緒に夕食をしたとき、ねこまんまの話になって、冷汁のことになったとき、吉村さんが、御前崎にもガワという冷汁があるといった。

上のクリック地獄先に説明がある。「「ガワ」は御前崎を代表する漁師料理。鰹などの魚をたたき、生姜、葱、シソ、梅干しなどの具と共に氷水に入れ、みそで溶いた「冷たいみそ汁」です。作り手により味付けも薬味も様々で、漁師たちは「うちのガワが一番」と胸を張ります。」というもの。これはうまそうだ。ほかの地域にも、使う魚がちがう似たような漁師ぶっかけめしがあるな。

061おれは[民宿御前崎]に着いたとき、ただちに、缶ビールを買い、散歩に出た。海岸沿いを歩きながら飲んだ。小一時間ほどしてもどり、風呂に入り、あがって部屋でウトウトしていると、ご主人が、イカの刺身を持ってきてくれた。自分は、これでもう一杯やったのであると。吉村さんも、川口さんも、鈴木さんも同年で、今年70歳だが、とりわけ吉村さんは漁師の風貌で、腕は太く赤銅色、いかにも酒が好きそうだ。

川口さんも漁船に長年乗っていたから逞しい海の男だが、技術屋さんらしいところがある。鈴木さんは、いわゆる地元名士の家で、銀行員を続け退職した。それぞれ、ちがいがある。そのちがいが、おなじことを話していても、いろいろに出る。それが、いいのだろうな。話の中身は、けっこう難しい問題が少なくなかったが、じつに楽しく、いろいろ考えさせられた。

062それはそうと、このイカの刺身は、ワタに醤油をたらし、それをイカにからめて食べる。これが、うまい、酒好きにはたまらん肴ですぜ。イカは、写真でわかるとおり、「通」のみなさんなら、「角がたっている」と賞賛してやまないだろう鮮度、コリコリで噛み締めるほど旨味が出る。

[厨]でも、イカの種類がちがい、たしか湯にとおしたものだったと思うが、小鉢にたっぷり盛ったものが出て、やはりワタに醤油をたらし、イカにぶっかけてかきまわして食べた。これはこれでうまかったし、めしにかけて食べたらうまそうだった。

いくらでも酒が飲めそうだったが、翌日は朝10時から講演をしなくてはならないこともあり、ちょうどよいところで切り上げた。

ガワといい、このイカの刺身といい、土地に根付いた土地ならではの気取らない食べ方だろう。「画一化」がすすんではいるが、まだまだ、その土地で食べるからこそうまい料理がある。

大型連休とやらは、御前崎へ行って、何もしないでボンヤリ丸い地球の水平線をみて、鰹カレーやガワなどを食べさせるところをさがし、手火山式の鰹節(削り節もある)やなまり節を買って帰り、とにかく一杯やるっていう手もありますな。

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2009/09/18

男なら「大衆食堂」でメシを食え!

Pb01ぐはははは、あははははははあああ、いひひひひひふふふふ…笑ってしまう。チョイと某誌に大衆食堂のことを書くんで、ついでに、おれは大衆食堂についてどんなことを書いてきたか、来し方をふりかえってみようと、これを見つけた。「週刊プレイボーイ」1995年11月14日号(10月31日発行)に書いた、「男なら「大衆食堂」でメシを食え!」。

おれが95年7月「大衆食堂の研究」で出版デビューした直後の、初めてのライター仕事といえるもの。もう、言いたい放題。いやあ、すばらしく、過激だなあ。こうでなきゃいけないよなあ。

リードからして、こうだ。「フヤケきった日本を象徴するかのように薄っぺらな「トレンディ・グルメ」の時代は終わった。本当の男たるもの、堂々と大衆食堂ののれんをくぐれ。大衆食堂こそ男の生きる根源だ。さあ、ファミレス、ファースト・フード、コンビニ弁当はきっぱりと捨てて、今年の秋こそ大衆食堂で力強くメシを食え!」

当時は、バブル崩壊後とはいえ、まだバブル再来を期待している空気が濃厚だったからね。ま、いまだって、都市の「再生」だの「活性化」だのをいっている脳ミソのなかには、バブルや高度成長の時代の再来を期待しているむきも多いようだが。ばかばかしい。もっと、力強くめしくって、自律と自立の道を突き進まなくては、自公を蹴飛ばしたぐらいじゃ、なにも変らないよ。話はちがうが、自民党が反省して出直すなら、やはり河野太郎を総裁にするぐらいじゃないとなあ。鳩山のあとは河野だろ。

……そこには、流されない、独自に生きる真の男のメシ、大人の交流がある。

……男やるなら独自の自分を追求しろ。苦労しても、これがオレの流儀だというものを持て。人生、自立とバイタリティだぜ――これが大衆食堂のメシだ。
 貴族趣味化したフヤケ男は、こういうガッツのあるメシを食ったハードな勢力に必ずとってかわられる。
 やっぱり男の基本は大衆食堂の「常連入り」からだ。……

いやあははは、「週刊プレイボーイ」の編集者にそそのかされたとはいえ、なかなか、よいね~。

かつて京浜東北線与野駅近くにあって、よく行っていた「泉や」(大宮のいづみやのお仲間店)のオヤジの口ぐせ、「人生~いそいではいけません~、のんびりやりましょう~」が書いてある。このオヤジ、当時70歳ぐらいだったが、なかなかプレイボーイのオヤジだった。

「そういえば、こんなファミリー・レストランを喜んでいた「教祖」がいたな」とあるのは、オウムのサリン事件のあとで、アサハラ教祖と家族や幹部が、よく利用したファミレスのことが話題になっていた。あの連中は、まさに「中流意識」のカタマリのようなものだし、オウムの現象はサリン事件も含め「中流意識」のゆきづまりと見ることもできるとおれは思うのだが、その象徴だね。

文書の最後は「さらば、見栄メシ、フヤケメシ。」だ。

おれは、もう、まだ、52歳だった。

全文をザ大衆食のサイトに掲載、ごらんあれ。…クリック地獄

あまり「男」「男」と言いたくないが、それにしても近頃の「男」はなあ、「時代」に飼いならされすぎだよと思うことが多いねえ。時代より女を追いかけろと言いたいね…と思うことはあるねえ。男たち!愛してるよ~。

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2009/09/17

御前崎、鰹物語・鰹カレー。

0382009/09/11「鰹節とくれば、ねこまんまとカレーライス。ってことで、鰹節のチカラ「御前崎カレー」。」のポスター画像を拡大クリック地獄して見てもらえばわかるが、「御前崎カレーの条件」というのがある。

「伝統の手火山式で作った鰹節のなまり節が必ず入っている」「できるだけ御前崎産の魚や野菜を使う」「調理レシピは各家庭で工夫して調理する」。

そもそも「鰹カレー」なるものを食べるのが初めてだったが、おれが試食した御前崎カレーにも、手火山式で作った鰹節のなまり節がごろごろ入っていた。

鰹カレーは日本だけではなく、なまり節をつかうカレーも、インドやスリランカにもあるという話は聞いていた。NPO手火山のサイトにもあるように、「その昔、鰹節は日本からカレーの本場であるインド・スリランカなどに輸出されていました」ということであるし、モルディブでも鰹節がつくられていたことから、そっちから日本に伝わったものであるという、「伝来伝説」もある。

とにかく、たくさんとれるものを、加工したり、料理したり、そして食って生きてきた。ってわけで、鰹がとれるところにカレー料理があれば、これを使うのは、ごく自然だ。ってことは、日本なら太平洋岸の黒潮流域に、鰹カレーがあって当然か。

なまり節というのは、旨味もコクも濃厚だから、カレーライスや汁かけめしに、いろいろに使える。ただ、日本のカレールーを使って料理するときには、すでにカレールーが製品として旨味とコクの調整がとれているので、なまり節の切り方を工夫するか、カレールーを何かで調整するなど(カレー粉を加えるとか、スープに近づけるとか、あるいはルーは使わないとか、あるいは野菜を多めに使うとか、タマネギのきざんだのをタップリ使うとか、酸味のあるトマトを使うとか…)、工夫が必要のようだ。生鰹もなまり節も、「エスニック系とよくあうって」言い方はおかしいかも知れないが、野菜の水分や、酸味や辛味で、鰹の濃い旨味やコクとバランスとると、「洗練」された感じになるようだ。

とりあえず、「かつおカレー」で検索し、てきとうに選んでリンクをはった。

モルジブ、スリランカ風?かつおカレー…クリック地獄

鹿児島県枕崎市かつお公社の「鰹カレー」…クリック地獄

ハル子のキッチン 鰹カレー…クリック地獄

かつおカレー あひろのひとりごと…クリック地獄

千葉県勝浦の「かつおカレー」デビューニュース…クリック地獄

宮崎のかつおカレー…クリック地獄

高知「かつおカツカレー」…クリック地獄

高知「カツオピザ…にカツオカレー??」…クリック地獄

036

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2009/09/15

御前崎の御前崎の民宿と鰹節とナマリと熱いシルバーたち。

043今回は、鰹と鰹節の産地ということだったが、山の方には茶畑がある地域だ。鰹節とお茶とくれば、これはもう日本の「和」を象徴する。だけど、どちらもいま衰微の一途なのだ。それは、もちろん、農水業の衰微なのだが、消費そのものも減退している。その様子は、あらためて考えると、とてもヘンな日本の現象のように思われた。「日本人だから鰹節でお茶であるべきだ」と主張するつもりはないが、なぜ、このように、生活に根付いて続いていたかのようにみえた飲食の習慣が簡単に変ってしまったか、考えさせられた。じつに、現代日本は、不気味なものがある。もともと「和」は幻想だとしても、やはり、「江戸」を「東京」に改名した、歴史と地理に対する無神経な伝統が支配的だということなのだろうか。

11日は、御前崎の[民宿 御前崎]に泊まった。前に書いたが、ここのご主人は、NPO手火山の副理事長で、かつ手火山式で鰹節とナマリの製造販売をしている。その会社が、これまた[有限会社 御前崎]という名前。とことん、「御前崎」だが、この名前で、法人名がとれるのだなあ。

民宿御前崎は、駿河湾の御前崎港から南下してきた道が太平洋の遠州灘にぶつかって大きくカーブするコーナーにあった。最初の画像は、逆から民宿御前崎を撮影。右が遠州灘、正面が駿河湾方面で、道は左へカーブして御前崎港にいたる。道路沿いの新しい立派な和風の建物は、民宿御前崎の息子さんがやっている料理店「厨」だ。

056この2番目の画像は、カーブのへんから民宿御前崎を撮った。右の建物、海からの強い風を形に残している木の後の右、二階手前角の部屋に泊まった。かなり使い古いした、バブル以前、日本右肩上がり時代の民宿の特徴を残していた。

撮影している位置の背後には、砂浜があって、ウミガメの産卵と孵化の場所だという看板があった。

060部屋の中から見れば、やはり正面左に駿河湾、晴れていると、その向こうに富士山が見えるそうだ、残念ながら天気が悪かった。正面右は遠州灘。こちらの海岸は岩で、それが、かなり先まで続く岩礁をつくっている。昔は航路の難所で、遭難も多かった。その遭難が縁で、当地には早くからサツマイモがもたらされたりした。

066が、今回の目玉は、サツマイモではなく、鰹だ。鰹節とナマリだ。このナマリが、まさに手火山式だからだろう、おれがこれまで食べたスーパーで買っているナマリとは別物のように、燻した香りがよく、しっとりとした仕上がりで、ほんとにうまいのだ。帰ってから、これを薄く切って、清酒をちびちびやっているのだが、これはもうヤバイ、いくらでも食べて呑めちゃうのだな。

それはともかく、11日の夜は18時から、料理店「厨」で小宴会談笑となった。そのことについて書きたいのだが、とりあえず、ここまで。御前崎と鰹と鰹節、そして「カレーライスとねこまんま」の未来は? しかし、NPO手火山の理事長の川口博康さんは、青春時代から漁船に乗り込み世界の海をまたにかけ、インドネシアで鰹節製造の技術指導をしたりと、大活躍の70歳には見えない70歳なのだった。実際のところ、おれより年上のひとで、おれより若く思えたのは、この方が初めてだ。

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2009/09/14

26日のスロコメ「泥酔論」と「酒とつまみ」12号発刊の動向。

001

え~、ひさしぶりに、やや酔いどれ深夜便で、あります。

「実は、「泥酔論」、経堂の30代を中心とした女子の間で、おもしろいらしいという話が広がっているのです」というメールがあった。

経堂の30代を中心とした女子! サイコーじゃないか、おれも好きだよ~、めちゃくちゃ好きだよ~。いや、経堂でなくてもよいし、30代でもなくてもよいし、女子ならいいんです、あっ、いや女子でなくてもよいのだけど。でも、やっぱ、「経堂の30代を中心とした女子」って、いいなあ。いやいや、あなたも、あなたも、みんなよいです。よろしくお願いしますよ。

しかし、やはり、あの「泥酔論」トークライブをおもしろいとおもう人は、それなりのセンスの持ち主だと思うね。なにしろ、フツウのトークライブとちがって、なんのお膳立てもない、いきあたりばったりだから。ま、たいがいのトークライブというのは、「受動的な消費的な聴衆」を前提にして、ここで笑わせるとか、ここで感心させるとか、そういう、与えられるオイシイ話の演出がある。それなりの芸であり、それなりにおもしろいと思うけど、なんかね、予定調和な感じがあって、おれはあまり好きになれない。いっしょにバカになって楽しめる方がよい。つまり、いっしょにバカになって楽しめる人が楽しめるトークライブをやりたいのだな。そういうのがあっても、いいじゃないか。ってことなのさ。

「酒とつまみ」の渡邉和彦さんからもメールがあって、大竹編集長は都合が悪くて来れなくなったが、サイカメさんは、参加できると。それに、「「酒とつまみ」12号は、なんとか18日納品が確定しましたので、26日にはできたてホヤホヤをスロコメに持っていけそうです」と。

前の11号を取り出して見たら、発行は昨年の9月10日。1年ぶりだ。11号の表紙には、「できれば季刊」とあるのに。ま、本気にしている人はいなかったと思うが、1年ぶりとはなあ。けっこうではないか。

とにかく今回は、これまでスロコメの泥酔論に顔は見せても、ゲストになったことはなかったし、そもそもどこでもあまり話したことがない渡邉さんの話を聞きたいという要望があってのことなので、みなさんで渡邉さんとサイカメさんに質問しまくり、いじりまわし可愛がりながら泥酔しようではありませんか。

「酒とつまみ」ご存知ない方は、これを機会に、手にとってみて、渡邉さんをなめてみてください。

ってことで、どーかみなさん、26日の土曜日は、お誘い合わせのうえ、いらしてください。参加者が多ければ、渡邉さんもヤル気を出して、ほんとうに季刊になるかも。なんてことは、ありえませんね。とにかく、でも、渡邉さんの話を聞けるチャンスは、めったにないと思うから、この機会を逃さないよう。

タモリ倶楽部に出ても、地味なスタンスを取り続けてきた渡邉さんの素顔は?単なる酒飲み?競馬好き?酒つまの頭脳ともウワサがある、その真相は。そして、取り巻きの女は?

それから、村上航さんの朗読も、決定のようです。楽しみであります。さて、こんどは、なんの朗読か。このあいだ、おれの「酔いたい、酔うために飲む飲兵衛の存在」という文章を渡してはあるのだけど。これまでのように、瀬尾幸子さんのレシピの朗読もおもしろいし、「遠藤哲夫の[信濃路]偏愛話」も何度きいてもよいからなあ……。

18時半スタートの予定だけど、たいがい遅れて19時ごろになりますね。

とりあえず、そういうことで。

スローコメディファクトリーのサイト
http://slowcomedyfactory.oyucafe.net/

酒とつまみのサイト
http://www.saketsuma.com/

前回の様子。
2009/08/23
盛況御礼。昨夜のスロコメ「泥酔論」は、村上航さんで勝負だった。

2009/07/29
村上航さんによる、瀬尾幸子「せおつまみ」と「遠藤哲夫の[信濃路]偏愛話」朗読、YouTubeに。

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2009/09/13

観音崎[NPO手火山]の招きで「カレーライスとねこまんま」を語る。

020おととい、静岡県観音崎へ行き、きのう[NPO手火山]主催講演会で「カレーライスとねこまんま」について語った。鰹節をめぐって、いい出会いがたくさんあった。

御前崎市は、このあいだの「平成大合併」で御前崎町と浜岡町が合併して生まれた。御前崎より原発もあって「裕福」で大きかった浜岡町だが、やはり原発のイメージは世間的に誇れるものではないらしい。市庁は浜岡におき、市名は観光としてもイメージのよい御前崎になった。原発のイメージの悪さもあるだろうが、「自然を大切に」といっている時代に、電力会社のカネにココロと日本の自然を売ったというイメージもつきまとうのだろうか。とにかく、電力会社のカネ攻勢は露骨で、すごいものがあるからなあ。

しかし、まあ、日本は「自然を大切に」なんていうココロじゃなく、「貧すれば鈍(貪)する」のココロでやってきたのだから、カネでどうこうするのは最も日本的な姿といえる。京浜工業地帯、京葉工業地帯、阪神工業地帯、札びらで海岸線をつぶしてきたところに、こんにちの首都圏住民の中流意識な「繁栄」がある。日本人の「自立と自律」のココロの道は、険しい。なにしろアメリカと「対等の関係」を主張しただけで、「国賊」になりかねない。かたく奴隷根性を持って生きるのが、日本的というものだ。が、「自立と自律」のココロを持って生きなくてはならない地域もある。

そして、この御前崎市のなかの御前崎には、鉄道の駅がない。ちかごろ、駅の周辺に何もない駅が、「癒し」な旅で話題になったりするが、その駅すらない。鉄道の駅のない市は、全国にどれぐらいあるか知らないが、鉄道の駅がないだけではなく、旧御前崎町地区へ行くには、鉄道駅からの直通バスもない。いや、あったのに、廃止にされた。だからだろうか、きれいな海が広がっている。ここからは、地球が丸く見える、潮の流れがはっきり見えるということなのである。これからの「癒し」の旅は、鉄道もバスもないところだな。

007ともあれ、そこで、11日の14時近く、静岡駅まで迎えに来てくださったのは、NPO手火山の鈴木紀捷さん。鈴木さんの、もう一つの肩書きは、「御前崎市ウミガメ保護監視員」。そう、御前崎にはウミガメの産卵と孵化が見られる浜があって、その保護監視をやられている。そして、近海鰹漁の歴史があって、手火山式という伝統的手法で鰹節製造する技術が残っている御前崎の鰹節を伝えようと、あれこれ活動、おれを静岡駅まで迎えにきてくださった。

高速道をつかっても、1時間少しかかった。途中で、もうすっかり忘れていたが、先日、震度6弱で最も被害のあったあたりを通過した。屋根にブルーのビニールシートをかぶせた家が、たくさんあった。なぜか、屋根の棟周辺に被害が集中しているのだとか。御前崎漁港に寄ったら、午後なので大半は終わり、金目鯛の氷詰めが行われているところだった。

ここにあがった鰹を使い、手火山式で鰹節をつくっているひとが、NPO手火山の副理事長、吉村孫俊さんで、この方がやっている民宿[御前崎]が、今夜の宿だった。後日写真を載せるが、目の前は、太平洋の遠州灘と駿河湾という立地。鈴木さんに案内されて着くやいなや、おれはただちに缶ビールを買い、外へ出た。缶ビールを飲みながら、海岸を散歩。かつて美しいことで名をはせた、御前崎の灯台を眺める。

069夕方18時から、民宿[御前崎]の敷地内で、吉村さんの息子さんがやっている料理屋[厨]で、吉村さん、鈴木さん、それからメールで講演の依頼を受けてから何度かメールのやりとりをした理事長の川口博康さんと小宴会談笑となった。この御三人は、同じ学校の同学年、つまり同じ年齢なのだ。おれの故郷でもそうだが、こういうつながりは「まちおこし」に大事だね。話は、とても、おもしろかった。書くと長くなるから、後日にしよう。もちろん、肴も磯自慢も、うまかった。21過ぎにお開き。

翌朝12日の朝、朝食をすまし、9時半に、また鈴木さんがクルマで迎えに来てくださった。会場は漁港そばの御前崎観光物産館[なぶら館]。隣接して、観光市場の[なぶら市場]があって、ここは、けっこう賑わっているらしい。見物する時間はなかったが、午後の帰りがけに見たら、広い駐車場が一杯だった。よい海の景色を見て、漁港の市場で買い物、けっこうなことです。

10時開始予定だったが、少し遅れて始まった。鈴木さんの司会で、まずは川口さんの挨拶。そのあと、おれ。おれは、1時間ちょいぐらいのプレゼンスライドを用意していった。最初に脱線が多すぎて、後半で急ぎ足になってしまったが、ま、なんとか無事に終えたようだ。そのあと、静岡県のまちづくり関係の行政にいて、いまは財団法人静岡研究機構におられる谷和美さん(男子)が、「御前崎への想い」を語った。

075昼食タイムは、御前崎カレーと御前崎ねこまんまの試食だ。御前崎カレーは、ナマリをつかっている。ナマリ自体はよいが、いくつか改善点はありそうだった。ねこまんまは、吉村さんのところでつくった削りを、たっぷりかけて食べた。こんなによい鰹節を、こんなにタップリかけて食べたのは初めてだ。これはもう、鰹節タップリで、ビールのつまみになる。と、なんでもアルコホルにつなげてしまうのだった。
078午後13時からは、質問を受けながら、「ブルーツーリズム」について語り合うという感じのものだった。知らなかったが、「ブルーツーリズム」は、農水省が「グリーンツーリズム」と一緒ぐらいに始めたものらしい。この話し合いは、なかなかおもしろく、かつ、考えるところが多かった。

そして、この会場に、浜松市で鰹節削り器をつくっている方が、その現物を持ってきていたのだ。これは、もう見た瞬間から、そのしっかりしたつくりが伝わる、すばらしいものだった。大正8年創業の「タケモト」さん。もとはといえば刃物で有名らしい。ほんと、いいカンナで削ると、むこうが透けて見えるぐらい薄く削れるというけど、その通りのものだった。これと御前崎の鰹節があれば、うまいねこまんまはもちろん、料理が上手になった気分になれるだろうなあという感じだった。あの削り器、買ってくるべきだった。削り器、安くはないけど、一生ものだからね。それに、飾っておくだけでも惚れ惚れするいい出来の道具だ。

そんなこんなで、終わったのが15時ごろだったかな。すぐさま、鈴木さんが運転するクルマに乗せてもらい、こんどは掛川へ。この掛川で、すばらしい大衆食堂を見つけた。入って呑んでいるうちに、帰るのが嫌になりそうだったが、今回は、やり残してきたことがあるからそうもいかず、帰ってきた。

NPO手火山のサイト…クリック地獄

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2009/09/11

鰹節とくれば、ねこまんまとカレーライス。ってことで、鰹節のチカラ「御前崎カレー」。

こういうものであるらしい。
こちらで、拡大版見られます。…クリック地獄
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2009/09/10

『東京から行くアートな町歩き』にスソアキコ古墳部長登場。きのうは、アートだったかどうか、よい日だった。

015

016これは、京阪神エルマガ社のミーツ別冊かと思いきや、そうではないらしい。ようするにムックだね。そんなこたあどうでもよいか、ついに、古墳が、古墳ふんフンが、「四月と十月」古墳部長のスソアキコさんが登場した。つまり初めて、古墳にカネをつかうだけじゃなく、古墳でカネをもらう仕事をしたのだ。祝、愛、金、古墳。これを、機会に、もっともっと、古墳や縄文弥生遺跡などに親しんで欲しいと、スソさんも思っているし、おれも思っているのである。

「古墳めぐりはやめられない」「古墳は古代のビッグアートだ!」。ビッグって、デカイだけじゃないぞ、副葬品には、えっ、こんなに精巧で綺麗なものがとおどろく、指輪や耳飾や首飾など。それから、古代人は、どんなものをどんなアンバイに食べていたのかとか。そして、知れば知るほど湧き出す「謎」「謎」「謎」…その謎を追って、さらに楽しくなる。

古墳も遺跡も、すぐ近所にあったりする。「ちょっと調べてみれば、近所や日帰りで行ける範囲に古墳がある確立は高いと思います」とスソさんは、「古墳を楽しむ3つのポイント」を紹介している。

と、チョイと今日は、またまた忙しく、とりあえずこんなところで。しかし、前のエントリーは、東京の江戸期からの墓をあばく小沢信男さんの本だったが、こちらは、もっと昔の古代の墓をあばくのだ。墓は謎、墓は歴史を伝えるメディア、墓はおもしろい。

スソアキコさんのサイト
http://www.suso.biz/
ご参考、あまりあてにならないウィキの「東京都の古墳」…クリック地獄

しばらく「引きこもり状態」だったが、きのう久しぶりに東京さ行った。墓も謎だが、女も謎。ごろにゃんやろうとタケメさんに会った。といっても、焼肉ごろごろ食べてタケメさんはノンアルコールビールなーんてものを呑んで、にゃんともならん、おれは正しい生ビールを呑み、それから韓国焼酎、おれだけ酔ってバイバイ。東大宮駅に着いて、西口に新規開店のインド料理店「ニューデリ」を開拓、さらに飲み食い。インド料理だが、ネパール地方の味。ふつうにうまい。また行こう。なんだか、ずいぶん酔って帰り着いた。

アートだったかどうか知らないし、墓の謎も、女の謎も解けなかったようだが、よい日だった。引きこもりは、よくないね。だけど、今日は、明日に間に合わせるため必死の引きこもり。今日中にやるつもりだったいくつかは、来週まわしになってしまいそう。

そうそう、「四月と十月」の来月発行予定の10月号は、編集作業の体制が変ったりしたこともあって、なんとか年内発行したい、というかんじになっていますんで、よろしくお待ちください。おれの連載「理解フノー」も、これから原稿を書くのであります。

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2009/09/09

小沢信男さんの新著『東京骨灰紀行』筑摩書房から。

001

小沢信男さんの新著を、いただいた。すごいタイトル。これはもう、ゼッタイ、小沢さんじゃなければ書けない、小沢さんだからこそおもしろい題材の一冊だ。いわゆる「東京散歩本」ってことになるのだろうが、小沢さんの書くものは、そういう範疇だの類型だのを、力強くぶちやぶってしまうのだ。

小沢信男さんのことを始めて知ったのは、おれが1999年に『ぶっかけめしの悦楽』を出したあとだった。その本を、担当の編集者だった堀内恭さんが、小沢さんに贈った。おれは、あまり本を読まないから、まったく知らない人だった。

それがキッカケで、小沢さんに手紙をいただいた。小沢さんの質問は、「ほーめし、ってなんですか」ってことだった。そう、ちくま文庫の『汁かけめし快食學』の書き出しになった、「ホーメシ、ってなんですか」の話は、小沢さんにいただいた手紙からなのだ。それについて、おれは「推測」を書いて返信したのだが、いたく腑に落ちたらしい返事をいただいた。その返事と一緒だったように記憶するが、『いま・むかし 東京逍遥』(晶文社)をいただいた。その本に、おれはおどろいた。いろいろおどろいたのだが、うーむ、こういうふうに書きたいんだよなあ、ってことがあった。だけど、どうすれば、そんなふうに書けるかは、わからない。

小沢さんとは、年賀状をいれ、たまにの文通があるていどだったが、ナンダロウアヤシゲさんがきっかけで初めて会った。そのとき小沢さんは病み上がりで、ゆっくり話はできなかったが、文章と同じ人なんだなと思った。それから、何度か会う機会があって、酒も何度か飲んだ。筑摩の編集担当さんが同じ女子で、彼女は浪曲師でもあり、その浪曲の会場でも一緒になったりしたからだ。小沢さんの話は、文章のように、おもしろい。まったく文章のような人なのだ。人物が文章なのか、文章が人物なのか。文章と同じような人は、めったに会わない。

小沢さんの語りは、落語というより、講談や浪曲の啖呵に近いと思う。いわゆる「伝法」って感じもある。それが、なんとも小気味よいし、それは口調の小気味よさというより、小沢さんという人物、その生き方というか、そこからくる小気味よさなのだな。だから、文章と人が、同じなのだ。じつに、この浮世を、小気味よく生き抜くのは、難しい。だから、小沢さんの小気味よさは、その難しいところを、実際後半生を賭けてきたような「新日文」を自ら解散するなんてとても難しいことだけど、そういうことをやりぬけてきた小気味よさであり、お坊ちゃまたちの口先だけの薄っぺらなものとは違うわけだ。しかし、歌舞伎町に新日文があった時代から、東中野ムーンロードの奥に移り、そして解散まで、ざっと酒飲みながらつまむていどにしかきいてないが、いやはや、こういっちゃ失礼かもしれないが、そのおもしろいこと痛快なこと。

小沢さんの書いているものを読んでいると、自分が一緒に対象に向かっている感じになる。つまり、小沢さんは、こちら読者のほうを向いて話している印象がない。講談師は、ふつうは、客の方を向いて語るものだろう。だけど、小沢さんは、対象のほうを向いて、そしてわれわれに説明するでもなく、ひたすら対象を追い、せまる。それはもう、すごい知識と体験があるわけだけど、そういうものを、こちら読者に向かって語るわけじゃなく、豊富な知識と体験を縦横無尽に活用し対象にぐんぐん迫るのだ。読んでいる者は、一緒に迫っている感じが続く。

よくありますね、謙虚なふりして、こちら読者にむかって、知識や体験をひけらかす。あるいは「私語り」になってしまうとか。これは、おれの場合もそうなのだが、ひけらかすつもりはなくても、ふつうに書いていると、そうなってしまうキケンが、いつもひそんでいる。それは、なぜなのか、おれは、小沢さんの文章を読むときは、そこが気になっていたし、どうすれば、小沢さんのように書けるか、考えることが多かった。

自分の文章では、「雲のうえ」5号の大衆食堂特集の文章が、ほんのちょっぴり、そんなことろで小沢さんの文章に近づけたかなと思っている。

で、今回、この『東京骨灰紀行』を読みながら、少し見えてきた。それは、もちろん、テクニックだけのことじゃないのだ。「謙虚」であろうとしたり、「謙虚」なんていう言葉をつかっているうちは、ダメなのである。ようするに、対象を、少しでも「わかった」「知っている」気になった瞬間から、キケンな道にはまる。

これじゃ、新著の内容紹介にならないな。だけど、今回は、「ひたすら対象を追い、せまる」が、さらにトコトン徹底している。東京の地表にある、墓場の片隅の手がかりから地面をひっぺがえし、その下の土から骨や、土にまみれた骨灰を掘り返す。ザックザック死体の山。あとがきで、「あーぁ、歩いた歩いた」。

話は、両国の回向院から始まる。「ぶらり両国」「新聞旧聞日本橋」「千住、幻のちまた」「つくづく築地」「ぼちぼち谷中」「たまには多磨へ」「しみじみ新宿」そして両国にもどり「両国ご供養」。江戸開府からまもなくの明暦の大火以来、東京は、死体ゴロゴロのうえにある。そこは、小沢さんが生まれ生き「おせわになった」土地なのだ。はあ、息がつまったまま、ためいきも、でません。

しかし、小沢さんは、1927年生まれ。82歳。いつだったか、おれが60歳すぎたとき、「これからのほうが書ける」というようなことをいわれたのだが、そうかなあと思いながら、そうありたいと、この本を読んで思うのだった。

当ブログの『いま・むかし 東京逍遥』関連
2008/06/10
めしと刃物。
2006/09/23
小沢信男「池袋今昔物語」と白っぽい再開発

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2009/09/08

大人の息抜き。子どもの息抜き。

005前のエントリーに関係するのだが、「大人の息抜き」といったら、こういうところだと思うんだよ。もちろん、むかって右じゃなく、左ね。

右は、ちょうど休みだったのでシャッターがおりているが、開いていると、たしかに文房具店で、ガチャポンがずらり並んでいて、つまり「子どもの息抜き」の場所なのだ。

ガキのときは、右の店で息抜きし、生き抜いて、大人になったら左の店で息抜きし、生き抜く。それが、理想的かつ健全な人生なのであると、この景色を読み解いてみよう。じつに、すばらしいアートな景色だ。おれは、こういう景色をみると、胸が打ち震える。

しかし、ちかごろは、右の店で息抜きしていた子どもが、成長するにしたがい、左へ行き着かず、道に迷ったあげく、道をふみはずし、これを「いかがわしい」「不潔」「不健全」「下品」だのとみなし軽蔑し近寄らず、「大人の居酒屋」とかで「上品」だの「粋」だのとおだをあげ、気どる傾向がある。なんとも嘆かわしい。そんな、まちがった「大人」がメディアでえらそうにしているのだから、世の中おかしくなるのも当然か。人生のベテラン、スナックのママやネーチャンに世間知を学ぶべきだろう。いやさ、「学ぶ」だなんて、こういうところで息抜きしてりゃ身につくのが世間知というものだ。教養や道徳や倫理なんかより、はるかに尊い。

左の店に、チエさんと行く約束になっているのだが、来月にはなんとか決行したいものだ。

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おれも「大人」の仲間入りをするか。

仕事は、いろいろな片付けかたがある。蹴散らすように片づける。けっこう好きだな。ぼーと片づける。けっこうあるな。淡々と片づける。これは、「淡々」の解釈が難しいぞ。着々と片づける。えーと、ま、いろいろあるね。

いま見ている資料に「お膳立て社会」という表現があって、調べたら「お膳立て症候群」なんていう言葉があるのだな。それはともかく、この文章は「お膳立て社会に生きる」というタイトルなのだ。その書き出しは、「私の38年間の会社人生のフィナーレは、例の「中国産の餃子中毒事件」であった」で始まるのだ。そう、例の日本側の会社、覚えていますか?あの渦中にあったひとが書いている。なかなかオモシロイものがあるが、いま紹介している余裕がない。

別の文章。これは、ちょっと前後を載せることができないのだが、その中に「農家の方々が自家用に栽培している有機栽培・低農薬の農産物を提供する場として」という一文がある。責任的地位のある人の発言だが、つまり施策として、そういう場所をつくろうといっている。出荷用には化学肥料と農薬を使い、自家用には有機栽培・低農薬というふうにやってきた農家が少なからず存在していることは、すでに知られている。この問題というか、現象の背景は、かなり複雑だ。

いやいや、いま書きたいのは、そのことじゃない。今月末の締め切りで原稿依頼があって、その文章を見ていたら、原稿を掲載するコーナーの名が「大人の●●」ってものなのだ。そいで、依頼文には、「このコーナーのコンセプトは「大人の息抜き」ですので、余り重たい話にならないようにお願いいたします」とあるではないか。

おおっ、おれも、ついに、「大人」の仲間入りをすることになるのだろうか。しかし、「息抜き」に、おれなんぞは、アインシュタインの相対性原理で女心をキャッチする方法とか、デカルトはいかにして高貴な女をたらしこんだかという難しい本を読んでいるのに。ってな話を書けば、「大人の息抜き」になるのかな?

まもなく26時半。忙しくて、あまり飲んでない。さきほど、「city&life」の文字校正を終えて送った。

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2009/09/06

うなぎが食べたいよ~。スロコメ「泥酔論」よろしく~。

047資料を作成するんで、使用する画像を探していたら、うな重の写真があった。これは、8月4日に下諏訪へ行ったとき、すみれ洋裁店のみどりさんに、この「うな富」の場所を聞いて、行ったのだった。

031諏訪大社下社秋宮あたりをふらふらし、旧中山道をふらふら行くと、温泉銭湯の「遊泉ハウス児湯」ってのがあった。下諏訪には、220円だかで入れる温泉銭湯が10か所ぐらいあるらしい。なかでも、菅野温泉の雰囲気が、古い建物も天井が高いタイル貼りの浴場も気に入っているのだが、何度も入っているから、このニューな感じのところも試してみようと入った。建物の見た目とちがい、番台周辺や脱衣所は、ふつうの銭湯だった。湯量が豊富で、もったいないと思うぐらい、流れていた。いい湯だった。

032銭湯を出ると、まん前の二葉屋酒店が、自動的に目に入った。自動的に肉体がそちらに向かい、冷蔵庫から地ビールを選んだ。店の主人が、アチコチ探して栓抜きを見つけ、抜きながら、今年の天候不順の話をする。以前は、どこそこの山から雲が出ると、そらっ雷がくるぞというふうだったのに、近頃はそういうことがないとかなんとか。おれは、テキトウに相槌を打ってから、店の前の丸太を縦に半分に割ったベンチに越し掛け、のんびり柿ピーなんぞをつまみながらビールを飲む。これぞ、男の気ままな一人旅。いいねえ。ああ、書いていると、またやりたくなっちまうよ。

034そのあと、ふらふらを続け、前に泊まった鉄鉱泉本館や銭湯温泉「旦過の湯」あたりを通り、中山道をふらふら、春宮へ。さらに、ふらふら、ようするに「うな富」が開くだろう17時過ぎまで時間をつぶすのだが、かといって、うなぎを食うのだから、飲食はガマンしておきたい。ひたすら、ふらふらふら。下諏訪は散歩にいい。

「うな富」は路地の奥の住宅街のなかにあるのだ。みどりさんが教えてくれた、路地を間違わないように拾って、迷わず着いた。まだ開店早々のようだった。

まずは、生ビール。そして、大奮発して、うな重の三階級あるなかで一番高いやつを頼んだ。といっても2100円だ。ほんとうは白焼きも食べたかったのだが、一人じゃ無理だ。客は、おれだけだったが、予約や出前の注文が、つぎつぎと。

045出てきた、うな重、撮影したが、感動で手振れか。でも、ふっくらした肉や照りの感じは、わかるだろう。いやはや、うまいこと。醤油さしは、タレが入っていて、これをめしにかけてもよいのだ。ま、そのうまかったこと。生ビールを、もう一杯飲んじゃった。

しかし、なんだね、東京あたりの、こけおどしの建物に職人面なんて、ま、うなぎを高く売って、東京の高い場所代やらも稼がなくてはならないのだから、商売として仕方ないのだろうが…。でも、うなぎを食わせるのに、そんな建物や接客が必要なのかとも思うし、そういうことをありがたがる観念を疑問に思う、この路地裏の食堂のような佇まいの「うな富」だった。

先日、みどりさんの東京の女友だちから手紙があった。なんと、その日その午後おなじ時間ごろ、彼女は家族と一緒だったから、すみれ洋裁店には寄らなかったけど、春宮や秋宮に行っていたのだそうで、顔は合わせなかったが、すぐ近いところにいたのであると。そんなことが、あるのだなあ。

そういうわけで、関係ないけど。「お知らせ」に告知したように、今月と来月のスロコメ「泥酔論」の日時やゲストが決まりましたんで、よろしく~。

スロコメのサイトは、こちら。http://slowcomedyfactory.oyucafe.net/

さて、また小旅をする準備をしよう。

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2009/09/05

東大宮、なしもぶどうも畑で売ります。

2009/05/06「「ふきお売りします」という土地の「麻こころ茶屋」やエコ系など。」では、畑で「ふきお売りします」の画像を載せた。

2009/07/12「東大宮、地元萌えの日。」では、「じゃがいもお売りします」の画像を載せた。いまこの畑にはネギがあるし、ナスも売っている。

そことはちがう場所だ。

きのう、東大宮駅西口から東北本線(宇都宮線と呼んだりする)の線路沿いに大宮方面へ向かった。すると、大宮方面から、「コンテナ車」というべきか、貨物列車が来た。おれの横を青森方面へ走り抜ける。意外に長い列車だった。おれの横を走り始めてから、そうだ写真を撮ろうと思い立ち、バッグからデジカメを取り出してかまえても、まだ列車は走っていた。その音は、まさに、「轟音」だった。「車」の音が、いくつも重なって、きこえるのだ。貨物列車の轟音は、客車のような疾走軽快感はなく、荒々しく重量感のある響きだ。

006

005その撮影している位置から先に踏み切りがあって、その先の右側に旗がひらめいていた。近づくと、大きな屋敷の入口の立派な植え込みに、「梨直売」「ぶどう」の幟が立っている。ときどき、この前を散歩して、前からぶどうやなしの畑があることは知っていたが、このように直売しているとは知らなかった。

「梨直売」の幟に、大宮東部梨組合の名前が入っている。果物も野菜も、生産から出荷の過程では、収穫に続いて選別作業をしなくてはならない。市場に出す場合は、ずいぶん細かい等級わけになる。選別作業は煩雑なので、収穫したものを、共同で選別し出荷するところに持ち込む。組合があって、栽培農家がそれなりにあれば、それが可能だが、少なくなってきたら、どうなるか。「共同」は機能しなくなる。自力で、直売か「もぎとり観光農園」など、なんとか販売につなげるしかない。

畑があれば生産はできるが、販売につながる方法がなければ、マイナスが積み重なる。食っていくための農業ビジネスとなれば、それは解決しなくてはならない問題だ。生産、流通、消費がうまくつながって成り立つ。それは、どんなビジネスもおなじ。農業が特殊なのは、土地や気候に縛られることだ。

いま、政府がカネをつぎこんで、「野菜工場」や「植物工場」の育成が盛んだ。完全空調の密閉空間で、土もつかなわない栽培は、システムが完成すれば、土地や気候にしばられることはない。おまけに、除草剤も殺虫剤もいらない無化学肥料での栽培も可能になる。いちおう、これまでのガイドラインが正しければ、とても「安全」で「安心」なものができる。それは、これからの都市に対応するシステムとして、育成が進んでいる。なんと、すばらしい、都市の未来像ではないか。

現代の都市が、農薬を大量につかう農業をシステムとして必要としたように、これからの都市は、「野菜工場」や「植物工場」を必要とする。そういうものとして、構想されている。しかし、そこには、なにか、カンジンなことが欠けているような気がする。

自分の生き方として農業とどういう関係をつくるかという議論のない「まちづくり」、人を集めカネを集めればよい都市の「再生」だの「活性化」は、さらにおかしな結果になるだろうと思う。そうやって、日本の現代都市は腐敗を深めるものなのかも知れないが。「農薬」「無農薬」も、そういうなかで決まってきたことで、「農薬」は悪、「無農薬」は善、なんていう短絡的な決めつけからは、展望は開けない。

003ま、そういうことは、いいや。線路を背中に、なし畑を撮影。ついでに、今年の冬、ちがう位置から、畑と屋敷を撮影していたから、掲載しよう。この左端の道路の左側に、ぶどう畑がある。

Huyu007_2

さらに、この先、線路沿いに行くと、駅から5分ぐらいかで、ここ「見沼たんぼ」緑地に出る。

002

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2009/09/04

中山道桶川宿、新婚ネタ飲み。

ここんとこ、飲んだことは、あまり書いてない。もう書くのもめんどうだ。ようするに泥酔記憶喪失のうちに、時はすぎ日はまたすぎ、そのうちにくたばるだろう。それもいいだろう、どうだろう。しかし、去る8月31日は天候不順異性行為無しに似つかわしい夏の月の最後らしく、激しく酔った。なにしろ、大宮のいづみやで15時に飲み始めたのだが…。

Okegawa_oku01ま、その話は、もうだいぶ昔のことだからいいや。一昨日の夜は、桶川のおくちゃん宅で飲んだ。中山道桶川宿だ。初めて行ったが、街道沿いに、まだ古い渋い建物がポツンポツンとあって、なんとなく「宿場町」の面影が、かすかに、はげ頭の毛数本ぐらいな感じで残っている。なかには魚屋だのなんだのを営業しているところもあって、写真は「武村旅館」。かなり古そうで、水平が維持できなくて、一部がゆがんでいる。こういう商店街、大いに興味ある。こんどは、ちゃんとデジカメを持って行きたい。くらちゃんのデジカメで撮った。

えーと、おくちゃんが、いつだったか、1、2ヶ月前?結婚だか入籍だかした?(同じことか)祝いってわけで、ようするに飲むのだ。

くらちゃん、ダビちゃん、さっちゃん、初対面あらリバーちゃん。桶川駅に出迎えたのは、すずきさん。すずきさん初対面。おくちゃんとこは、新婚若妻さんが、午後半休とっておいたのに仕事で出勤になり、ワレワレは先に飲み始める。ビールで、かんぱーい、おめでとう。おれとダビちゃん以外は、みなカタギの衆だな。

若妻さんの帰宅は6時ごろだったかな? 初対面。いいなあ、若い人妻、サイコ~。ダイエットが絶対必要のおくちゃんは、若妻さんがつくってくれた、厳しい飲食制限や掃除当番など管理表を、うれしそうに見せてくれて、ごろにゃんダイエット新婚生活に励んでいるようだった。

Okegawa_oku02今回は、サルサのねえちゃんが体調不良で欠席なので、踊りはナシ。とにかく飲んでしゃべる。とうぜん、ずいぶん飲んだ。フランス野郎のダビちゃんが選んだ赤ワインの何本かを、ご教示のままに、なんとやらチーズと飲む。ああ、けっこうでした。ふ~、何時だったか、気がついたら、一人だけ、酔い潰れている男子がいた。起こしてもおきない。置いて帰った。

そいで、ダビちゃんのフランス語と日本語を駄洒落で遊んでいたら、これが、けっこうおもしろい。なので、来月10月のスロコメ「泥酔論」は、ゲストにダビちゃんをお招きして、「フランス人の酔い方」ってことでやることになりました。って、まだ須田さんと相談してないんだけど、相談して、24日の土曜日か25日の日曜日にやるツモリ。明日、須田さんに電話して日時を確定し、発表します。→25日の日曜日に決定!たぶん18時半ごろから

017ダビちゃんは、カメラマンであります。ジャーナル系、というか。とにかく、生肉はダメというやつで、ステーキは芯まで熱が通っていなくてはいけない、もちろんレバ刺しは食えないし、そもそも内臓肉に激しいコンプレックスがありますのだ。こちら、かっこいい音入りで彼が撮影の写真を紹介、ごらんあれ。
http://shima.users.micso.fr/

そうだ、最近あってないが、仕事も一緒にして、よく飲んだフランス野郎にも、声をかけてみよう。「泥酔は地球を救う」(by「酒とつまみ」渡邉)だもんな。

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都市の「再生」だの「活性化」って、なんなのさ、必要ないんじゃない。

181と、ここに、なぜかトマトが登場する。これは、大鹿村のトマト。前のエントリーの美瑛町のトマトと、このトマトが語りかけること。このトマトは「完全無農薬」、美瑛町のトマトは、北海道が定める(イエスクリーン制度というのがあって)安全な農薬を安全な基準で使用している。マスでみれば、日本の経済と食の大部分、たぶん9割ぐらいを担っているのは、農薬使用のものだ。おれも、かぎりなく100パーセント近く、農薬使用食品に依存している。

これは、2009/08/31「自律的で自立的な「地域づくり」と「地産地消」と「まちづくり」の行方。」に書いたように、農業問題であると同時に、食品問題でもあり、そして地域問題であり大都市問題である。ま、「問題」というのは、解決しなくてはならないこともあるし、ほっておいたほうがよいこともある。はたして、この場合は? 

それもあるが、都市から、あるいは都市のメディアが「農薬」「無農薬」をみる目は、なにかまちがっていやしないか。その目は、都市住民が都市自身を見る目の、まちがいとダブルような気がする。と、たかが、トマトから、いろいろなつながりを考えてしまった。

きのうは、ブログを書かなかったが、ザ大衆食のサイトに「京都・下京区四条寺町 山の家」を掲載した。…クリック地獄

182

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2009/09/02

「ミーツ・リージョナル」10月号、「農業はアナーキーでパンク」というセリフに、よろこびました。

005ここんとこブログに農業がらみのことを書いていたら、北海道美瑛町の農家から野菜、大阪のエルマガジン社から「ミーツ・リージョナル」10月号が届いた。しかも、ミーツの特集は「う、旨い!米と野菜。」だ。

農業といっても、いまやいろいろで、それで生計を立てているのが正確には農業であると思うけど、そうではない「農業」の動きも、近頃は面白いことになっていると思う。なんてのかな、趣味やネタや好き嫌いをこえて、「生き方」「幸福観」レベルのことになっているというか。このミーツの特集も、そのへんをうまくとらえている。

「農業はアナーキーでパンク。意志を伝えるツール。」という見出しの、ミュージシャンBIOMAN(ばいおまん)さんの記事は、とても刺激的な内容だ。やっているのは畑作。「農業はアナーキーでパンクやと思うんですよね。都市に対する強烈な皮肉で、自分の意志を伝えるツールとして優れていると思う」と、22歳の彼はいっている。いいんじゃないの。こういうの、おれはうれしいね。ほかにも、いろいろいっているけど、かなり本質を突いているよ。この記事を読むためだけに、「ミーツ・リージョナル」10月号を買う価値があると思う。ほんと、おれは、感動というより、感心したね。こういう若い男がいるだけで、おれは元気が出ちゃうね。

もう、過剰な都市の過剰な欲望をにぎわすような、マニアックというかオタクというか、そういう食や農業に関する知識や情報は、もういいからさ。もっと、ふつうの生活のための、まっとうな話に向かうような、こういう発言がほしいよ。こういう人は、どんなミュージックをやるのか、チョイと気になるな。

こちらは、農業の農家。美瑛町からの野菜は、新規就農の方の収穫物だね。5年前に新規就農の30歳なかばの方と、4年前に新規就農の40歳なかばの方。今年は悪天候に泣かされている。

えーと、下の大きく見えるトマトが、よくある桃太郎。これは通常出荷のトマトで、美瑛町産は、市場で評価がよい。手に持っても、ずっしり重量感がちがう。ほかはイタリアントマトで、今後のための試作品、桃太郎の左側の小さな黄色いのはイエローオーレ、その右側のオレンジ色はオレンジオーレ。どちらも、昔のトマトのように濃い味、彩りといい、サラダによいね。たくさんある赤い、やや楕円は、形でわかるだろう調理用のシシリアン・ルージュ。小さなかぼちゃは、坊ちゃんかぼちゃ。そしてトウモロコシ。

かぼちゃとトウモロコシは、2009/08/03「さまざまな新規就農、あるいは移住者。美瑛町では、フツウのスタイル。」に写真もある雨読舎さんのところ。トマトも、そこに紹介したサワダさんのところ。

003

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2009/09/01

今月のスロコメ「泥酔論」は、26日。ゲストは「酒とつまみ」代表編集人の渡邉和彦さん。

R002281218時半から。ゲストに渡邉さんのほかに、大竹聡編集長も都合よければ話に加わってもらえます。内容は、ようするに、質問攻めですね。もちろん、朗読もある予定。なお、1年近くぶりぐらいで発行の『酒とつまみ』最新12号は、それまでには出来上がり、会場で入手できるハズです。もう遅れることはないらしい。

前回の様子。この写真は、まりりんさんの撮影。レポートは、2009/08/23「盛況御礼。昨夜のスロコメ「泥酔論」は、村上航さんで勝負だった。」


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中央目線と現場目線。

近年、「自治体財政健全化法」「財政再生団体」だのが中央のマスコミをにぎわしている。夕張市を生贄にして騒ぎまくった、例のあれだ。そこでは、もっぱら、中央目線から語られる。頭がよくて、能力があって、正しい、東京=中央は、けっして自ら反省することはない。集権のもとで、誰かの非を言い立て、自らは安泰である道を選べる。本社と地方支店、親会社と子会社、発注元と下請け、と同じような関係が、いたるところにある。

美瑛町の広報誌「びえい」には、町長の浜田哲さんの連載コラムがある。その06年09月には、こんなことが書かれてあった。

「最近マスコミでも、また、我々町村長の間でもよく話題になるのが、夕張市の財政運営の問題についてです。一般的な論調やニュースショーなどでは市側の問題点ばかりを挙げ連ねていますが、本当に深くこれまでの歴史を遡ってみるなら、特に産炭地域の振興にはこれまで国が大きく拘わってきており、もっと色々な側面が見えるはずなのですが、取り扱いに大変不可思議な所が感じられます。何だか一昔前に、銀行の再編を強行したときに北海道の拓殖銀行を人身御供にしたやり方によく似ているのではと危惧しているところです。また北海道をさらし者にするようなことにはなって欲しくはないと思っています。これまで、地方の市町村の行財政運営は、国を親会社とする子会社のような関係であった訳ですが、国全体の財政運営が大きく問題化するに従って、一方的な国の責任逃れが目立ってきているようです。」

こちらのPDF版で全文を見られる。…クリック地獄

015最初の写真は、美瑛町で新規就農の方を訪ねたとき、その近所で撮影したものだ。その新規就農の方のまわりも、同じような風景だ。向こうに見える青い屋根の家からこちらがわに広がる田んぼは、20町歩ぐらいだろう。訪ねた新規就農の方のまわりの、こんな風に見える田んぼのうちの一軒の農家が所有していた10町歩ほどは、すでに離農し耕作するひとはなく、そのままでは荒廃するから、隣の10町歩ほどあるが後継者はいない60歳代の農家のひとが、とりあえず作付けしている有様だった。これぐらいの広さでは、稲作専業農家としては、食べていけない。したがって、後継者は育たない。

いま、国の政策で「減反調整」なるものをやりながらの、集約化大規模化は数十町歩という単位で成り立つ稲作だ、ここに見えるていどでは、食っていけない。だけど、それじゃ、どうして、こういう「小規模」の稲作専業農家が生まれてしまったのだろうか。そこんとこは、おまえら勝手に欲かいて手を広げたのだから、成り立たなくなって離農するのはアタリマエだといえるほど、「自由」な農政だったかどうか。

それはともかく、北海道で新規就農となると、水稲、畑作、酪農、施設園芸(施設野菜)のどれかになる。だけど、個人の就農では、水稲や畑作には、手を出せない。大規模化に対応できる資本が必要であり、酪農もさらなる投資が必要。というわけで、必然的に、ハウスでやる施設園芸に落ち着くことになる。で、きのうも書いたように、北海道のばあい、生産量に見合う消費市場は近いところにない。というわけで、農協経由で大都市市場へ出荷することになる。おれの近所のスーパーには、「北海道のトマト」の包装が並ぶのが、その一部だ。インターネットなどを利用し、直販をやっている新規就農の方にも会ったが、ごく少数だ。ここ埼玉のように消費市場と隣あわせの地域とは、ずいぶん事情がちがう。

ある村の最近の村議会だよりを見たら、これまで国の農政に協力してきたが、もうそういうことはやめたほうがよいという、かなり厳しい質疑応答があった。自律と自立の願望が強い。

良質の米を生産している地域があって、だけど減反調整で、作付けがカットされている。それは水稲専業農家にとっては、直接の収入源につながる。ところが、その米は、末端価格でよい値段で取り引きされている。しかし、あいだに農協と、その先に米問屋が入っている。直販でやれば、減反による収入減をおぎない、当面は食べていけるだろう見込みはある。ところが、秋に収穫して農協に収めれば、すぐカネになる。これまでのその循環をやめて、直販にするには、最低、そのカネを一年間ガマンする蓄えが必要だ。そのカネがない。正確にいえば、蓄えはないわけじゃないが、投資する余剰がないということになるだろう。

減る人口と農家のために、まったく農協が機能しなくなった地域もある。そういうところでは、直接都市の市場とつながりをつくる活動を、役場と「農家」が一緒にやる。「農家」というが、建設業などがやる農業だ。小泉元首相の「規制緩和」が、おもわぬ「救い」になって、農水省の農政で生まれる農家の耕作放棄地を、公共事業の減少で困ったことになった建設業が「救う」という関係が生まれた。その地域は、稲作をやりたくても、国が進める集約化大規模化に対応できる面積がないから、水田は、耕作放棄地になるか、転作を図るしかない。この地域から稲作は姿を消す、と、たいがいの関係者は覚悟を決めているようだった。

151水田の中にハウスが建っていた。それは土をつかわない「農業」だ。いわゆる「植物工場」「野菜工場」とちがうのは、完全なエアコンの密閉空間ではなく、土地の気候を利用することだ。ハウス栽培は、いまのところ、付加価値が高い、つまり利幅の確保ができる。あるいは、利幅の確保ができるものに向かわざるをえない。稲作のゆきづまりをみれば、ハウス栽培は、さらに拡大するだろう。それが、同じ大都市市場に流れ込めば、どういう結果になるか。やっている人たちは、わかっている。だから、より「都会のニーズ」に応える、より付加価値の高いものと、より付加価値を高めるブランディングということになる。

果てしない大都会の欲望に対応しようとする農業の未来は、はて、この先、どうなるのだろう。欲望のあり方、などあるのかどうか知らんが、大いに関係するだろう。「安全・安心」はいいが、それを誰かに頼ることに慣れきった大都会の依存心に、キケンな「安全・安心」が持ち込まれる可能性がなきにしもあらず。

ふくらみそうな動きがある。もう国はあてにしないで、自律と自立をめざす地域は、べつに国内の大都市市場にこだわる必要はないわけで、グローバリゼーションにのって、海外とくにアジアで成長する中間富裕層をターゲットに動いているところもある。もう「国はあてにしない」というのは、もう「東京だけを頼らない」ということでもあり、あるていどは、そういうことになりそうだ。はて、さて。

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