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2009/09/09

小沢信男さんの新著『東京骨灰紀行』筑摩書房から。

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小沢信男さんの新著を、いただいた。すごいタイトル。これはもう、ゼッタイ、小沢さんじゃなければ書けない、小沢さんだからこそおもしろい題材の一冊だ。いわゆる「東京散歩本」ってことになるのだろうが、小沢さんの書くものは、そういう範疇だの類型だのを、力強くぶちやぶってしまうのだ。

小沢信男さんのことを始めて知ったのは、おれが1999年に『ぶっかけめしの悦楽』を出したあとだった。その本を、担当の編集者だった堀内恭さんが、小沢さんに贈った。おれは、あまり本を読まないから、まったく知らない人だった。

それがキッカケで、小沢さんに手紙をいただいた。小沢さんの質問は、「ほーめし、ってなんですか」ってことだった。そう、ちくま文庫の『汁かけめし快食學』の書き出しになった、「ホーメシ、ってなんですか」の話は、小沢さんにいただいた手紙からなのだ。それについて、おれは「推測」を書いて返信したのだが、いたく腑に落ちたらしい返事をいただいた。その返事と一緒だったように記憶するが、『いま・むかし 東京逍遥』(晶文社)をいただいた。その本に、おれはおどろいた。いろいろおどろいたのだが、うーむ、こういうふうに書きたいんだよなあ、ってことがあった。だけど、どうすれば、そんなふうに書けるかは、わからない。

小沢さんとは、年賀状をいれ、たまにの文通があるていどだったが、ナンダロウアヤシゲさんがきっかけで初めて会った。そのとき小沢さんは病み上がりで、ゆっくり話はできなかったが、文章と同じ人なんだなと思った。それから、何度か会う機会があって、酒も何度か飲んだ。筑摩の編集担当さんが同じ女子で、彼女は浪曲師でもあり、その浪曲の会場でも一緒になったりしたからだ。小沢さんの話は、文章のように、おもしろい。まったく文章のような人なのだ。人物が文章なのか、文章が人物なのか。文章と同じような人は、めったに会わない。

小沢さんの語りは、落語というより、講談や浪曲の啖呵に近いと思う。いわゆる「伝法」って感じもある。それが、なんとも小気味よいし、それは口調の小気味よさというより、小沢さんという人物、その生き方というか、そこからくる小気味よさなのだな。だから、文章と人が、同じなのだ。じつに、この浮世を、小気味よく生き抜くのは、難しい。だから、小沢さんの小気味よさは、その難しいところを、実際後半生を賭けてきたような「新日文」を自ら解散するなんてとても難しいことだけど、そういうことをやりぬけてきた小気味よさであり、お坊ちゃまたちの口先だけの薄っぺらなものとは違うわけだ。しかし、歌舞伎町に新日文があった時代から、東中野ムーンロードの奥に移り、そして解散まで、ざっと酒飲みながらつまむていどにしかきいてないが、いやはや、こういっちゃ失礼かもしれないが、そのおもしろいこと痛快なこと。

小沢さんの書いているものを読んでいると、自分が一緒に対象に向かっている感じになる。つまり、小沢さんは、こちら読者のほうを向いて話している印象がない。講談師は、ふつうは、客の方を向いて語るものだろう。だけど、小沢さんは、対象のほうを向いて、そしてわれわれに説明するでもなく、ひたすら対象を追い、せまる。それはもう、すごい知識と体験があるわけだけど、そういうものを、こちら読者に向かって語るわけじゃなく、豊富な知識と体験を縦横無尽に活用し対象にぐんぐん迫るのだ。読んでいる者は、一緒に迫っている感じが続く。

よくありますね、謙虚なふりして、こちら読者にむかって、知識や体験をひけらかす。あるいは「私語り」になってしまうとか。これは、おれの場合もそうなのだが、ひけらかすつもりはなくても、ふつうに書いていると、そうなってしまうキケンが、いつもひそんでいる。それは、なぜなのか、おれは、小沢さんの文章を読むときは、そこが気になっていたし、どうすれば、小沢さんのように書けるか、考えることが多かった。

自分の文章では、「雲のうえ」5号の大衆食堂特集の文章が、ほんのちょっぴり、そんなことろで小沢さんの文章に近づけたかなと思っている。

で、今回、この『東京骨灰紀行』を読みながら、少し見えてきた。それは、もちろん、テクニックだけのことじゃないのだ。「謙虚」であろうとしたり、「謙虚」なんていう言葉をつかっているうちは、ダメなのである。ようするに、対象を、少しでも「わかった」「知っている」気になった瞬間から、キケンな道にはまる。

これじゃ、新著の内容紹介にならないな。だけど、今回は、「ひたすら対象を追い、せまる」が、さらにトコトン徹底している。東京の地表にある、墓場の片隅の手がかりから地面をひっぺがえし、その下の土から骨や、土にまみれた骨灰を掘り返す。ザックザック死体の山。あとがきで、「あーぁ、歩いた歩いた」。

話は、両国の回向院から始まる。「ぶらり両国」「新聞旧聞日本橋」「千住、幻のちまた」「つくづく築地」「ぼちぼち谷中」「たまには多磨へ」「しみじみ新宿」そして両国にもどり「両国ご供養」。江戸開府からまもなくの明暦の大火以来、東京は、死体ゴロゴロのうえにある。そこは、小沢さんが生まれ生き「おせわになった」土地なのだ。はあ、息がつまったまま、ためいきも、でません。

しかし、小沢さんは、1927年生まれ。82歳。いつだったか、おれが60歳すぎたとき、「これからのほうが書ける」というようなことをいわれたのだが、そうかなあと思いながら、そうありたいと、この本を読んで思うのだった。

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