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2009/10/02

「表」と「裏」と「現場感覚」と「先生感覚」と「泥酔論」。

Oosika_wamezo1_2先日、毎号いただいている10月1日発売の『ミーツ・リージョナル』11月号が届いた。特集タイトルは「休日午後からの神戸」だ。「ランチ、買物、昼酒、晩めし、飲み…"らしさ"を味わえる09年的遊び方」「ランチから終電までの神戸・店案内」のキャッチコピーがついている。あいかわらず、おもしろい元気のよい誌面。

いつも目次ページ下にある、「いきなりリージョナル」という編集前記が気になるので読む。今回は松尾修平さんが書いている。そのなかで、とくに気になったのが、ここだ。

「「ヨソ者が行く神戸」を裏テーマに特集した今回、太鼓判の店は、市街地で働く「ザ・神戸人」の行きつけとも繋がることが実に多かった。それは「洒落た」ではなく、「酒が進んで」とか「店の人がオモロー」とか「セレクト渋っ」と神戸人もヘビロする「エエ店」であるという単純なこと。」

なかなか、おもしろい。こうだから、ミーツは元気でおもしろいのだろうか、と思った。裏テーマを持つことで、あきらかに、上っ面でおわらない、厚み深みのあるものができる。

ほかのひとのことは知らないし、いつも必要とは限らないが、フリーライターのばあい、ほとんど編集者からテーマを与えられて書くから、とくに取材がつきまとうときは、「裏テーマ」を持っているかどうか、どう持つかで、「現場」に対する接し方や見方がちがってくると思う。おれは、「裏テーマ」を持って臨むときが、けっこうある。

ただ、一介のフリーライターのばあい、この編集前記のように、それを堂々と明かすわけにはいかない。黙って「隠し」埋め込むのだ。それが、ま、たいがいうまくいくのだが、最終的にイマイチだったなということもある。とにかく、裏テーマなんぞ持たないほうが、仕事はメンドウがないし楽である。だけど、それでは、なんてのかな、おもしろくないし、持ったほうが、万一表現的にはイマイチだったとしても、上っ面でおわらない繋がりができ、内容にふくらみのある仕事ができる。

2009/09/27「「city&life」93号、発行。特集「マチとムラの幸福のレシピ」…ルポ「日本で最も美しい村」連合。」に「ルポに隠し裏テーマのようなエッセイをからめたようなあんばい」と書いた。

『ミーツ・リージョナル』には、「月刊現場主義」というまちのおもしろいネタを集めたページがある。この場合の「現場主義」はタイトルであり、とくに問題ないが、「現場主義」というのは、ともすると「現場は正しい」ということになりやすい。編集サイドが、そういう姿勢やテーマで臨んできたときは、ちがう「裏テーマ」を持ったほうがよい。

しかし、たいがいは、その逆で、タテマエは「現場主義」でありながら、「現場を見てやる、載せてやる」式の「上から目線」であることが少なくない。なんだかんだいっても、メディアはえらく、編集者はアタマがよく「正しい」のである。なーんてことを、あまり書いてはいけないか。

Oosika_wamezo_2いやいや、おれのばあい、そういうことではなく、育ちが悪いからだ。ヘソはかなり変形しているし、とにかく蔓延しているうすら気持わるいNHK的なオリコウ予定調和に素直になれない、すぐ斜にかまえたがる。それが「裏テーマ」につながりやすいのだな。そう、みんなおれの育ちの悪さのせいなのさ。

おれは「現場主義」は意識したことないが、「現場感覚」は持ちたいと思っている。そして、現場感覚の対極にあるのが「先生感覚」だと思っている。とかく、「先生感覚」に陥りやすい。

チョイと続きは、あとで、つづく。

画像は、「city&life」93号から。長野県大鹿村で通りすがりの73歳のおばあさんと話し込むことになったのは、「裏テーマ」があったからこそ。これは、缶ビールを飲んでないな。

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