« わははめし撮影3回目に加齢日祝いとか。 | トップページ | 「表」と「裏」と「現場感覚」と「先生感覚」と「泥酔論」。 »

2009/10/01

こころと干渉と晴耕雨読の落とし穴。

Entetsu01「こころ」とはえたいの知れないものである。あるいはえたいの知れないものを「こころ」と呼んだのかも知れない。おれには「こころ」がないようだ。「こころ」がないから、ぼんやりできるのかな。何時間でも、ぼんやりできる。死んでるのと同じだ。

ようするに人間には、ぼんやりする時間が必要なのではないか。ま、少なくとも、おれは、とにかくぼんやりするのが好きだし、得意のほうだと思う。

人間の成すことはすべて、ぼんやりする時間や空間をうばう干渉につながる。芸術や文学が癒しだなんて、とんでもない。干渉以外のなにものでもない。感動だの感激だの、おもしろいだの、おもしろくないだの、美しいだの、醜いだの、すべて、ぼんやりすることを奪うクソッタレな干渉なのである。ならば、眠気を誘う、たいくつな作品こそ最高か。

いやいやちがう。眠ってしまっては、ぼんやりできない。「晴耕雨読」という言葉がある。わりと極上のように思われ、ネガティブにいわれることはない。しかし、これでは、ぼんやりする時間がない。いつ、ぼんやりするんだ。

干渉の少ない時間や空間というものがある。ま、空白に近い時間と空間というか。そこでぼんやりしないで、本を読んだり、映像を見たり、あるいは考えごとをしたら、そりゃオシマイだ。

Entetsu02締切りではないが、アソビの都合もあって、きのう仕上げておこうと思っていたができなくて、きょうにずれこんだ原稿を書きながら、そんなことを考えた。タイトルは、「何もしなくていいじゃないか」。

細々とした取りこぼしが、けっこうあって、細々とやる。たいして手間はかからないが、明日までにといわれた取りこぼしも出てきた。ある雑誌に原稿を送って、おれの写真が必要といわれ探したが、最近は、よく撮ってもらってはいるが、たいがい雑誌の撮影で手持ちはないか、酒飲み状態のものでマットウなものがない。仕方ないので、まいどの以前のものにしてもらった。ザ大衆食のサイトなどに使っているもので、1999年の『ぶっかけめしの悦楽』のとき、伊東和則さんに撮影していただき、紙焼きも頂戴した。これ、まだ、きみは知らないおれの50歳代、このころから、あまり人相は変ってないと思うのは、おれだけか。

Hijioriこのあいだ、「city&life」の取材のときも、カメラマンの秋山さんは、おれが入った写真をたくさん撮っていて、本誌中にも3点使われていた。よく見ると、そのうち2点で、おれは缶ビールを、シッカリ手にしている。1点は、肘折温泉の朝市の最中で、寝巻きのような浴衣を着て、午前7時ごろのものだ。朝めし前の缶ビール! でも、このときだって、目の前の初めて見るきのこについて、おばさんにたずね、おばさんの山形地元の言葉がよくわからなくて、何回も真剣になって聞いているところなのだ。缶ビールは、普通の客を装う偽装なんですね。といっても、うそをつけ、このアル中が、という声しか返ってこないか。

Hijiori1そんな写真ばかりで、マットウなものがない。こんど誰かに、撮影してもらわなくては。何かの撮影のときにでも、ついでに1枚撮ってもらおうか。ついでに、おれのこころも撮ってもらおう。

|

« わははめし撮影3回目に加齢日祝いとか。 | トップページ | 「表」と「裏」と「現場感覚」と「先生感覚」と「泥酔論」。 »

コメント

あ〜、あの高架下界隈の! でしたか。かつて実際拝見しておりました。まだ、日暮里界隈がまるでローカル全開であった頃を思い出してしまいました。

ありがとうございます!

投稿: おけい | 2009/10/05 11:18

ぼんやりは「空」ですね。「色即是空、空即是色」で「空」と「色」はバランス関係ですね。「色」ばかりに狂ってちゃいけませんよ。ぼんやりは寝る時間を惜しんでぼんやりし。なんてね。

この食堂は、06年の夏で閉店した、西日暮里の竹屋食堂です。こちらザ大衆食に掲載してあります。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/takeya1.htm

伊東さんは、舞台と俳優をメインというかライフワークというかで撮影しているようです。竹屋食堂を舞台のように使って、うまく撮影していただきました。紙焼きはセピア色でもらったものです。こちら、伊東さんのサイトです。
http://www.ne.jp/asahi/i/i/index.html

投稿: エンテツ | 2009/10/02 20:31

ぼんやりに対するさすがのメス。絶妙です。わかる! と思ったのですが自分が割と空白を作れない性格の為、ぼんやりもなかなか奥が深いなあ、などとあらためて思ったりしてしまいました。

ところで、エンテツさん。伊東さんの、本当にいい写真ですよねえ。しみじみ、と思いましたよ。ずーっと気になっていたのですが、このバックの食堂は何処なのでしょうか? (これ、前にお会いした時聞いていたとしたら申し訳ないのですが…)

投稿: おけい | 2009/10/02 15:16

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: こころと干渉と晴耕雨読の落とし穴。:

« わははめし撮影3回目に加齢日祝いとか。 | トップページ | 「表」と「裏」と「現場感覚」と「先生感覚」と「泥酔論」。 »