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2010/02/03

経堂、さばの湯、太田尻家で飲酒歓談。「太田尻民芸」に野暮あるいは貧乏くささの洗練を考える。

月曜日1日の夕方から降りだした雪は、きのうの2日朝には止んでいた。道路に積もるほどではなかったから、午後になって、さっちゃんが大田尻家から借りてきた傘を返しに出かける。

経堂に着いたのが、6時すぎ。さばの湯では、仲よし2人組、とみきちさんの能面展と更紗さんのイラスト展をやっているので立ち寄る。能面は、舞台を見るのとちがい、けっこう不気味だ。とみきちさんは、能面づくりを始めて10数年と聞いていたが、こういうノッペラボウなものに、作者らしい精神を入れるには、えらく長い根気が要りそうで、自分にはできそうにない。立原正秋の小説「薪能」を、タイトルだけ思い出したが、どんな話だったか、能面師が出てくる不倫愛のような記憶があるのだが、思い出せなかった。かつて熱心に読んだ本も、そんなものだ。イラストは、更紗さんの個性のままに、おもしろくできていたが、展示の方法が、やや見にくいので、惜しい。さばの湯は、展示に使えそうなフラットな壁面が少ないからなあ。生ビールを呑んで、大田尻家へ。

7時開店の太田尻家は、開いたばかりなのに、すでに2組ほど先客がいた。席を取っていただいていたカウンターに座る。その後、さらに客が入り、予約席をのぞいて、ほぼ満席になるが、男子は、おれ1人という、イジョーな女子率の高さ。ちかごろは女子率が高く、それも「肉食系」であると家長に聞く。なるほどねえ。何人か入ってきては満員で断られる場面がありつつ、徐々に入れ替わりがあり、1人の男子が入ってきた。なんと、31日の日曜日に「路地と人」で初めて会ったばかりのtattakaさん。奇遇を驚きあいながら、カウンターに並んで座る。カウンターのむこうの太田尻家とtattakaさんとトライアングルで、話がはずむ。サンマの糀漬はもちろん料理はうまいし、話は楽しい、うまい酒。

「路地と人」での「飲酒歓談」のことなど、いろいろおもしろい話がタップリあった。tattakaさんのツイッターに「先日のエンテツさんの酒と野暮の話で感じたことと、ベルク問題には通じるところを感じなくはない。僕の理解では、洗練されたモールに亀裂を入れるのがゼロ年代批評とオタク的想像力とみなせば、単なる時代の移行であり構造的には同質の問題にも思える」とあるのだが、その話なんぞを聞かせてもらい、なるほどねえ。きょう、「ベルク問題」なる、ベルク店長のブログと東浩紀さんとのツイッター上でのつぶやきごっこを見て、また、なるほどねえ。とにかく、話は、とりとめなく進み、例によって10時過ぎれば早い終電が気になる。

帰り、とみきちさんや更紗さんがいるかも知れない、さばの湯をのぞくだけのぞいてみよう、路地に入ると、むこうからヨロリヨロリの自転車おやじが来る。見れば、陶芸焼肉ボクシング部OBで活躍の、酔っ払いリーさんではないか。めったに会わないのに、この暗い通りで、こんな風に会うの2度目だよ、どういうこと。終電が気になって急いでいるけど立ち話。リーさんに抱かれて、首筋に唾液タップリのキスをされる、うへへへ。新宿駅乗換えを駆け足で、家に帰りつき、まだ首筋にリーさんの唾液の感触が残っていた。

001さてそれで、大事な告知だよ。

太田尻智子さんの個展「太田尻民芸2010」がある。2月27日(土)から3月3日(水)まで、太田尻家の近所で同じ通りのロバロバカフェで。

ちょうど、きのうもそういう女子が大田尻家の客にいたが、いまや、ロバロバカフェで遊んで太田尻家に寄るというのは、経堂すずらん通りローカルのメジャーなのだ。

それはともかく、太田尻智子さんこそ、「野暮は21世紀のアートだ」と主張する、おれの泥酔論野暮編の女神のような方である。野暮あるいは貧乏くささの洗練を追求すれば、こうであるという、先端だろう。スマートやオシャレな洗練なんぞあざ笑うような。と、そのことを強調して、今日のところは、おわりにしたい。って、こんな持ち上げ方は、メイワクかな?

うすっぺらな「イキ」や、気どったアートは、腰をぬかすにちがいない。見よ!この「太田尻民芸2010」の案内…クリック地獄

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コメント

洗練された貧乏くさい野暮なほめ方をすると、オータさんは女神様になるわけであります。

おー、女王様と女神様にはさまれての宴会たのしみにしていまっす。

投稿: エンテツ | 2010/02/09 08:08

これはどうもありがとうございます。

貧乏くさいを洗練しちゃって野暮が女神級なわけです、ね?
判ったような、判らないような、ものすごく誉められているような、気がします。

今度は野暮の女王O嬢も交え宴会いたしましょう。

投稿: オータ | 2010/02/08 17:03

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