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2010/01/12

藤田家族の『秋冬野菜で、しあわせごはん。』が届いた。

0022010/01/05「愛媛・西条市の「藤田家族」が発行の『秋冬やさいで、しあわせごはん。』を注文した。」に書いた、そのレシピ集が届いた。農業、料理、表現、出版の閉塞を破る薫風を感じた。って、この「薫風」は、奥さんの名前の薫さんとかけた。

レシピ集に収録されている野菜の、藤田家族の「畑がかり」は藤田敏(ふじた・さとし)さん、そして「食卓がかり」が奥さんの藤田薫(ふじた・かおる)さんなのだ。薫さんは、「旬の野菜が畑からあふれたときは、”ばっかり食”の楽しみ方に知恵を絞る。」ってことで、なるほど、こういう食べ方もできるのかという料理が紹介されている。

自然に身を寄せた生活ほど、カブがとれだすとカブ「ばっかり」の食になり、ダイコンがとれだすとそればっかりになる。かつては、まるで敵討ちのように、そればっかりを食べる話があった。しかし、料理の環境も技術も、かなり変った。「”ばっかり食”の楽しみ方に知恵を絞る」ことが、できて楽しみになれば、野菜との付き合い方も変るし、農業との付き合い方も変るだろう。

一緒に送られてきた、菜園である「藤田家族」と販売の野菜を紹介する手製のチラシには、「2006年春に開園した家族経営の小さな農場。というよりも、「店舗のない八百屋さん」です」と自己紹介がある。

「自給自足の、こぢんまりした菜園です。」の見出しに、こう書く。「私たち「藤田家族」は夫婦と小学生2人。2006年に就農し、米と野菜を作りながら暮らしています。特定の品目を市場や組合に大量出荷するのではなく、自分たちの食べたい野菜をあれこれ少しずつ栽培しています。ひとつの畑に同時に育つ大根、白菜、人参、ほうれん草などの野菜を、掘り上げて保存してある芋類などと一緒にお届け――。何十軒かの家庭菜園をまとめてお預かりしている、そんなイメージの畑です」

「地産地消スタイルの菜園です。」「農薬や化学肥料を使いません。」といった、ことも述べているが、そこにはオキマリの説教臭さや「正義」の押し付けがましさがない。

つまり藤田家族の自らのヴィジョンを述べているのであり、藤田家族にはヴィジョンがある。レシピ集とは実用のものであるが、レシピ集の冒頭の説明にも、そのヴィジョンをレシピに具体化する説明がある。見出しだけ紹介しよう。「野菜をまるごと食べる。畑をまるごと食べる。」「かさを減らして、たくさん食べる。」「「定番」や「常識」にとらわれない。」「調味料や油にもこだわる。」「玄米や分搗き米を食べる。」「小麦を上手に使う。」というものだ。

この内容は、よくあるような、「エコな暮らし」や「むかしの暮らし」のススメではない。そもそも、「エコ」だの「むかしの暮らし」だのといった表現は、目を通したかぎりでは、どこにもない。栄養だの健康だのという言葉も、目を通したかぎりでは、見当たらない。

ヴィジョンは、教条とちがって真似をする必要はない。従う必要はない。それぞれの現実によって、判断し、自らのヴィジョンと実際に生かすこと。ヴィジョンというと、すぐデカイ話になりやすい。デカイ話でも小さい話でもよいが、それがコンプレックスを動機にしていては、あまり展望は開けないように思う。

けっきょく、簡単に言ってしまえば、これまでの多くのことはコンプレックスを動機としてきたように思う。その結果は、どん詰まりの長く続く閉塞と迷走だろう。それでも、まだコンプレックスを動機として生きるのか、それともコンプレックスから脱け出し、何かのヴィジョンを生む方向へ向かうのか。新規就農者であろうがなかろうが、そのへんのことが問われているような気がする。

「薫風」と書いたが、爽快感のわくレシピ集だ。そして、「藤田家族」のように、やさしい、あったかい。

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コメント

そうですね。いまシラフで・・・あはは。
おっしゃる事、いまよく理解できます。
わたしも料理人ですが、今日も比叡山のふもとの
農家さんに、大根引っこ抜いてきます。
自分の場合は、そんな事をしてる自分のスタイルが、
シェフらしいって事よりも、
やはり、お客さんが、それを食べたいって言うから、
取りに行ってるって感じですか。
頑張って商売もしないといけないし・・えへへ。
やっぱ美味しいってよろこんでくれます。
手作りのバターを出してるのも同じです。
ホント、抜きたての野菜、美味しいです。
しかも私の通ってる農家さんは、熱いです。
いや、市場の野菜ももちろん美味しいです。
すみません。長々と。
比叡山は、少し白い感じです。

投稿: giraud | 2010/01/13 10:56

どーも、私も酔っていると、話は通じるのかもしれないけど、今夜はもう酔って醒めてシラフになったところなので、たしかにイマイチ何を言ってんでしょうか?ですね。

私は、「地産地消」というのは生産者が自分たちのヴィジョンとするなら、理解できますね。たとえば、この藤田家族さんの場合は、「土地の気候に合ったものを新鮮なうちに食べるのが何よりのごちそうです。全国宅配も行っていますが、もっともっと、西条・新居浜など地元の食卓にお届けしたいと考えています」ってことですから。

だけど、購買者、消費者は立場が違いますからね。ま、ようするに、値段はどうか、よいものかどうか、信頼関係が築けるかどうか、などの結果、どれを選択するか決まるものだと思います。

購買者、消費者は「地産地消」より「適正な価格」「よいもの」にこだわって、その結果、地元の生産者とよい関係になれるという姿のほうが、「健全」のような気がします。

とくに食育基本法あたりから、みんなで同じことを言っていないと同じ日本人じゃない、ってなことが「地産地消」という言葉に含まれている傾向がありますが、それは味覚に対する冒涜のような気がします。やはり、食は、うまい!ってことが大事だというのが、私の考え。

って、わかったようなわからん話で、オシマイ。です。

投稿: エンテツ | 2010/01/13 01:12

ほんと久しぶりに早く終わって、今、ワインを
家で、1本空けたところです。
「地産地消」最近、私も使ってます。
何が「地産」で、どこで「地消」か?
悩んだときもありました。
フランス料理を作ってますが、たくさん悩みました。今も継続中です。
でも、そんなことなんか、メディア向きの話。
私自身は、あんまり気にしてなかったけど、
気にする傾向があるだけ。
だだ、比叡山の大きな自然があり、
シェフが憧れるであろう、環境が目の前にある。
そして何より、
フランス料理をやりながら、
私は、日本人と言うバックボーンがある。
日本人と言う事に嬉しさがある。
ただ、それだけ。
酔っていまいち何言ってんでしょうか?
土はいいですね。美味しいです。
たくさんいい野菜の育つ仕事・・・
よろしくおねがいします。
とお伝えください・・・・・・・

投稿: giraud | 2010/01/13 00:32

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