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2009/10/31

「ミシュラン」の黄昏 4。文芸性あるいは芸術性とスノビズム。

よく買物をするスーパーでは、確実にトリの値段が上がっている。不況で、安かったトリの需要が増え、値段が高いほうに振られているのだろうか? 

まいど贈呈いただいている『ミーツ・リージョナル』の12月号、きのう届いて、まだよく読んでないのだが、特集は「トリのトリコ」ってことで「トリ」である。その「老舗トリ・ストーリー」に、「旧き佳き焼鳥店」の主人の話がある。「昔はねえ、鶏料理屋というのが、いま一つ下に見られてたでしょう」。

つまり「差別」や「偏見」を背景にしての「格付け」が、あらゆる面にあった。「牛」が上等で、「豚」がつぎ、トリは「下」という「格付け」だ。それは、店の「格付け」や、つくる人や食べる人に対する「格付け」でもあった。焼鳥屋も客も「下等」だったのだ。ま、ほんとうは「下等」ではなく、「ふつう」だったのだが、「ふつう」という概念は希薄だった。そもそも、「ふつうにうまい」ことが、評価されるようになったのは、近年のことだ。みんなで「上等」や「一等」を追いかけているなかでは、「ふつう」は評価されない。

名刺の肩書にしてもそうだが、日本では、「格付け」ということが、特別の意味を持ってきた。権威が評価した「いい」が、特別の重みを持つ。「名店」「名品」「名人」…「いい酒」「いい料理」「いい人」が評価される「格付け」のなかで、「ふつう」は「下」であり「格外」「等外」であり、ときには「ダメ」の烙印を押されてきた。

そういう環境のなかで、前回の続きだが、「自分流」の「自分の嗜好に忠実」な飲食は、簡単なことではない。ワレワレの味覚が「格付け」から自由になるには、どうしたらよいか。味覚の楽しみは、もっともっと素晴らしいものなのだ。ってなことについて書こうとしたが、用ができたので書けない。あとで、ってことにしたいが、きょうは泥酔しそうだからなあ。

関連
2009/10/24
「ミシュラン」の黄昏 3。「自分流」の台頭。
2008/07/22
「グルメ」といわずに「スノッブ」といおう。

001ミーツのトリの生解体写真による部位解説は、なかなか見ごたえがある。

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2009/10/30

わははめし更新、うだうだ秋の夜に老けゆく。

先月9月22日に撮影した「わははめし」の原稿を、そろそろ仕上げなくてはならない。瀬尾さんと佐々木さんがまとめたレシピの原稿と、鵜澤さんが撮影した写真のプリントを、ぐぐっと見つめている…うちに何も考えてない境地にいたっていることに気がつく…が繰り返されつつ、ま、なんとかなるだろうの気分が高まる。

これまで、どんなぐあいに書いてきたかをチェックしようと、小学館ブック・ピープルのサイトの「わははめし」を見たら、更新され先日再校を終えた第4回が掲載になっていた。こちら…クリック地獄

これは、少し文章の書き方を変えてみた。なにしろ瀬尾さんは、ふつう料理の先生はやらんだろうということをやる。それでいて、当然だけど、なんでもよいというわけじゃない。先日の打ち合わせでも、おれが主張した食材の使用は却下された。では、どのへんに、瀬尾さんの料理としての、あるいは、この「わははめし」の企画としての、適否のラインがあるのか。なーんてことも、イチオウ考えながら書かねばならんわけだ。

008サイトに掲載になっているのは、実際に撮影して原稿も書いたうちの3分の1ぐらいだから、ハテ、ほかのものはどんなアンバイに書いたか、押さえどこがあまりズレてもいけないから、イチオウ前の原稿もパラパラ見直す。そんなことをしているうちに、脇に置いてパラパラ見ていた『シネマ・ジャーナル』vol.77 2009年秋号が気になり、読み出してしまう。

この雑誌は、先日、スロコメ@下北沢「泥酔論」のときに「古河シネマニア」チエさんにいただいたものだ。「女がつくる映画誌」とある。掲載の映画や登場者は、女とは限らない。読んでいるうちに、ラモーナ・ディアス監督の「イメルダ」が気になる。「空気人間」も、チョイ気になるな。ってんで、上映スケジュールなどはどんなぐあいなのかネットで調べる。

で、ネットをウロウロしているうちに、すみれ洋裁店のブログ「続続・すみれ日記」を見た。10月28日に「雑誌「Hanako」の取材」があった様子が書いてある。…クリック地獄

で、そうそう、おれは、この夏、お邪魔したときに、小物を入れる袋を買ったのだと、過ぎた夏を振りかえった。袋は、いつもこの机の上にあって、出かけるときには、必要な小物を納めバッグに入れる。A4サイズぐらいで、とても重宝している。まったく飾り気はないが、すみっこに、「二〇〇七」「十二二十一」と糸文字が縫われている。2007年は毎日一個の袋物をつくることをしていたそうで、これは12月21日の製作なのだ。もちろん毎日ちがう大きさデザインだ。今年は一日に一枚ハンカチをつくっていると緑さんはいった。

で、まあ、こんな画像を撮って遊んでいるのだが、ちかごろ毎回「泥酔論」に来ていただいては、プレゼントをもらったり、おれが酔って覚えてないことを克明にレポートしてくれる女子お2人のブログを見たら、またもや、詳細な楽しいレポートがあった。うへへへえ、どうもありがとうございます。こうやって、きちんとレポートされていると、泥酔論の中身と自分の様子がよくわかってうれしい。ヤッパリおれはただの酔っ払いだ。

「ねこまたぎ」さん2009-10-26「泥酔論」…クリック地獄
「桃色スパイダー」さん2009-10-28「週末の出来事」…クリック地獄

そして追記。「古河シネマニア」チエさんのブログを見たら、「大衆食堂の詩人」のタイトルで、その日のことが書いてある。…クリック地獄

この三者を合わせると、おれの記憶にないことが、たくさんあるのがわかった。あな、おそろしや、楽しや。

そうそう、31日土曜日のスロコメは変更があるから要注意。「「酒とつまみ」的バカ本ナイトは、開催場所が、経堂のさばのゆに変更になりました。21時頃から、ゆるゆると」ってことです。お間違いなきよう。さばのゆの方は、18時開演で落語会。松尾貴史さんと春風亭柳好さん。この組み合わせは、かなりオススメ。木戸銭2000円で、要予約。そのあと、続いて、「酒とつまみ」的バカ本ナイトってこと。

うだうだうだ。

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2009/10/29

かくも、あやしき誘惑。

029夜になると、東大宮の駅からウチに帰る途中のビルの入口に、「エステひまわり」の行灯(あんどん)看板が出る。ほかに夜営業の看板はないし、このあたりは国道など大通りが交差するところだけど、夜の8時を過ぎると街灯以外の灯かりはないから、とてもひっそりさびしげに目立つ。

完全に「手づくり」だ。夏ごろは、よく確かめてないから素材はわからないが、白い和紙の雰囲気のものに、「エステひまわり」の手書き文字があって、それが、なんとなく灯篭流しのようで、夏の夜の風情なのだなあとおもったりした。

そのころは、行灯の奥のビルの1階を見ると、正面に、ドアーが開け放たれた入口にカーテンがたれ、あやしくゆらめいているのだった。いまは、寒くなったからか、明るい濃い鮮やかなブルーに塗られた鉄ドアーが閉まっている。

とにかく、なんだか気になるのだ。どんなひとが、これをつくって、ここに置いているのだろう。その部屋のなかでは、なにがあるのだろう。

この画像の撮影は、午前0時15分ごろだ。そんな時間の、こんな何もない場所の「エステ」って、どんなところだろう。酔った勢いで、いつか入ってしまいそうだとおもったとき、そうか、そういう客を誘う行灯なのかも知れないと気づいた。そのうち覗いて見たいという誘惑は、かなり強い。できたら、料金表でも出ていたら。いやいや、まずは覗いて、「いくら? なにしてくれるの?」と聞くべきか。もしかして「チューハイ一杯」と注文してもよかったりして…。

なにはともあれ、このように生存できる「まち」があるってのはいいことじゃないか。

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2009/10/28

スソアキコ帽子展のち言水制作室経由アンチヘブリンガン。

昨夜は、とりあえず帽子展の画像を掲載して寝たが、17時に女子2人とそこへ行ったのだった。おれは、スソさんの帽子展を見るのは、今回で3回目だとおもうが、これはどうしたことかとおもうほど、爆発的に作品の数が多かった。数が多いだけでなく、以前は、さなぎの成長過程をモチーフにしたようなもので、色も黒など地味系が主だったが、今回は、古墳部長の威力か縄文をモチーフにバラエティにとんでいて色もカラフル、すごいパワフル。スソさんも、なんだかいつもより元気そう。ま、張り切って当然か。にしても、のりにのっている感じ。

いろいろ被ってみる。ずいぶん奇抜だなあとおもったものや、チョイとおれの頭には小さすぎるとおもったものも、被ってみると意外に違和感がない。そのへんは、やはり帽子デザイナーの仕事なのか、不思議におさまりよく楽しい気分になる。

会場には、古墳部で一緒になるI澤さんもいた。このあいだの奈良の旅以来。スソさんとI澤さんとおれは、ついつい古墳や縄文の話に熱がはいる。古墳と帽子、楽しいねえ。

I澤さんと女子2人と表参道の居酒屋へ。まずは生ビールで乾杯。ビールも肴もうまい。奈良と京都と大阪の話をあれこれ。ここで落ち着きそうになるが生ビール2杯ずつぐらい呑んだところで出る。I澤さんと別れ、半蔵門線で神保町。

026リトルエキスポ参加中の言水制作室「半分書店」へ。先日紹介した、『こころのたねとして』や福田尚代さんの本などが並んでいる。レアもの美術書やカタログなど。それからナカバンさんの手のひらに入るミニ絵本もあった。これは以前に買って持っているのだが、いつも枕元に置いてあって、寝床に入って寝る前にパラパラ見るのにとてもよい。

で、またもやアンチヘブリンガンへ。20時ぐらいで、満席状態だったが、ちょうど出る人がいて、うまく座れる。まずは生ビール、春菊ペーストのパスタのほかにあれこれ注文。まもなくサキさん来る。赤ワインをボトルで。言水さんもあらわれる。そうそう、この「言水」って、どう読むかわからないという話があったが、「ことみず」です。さらにまた赤ワイン一本追加して、ひたすら泥酔コース。サキさんと安酒研究の話をしていたな、そのうちこのブログでやろう。23時少し前に、酔うとますます遠~い東大宮まで帰るため一足先に退去。上野で宇都宮線終電一本前に乗り帰る。

言水制作室「半分書店」
http://d.hatena.ne.jp/kotomiz/

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楽しい~、スソアキコ帽子展「頭にくるり」は、30日まで。

まいど被ってみられる帽子が楽しい、スソアキコ帽子展「頭にくるり」。10月30日(金)まで。南青山の地下鉄表参道駅近くの「DEE′S HALL」で。行って来た、すごく楽しい。お見逃しなきよう。午前1時、泥酔状態で帰還なれど、ぜひ多くのみなさんにご覧いただきたく、泥酔のなか画像で紹介する。

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スソアキコさんのサイト。
http://www.suso.biz/

DEE′S HALL
http://www.dees-hall.com/index.html

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2009/10/27

酒杯考。

『どの酒を飲むか』(山本祥一朗、三一書房1995年)には「酒杯考」というのがある。先日、神保町のおでんやで、言水さんと瀬尾さんと燗酒を呑んだとき、瀬尾さんが持ち歩いているマイ杯を取り出したことから、酒と杯の相性の話になった。

ワインなど洋酒のばあいは、酒の種類と呑み方によって、だいたい器は決まっているが、日本の杯は、じつにさまざまだ。燗酒か冷やか冷酒か、あるいは芳醇や辛口など酒の味の傾向によって、器の相性があるのではないか。そのときのワレワレの間では、いろいろ話題になった。それぞれどんな好みの相性だったか、酔って忘れてもったいないことをしたが、なかなか楽しい会話で酒のつまみになった。

しかし、その杯を、どう持って呑むかの話にまではならなかったとおもう。どう持って、どの位置に口をつけて呑むかというのも、酒の気分に影響する。あるいは、酒の気分によって、持ち方も変る。

037おとといの「泥酔論」の画像をよく見たら、おかしな杯の持ち方をしている女子がいた。杯をハシではさんで持って呑んでいるのだ。ハシで、底の高台をはさんでいる。こんなのは初めてだ。この女子、たいへんなポン酒好きなのだが、いやはや、酔っぱらいは楽しい。

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2009/10/26

盛況御礼、昨夜のスロコメ@下北沢「泥酔論」9回目。

002いやあ、まいどのことながら、楽しかった。みなさん、ありがとうございました。ダヴィッドさんが初めてワインを呑んだのは6歳だそうだ。

ゲストのダヴィドさんと通訳のクラちゃんとスロコメで17時半から打ち合わせする予定だった。その前に隣のパンニャでカレーを食べるべく腹を空かしていった。パンニャは仕込みの都合で17時開店が無理なので、珉亭へ。ラーメンとギョーザとビール。スロコメにもどって、ホッピーを呑み始める。遅れてダヴィがあらわれたころには、もう酔っていた。簡単に打ち合わせ。「サバ」のように、日本語とフランス語と似たような発音なのに、意味がまったく異なるもので、ある種のダジャレの遊びをやろうというつもりだった。ダヴィは、25ものリストをつくってきてくれた。

原田茶飯事さんもあらわれ初対面の挨拶。やはり19時ごろのスタートになった。なにしろ、最近の泥酔論は、村上航さんの女子ファン吸引力に頼っていたから、村上さんがいないとなると「身内」だけかとおもっていたが、そうでもなかった。村上さんのファンで、先月には大阪土産までいただいた更紗さんととみきちさんが来てくれた。しかも先月の誕生日のプレゼントをいただいてしまった。いやあ、うれしいね。おれも村上さんの芝居を観にいきます。とか、ほかにも初対面の方が10人ぐらいかな? いつもの野暮連もいて、ほどよい入りの感じでスタート。

016が、スタートしたころには、眠亭のビールとホッピー中4杯で、けっこう酔っていた。例によってプレゼンスライドを使いながらすすめる。今回は、大きなテーブルにスクリーンをのせて、ゲストと向かいあう配置にしたので、やりやすかった。イチオウ、ダヴィのカメラマンとしての仕事を紹介するネットのデモビデオを最初に見て、話に入る。あとはもう、成りゆきまかせ。おれはなるべくクラちゃんの通訳を入れないで話すようダヴィに注文をつけておいたので、ダヴィは辞書片手に大奮闘。いやあ、コメディになってました。

ダヴィと呑むとき、いつもワインの栓のあけかたがカッコイイので、それをみんなの前でやってもらおうと、安い赤ワインを買っていき、やってもらった。やはりカッコイイ、コツはわかった。でも、あの手さばきは、やりつけないと難しい。

スロコメには、燗つけ器が装備されたので、梅の宿の本醸造を燗にして、さしつさされつすすんだ。ダヴィは燗酒が好きなのだ。ワインも燗酒も、鼻に抜ける風味で楽しむらしい。そんな話もしていたな。じつによい気分。よい気分で、最後にフランス人の酒癖と日本人の酒癖について、前の前のエントリーにある『例之酒癖一盃綺言』をスライドにしてあって、大酒呑みのクラちゃんもまじえ、大いに語る予定だったが時間がなくなってしまった。だから、来年、もう一度、やります。

えーと、そうそう。6歳のとき初めてワインを呑んだダヴィが、フランス人がフランスでふだん呑んでいるワインは、日本円にしたら400円ぐらい?の安いもの、これがとってもおいしい、高級なものである必要はないのだ、てな話をしたら会場から拍手があったな。ま、それがふつうの姿だとおもう。日本は、酒が高すぎる。ふつうにうまいものが少なすぎるというか、高級なものを有り難がりよろこぶ悪癖がある。もっと、ふつうにうまくて安いもので楽しめなくてはなあ。なんだか貧しいのだ。

原田さんはギターをひきながら、わしらの野蛮なトークとちがって、繊細なやさしい唄を聴かせてくれた。みなさん、うっとり楽しんでましたね。

すべてのプログラムが終わり、懇親呑みになったころには、赤ワインと燗酒に満たされたおれは、すっかり酔っていた。そのうえ、突然ダヴィにつかまって、ダンスになった。サルサ風を踊らされ、もう目が回るのなんの。もう、よれよれ。あとは、よく覚えていない。名刺入れに、下北沢のバーの「みたび」の三田美さんの名刺が入っていた。そういえば、そのテーブルの初対面のみなさんと話していた記憶がある。とにかく、ぐちゃぐちゃ。この日初参加の東大宮の地元民のチエさんとサッチャンがいたので一緒に無事に帰った。

ああ チンチン。

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2009/10/25

今夜の泥酔論のための『例之酒癖一盃綺言』。

前のエントリーに登場の、『どの酒を飲むか』(山本祥一朗、三一書房1995年)に、式亭三馬の『例之酒癖一盃綺言』が紹介されている。

一、わる口を吐いて嬉しがらす酒癖
二、酔いたる上にて愚痴ばかりいう酒癖
三、盃のやりとりのむつかしき酒癖
四、段々、気のつよくなる酒癖
五、おなじ事をくどくどいう酒癖
六、つれにこまらする酒癖
七、ひとりおもしろくなる酒癖
八、無益のことを争う酒癖

はて、今夜は、どのようなことになるか。あまり日本語を話せないフランス人がゲストだから、一や二や五はないと思うが…。チャージなし、自分のドリンク代と芸人さんに投げ銭だけだから、ふらっと来て、ふらっと酔ってください。

2009/10/22
25日のスロコメ「泥酔論」、ゲスト芸人は原田茶飯事さん。

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2009/10/24

「ミシュラン」の黄昏 3。「自分流」の台頭。

世の中には、さまざまな「ランキング」や「ランキングビジネス」がある。公的機関によるランキング以外は、たいがいビジネスだ。芥川賞や直木賞にしたって、出版不況の関係もあってか、その販促的色彩は濃厚になるばかり。

それに、公的機関によるランキングにしても、公的機関がめざす目的や基準などがあっての評価だから、それをやる政府や役所の都合や考え方で評価はちがってくる。現に政権が変って、公共機関の事業など、いろいろな評価が変っている。公的機関のランキングだから「厳正」で「公平」あるとはいえない。ましてや、ビジネスのことでは。それでも格付会社やビジネス誌がやる、銀行や企業の業績評価などのランキングは、「ミシュラン」と比べたら、まだ基準はハッキリしているほうだ。

「ミシュラン」は、なんのランキングをしているのだろう? 味のランキング? 味覚のランキング? 食事の満足度のランキング? 味覚の幸福度? それとも、ああだこうだ。といったところで、料理が対象であるかぎり、じつに主観的主情的なものにちがいない。ま、どこまでいっても「ミシュラン流」のランキングなのだ。それは、とうぜん、「ミシュラン」のビジネスやマーケティングの継続が前提になっているはずだ。

日本で「ミシュラン」を根本からゆさぶるような流れが目だってきたのは、バブルのころからとみることができる。なんだかんだ選択肢がふえた。あのバブルの時代に、グルメの先陣をきったのは、確かにフラメシだったが、すぐさまイタメシが並び、エスニックも大都会を中心に人気を得た。さらに、ラーメン、カレーライスなどのB級単品グルメのブーム。バブルは崩壊したが、グローバリゼーションと続く世界同時貧困化のなかでも、選択肢は増え続けている。

そこに見えるのは「自分流」ってことだろう。そう、あのバブルが残した、前進面といえば、日本人にとっては「自分」の発見だった。「自分探し」なんていう流行もあった。なんだか日本人は、「自己」を主張するようになった。それを「自己中」「自分勝手」と認識し、教育改革で道徳修身を徹底すべきといった議論まで盛んになった。ああ、「自分」、どのみちやっかいなもの。それが底流にある。

「なになには、どこそこにかぎる」式の単一の権威を頂点とした評価そのものが、そもそも食文化とはなじまない。それが成り立ってきたのは、強大な権力と権威を頂くなかに安定を求める「帝国」が存在してきたからだろう。そこでは、「なになには、どこそこにかぎる」式権威の構造のなかにしか、「自分」は存在できなかった。「名品」「名店」「一流」に寄りそっていれば、「自分」は安心だった。

たしかに、マスコミは「ミシュラン」で騒いでいる。しかし、あんなものに踊らされて「自分不足」じゃねえの、おれは誰がなんといおうと、この店がイチバンなんだよ、というものを持っているひとのほうが、多いのじゃあるまいか。ビジネスとしては必要でも、趣味としては、さほどのことじゃないといった傾向もある。そもそも、フランス旅行アコガレも、かつてほど熱をおびてない。それぞれが「自分流」を知ってきている。ま、いわゆる「アンチ・ミシュラン」には、自分が信じる権威以外は認めたくないというひともいるのだが、それはこの際問題にしない。

たまたま手近にあって、パラッとめくった本。編集的には、かなりイマイチな本だが、かき集められた、それぞれの文章の中には、いくつか光るものがある『どの酒を飲むか』(山本祥一朗、三一書房1995年)の第一章の「酒を選ぶ」の最初の項は「自分流」だ。

そこでは、まだ、こう書いている。これは「幻の酒」騒動についてだが。「酒呑みたる者、少しは自分の舌を信用したらどうか、といいたい。人が騒ぐなら、それにむしろ反発して、自分の好みの酒くらいは自分からすすんで探すことで、他人のあまり飲んでいない酒を求めるくらいの気概があってもいいのではないか」「要は、自分の嗜好に忠実な酒選びである」

このころと比べたら状況は変ってきたようにおもう。ほかに、作者は「居酒屋のモノサシ ――寛容できる限度」「味の表現考」など、おもしろいことを書いている。店情報や商品情報のことばかりじゃなく、こういう話に関心を持つ「自分流」は、これからまだ広がるだろう。ようするに、「多様化」は、これから、本格的になるだろうってこと。「多様化」というか、「帝国」の権威とタガが崩壊するのだな。

そもそも、「ミシュラン」の「海外進出」は、フランス旅行アコガレに依存していたのではフランスへの旅行客は減少先細りになるほど、観光趣味が多様化したからではなかったか。「ミシュラン」の御威光ビジネスは、自分の嗜好にあまり忠実でない人たちへのプロモーションとして、利用価値が継続するのだろう。

きょうは、こんなところで。

2009/10/21
「ミシュラン」の黄昏 2。権威の盛衰。

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「半酒場」ではなく「半分書店」だった。『こころのたねとして』も販売。

2009/10/20「わははめし、言水制作室、アンチヘブリンガンで古墳部的泥酔」に、「えーと、あと、言水制作室が、「半酒場」だかなんとかになるイベントがあるという話を聞いたのだけど、いつ何のイベントでしたっけね」と書いたが、「半酒場」ってのは、まちがいだった。酔って話していたので、「酒場」になってしまったようだ。酔っぱらいは、しょうがねえな。

言水からさんから届いた案内メールには、「半分本屋」とあった。つまり、こういうこと。


10/24(土)~11/8(日)の期間、
東京にある本の街、神保町・神田エリアにて、
「美術+雑貨×古本≒リトルエキスポ」が開催されます。

古書店、雑貨屋、飲食店、ギャラリー、美容院など、22軒が
参加。マップを用意しており、スタンプラリーもお楽しみいただけます。

言水制作室は、期間限定書店「半分書店」として参加いたします。
通常の仕事もしますので、狭い室内をふたつに区切って、半分を書店として営業する形態です。


……以上。

でもね、おれが言水制作室を訪ねると、決まって言水さんと酒盛りになる。酒盛りといっても、茶碗酒を飲みながらオシャベリするだけだが、狭い言水制作室は、それでもう「半分酒場」のようなあんばいだ。だから、おれが行っているときは、いつも「半分酒場」だね。

言水制作室も、言水制作室が入る、おれが1963年ごろアルバイトしていた御徒町の事務所のアパートと似た造りの古い建物も、茶碗酒が似あう雰囲気なのだ。そして、そこで、そのようにしている言水さんとおれと空間そのものが、アートってわけなんだね。そこで、大きな音で臭い屁などすれば、これはもう臭気音響入りの最高のアートになるのだが、修行が足りず、いまだそういうことはない。

それはともかく、この「半分書店」では、このブログでたびたびふれているココルーム文庫の『こころのたねとして』が販売される。なんとなく、この本と、この本にある「場所の力」の関係で、「場所の力」シンポジウムにまで参加しちゃったおれだけど、そういえば大阪でのシンポジウムの会場には言水さんがいらしていて、おどろいたのだった。

『こころのたねとして』は、「アート」だの「まちづくり」だのとアレコレなんだか関係あるみなさんには、ぜひ読んでもらいたい。一般書店では入手困難なので、この機会にぜひどうぞ。

もちろん、言水制作室で制作の本も販売される。このあいだ酔っ払いながら言水さんに聞いた、古い自動車のカタログだかなあ、よく覚えていないが確かクルマのカタログをまとめたような本、とてもおもしろそう。あと出色は、なんといっても、福田尚代さんの回文集ですよ。福田さんの回文は、どうしてこんなものが生まれるのか、脳みそのなかを見たくなるほど、とんでもなくすごい才能。長文の回文で、しかもポエジーなのだ。いったい、この作者の頭は、どうなっているのか、不思議に思いながら読むのが、大いに楽しくおもしろい不思議な世界。

詳しくは「言水制作室内外」
http://d.hatena.ne.jp/kotomiz/


当ブログ関連
2008/05/08
ぜひ読んで欲しい本です『こころのたねとして』。

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2009/10/23

村上航(猫のホテル)出演のKAKUTA「甘い丘」、10月30日から。

泥酔論で、いつも朗読をやっていただいている、村上航さん。きのうのエントリーに、こんどの25日の「泥酔論」は都合が悪いと書いた。書いて出かけたあと、村上さんから案内が届いた。「僕は今舞台稽古中でして、しばらく朗読もお休みです」

それは、KAKUTA第20回講演の「甘い丘」(作・演出=桑原裕子)の舞台のこと。10月30日(金)から11月8日(日)まで。もちろん、おれは観にいきますよ。

こちら「猫のホテル」オフィシャルブログに、村上さんが稽古の様子を書いています。
http://nekohote.eplus2.jp/article/130070122.html

KAKUTA「甘い丘」のサイトは、こちら。
http://www.kakuta.tv/amaioka/

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2009/10/22

25日のスロコメ「泥酔論」、ゲスト芸人は原田茶飯事さん。

きのう21日は、ここに引っ越して、ちょうど一周年だった。そして、関係ないが、来る25日の日曜日は、スロコメ@下北沢で「泥酔論」なのだ。

今回の泥酔論は9回目、ゲストは、フランス人カメラマンのDavid Mareuilさん、ようするにダヴィドさん。まったくどうなるか、わからん。とにかく「フランス人の酔い方」ってことで、おれがダヴィドさんを酔わせて、それをみんなで見物してオワリ、ってことになるかも知れない。ああ、そんな「トークライブ」に来る人はいるのだろうか。

これまでなんとかもってきたのは、芸人さんのおかげ。その芸人さん、今回は、村上航さんの都合が悪く、スロコメ店主の須田泰成さんがプロデュースしてくださったのは、原田茶飯事さん。まったく知らない方なんだけど、とにかくおもしろそう。

こちら、原田さんのサイトを、ご覧ください…クリック地獄

村上航さんは、朗読で、瀬尾幸子さんのレシピや、おれの「信濃路偏愛話」をやっていただいたが、こんどは、「唄う」ことになるのだろうか? まったくどうなるかわからないけど、とにかく、またもや芸人さんのおかげに頼っている、おれなのだ。

ってことで、どーか、みなさん、とにかく一緒に楽しく呑めばいいじゃないか。おはこびください。

スロコメのサイト…クリック地獄

と、いま、こうして、投稿文を書いているあいだに、須田さんから電話があって、来月11月の「泥酔論」の日にちが決まった。

来月の泥酔論は10回目、11月28日の土曜日です。

テーマは、「まずうまで酔う」でいきます。「まずうま」とは、「まずいのにうまい」ってやつ。瀬尾幸子さんにゲストで来ていただきたく、瀬尾さんと日にちの調整をしてからスロコメを決めたかったのだけど、来月はスロコメ=スローコメディファクトリーは開店1周年で、イベントの連打目白押し、とりあえず28日しか押さえられなかった。なので、瀬尾さんの都合は、わからない。←瀬尾さんから連絡があって、OKだったから、瀬尾さんをゲストに、「まずうま」をやります。

いじょ、よろしく。

11月1日前後に更新予定の「わははめし」第4回の校正を終えて送ったから、そのうち更新されるでしょう。こちらもよろしく。

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2009/10/21

「ミシュラン」の黄昏 2。権威の盛衰。

061a_209/10/19「白金の憂鬱、「ミシュラン」の黄昏」のつづき、ということでもないが、「「ミシュラン」の黄昏」の2回目だ。

きのうのエントリーに書いた、「スソアキコのフィールドワーク 八ヶ岳、五千年前のふつうの家の器です」が載っている『クウネル』を入手して見ていたら、「高橋みどりの伝言レシピ」に気になる記述があった。

「とうふめし」ってのがあって、作り方は、「1、ごはんを炊く。」「2、炊きたてホカホカごはんを器に盛り、とうふをその上にのせる。」「3、しょうゆをたらし、ガツガツ食らう。」と。

そのあとに「ポイントは、薬味や味つけなどの工夫をしないこと!それによって、たとえコンビニのとうふでも〝とうふめし"のうまさがわかるんです」と千さんの弁」とあるのだ。その下に、「教えてくれた人 石田千サン」「作家の石田千さんが手紙でこのレシピを教えてくれました。薬味なしのしょうゆたらりで、とうふの味がよくわかる。」

おれは、これを読んで、妙に腑に落ちない気分になった。いや、べつに、めしに豆腐をのせ、しょうゆをかけるだけのめしは、おれもやっているし、それはそれでよいのだが、そこに「ポイントは、薬味や味つけなどの工夫をしないこと!それによって、たとえコンビニのとうふでも〝とうふめし"のうまさがわかるんです」というリクツをつけているところが、どうにも腑に落ちないのだ。悩ましい。いったい、何をいわんとしているのか。

「たとえコンビニのとうふでも」という言い方から察するに、おそらく、コンビニのとうふはとうふのなかでもマズイたぐいのものなのであろう、そのマズイとうふでさえも薬味や味つけなどの工夫をしなかったら、とうふめしのうまさがわかる。スナオに考えるなら、こういう「ポイント」ってことになるだろう。

しかし、これは料理的には、どうなのだろうか。とうふめしのうまさを知るために、まずは、コンビニのとうふを買って、このようにやってみましょうという話なら、わからんでもない。が、この「ポイント」では、とうふめしには、薬味や味つけの工夫などいらないということになってしまう。ま、それならそれでよい、とうふめしにはしょうゆさえあればよい、そういう言い切りもあるだろう。それに、「薬味なしのしょうゆたらりで、とうふの味がよくわかる」ということなら、「とうふめし」なんぞわざわざやる必要はない。「とうふめし」であるならば、「とうふ」と「めし」を別々に食べるのとはちがう味わいを、そこに求めるのがフツウだとおもう。

問題は、薬味や味つけを、どう考えるかではないか。その考えがないから、こういう「ポイント」の言い回しになったにちがいない。とまでいうつもりはないが、こういう「ポイント」の説明は、料理的には、無用だし味覚に関する混乱を招きやすい「レトリック」のようにおもう。

とかく「文章家」は、こういう「レトリック」をつかい、味覚や料理に影響をおよぼしてきた。

かつて、たくさんの料理の話を文芸的に書いた「日本料理の大家」が、そばの「真味」を味わうには種ものではだめで、かけそばだかもりだかに限るというようなことをいった。ほかにも、そばや天ぷらは、その「ほんとうの味」を知るには、塩だけで食べるのがよいといった話もある。それがいつしか、そばや天ぷらの「正しい」「うまい」「通」な食べ方になってしまう。文章のレトリックにはまって、騙されるひとは、けっこういる。たいがい世の中は、誤解やカンチガイで成り立っているのだから、こういうレトリックを駆使した文芸が活躍するのだろう。

日本で、料理や味覚とりわけ「うまいもの」のことで、強い影響力を持ってきたのは「文芸」だった。なかでも、「文士」だの「作家」だのというひとたちだ。「文芸性」は、料理や味覚に限らず、あらゆる分野で、絶大な権威だった。「作家のナントカさんがこういった」というだけで、信用され受け入れられてしまう。「作家のナントカさん」にほめられただけで、ハクがつき、客が押しかける。

その作家や文士を頂点にしたヒエラルキーに、ゆさぶりをかけたのが、わかりやすい個人名をあげれば、山本益博さんということになるだろう。かれは、どういうふうに、それを崩したかというと、「フランス料理店300店を食べ歩いた」といった風ないいまわしや、「20歳のころまでに東京中のうまいものは食べ尽くしてきたつもりでいた」といった風なものいいで、権威を確立していった。この傾向は、B級グルメにまで広がり、「作家」の肩書なんぞなくても、「チャンピオン」になったり「何軒くいたおした」でいけちゃうひとたちが続出する。

そのことについては、以前に、[書評]のメルマガ2005年8月13日発行 vol.225 食の本つまみぐい(13)で、山本益博著『東京味のグランプリ1985』(講談社、1985年)を取り上げたときに、2回にわたって簡単にふれている。 タイトルは「「文士風」との別れ」だ。

そのころを境に、「文芸性」の権威は、衰退へむかう。かわって「ミシュラン」をモデルとした動きが活発になる。

公平にみて、そして当然だとおもうが、作家や文士たちの食談義より、料理関係の評論家のたぐい、どういう肩書でもよいが、山本益博さんもほかのひとたちも、どことなくいかがわしく、イマイチ、文芸な香りに欠けるのだが、料理や味覚については、それなりに真剣で正確であるようにおもう。薬味や味つけの工夫についても、それなりの考えを持って、料理や味覚にのぞんでいるようにおもう。

では、「ミシュラン」あるいは「ミシュラン・モデル」って、なんなのさってことになると、それは、ようするに一つの「ビジネス」であり「ビジネスモデル」にすぎない。その意味では、「ミシュラン」も山本益博さんもほかも、ここ数十年のあいだに成長した外食産業を舞台にした「ニュービジネス」としての成功と権威で、食文化的には、どうだろうかという問題は残る。

きょうは、ここまで。つづく。

参考=ザ大衆食のサイト
「食の本つまみぐい(13)「文士風」との別れ その1」…クリック地獄
「食の本つまみぐい(14)「文士風」との別れ その2」…クリック地獄

2009/10/19
「ミシュラン」の黄昏 1。白金の憂鬱。

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2009/10/20

わははめし、言水制作室、アンチヘブリンガンで古墳部的泥酔。

きのう。13時に小学館、長尾さん、瀬尾さん、佐々木さん。書籍化の企画とスケジュール。11月1日ごろ更新予定の「わははめし」のゲラをもらう。そういえば、このあいだ撮影の原稿も仕上げなくては。16時過ぎおわり、めしと酒の店を求め、とりあえずすずらん通り「紅とん」。あとに仕事がある佐々木さんはめし、おれと瀬尾さんはビール。佐々木さんとわかれ、言水制作室へ寄ってみると、言水ヘリオさんはパソコンに向かって仕事中。近くのおでんやで呑んで待つことに。あとから言水さん来る。ポン酒燗を、かなり呑む。勢いにのって、ときにはアンチヘブリンガンへ行きますかということになり、3人で移動。白ワインのボトルに料理いろいろ。「クウネル」の最新号を見せてもらうと、「スソアキコのフィールドワーク 八ヶ岳、五千年前のふつうの家の器です」ってことで、スソアキコ古墳部長が縄文土器と写っている。写真は久家靖秀さんだ。数ページにわたって、スソ&久家ワールド。みなさん、見てください。瀬尾さんがスソさんに電話すると、いまから来るという。それは何時ごろだろう、時間のことは、まったくわからない。と、しばらくして先にあらわれたのが、久家さん。スソさんもあらわれる。古墳部の旅行みたいだ。もうなんやらにぎやか、おれはすっかり酔って、記憶かなりアイマイ。閉店後のアンチヘブリガンのご夫妻も加わり、あれこれオシャベリ。店を出たのは25時ごろだろう。久家さんは仕事帰りでクルマだったから酒は呑まず、瀬尾さんスソさんと乗せてもらい、瀬尾さん宅。朝6時半ごろ出て帰る。呑み疲れ、騒ぎ疲れ。

■ちかごろ古墳で注目の、まいど被ってみられる帽子が楽しい、スソアキコ帽子展「頭にくるり」。10月23日(金)から30日(金)、南青山の地下鉄表参道駅近くの「DEE′S HALL」で。

スソアキコさんのサイト…クリック地獄

当ブログ、昨年のスソアキコ帽子展の様子。
2008/11/06
青山でスソアキコ帽子展、渋谷でアルシーヴ社。

■アンチヘブリガンでは、10月31日(土)15時から、大竹聡さんと牧野伊三夫さんによるトーク「へべとレケの酒ばなし」があります。「雲のうえ」編集長の大谷道子さんによる「エアクラシックギター」の演奏もあるそうです。会費1500円(ワンドリンクとつまみ一品)。申し込みは、電話かメールで。

■えーと、あと、言水制作室が、「半酒場」だかなんとかになるイベントがあるという話を聞いたのだけど、いつ何のイベントでしたっけね。

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2009/10/19

「ミシュラン」の黄昏 1。白金の憂鬱。

054_2では、2009/10/14「万盛庵のカレーうどんと漬物。」に約束したように、「ミシュラン」のことについて書こうと思う。

先日の「商店街ぶらぶらロケハン」では、正午のころ「町屋のときわ食堂」へ行った。「町屋のときわ食堂」というと人気店有名店であり、たいがい、京成線沿いの、そこのことである。が、おれは、姉妹店の、町屋地下鉄駅ビル地下にある「ときわ」へ同行の2人を案内した。それにはワケがあるのだが省略。そこで飲食が終わってから、イチオウ「町屋のときわ食堂」の前へ行った。この最初の画像が、それ。

055ときわ食堂は変わりがなかった。変ったのは、前の京成線の景色だ。高架の下にあった造作が、きれいさっぱり消えて、金網が張りめぐらされた。そうなのだ、おなじ京成線の日暮里と新三河島のあいだの高架下にあった竹屋食堂も追い立てをくらい退去して、そこも同じような有様になっている。なんとまあ、せちがらいというか、大らかさを失っていく東京の姿である。都内に近年ふえた風景の一つというと、このように鉄道の高架下をキレイにし、金網で囲ってしまうことだ。こういうことの先に、どんな未来があるというのだろう。東京は、高架下があっての、活気ではなかったか。「下層」を大事にしない文明は滅びる。と、誰か、って、おれがいまいった。

東京は変ったのである。とうのむかし「浅草の灯は消えてしまった」と、「消えた劇場の戦後史」で森秀男さんが書いたのは、『東京人』1986年秋、創刊4号だ。

050225matiya_tokiwamaeこの最後の画像は、2005年2月、ときわ食堂の前の京成線高架下だ。画像の左手に古本屋があったと記憶していた。高架下の古本屋なのか、住人がいるかいないかわからない高架下の住居の軒先を借りての営業だったか、確かなことは知らないが、そこも当然なくなっていた。

そして、ちょうどその前あたり、ときわ食堂の並びで町屋駅へ向かう方向、キレイになった高架下を撮影しているあたりの道路沿いの狭い隙間に、箱や本棚を置いて、これはどう見ても露天の古本屋が営業していた。おれは、高架下にあったのが、ここに移って営業しているのだろうかと思いながら、その箱をのぞいた。すると、『東京人』1986年秋、創刊4号があった。250円で買った。

1986年というと、いわゆる「バブル景気」の始まりのころになる。「私のなかの東京」というテーマで、何人かの著名人が書いている。古井由吉さんの「白金の憂鬱」を読んだ。古井さんは、かつて「白金」に住んでいたが、いまの地名の「白金」はあまりにも違って見当を狂わせられると書いたあと、こういう。

「しかし旧町名復活の声には、私はほぼ与さない者である。地元の住人たちがその暮らしの中から叫ぶのなら、耳を傾けたいが、たいていの場合、じつのところ、その声を聞くだけでも憂鬱になる」

「変ったのは町名だけではない。土地も変った、暮らしも変った、人も変った。四十年あまり前の戦災のせいよりも、それよりもはるかに多く、ここ二十何年にもおよぶ狂奔のせいである。しかもその狂奔の元には、すこしでも豊かな暮らしをもとめる、是非もない衝動があったと思われる。つまり、元が貧しかったということなのだ。そして貧しい者たちの殺到は、いったん走り出したら、程々のところで停めるというわけにはいかない」

「狂奔の流れがようやく滞りかけて、われわれは立ち止まり、あるいは立ち止まされ、身辺の荒涼に唖然としている、というところがここ五年ばかりの現状だろう」

確かに、そうだと思う。そして、そうだと思うと同時に、その狂奔は、「グルメ」に関していえば、「一億総グルメ」が流行語になった、そのころから、ますます荒れ狂ったのだった。「その狂奔の流れがようやく滞りかけて、われわれは立ち止まり、あるいは立ち止まされ」、人によっては「身辺の荒涼に唖然としている」のが近頃なのではないかと思う。

この話は、「ミシュラン」の黄昏の、ほんの露払いのようなもので、まもなく午前2時になるいま、眠いし、明日もいろいろあるので寝ることにした。つづく。

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2009/10/18

農業とアートと手仕事。下諏訪、御田町マルテ市場。

004「ナントカの秋」とやらで、いろいろなイベントが、わんさかある。なかでも、ちかごろ気になるのは、大都会の消費的イベントより、地方の地域と手仕事にふれあうイベントだ。

たとえば「アート」なんていうもの、消費的な東京のような大都会では、まさに「アート」を鑑賞的に消費して終わる。本来「アート」は、手仕事そのものであったり手仕事と深い関わりがあったはずなのに、その一片も見出すことが難しい。そして手仕事から遊離した指先から生み出されるアート化したアートが、「高級」なものとして尊敬を集める。それは、必ずしも「アーチスト」の問題ではない面もあるが。

011ところが、ちかごろ、地方あるいは東京近郊で、よくみかけるようになった、「農業とアート」ってなものがある。農業もアートも、「手仕事」としての関わりが感じられるし、「消費者」として参加してみると、手仕事と親しい交流があったりする。消費者として参加することが、直接に手仕事の人たちの励みになり、消費者も元気になるという関係がある。

正直いうと、「農業とアート」については、うさんくさいものを感じていた。実際に、「農業ブーム」に便乗した売名行為のようなアートもないことはない。アートは、一面では、なにかに寄生しなくては生きていけない。その寄生が売名というのでは、手仕事に対する冒涜ではないか。なーんて、思ったりした。だけど、そうではない、なんてのかな、ちかごろのそういう傾向を、おれは「農芸(農業と芸術)兼業」あるいは「農アート(農業とアート)兼業」というふうにとらえるとオモシロイと思うようになった。

012そもそも日本の農業は、兼業に負うところが、多かった。建設作業員や工場労働者や運転手やりながらの営農、公務員やりながらの営農、いろいろな兼業があった。そこに、「アート業」が加わったと考えることもできる。「農芸兼業」「農アート兼業」は、従来の兼業とは、かなりちがうのだが、これからの「なりわい」として可能性があるような気配を感じる。

014農業ではないが手仕事のイベントのことだ。この夏おじゃました下諏訪のすみれ洋裁店の緑さんから、「御田町マルテ市場」の案内が届いた。

「手からうまれる生活に必要なものと夢。/マルテは「(文字がないぞ。○の中に手の字ね)」、手の仕事を集めた/市場です。」

「御田町商店街では手の仕事が少数ながら生きています。/お弁当を作る手、疲れた体を揉みほぐす手、道具を作りまた修理する手。/木の工房・布製品・革製品・料理人など素材は違えどコツコツ作っている若手から、パン屋・酒蔵・おばあちゃんのお漬物・機織職人の大ベテランまで。」

「未来に向かって正直な仕事を伝えたいと日々手を動かしているつくり手と/お客さまが手仕事を通じて相互に楽しめる場所として、生活の源である商店街の/真ん中に、このたびハレの市場を作ってみようと思いました。/商店街のお店の他にも町内外から仲間を募り、15店ほどのお店が並びます。/みなさまのご来場、一同こころよりお待ち申し上げております。」

2009年11月1日10-16時。

下諏訪の駅から正面の道を行くと、すぐ国道にぶつかる。右へ。火の見櫓のそばの「大社通り」の信号に出る。まっすぐゆるやかな坂をのぼると、諏訪大社下社秋宮。左に曲がると、御田町商店街。酒蔵もある(二番目の画像。まだ呑んだことがない)。スミレ洋裁店は、この商店街を行って、つぎの信号を左に曲がったところ。

008「御田町マルテ市場」の会場は、商店街のなかごろ右手にある町営駐車場だ。「大社通り」の信号のそばの火の見櫓の下は「第三区事務所」というものだが、建物の左隅に「菅野温泉」という小さな看板が出ている。のぞくと、トンネル状になっていて、通り抜けできる。先に、200円ぐらいで入れる銭湯の菅野温泉があるのだ。

外側から見ると、古い三層の屋根の建物だ(上の画像の右側)。なかは天井が高く、浴場はタイル張り、湯船が真ん中にあって洗い場が囲んでいるという珍しい造り。一度は入ってみることをおすすめしたい、好きな温泉だ。この銭湯温泉の裏側に隣接して、その町営駐車場はある。

書いていると、行って、温泉に入って、燗酒呑みてえなあという気分になってしまう。
きのう歩いた東京の商店街も、手仕事感にあふれていた。

緑さんの「続続・すみれ日記」…クリック地獄

当ブログ関連
2009/09/06
うなぎが食べたいよ~。スロコメ「泥酔論」よろしく~。

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2009/10/17

商店街ぶらぶらロケハン。

001_2「ぶらぶら」というほどのんびりでもなく、シッカリ歩いたきのう。朝10時に山の手線駒込駅集合は、わははめしチームの瀬尾さんと佐々木さんとおれ。駒込銀座から霜降、染井、西ヶ原の商店街、飛鳥山経由で王子駅まで歩き。都電に乗って12時ごろ町屋。ここで昼飯ってことで、「ときわ食堂」姉妹店の「ときわ」へ。やはり、よいね~。瀬尾さんも佐々木さんも大興奮。1時間以上かけて、たっぷり飲み食い。のち、町屋の路地をうろうろしなが069ら、荒川自然公園。都電に乗って終点の三ノ輪橋。三ノ輪橋商店街をたっぷり。荒川スポーツセンター側にぬけ円通寺から南千住駅方面へ。コツ通りに出る手前、歩きつかれたお茶にしようと見れば、「魔性の味」なる看板の喫茶店「オンリー」。コーヒー飲んで、マスターがなぜかサービスで出してくれたアイスクリームを食べ一息つく。南千住駅に出て、仮店舗営業中079の鶯酒場を見るだけにとどめ(ばあさん元気)、常磐線で北千住。松下さん合流。宿場通り、呑み横、その裏などうろうろし、呑み横にもどり、「幸楽」に入ったのが17時半過ぎ。もうあとは呑むだけ。松下さん先に帰り、10時ごろまでか?記憶喪失とまではいかないが泥酔。生ビール、酎ハイ2杯、燗を3本か4本あたりからよく覚えていない。北千住駅で、それぞれ帰りの電車コースがちがうから解散。ウチに帰り着いて、バタン寝る。

はて、もう少しロケハンが必要な気もするが、もう、あまり時間もない。この結果は、どんな本にまとまるか、来年のお楽しみ。しかし、もう来年の話ばかりの年末まっしぐらなのだなあ。あなたは、どうしてますか。

057

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2009/10/16

三重県四日市からラブコール。

またまたリンク。じつは、きょうも朝から一日忙しい。こういうときは、人様のブログにリンクをはらせてもらい、そちらをご覧いただこうというわけだ。しかも、これはまた、ありがたい熱いラブコール。どうもありがとうございます。

「たう日記」さん、2009-10-15「大衆食堂と四日市」に、こんなぐあい……


私はエンテツせんせーのブログをいつも読んでいる。大好きです。

(略)

エンテツせんせー!

四日市はもしかしたら楽園かも?お近くにお寄りの際はぜひ四日市へ。


……と。ご覧あれ…クリック地獄

四日市の大衆食堂やまちのことを紹介している。うん、行ってみたくなった。これまで三重には何度か行っているが、いつも四日市は素通りだった。はやいうちに、わざわざでも行ってみたい。

たうさんのプロフィールを見たら、「ラジカフェ店主(http://d.hatena.ne.jp/radicafe/)の嫁」とあった。「ラジカフェ」は、おしゃれな楽しそうなカフェ。料理が、うまそう。ときどきブログを拝見していた。

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2009/10/15

農業に関する、二つのリンク。

駅売店で「東洋経済」誌が「食と農業」の特集をしているのを知った。ここのところ、このテーマだと、関心も高いようだ。民主党政権になって、食と農業、とくに農業は、どうなるか。という関心もあるようだ。

たしかに、自民と民主では、大きなちがいがあるようにみえる。でもね、バラマキということでは、どっちも同じだし、それにすがる関係も同じだよ、なにも変らない。バラマキかたによって、多少は経済効果がちがってくることはあるだろう、だけど、ここまで壊れてしまった農業を基盤とした地方の産業は、ちっとやそっとじゃ回復しない。まったく先が見えない。地方経済は、もっと深刻になるだろう。といったあたりが、おれが直接聞いた、地方の何人かのみなさんの声だった。

ともあれ、最近、「農業」がらみで、二つのブログからリンクをいただいている。

ドイツのpfaelzerweinさんの「Wein, Weib und Gesang」、2009-10-10「八割ほどは、本当かな」は、まいどのことながら、鋭いところを突いている。「農業に無関係に過ごしている我々にとってはやはり違う関心が湧いてくるのである。ビオとかエコとか自給自足だとかの掛け声の下に議論されているようなことが如何に本質に迫らないかが分かってくるのである」と。…クリック地獄

当ブログの2009/10/06「うまいものにこだわる「窮屈至極な食べ物の世界」と「農業ブーム」。」にリンクをいただいている.


そして、もう一つは、愛媛は西条市の藤田敏さんの「38歳からの百姓志願~実践編」、2009年10月09日「旨い米、とれるか?」だ。…クリック地獄

ザ大衆食のサイトにリンクをいただいているのだが、2009/09/02「「ミーツ・リージョナル」10月号、「農業はアナーキーでパンク」というセリフに、よろこびました。」に紹介した、ミーツ10月号の特集にふれている。

藤田さんは、「東京・神奈川での15年間のサラリーマン生活の後、相原農場(神奈川県藤沢市)での研修を経て06年春に故郷・愛媛県西条市で就農」した。昨年の9月、藤田さんを訪ねた。そして、すでに書いたように、この夏、北海道美瑛町で、藤田さんより1年遅れぐらいで就農した方を取材した。

愛媛と北海道では、かなりいろいろ様子がちがうとおもった。北海道は、深く東京大消費市場に依存せざるを得ない状態にある。そういう状態を、東京=中央がつくってきた。いわば、北海道を、東京=中央の資源庫として、開発したきた。なんてのかな、関東以北は、東京=中央と一体というか、東京=中央の一極集中化に強く組み込まれているが、長野、静岡から西は、多様性に富んでいるようだ。

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2009/10/14

万盛庵のカレーうどんと漬物。

037_2ああ、チョイと遊びすぎたというほど遊んではいないはずなのだが、どうしてこうもアタフタになってしまうのだろうか。みんな、どうせ大不況で、そんなにあせっても無駄なコストが掛かるだけだから、のんびりコツコツやりましょうよ。ほんとうに必要なことを、ほんとうに必要なだけやる、そういう考えと習慣を、この大不況のときにこそ身につけるべきでありましょう。なんて書くと、てめえだけ、遊んで大酒かっくらってきて、なにぬかすといわれそうだが。いやあ、はははははあああ、悔しかったら1日たりとも遊びに行けないほど、仕事をくれてみろ、ってんだ。

そうそう、それで12日に食べた、万盛庵のカレーうどんと漬物のことを書こうとおもっていたのだが、あまりに忙しかったせいか、もう遠いむかしのことにおもわれて、なんだか書く気がおきない。

このカレーうどん、ずるっ一口食べたあとは、もうガツガツ一気に食べてしまった。具だくさんでうまかった。それで十分。

038二番目の画像は、漬物の盛り合わせ。カレーうどんで生ビールを呑んだあとは、漬物でポン酒を呑みまくった。ほんと、漬物とポン酒、いいですねえ。口がスッキリさわやか、ぐいぐい呑めます。この盛り合わせは、おろぬき大根とみょうがと、それから正しい名前は、なんてのかな「糸瓜」だろうか?「冬瓜」じゃないよね、中が糸状になるやつだから。この漬物は初めて食べた。みんな、うまいんだなあ。

041三番目の画像は、パプリカではなく、カグラナンバンの漬物ですよ。たいがい夏の青いうちに食べると、ものすごく辛いから用心してつまんでみたら、ほんのり辛いていどで、野菜らしい甘味もあって、なかなかよいのですよ。万盛庵でも、初めての試みらしい。まんちゃんのブログを見てください。

万盛庵のまんちゃんによるブログ「万盛庵通信」の今日14日に、この赤い漬物のことが書いてある…クリック地獄

って、ぐらいで、この件は、おしまい。もしかすると書き足すかも知れない。

えーと、それから、世間を騒がしている「ミシュラン」、といっても、マスコミと業界一部が、ミシュランのパブにのって騒いでいるだけだけど、そのミシュランの件について、おまえの高度な見解をブログに書けという要望が、たった約1人から強く言われているので、近日中に書きます。それで、よいですね。

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2009/10/13

六日町=万盛庵・大和屋旅館、飯山線経由、小諸=揚羽屋、泥酔紀行。

やれやれ、きのうは六日町で泥酔宿泊。今朝は、6時半ごろ寒くて目が覚める。浴衣も着ずに、パンツとシャツだけで、ふとんの上に寝ていた。ただちに温泉に入り、そもそも泊まる予定ではなかったから、片付けなくてはならない仕事はあるし、早く帰宅すべく7時15分ごろ旅館を出た。ほろ酔い二日酔い、身体がふわふわ。六日町駅に着いたら、すぐ7時39分発のほくほく線直江津行きがあった。

なんとなく天気もよいし、真っ直ぐ帰るのもツマランという気分になり、とりあえずほくほく線に乗り十日町へ行ってみよう、それからまたもどって越後湯沢か、飯山線で越後川口へ出るかして、上越新幹線に乗るもヨシ。と思ったのがマチガイのもと、というか、正しかった、というか。缶ビール呑みながらローカル線各駅停車の旅になった。十日町から長野へ出て、小諸で揚羽屋に寄り、そのあと軽井沢まで全部各駅停車。駅数を数えたら、54あった。軽井沢からは新幹線で、17時半ごろ、とにかく帰り着いた。継続二日酔い状態、アンド、くたびれた。とりあえず、所要時間を記録しておこう。

六日町発7時39分-十日町着7時53分(十日町駅前通りふらふら) 発8時30分-戸狩・野沢温泉着9時49分 発9時52分-長野着10時53分(長野駅周辺ふらふら) 発12時10分-小諸着13時13分(揚羽屋) 発14時51分-軽井沢着15時15分 発16時01分

001きのう12日、六日町に着いたのは15時ごろ。昨年の9月以来。駅正面に見える、坂戸山の城址が、NHK大河ドラマ「天地人」の上杉景勝と直江兼続「生誕の地」ってことで、なにやら狂噪曲状態らしい。とはいえ、たいがい静かな不景気風のなか、南魚沼市議選の街宣車の声が狭い盆地に響きわたっていた。

うろうろしたのち万盛庵で呑みだしたのは17時半ごろか。中学同期の、エッちゃん、クボシュンさん、モリオさん、リキさんの順であらわれる。ビールのあと、クボシュンさんとおれは高千代辛口を常温、モリオさんは八海山の冷やしたやつ、リキさんがあらわれ高千代辛口を燗。注文するときだけ、そのようにわかれてはいるが、お互いに注ぎあっているうちに、三種混合状態という、どうでもよい有様に。泥酔コースまっしぐら。

おれは21時半ごろ万盛を出て最終の新幹線で帰るつもりだった。だけど、エッちゃんが外へ呑みに行きたいというので、では、めったにないことだから、付き合おうということになる。いつも泊まる、きょねんの9月にも泊まったホテル宮又は、このあいだおばあさんが亡くなった。営業しているかどうか、万盛のとうちゃんが電話をしてみてくれたが、やはりもう営業はやってないらしく電話はでない。

最終的に、前から泊まってみたかった、大和屋旅館に決まる。素泊まり3,701円というビミョーな値段で、宮又なみの安さ。22時までにチェックインすれば、あとは午前様OKというから、とりあえずエッちゃんとクボシュンさんと、大和屋へ。もうかなり酔っていたし、動いてさらに酔いがまわった身体で、さて、とにかく呑もうぞってんで、スナックへ行った。その途中、むこうから来る女ひとりあり。なんと、やはり同期生で、おれはたぶん高校卒業以来会うのは初めてのミワさん。拉致し同行を強いる、ってことで4人で呑む。何を呑んだか思い出せない、何時にどうやって旅館にもどったのかもわからん。

044六日町駅前1分ぐらいのところにあって、むかしから簡素な佇まいの「ビジネス旅館」の大和屋は、建て替えて新しくなったが、簡素であることは変らない。その「精神」は、この画像を見てもらえばわかるだろう。宿帳を書くための筆記具が、鉛筆、しかも、画像ではわかりにくいが、手で削ってある。お茶も、ティーバッグなんぞではない。もちろん、湯量豊富のかけながしの温泉に、いつでも入れる。すべて心地よし。これからは万盛庵で呑んで大和屋旅館ってことになるだろう。

051十日町駅に着いたら、そのあと飯山線の最初の電車が、越後川口方面ではなく、逆の長野方面行きだった。30分あとぐらいに戸狩・野沢温泉行き、3分で長野行きに接続する。それなら、といっても、ただ長野方面の電車が先に出るというだけで、長野へ向かうことにした。

飯山線は初めて乗る。信濃川(千曲川)沿いに南下し北信に入るが、このあたりは以前に何度かクルマで通って、その景色は印象に残っていた。日本一の豪雪地帯といわれ、むかしから過疎だった地域を走るのは一車両のみ。しかも2割ていどの乗車。

057景色に身をまかせ、うとうとしたり、このあたりを初めてクルマで通った9歳のころを思い出したり。ほとんど堤防のない川は、自然にゆったり蛇行しながら流れている。気分も、ゆったり蛇行、大らかになるねえ。

新潟県と長野県境の森宮野原あたりでは、列車は山峡を走る。ぐんと川幅が狭くなる。そこを抜けると、景色が開け、飯山地方。戸狩・野沢温泉駅で、3両編成に乗り換える。

076長野では、20分後ぐらいに小諸行きの列車があったが、1時間ばかりうろつくことにし、改札を出る。駅そばを食べ、缶ビールを呑みながら、駅周辺をうろつく。善光寺は何度も行っているからパス、ちがう道をうろうろしていると、いい雰囲気の食堂を見つけた。まだ開店前、写真だけ撮る。

14時ごろ小諸の揚羽屋に到着。例年、ご主人の6月の命日が近い、アユのころに行くのだが、今年は忙しくて、チャンスがなかった。生ビールと、亡くなったご主人が好きだった、人気のソースカツ丼を食べる。また酔いがゆりもどり、ふわふわと軽井沢に出て帰る。

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2009/10/10

いやはや、おどろいた。

きのう、コメントいただいたとき、気がつかなかったのだけど、右サイドバーの「最近のコメント」欄の、「ありふれたものを美味しく」に投稿いただいた、giraud ジローさんって、「ロテル・ド・比叡」のレストラン「ロワゾ・ブルー」の料理長ではないですか。なんという出あい、ネットならでは。

みなさん、ホッピーばかり飲んでないで、ときには「ロワゾ・ブルー」でフランス料理を食べなさい。
http://www.hotel-hiei.jp/loiseau_bleu/index.html

かっこいいシェフ、ジローさんのブログは「かけっこ料理人 ジローchefの 走り書き」。サブに「フランス料理とマラソンに燃える オフロードCHEFジローのひとりごと」とある。
http://34513451.blog16.fc2.com/

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『柳橋物語』 秋鯵はカナシカラズや。

「JR総武線浅草橋駅の、東口の階段をくだり、江戸通りを右へ、人形問屋のウインドウなどをみてゆけば、じきに浅草橋です」と、小沢信男さんの最新刊『東京骨灰紀行』の「新聞旧聞日本橋」の書き出しだ。

神田川に架かる浅草橋を渡り、最初の右へ曲がる通りを行くと、1分とかからない左側に[酒とつまみ社]が入るビルがある。そこで酒を飲む、わけじゃない。だいいち、[酒とつまみ社]は、「酒とつまみ」という季刊を自称するが実際は年刊であると世間では評判の雑誌を出しているのであって、飲み屋ではない。でも、行くと、たいがい酒はある。

浅草橋の上で立ち止まり、神田川の下手を見ると、もう一つ橋が見える。柳橋と呼ばれる。その橋が開通したのは、元禄の赤穂浪士の討ち入りの4年か5年後。 

山本周五郎の『柳橋物語』の最後は、このように終わる。「――柳橋の祝いに集まる人たちだろう、表は浮き立つようなざわめきで賑わっていた。」

その賑わいを、家で聞いているのは、主人公のおせんである。おせんは、かつて自分が愛していると思い込んでいた男、おせんを好きだと言いながらおせんの言うことよりおせんに対する中傷を信じた男に、決定的な別れの蹴り入れて追い返したばかり。気分スッキリ、といったところかも知れないが、読むほうは、なんとまあ、思い違いや底意地の悪さや身勝手うずまく、人間て切ない動物なんだわ~の余韻が残る「下町物語」なのだ。

恋だの愛だのというと、とかく春や夏が舞台だ。しかし、なかなかどうして秋もキケンなのだ。ひと恋しい秋、人肌こいしい秋。ああ、メランコリックな秋。あのひとはどうしているのやら、冷たい秋風に、人肌燗が恋しいのはおれのこと。

赤穂浪士が討ち入りする年の秋だ。まだ柳橋はなかった。いまの浅草橋駅や地名でいう柳橋周辺が舞台だろう。そのあたりは、かつて河岸があった日本橋に近い。そして秋といえば鯵。おせんは研き職人の貧乏店の台所で、秋鯵をおろし、酢の物にしている。その場面が物語の書き出しだ。秋になると、一度は思い出すね。以下……


 青みを帯びた皮の、まだ玉虫色に光っている、活きのいいみごとな秋鯵だった。皮をひき三枚におろして、塩で緊めて、そぎ身に作って、鉢に盛った上から針しょうがを散らして、酢をかけた。……見るまに肉がちりちりと縮んでゆくようだ、心ははずむように楽しい、つまには、青じそを刻もうか、それとも蓼酢を作ろうか、歌うような気持でそんなことを考えていると、店のほうから人のはなし声が聞こえて来た。


……以上。秋鯵は、作者の「食通」ぶりをひけらかしたり、一般うけねらいの「小粋な娯楽性」のための小道具ではない。秋鯵を酢の物にしているおせんの描写は、下町の何気ない日常のことであり、あとになれば、その何気ない日常の秋に始まる、秋だから始まったともいえる、じつに切ない物語の書き出しなのだ。

で、おれがいま書きたいことは、この最初の「青みを帯びた皮の、まだ玉虫色に光っている」にある。「まだ」「玉虫色にひかっている」のである。おれは、最近、「まだ玉虫色に光っている」鯵を見てない。

P4250043_2「まだ」とあるのは、「まだ」「玉虫色にひかっている」ほど、活きのよい状態である。その状態の鯵を見たのは、……と考えたら、06年4月25日が最後なのだ。あとは、どんなに活きがよくても、玉虫色には光っていなかった。

その日の午前中だった。ふらっと一人、というより二日酔いでふらふらか、東海道線で小田原のひとつ先の駅、小田原漁港がある早川でおりた。そして駅の近くの魚屋の店頭で、それを見た。見惚れた。魚屋は、小田原漁港と、漁港にある漁協の市場から、徒歩でも10分かからないだろう。鯵は、玉虫色に不可欠の金色まじりが、きらきら光っていた。

P4250064あの玉虫色は、良好な保存状態で、どれぐらいもつか知らないが、いまでは都内の魚屋でも、それを見るのは難しいのではないだろうか。

たいがいの人は、シュンとはいえ、獲れたてのシュンとは違うものを「シュン」といって食べている。時代が変れば、シュンの意味も変るのだな。

本をたくさん読むのもよいとして、時代によって変る言葉や感覚や実態を、どれぐらいとらえて本を読むのだろう。ましてや、秋鯵をおろす秋の夕暮れどきの小半時のあいだに、河畔でいわれた一言で、愛してもいなかった男を愛していると思い込むように、人は雰囲気に流されやすいし、思い込みをしやすい。

10年前に読んだ本の印象や理解は、必ずしも正確ではないどころか、あらためて読むと、大いに違ったふうにも読める。しかし、読み返すことなく、べつの本を読むだけなら、読み違いを重ねることになりはしないか。誤解のまま、ひとに接し話しているかも知れない。ま、でも、本をたくさん読む頭のよいひとは、読み違いなんてことはないのだろう。おれの場合は、そうはいかないから、おなじ本を何度も読むことになる。どのみち、時間は、みなにおなじように与えられている。おれがこの本を読んでいるあいだは、ほかのひとは違う本を読んだり違うことをして、違うものを得ているか捨てているかしている。お互い、そうなのだ。世間は、その寄り集まりのわけだ。

『柳橋物語』新潮文庫の解説は、奥野健男さん。「無邪気なそして健気な十七の少女おせんの人生を決定してしまったのは、ほんの初秋の昏れの、隅田川の柳の下のムードであった。冒頭の祖父源六のために料理する秋鯵のかなしさ、悲劇を含む日常性のたしかさ、なつかしさは見事である。おせんも、そして読者もこの三枚におろした秋鯵の酢のものの味を生涯忘れることができない。ここに確かに江戸庶民の、そして作者の生活がある」

P4250046ああ、人間て、哀しい生きものだ。なーんて、もの思いにふけりがちな秋のようだけど、この鯵の酢の物に燗酒で飲んだくれるのも、いいですな。「まだ玉虫色に光っている」鯵は手に入らなくても、刺身にできる活きのよい鯵は、スーパーで簡単に手に入るもんね。

この物語は、思い違いや底意地の悪さや身勝手うずまく世間を生き抜くには、小賢しいウソをついたり、小賢しくふるまうより、愚直を貫くことであると、たくましく生きるおせんを通して作者は語っているようでもある。この、まだ底の知れない大不況下を、庶民が生き抜くには、やっぱり、鯵のような大衆魚と愚直ですね。

画像は、06年4月25日の早川駅と小田原漁港と、「まだ玉虫色に光っている」鯵があった魚屋。この魚屋の前あたりに大衆食堂があったが、開いてなかったので入ってない。漁港の防波堤で飲んだ缶ビールがうまかった。そうだ、泥酔小旅へ行こう。秋は、田舎ですね。

この前日、横須賀での風呂会に牧野さんに誘われ、風呂会会長の瀬尾さんに初めて会ったのだな。

関連
006/04/26
横須賀風呂会泥酔鎌倉泊熱海よれよれ中野の夜

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2009/10/09

ひな壇の上と下。「上品」と「下品」という言葉は、なるべく使いたくない。

004「ふつうのうまさでいい」「ふつうでいいじゃないか」と俺はいっている。けれど、「ふつう以上でなくてもいい」というと、角が立つこともある。みんな「ふつう以上になるために頑張っている、その努力を、なんと心得る」ってわけだ。いやあ、たしかに、そういう努力をしているひとを批判するのはマナーに反するかも知れない。

でもね、いまどきは、そういうことだから、「ふつうでいいじゃないか」と、なかなか言えない空気もある。そういう空気に風穴を開けたくなるわけだ。窮屈で息苦しいからな。そういう空気って、いいのだろうか、幸せなのだろうか。ひとを幸せにするのだろうか。けっこう無理があって、不幸せを生んでいるんじゃないだろうか。

でも、ま、表現としては、「ふつう以上を気取ることなく」ぐらいならどうだろう。すると、うん、まあ、気取ることはないよな、というセンでなんとかおさまるようだ。

よその国のことは詳しく知らないが、日本で「ふつう以上」というと、ひな壇の上に登ることだ。つまり、「ふつう」というのは、ひな壇の下である。で、「ふつう以上」というと、「ふつうのひとより上に立つ」に直接つながってしまう。だけどね、昔から、ひな壇の下でも、いろんなことに優れた人はいる。べつにふつうの人より上になろうというのではなく、なんてのかな、ひたすら自ら「磨く」ってのかな。

ひな壇の上にあがってひとの上に立つことが目的じゃなくてさ、おれはこれだけのことを知っているとか、きさまはこんなことも知らんのかと、ひとに誇示するためじゃなくてさ。自分の考えに、ひとを従わせるためじゃなくてさ、従わない者を排撃したり排除するためじゃなくてさ。ひとの頭の悪さを侮るためじゃなくてさ。知識や情報で競うためじゃなくてさ。

「いま、日常の環境は、「ふつう」でいることが、とても難しくなっているようだ。いつも「ふつう以上」に向かって追い立てられている感じである。そもそも外食の分野にしても、「厳選」された「特別なうまさ」を競って、激しい競争が続いている。お店も競い合い、客もまた、より「グルメ」であることを競いあう。そんな情報が氾濫し、あおり立てられる。本来おいしいものを食べてくつろぐはずが、趣味を楽しんでいるはずが、人より上をゆく情報を求め競争になってしまう。なかなかシンドイ環境ではないですか。」

ってことで、大衆食堂のことを書いた校正を、おえた。

これ、ある雑誌の「大人の放課後」というコーナーなのだ。その雑誌について書くと長くなるので、べつに近日中に紹介するが、とにかく俺は、「大人」の仲間入りをしたらしい?

「大衆食堂の楽しみ」といった感じのテーマをいただき、約2千字ほど書き、またもや持論の「ふつうのうまさ」を展開したのだが、「大人」のコーナーなので、今回は、少し「大人」らしい表現を考えた。

その文章に、編集さんが「大衆食堂再発見!! 「ふつう」のうまさを楽しむ」というタイトルをつけてくださった。やはり編集さんがつけてくださったリードの書き始めは、「経済大国のはかないバブルの夢、疲れていませんか「美食家」を気取るのは。」である。ね、「気取る」ことはないのですよ。

日本人が「ふつう」のまま「ふつう以上」になれないで、ひな壇の上と下になってしまうについては、「上品」と「下品」という言葉が深く関係しているのではあるまいかと考えた。この言葉は、ヒジョーに、モノゴトを見る目や思考を貧しくしていると思う。

ま、そんなことで「上品」「下品」についてアレコレ考えた。そして、先ほど、右サイドバーのコメント欄を見て、おどろいた。

2006/10/06「ありふれたものを美味しく食べる」に、いただいたコメント、「京都でフランス料理を作ってます。たまたま、うちのホテルに、ロワゾー氏の娘さんが泊ってくださって…」という方だ。フランスの三ツ星レストランのオーナーシェフだったロワゾーさんの自殺については、例のミシュランがからんでいろいろな話があるが、よくわからない、ただこんなことはあってはならない、痛ましいだけだ。そして、でも、ロワゾーさんは、「ふつう」のまま「ふつう以上」になった方だから、いまこうして料理人の方が読んでも感動する、すばらしい言葉を残したといえると思う。

「上品」「下品」という言葉を捨て、「ふつう」の営みのなかにある「豊かさ」に目を向けること。

ちょうど、そんなことがあった、「ふつう」の日でした。まもなく午前1時の、ほろ酔い深夜便。

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2009/10/08

「泥酔論」のこと。

2009/09/27「スロコメ@下北沢「泥酔論」盛況御礼。」に「詳細あとで」と書いたまま、日にちがすぎてしまった。そのあいだに、8月の泥酔論の様子を詳しくブログに紹介してくれたお2人が、またもや詳細に報告してくださった。よくまあ、酒飲みながら、こんなに覚えていられるものだという、おどろきのレポート。

お2人は、その8月が初めてだったのだけど、村上航さんのファンなのですね。でも、泥酔論を気に入っていただき、9月26日には、おれはお2人から大阪土産をもらってしまったのだった。熱いレターも添えて。そのお2人のレポートを、ごらんください。詳細のうえ臨場感があって、おいしいですよ。

「ねこまたぎ」さん2009-09-27■[呟]「泥酔論」…クリック地獄
「桃色スパイダー」さん2009-09-27■[日常]土曜日の出来事。…クリック地獄

付け加えると、8月の泥酔論のときには、すでに紹介した10月1日発行のミーツ別冊『東京通本』の取材が入っていた。それが、53ページに載っている。この笑いのなかに、お2人もいる。「下北的学祭、開催。じわっと沁みる、"笑いのるつぼ"」の見出し。須田さんは、コメディライター兼プロデューサーでありモンティ・パイソン研究家でもあり著書も多数と紹介されている。

Tokyotu_surokome

もう一つ付け加えれば、9月26日に村上航さんが朗読してくださった、おれの文章は、ミーツ別冊『酒場の本』に掲載の「めしの鬼・エンテツ(遠藤哲夫)の めし屋酒のすすめ」だ。大阪・京都・神戸の三都めし屋酒のことだけど、自分ではイマイチだなと思うところのある文章だったが、朗読で聴くとなかなか硬質というか、リクツっぽいカタイところが、あんがい味になっていて、これはこれでよいのかなという気がした。とにかく、読むのと、聴くのとでは、ずいぶん印象がちがうものだ。

次回は10月25日、どうなることやら。泥酔論では初めてのガイジン、フランス人のダヴィドさんがゲストです。もう一昨日になったけど、経堂の「大田尻家」と「さばの湯」で一緒に飲んだ。ダヴィさんは真面目な方なので、とても緊張しているようだ。ま、来日5年、まだよく日本語もわからないのに、日本人だってなんだかよくわからない「泥酔論」に引っ張り出されるのである。とりあえず、引っ張り出す、おれが面白がっているだけなのだな。「だいじょうぶ、だいじょうぶ、俺にまかせておきなさい」といいながら、燗酒を飲み交わして、俺が先に酔ってしまった。

いつだって、ケセラセラなので、なにが大丈夫か、俺にもわからない。人生そんなもんでありましょう。かっこつけたり、結末のわかっていることばかりじゃ、ツマラナイ、面白くないでしょう。お前はツマラナイから引っ込めといわれるまで、果敢にやるのみ。

そのダヴィさんは、「さばの湯」で、初めての人たちと、すぐさま卓球に興じていた。こんなぐあい、須田さんがブログに画像を載せている。…クリック地獄
大丈夫のひとである。

経堂の「さばの湯」も下北沢の「スロコメ」も、須田さんがやっている店だ。スロコメは、来月11月で1周年だそうだ。この大不況下で、よくもったなあ。その上、さばの湯まで開業して、よくやる須田さん。

おれの「泥酔論」は12月にスタートして、毎月、1回だけ休んだけど、よく続いた。ほとんど、イイカゲン、テキトウの見本みたいなものだけど、おれとしては、けっこう毎回気合を入れて、イイカゲン、テキトウにやってきた。いちばん面白くて、真剣にやってきたことなのだな。みなさん、須田泰成さん、そして近頃はなんといっても瀬尾幸子さんや村上航さんのおかげだ。とにかく、おもしろいときもおもしろくないときも、紆余曲折あっても、末永く楽しくお付き合い願いたいものです。

台風18号の風雨が激しくなってきた。午前3時過ぎ。

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2009/10/07

JR東日本が活力を奪っているんじゃねえの。

020ここのところ連続で東京さ行っている。東京さ2、3日続けていくと、JR東の運賃の高さが、痛いほど財布と肉体にしみる。じつにさみしい沈んだ気持になる。生きる元気が奪われる、何かする気力が失せる。だって、そうだろ、必要があって出かけて行くのに、まず最初にJR東が不当に高いと思われる額をピンハネするわけだ。避けることができないピンハネを、「運賃」という名のもとにやる。東大宮から新宿まで片道570円だ。渋谷までは650円。

おとといだったかな? 渋谷へ用があって行き、そのあと鶯谷の信濃路へ寄った。すでにビールを飲んだあとだったので、ホッピーを飲んだ。ホッピー1本で中3杯。それにシメサバとおでんのだいこん、がんも、たまご。これで、1500円しない。とってもよい気分になれる。なのに、JR東の運賃は1500円ぐらいかかった。

高い運賃のJR東に乗らずに出かける方法がない。3000円持って東京さ出かければ、そのうち半分は選択の余地なくJR東に奪われる。JR東の運賃は、家計を硬直化し圧迫する大きな要因になっている。消費の活発化が景気回復の道であるといわれるが、それじゃあ消費でもして景気回復に貢献しましょうかと思っても、まず運賃がこれでは出かける気がなくなってしまうし、一度でも出かけると、そのあと高い運賃のショックが残り、気分はウツのように低迷し、JR東に対する怒りがわくことはあっても、ものを食べたりウンコをする気力すら失せているのに気づく。

それは、おそらくおれだけではないだろう。地方へ行けば、もっとJRが安ければ観光客が増えるのにという声は、必ず聞く。そして、あきらかに、大宮から東北本線(宇都宮線)を利用する客は、JR東への怒りが、かなり鬱積しているはずだ。そういう声は、何度も電車の中で聞く。たとえば、グリーン車だ。あれは、10両編成でも、15両編成でも、必ず2両ついている。ほかの電車があるならよいだろう。だけど、これしかないのに、まいど2両はグリーン車が保障されている。しかし、どんなに混雑しているときでも一般車両は8両しかないときが少なくない。そのガマンを強いられる。ときどき、高校生がドアを蹴飛ばして怒っている。大人だって酔っぱらうと怒りわめいている。ぎゅうぎゅうづめの電車で「これじゃあJRのヤツを殴りたくなるじゃありませんか」と酔っ払いが、となりの酒は飲んでいないらしいおじさんにいうと、おとなしそうなおじさんは黙ってうなずく。おれは、いつか、暴動になるにちがいないとみている。終電もなくなるのが早いし、関東の「東北人」は「東北差別」を胸に刻みながら日々過ごしている。

きのうの夜は、東京は世田谷区の経堂、大田尻家とさばの湯に寄って帰りが遅くなった。大宮からタクシーに乗るのは覚悟だった。経堂から小田急線、新宿の西口でJRに乗り換えるとき、いちおう大宮までの電車があるか確かめた。駅員は「ある」というから切符を買って、東口に近い埼京線ホームへ行った。すると、もう電車がなくなっているのだ。あたりに駅員はいない。東口の改札まで行き駅員に聞くと、埼京線直通は終わっている、山の手線で池袋、池袋から赤羽で京浜東北線に乗換えるのだという。山の手線で池袋へ行くには、さきほど切符を買って入った西口に最も近い12番線あたりのホームだから、1番線そばの東口の改札からだと一番遠い位置だ。あせった。JR東の駅員を殴るのはよくないが、かりに殴られてもおれは秘かに拍手するだろうと思った。

017大田尻家は、あいかわらずよかった。くつろいで飲んで酔っ払い、そのまま帰るつもりだったが、さばの湯の前を通ったら、やはり入ってしまった。だけど、酔ってよく覚えていない。なんだかカレーがすごくうまかった。一緒のダビさんとくらちゃんは、入るといきなり、入口近くにあった卓球台で卓球を始めた。ほかの客も巻き込み、さばの湯の一角は卓球場と化す。2人を置いて店を出た。そのあたりは酔ってよく覚えていないのだが、JR新宿駅のことは、よく覚えているのである。いまや、JRは日本の不機嫌を増長し、景気回復を遅らせるガンにちがいない。

須田さんの腹が出るのもJRのせいなのか。

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2009/10/06

うまいものにこだわる「窮屈至極な食べ物の世界」と「農業ブーム」。

2,3日前のことになるが、「書評のメルマガ」に連載の「食の本つまみぐい」の原稿を書いて送った。隔月連載で前回の8月は取材で忙しかったから休んだ。「書評のメルマガ」は今年で幕を閉じるので、あと今回の10月と、来月の12月だけだ。ま、だからといって、どうということはない。

取りあげたのは、1992年11月発行の別冊宝島『もっと食わせろ!』JICC出版局だ。「日本で最も美しい村」連合の取材のとき、いわゆる「農業ブーム」は約20年前ごろからの変化と関係するのではないかとピンとくることがあった。「そのころから顕著になった、日本の食と農が直面する大きな問題を、「胃袋ビジネスの裏のウラ」とセンセーショナルな書き方でチョイと分析のおかしいところもあるが、大雑把に総花的に知るには、本書は好都合だ」ということで、これにした。

タイトルは「「農業ブーム」の根にあること」ってことで書いた。一部を抜書き紹介すると、こんなことを書いた。以下。


本書の「まえがき」に相当する「たかがメシの話から」の書き出しは、こうだ。「うまいもんが食いたい! そう思って本書を開いても、ここには「究極の味の店」の紹介もなければ、「食が危ない! もっと安全な食べ物を!」と叫ぶ声もない。この両極端ともいえる「食」への関心のはざまに、われわれの「日々の食」はあるのだ」(略)

いまだって都会では、細分化された「専門」に特化した「グルメ談義」と「安全・安心・健康」のはざまで、「日々の食」「たかがメシの話」への関心は、きわめて低レベルといわざるをえない。人間だからなのか、日本人だからなのか、にっちもさっちもいかなくなってからでないと自ら変れない、手を打てない。「日々の食」「たかがメシ」もグルメネタになってしまうグルメ談義のほうが盛んで、反比例するように農業の衰退が続いたのち、行きづまった現実が目の前になって、農業政策の「転換」が始まった。「小泉改革」というと郵政が注目されるが、むしろ農政だった。(略)

「日本社会は、どうやらまだまだ幻の"うまいもの"を、忘れものを探すように、生真面目に追い求めている」「その窮屈至極な食べ物の世界に、ジャーナリズムが大きな風穴を開けるのはいつの日のことになるのだろうか」とライターの一人、林巧さんは「現代ニッポン人の味覚の指向を決めた男たち」で書く。(略)


以上。いまだ、「日々の食」「たかがメシの話」より、「名店」だの「名品」だのを「生真面目に追い求めている」人たちが、少なくともメディアでは大勢であるようだ。では、それと「農業ブーム」は関係あるのか?

日本の「うまいもの談義」は、都会の「インテリ旦那芸」という伝統芸をシッカリ受け継いでいる。自分は畑を耕すことなく、毎日の「義務」として台所に立つ必要もない、好きなときに好きなものを食べ書に親しむ、余裕のあるインテリ旦那芸である。

それはそれでインテリ旦那方の趣味や娯楽としてはよかろうが、そんなものを「食」の手本にするとなると話はちがう。それでは、いつまでたっても「食」について「気兼ねなく本音など吐ける道理もない」。そんな状態が、延々と続いている。偉大なる惰性というしかない。

「生真面目」ほど、困ったものはない。「生真面目」の前では本音を語れなくなるだけでなく、「生真面目」には、排除がつきものだからだ。そもそも、自分の舌や感覚が絶対と思っているひとには、他者を理解する余裕がない。味覚の多様性など理解できないのである。日本の「グルメ」は、まるで思想闘争か政治闘争のようなアンバイだ。これじゃあ、まっとうに本音で農業を語ることもできない。みんな「無農薬有機栽培」礼讃論者になってしまうのである。食べ物のことが、ゆきつくところ「国粋主義」なのである。じつに窮屈至極だ。

「名店」「名品」をふりかざす連中をのさばらせてはならない。民主主義の崩壊につながる。って、これまた「生真面目」であるな。なにごとも、イイカゲン、テキトウ、がよいのだ。

ま、そのうち発行になる「書評のメルマガ」を読んでください。

関連
2008/11/07
安直で惰性な「こだわり」の舞台あるいは舞台裏。

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2009/10/03

木村衣有子のもうひとつ別の京都熱『京都のこころAtoZ』ポプラ文庫から。

Kimura_kyotohonこの2、3日、このブログは、「ミーツと木村衣有子」スペシャルみたいな感じだ。次々つづいて届くから、ミーツと木村衣有子の「広報担当」かといわれるおれとしては、ほっておくわけにはいかない。ほかに書きたいことがあるのに、PRとセールスというのは、タイミングが大事だから、こちらが優先だ、とりあえず掲載する。

木村衣有子さんの著書を、ちゃんと読まずに軽々しく紹介するわけにはいかない。といいつつ、軽々しく紹介するってのもよいものだ。木村さんには『もうひとつ別の東京』という著書がある。わりと好きな一冊だ。これは、その京都版、といってしまうと、いかにも軽々しい紹介になってしまう。そうではない。「もうひとつ別の」という木村衣有子的視点は、京都が先なんだな。「本書は2004年10月に小社より刊行された、『京都のこころAtoZ 舞妓さんから喫茶店まで』を再構成したものです」

「京都のこころ」「舞妓さんから喫茶店まで」という、反吐がでそうな、いやらしい下種な京都的タイトルが生きるのは、読んでる最中からだ。読まなきゃ話にならない。つまり、それは、もうひとつ別の「京都のこころ」「舞妓さんから喫茶店まで」なのだ。

これは、ある種の「私小説風」な京都物語とでもいえようか。いえるだろう。が、いわゆるウジウシした男の腐った「私小説風」ではない。「私語り」に陥らないところが、木村さんらしいと思う。まるで、置き物を見据えて、そのまわりをまわりながら、おまえ、おれはな、こうやっておめえに関わってしまったが、おまえのことをこう思ってんだぞ、という感じで対象を語る。その文章が、骨太というか、なんてのかなあ、木村さんの姿勢のように、しゃんとしている、さばさばしている。

たとえば、「舞妓」の項は、直接舞妓のことを書いているわけではない。「幾岡屋」という、かんざしなど舞妓が身につける「小間物」を扱う店で、木村さんは、舞妓が使う花名刺に、自分の「文筆業 衣有子」を入れて作ってもらう。そういう話のなかに、「京都のこころ」がさらっと描かれる。そして、その文章の最後のセンテンスは、こうだ。「花名刺は注文してから約1か月して、到着した。いざ届いてみると、この名刺が似合う文章ってどんなだろう、と悩ましい。まだ自分の仕事は、この名刺には似合わないかもしれない。もうちょっと色気があって、かつ、しゃんとした文章を、上手いこと書いてみたいと願う。」

ちょうど、きのうのエントリーに書いたが、木村さんの最近の文章には、ツヤがのってきた。

とある地方の高校を卒業してから京都で8年すごし、のち東京に住むようになって8年だそうだ。一人の女が高校を出たあと親元を離れ、娘をひきずりながら大人になる過程で、行きつ戻りつしながら見て感じてきた京都、という読み方もできる。若い女は、そのように読めるだろう。若い男は、おなじ年頃の女心にふれられるだろう。おなじ年頃の娘を持つ親は、よくわからん近頃の若い女の気持を、感じることができるかも知れない。そんな、もうひとつ別の京都もある。

おっと、こうしちゃいられない。とりあえず、こんなところで。

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2009/10/02

ミーツ別冊「東京通本」で東京ジャンキーまちがいなし。カルビーのじゃがいも。

003またまたやってくれたミーツ別冊『東京通本』。これはすごいよ、ライターの顔ぶれだけでもすごい。それがまた、いいところを書いている。俺は書いていないけど。自由自在自由奔放に荒野化する東京を遊べ。辛酸なめこさんの聖子コスプレ付きパワー、笑える、やりますなあ。木村衣有子さんの「観音うら、らいふ」、さらに文章にツヤがのり、チョイとした味のある「小説文」の域。そこに「エンテツさんが」「エンテツさんのおかげ」と二度も俺の名を呼び。ああ、そうかい、そうかい、わかったよ、妬くやつがいるからいい加減にな。って妄想か。

表紙に「ターミナルの向こう、ゴキゲンなとなり街」とあるように、都心のターミナルをはずした街が舞台だ。といっても、けっこう情報誌に食い荒らされてきた地域もあるが、ミーツがやると、この人が書くと、こうなるという感じがいいね。

野方を書くとなったら、そりゃもう浜田信郎さんだろ。鐘淵、八広となればクドウヒロミさんだわな「哀愁の酎ハイ街道」いいねえ、立石も書いている。千住は舟橋左斗子さんがとうぜん、十条・東十条も書いている。舟橋さんは初期の「散歩の達人」でも活躍していた人、たしか97年の散達「横丁」特集のころ知り合って以来の付き合いだが、名前の通りの酒豪で、よく一緒に酒を飲んだ。無くなった南千住の大利根で酔いつぶれたこともあった。いろいろあったが、二児と要介護老人を抱え、がんばってるねえ。さてそれで、新宿2丁目とゴールデン街とくれば、そりゃもう高松孟晋さんがいますね、高円寺も書いている。そして小岩なら、佐々木香織さんだ。

Meets_tkytsu021佐々木香織さん、「わははめし」の編集担当だ、近頃ほかのミーツ別冊でもよい文章を書いていたが、「佐々木香織の東京極東案内 小岩篇」で濃いわ。もっと、飛べ。そうそう、「わははめし」は更新され連載3回目が掲載になっている。上の「お知らせ」のリンクからアクセスしてください。

ほかの地域は紹介を省略するが、そうそう、下北沢には、スロコメも載っている。ちょうど、おれの「泥酔論」の日に撮影をしていたのだが、村上航さんの朗読に大笑いしている写真入り。

はい、ここで、なぜ、「カルビーのじゃがいも」の画像かというと、スーパーで「カルビーのじゃがいも」を見つけ、買って帰ったら、ミーツ別冊『東京通本』が届いていたからさ。ポストのなかには、一緒に、しゃらくせえ区役所の督促状も入っていたが。

002「カルビーのじゃがいも」って、なんでなの。これ、表示をみると、カルビーポテトの東京事務所が販売者になっている。事務所は、北区赤羽のカルビーの本社にある。産地は「北海道」と。

そういえば、このあいだ美瑛町へ行ったとき、カルビーの工場もあったし、スナックの原料のじゃがいもを作っているという話も聞いた。しかし、カルビーが、生じゃがいもの販売までしているとは知らなかった。

スーパーの店頭では、ほかのじゃがいもと比べ、グラム当り半値とまではいかないが、かなり安い。初めて店頭で見たのだが、以前から販売していたのだろうか。とにかく、契約栽培であり、直接の農業経営とはちがうようだが、大企業による大規模農業と大規模流通を感じさせる。前にも書いたが、北海道の農業は、東京の一部なのだ。「東京通」なら、気にしなくてはな。

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「表」と「裏」と「現場感覚」と「先生感覚」と「泥酔論」。

Oosika_wamezo1_2先日、毎号いただいている10月1日発売の『ミーツ・リージョナル』11月号が届いた。特集タイトルは「休日午後からの神戸」だ。「ランチ、買物、昼酒、晩めし、飲み…"らしさ"を味わえる09年的遊び方」「ランチから終電までの神戸・店案内」のキャッチコピーがついている。あいかわらず、おもしろい元気のよい誌面。

いつも目次ページ下にある、「いきなりリージョナル」という編集前記が気になるので読む。今回は松尾修平さんが書いている。そのなかで、とくに気になったのが、ここだ。

「「ヨソ者が行く神戸」を裏テーマに特集した今回、太鼓判の店は、市街地で働く「ザ・神戸人」の行きつけとも繋がることが実に多かった。それは「洒落た」ではなく、「酒が進んで」とか「店の人がオモロー」とか「セレクト渋っ」と神戸人もヘビロする「エエ店」であるという単純なこと。」

なかなか、おもしろい。こうだから、ミーツは元気でおもしろいのだろうか、と思った。裏テーマを持つことで、あきらかに、上っ面でおわらない、厚み深みのあるものができる。

ほかのひとのことは知らないし、いつも必要とは限らないが、フリーライターのばあい、ほとんど編集者からテーマを与えられて書くから、とくに取材がつきまとうときは、「裏テーマ」を持っているかどうか、どう持つかで、「現場」に対する接し方や見方がちがってくると思う。おれは、「裏テーマ」を持って臨むときが、けっこうある。

ただ、一介のフリーライターのばあい、この編集前記のように、それを堂々と明かすわけにはいかない。黙って「隠し」埋め込むのだ。それが、ま、たいがいうまくいくのだが、最終的にイマイチだったなということもある。とにかく、裏テーマなんぞ持たないほうが、仕事はメンドウがないし楽である。だけど、それでは、なんてのかな、おもしろくないし、持ったほうが、万一表現的にはイマイチだったとしても、上っ面でおわらない繋がりができ、内容にふくらみのある仕事ができる。

2009/09/27「「city&life」93号、発行。特集「マチとムラの幸福のレシピ」…ルポ「日本で最も美しい村」連合。」に「ルポに隠し裏テーマのようなエッセイをからめたようなあんばい」と書いた。

『ミーツ・リージョナル』には、「月刊現場主義」というまちのおもしろいネタを集めたページがある。この場合の「現場主義」はタイトルであり、とくに問題ないが、「現場主義」というのは、ともすると「現場は正しい」ということになりやすい。編集サイドが、そういう姿勢やテーマで臨んできたときは、ちがう「裏テーマ」を持ったほうがよい。

しかし、たいがいは、その逆で、タテマエは「現場主義」でありながら、「現場を見てやる、載せてやる」式の「上から目線」であることが少なくない。なんだかんだいっても、メディアはえらく、編集者はアタマがよく「正しい」のである。なーんてことを、あまり書いてはいけないか。

Oosika_wamezo_2いやいや、おれのばあい、そういうことではなく、育ちが悪いからだ。ヘソはかなり変形しているし、とにかく蔓延しているうすら気持わるいNHK的なオリコウ予定調和に素直になれない、すぐ斜にかまえたがる。それが「裏テーマ」につながりやすいのだな。そう、みんなおれの育ちの悪さのせいなのさ。

おれは「現場主義」は意識したことないが、「現場感覚」は持ちたいと思っている。そして、現場感覚の対極にあるのが「先生感覚」だと思っている。とかく、「先生感覚」に陥りやすい。

チョイと続きは、あとで、つづく。

画像は、「city&life」93号から。長野県大鹿村で通りすがりの73歳のおばあさんと話し込むことになったのは、「裏テーマ」があったからこそ。これは、缶ビールを飲んでないな。

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2009/10/01

こころと干渉と晴耕雨読の落とし穴。

Entetsu01「こころ」とはえたいの知れないものである。あるいはえたいの知れないものを「こころ」と呼んだのかも知れない。おれには「こころ」がないようだ。「こころ」がないから、ぼんやりできるのかな。何時間でも、ぼんやりできる。死んでるのと同じだ。

ようするに人間には、ぼんやりする時間が必要なのではないか。ま、少なくとも、おれは、とにかくぼんやりするのが好きだし、得意のほうだと思う。

人間の成すことはすべて、ぼんやりする時間や空間をうばう干渉につながる。芸術や文学が癒しだなんて、とんでもない。干渉以外のなにものでもない。感動だの感激だの、おもしろいだの、おもしろくないだの、美しいだの、醜いだの、すべて、ぼんやりすることを奪うクソッタレな干渉なのである。ならば、眠気を誘う、たいくつな作品こそ最高か。

いやいやちがう。眠ってしまっては、ぼんやりできない。「晴耕雨読」という言葉がある。わりと極上のように思われ、ネガティブにいわれることはない。しかし、これでは、ぼんやりする時間がない。いつ、ぼんやりするんだ。

干渉の少ない時間や空間というものがある。ま、空白に近い時間と空間というか。そこでぼんやりしないで、本を読んだり、映像を見たり、あるいは考えごとをしたら、そりゃオシマイだ。

Entetsu02締切りではないが、アソビの都合もあって、きのう仕上げておこうと思っていたができなくて、きょうにずれこんだ原稿を書きながら、そんなことを考えた。タイトルは、「何もしなくていいじゃないか」。

細々とした取りこぼしが、けっこうあって、細々とやる。たいして手間はかからないが、明日までにといわれた取りこぼしも出てきた。ある雑誌に原稿を送って、おれの写真が必要といわれ探したが、最近は、よく撮ってもらってはいるが、たいがい雑誌の撮影で手持ちはないか、酒飲み状態のものでマットウなものがない。仕方ないので、まいどの以前のものにしてもらった。ザ大衆食のサイトなどに使っているもので、1999年の『ぶっかけめしの悦楽』のとき、伊東和則さんに撮影していただき、紙焼きも頂戴した。これ、まだ、きみは知らないおれの50歳代、このころから、あまり人相は変ってないと思うのは、おれだけか。

Hijioriこのあいだ、「city&life」の取材のときも、カメラマンの秋山さんは、おれが入った写真をたくさん撮っていて、本誌中にも3点使われていた。よく見ると、そのうち2点で、おれは缶ビールを、シッカリ手にしている。1点は、肘折温泉の朝市の最中で、寝巻きのような浴衣を着て、午前7時ごろのものだ。朝めし前の缶ビール! でも、このときだって、目の前の初めて見るきのこについて、おばさんにたずね、おばさんの山形地元の言葉がよくわからなくて、何回も真剣になって聞いているところなのだ。缶ビールは、普通の客を装う偽装なんですね。といっても、うそをつけ、このアル中が、という声しか返ってこないか。

Hijiori1そんな写真ばかりで、マットウなものがない。こんど誰かに、撮影してもらわなくては。何かの撮影のときにでも、ついでに1枚撮ってもらおうか。ついでに、おれのこころも撮ってもらおう。

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