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2009/10/10

『柳橋物語』 秋鯵はカナシカラズや。

「JR総武線浅草橋駅の、東口の階段をくだり、江戸通りを右へ、人形問屋のウインドウなどをみてゆけば、じきに浅草橋です」と、小沢信男さんの最新刊『東京骨灰紀行』の「新聞旧聞日本橋」の書き出しだ。

神田川に架かる浅草橋を渡り、最初の右へ曲がる通りを行くと、1分とかからない左側に[酒とつまみ社]が入るビルがある。そこで酒を飲む、わけじゃない。だいいち、[酒とつまみ社]は、「酒とつまみ」という季刊を自称するが実際は年刊であると世間では評判の雑誌を出しているのであって、飲み屋ではない。でも、行くと、たいがい酒はある。

浅草橋の上で立ち止まり、神田川の下手を見ると、もう一つ橋が見える。柳橋と呼ばれる。その橋が開通したのは、元禄の赤穂浪士の討ち入りの4年か5年後。 

山本周五郎の『柳橋物語』の最後は、このように終わる。「――柳橋の祝いに集まる人たちだろう、表は浮き立つようなざわめきで賑わっていた。」

その賑わいを、家で聞いているのは、主人公のおせんである。おせんは、かつて自分が愛していると思い込んでいた男、おせんを好きだと言いながらおせんの言うことよりおせんに対する中傷を信じた男に、決定的な別れの蹴り入れて追い返したばかり。気分スッキリ、といったところかも知れないが、読むほうは、なんとまあ、思い違いや底意地の悪さや身勝手うずまく、人間て切ない動物なんだわ~の余韻が残る「下町物語」なのだ。

恋だの愛だのというと、とかく春や夏が舞台だ。しかし、なかなかどうして秋もキケンなのだ。ひと恋しい秋、人肌こいしい秋。ああ、メランコリックな秋。あのひとはどうしているのやら、冷たい秋風に、人肌燗が恋しいのはおれのこと。

赤穂浪士が討ち入りする年の秋だ。まだ柳橋はなかった。いまの浅草橋駅や地名でいう柳橋周辺が舞台だろう。そのあたりは、かつて河岸があった日本橋に近い。そして秋といえば鯵。おせんは研き職人の貧乏店の台所で、秋鯵をおろし、酢の物にしている。その場面が物語の書き出しだ。秋になると、一度は思い出すね。以下……


 青みを帯びた皮の、まだ玉虫色に光っている、活きのいいみごとな秋鯵だった。皮をひき三枚におろして、塩で緊めて、そぎ身に作って、鉢に盛った上から針しょうがを散らして、酢をかけた。……見るまに肉がちりちりと縮んでゆくようだ、心ははずむように楽しい、つまには、青じそを刻もうか、それとも蓼酢を作ろうか、歌うような気持でそんなことを考えていると、店のほうから人のはなし声が聞こえて来た。


……以上。秋鯵は、作者の「食通」ぶりをひけらかしたり、一般うけねらいの「小粋な娯楽性」のための小道具ではない。秋鯵を酢の物にしているおせんの描写は、下町の何気ない日常のことであり、あとになれば、その何気ない日常の秋に始まる、秋だから始まったともいえる、じつに切ない物語の書き出しなのだ。

で、おれがいま書きたいことは、この最初の「青みを帯びた皮の、まだ玉虫色に光っている」にある。「まだ」「玉虫色にひかっている」のである。おれは、最近、「まだ玉虫色に光っている」鯵を見てない。

P4250043_2「まだ」とあるのは、「まだ」「玉虫色にひかっている」ほど、活きのよい状態である。その状態の鯵を見たのは、……と考えたら、06年4月25日が最後なのだ。あとは、どんなに活きがよくても、玉虫色には光っていなかった。

その日の午前中だった。ふらっと一人、というより二日酔いでふらふらか、東海道線で小田原のひとつ先の駅、小田原漁港がある早川でおりた。そして駅の近くの魚屋の店頭で、それを見た。見惚れた。魚屋は、小田原漁港と、漁港にある漁協の市場から、徒歩でも10分かからないだろう。鯵は、玉虫色に不可欠の金色まじりが、きらきら光っていた。

P4250064あの玉虫色は、良好な保存状態で、どれぐらいもつか知らないが、いまでは都内の魚屋でも、それを見るのは難しいのではないだろうか。

たいがいの人は、シュンとはいえ、獲れたてのシュンとは違うものを「シュン」といって食べている。時代が変れば、シュンの意味も変るのだな。

本をたくさん読むのもよいとして、時代によって変る言葉や感覚や実態を、どれぐらいとらえて本を読むのだろう。ましてや、秋鯵をおろす秋の夕暮れどきの小半時のあいだに、河畔でいわれた一言で、愛してもいなかった男を愛していると思い込むように、人は雰囲気に流されやすいし、思い込みをしやすい。

10年前に読んだ本の印象や理解は、必ずしも正確ではないどころか、あらためて読むと、大いに違ったふうにも読める。しかし、読み返すことなく、べつの本を読むだけなら、読み違いを重ねることになりはしないか。誤解のまま、ひとに接し話しているかも知れない。ま、でも、本をたくさん読む頭のよいひとは、読み違いなんてことはないのだろう。おれの場合は、そうはいかないから、おなじ本を何度も読むことになる。どのみち、時間は、みなにおなじように与えられている。おれがこの本を読んでいるあいだは、ほかのひとは違う本を読んだり違うことをして、違うものを得ているか捨てているかしている。お互い、そうなのだ。世間は、その寄り集まりのわけだ。

『柳橋物語』新潮文庫の解説は、奥野健男さん。「無邪気なそして健気な十七の少女おせんの人生を決定してしまったのは、ほんの初秋の昏れの、隅田川の柳の下のムードであった。冒頭の祖父源六のために料理する秋鯵のかなしさ、悲劇を含む日常性のたしかさ、なつかしさは見事である。おせんも、そして読者もこの三枚におろした秋鯵の酢のものの味を生涯忘れることができない。ここに確かに江戸庶民の、そして作者の生活がある」

P4250046ああ、人間て、哀しい生きものだ。なーんて、もの思いにふけりがちな秋のようだけど、この鯵の酢の物に燗酒で飲んだくれるのも、いいですな。「まだ玉虫色に光っている」鯵は手に入らなくても、刺身にできる活きのよい鯵は、スーパーで簡単に手に入るもんね。

この物語は、思い違いや底意地の悪さや身勝手うずまく世間を生き抜くには、小賢しいウソをついたり、小賢しくふるまうより、愚直を貫くことであると、たくましく生きるおせんを通して作者は語っているようでもある。この、まだ底の知れない大不況下を、庶民が生き抜くには、やっぱり、鯵のような大衆魚と愚直ですね。

画像は、06年4月25日の早川駅と小田原漁港と、「まだ玉虫色に光っている」鯵があった魚屋。この魚屋の前あたりに大衆食堂があったが、開いてなかったので入ってない。漁港の防波堤で飲んだ缶ビールがうまかった。そうだ、泥酔小旅へ行こう。秋は、田舎ですね。

この前日、横須賀での風呂会に牧野さんに誘われ、風呂会会長の瀬尾さんに初めて会ったのだな。

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006/04/26
横須賀風呂会泥酔鎌倉泊熱海よれよれ中野の夜

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