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2009/10/03

木村衣有子のもうひとつ別の京都熱『京都のこころAtoZ』ポプラ文庫から。

Kimura_kyotohonこの2、3日、このブログは、「ミーツと木村衣有子」スペシャルみたいな感じだ。次々つづいて届くから、ミーツと木村衣有子の「広報担当」かといわれるおれとしては、ほっておくわけにはいかない。ほかに書きたいことがあるのに、PRとセールスというのは、タイミングが大事だから、こちらが優先だ、とりあえず掲載する。

木村衣有子さんの著書を、ちゃんと読まずに軽々しく紹介するわけにはいかない。といいつつ、軽々しく紹介するってのもよいものだ。木村さんには『もうひとつ別の東京』という著書がある。わりと好きな一冊だ。これは、その京都版、といってしまうと、いかにも軽々しい紹介になってしまう。そうではない。「もうひとつ別の」という木村衣有子的視点は、京都が先なんだな。「本書は2004年10月に小社より刊行された、『京都のこころAtoZ 舞妓さんから喫茶店まで』を再構成したものです」

「京都のこころ」「舞妓さんから喫茶店まで」という、反吐がでそうな、いやらしい下種な京都的タイトルが生きるのは、読んでる最中からだ。読まなきゃ話にならない。つまり、それは、もうひとつ別の「京都のこころ」「舞妓さんから喫茶店まで」なのだ。

これは、ある種の「私小説風」な京都物語とでもいえようか。いえるだろう。が、いわゆるウジウシした男の腐った「私小説風」ではない。「私語り」に陥らないところが、木村さんらしいと思う。まるで、置き物を見据えて、そのまわりをまわりながら、おまえ、おれはな、こうやっておめえに関わってしまったが、おまえのことをこう思ってんだぞ、という感じで対象を語る。その文章が、骨太というか、なんてのかなあ、木村さんの姿勢のように、しゃんとしている、さばさばしている。

たとえば、「舞妓」の項は、直接舞妓のことを書いているわけではない。「幾岡屋」という、かんざしなど舞妓が身につける「小間物」を扱う店で、木村さんは、舞妓が使う花名刺に、自分の「文筆業 衣有子」を入れて作ってもらう。そういう話のなかに、「京都のこころ」がさらっと描かれる。そして、その文章の最後のセンテンスは、こうだ。「花名刺は注文してから約1か月して、到着した。いざ届いてみると、この名刺が似合う文章ってどんなだろう、と悩ましい。まだ自分の仕事は、この名刺には似合わないかもしれない。もうちょっと色気があって、かつ、しゃんとした文章を、上手いこと書いてみたいと願う。」

ちょうど、きのうのエントリーに書いたが、木村さんの最近の文章には、ツヤがのってきた。

とある地方の高校を卒業してから京都で8年すごし、のち東京に住むようになって8年だそうだ。一人の女が高校を出たあと親元を離れ、娘をひきずりながら大人になる過程で、行きつ戻りつしながら見て感じてきた京都、という読み方もできる。若い女は、そのように読めるだろう。若い男は、おなじ年頃の女心にふれられるだろう。おなじ年頃の娘を持つ親は、よくわからん近頃の若い女の気持を、感じることができるかも知れない。そんな、もうひとつ別の京都もある。

おっと、こうしちゃいられない。とりあえず、こんなところで。

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