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2010/03/31

ぶっちぎり企画、ミーツ5月号特集は「オカン店」だ。

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またまた、やってくれた、ミーツ・リージョナル。明日発売5月号のパンキッシュな特集。いま、やっぱり、これだよ。パンクあんどファンキーなオカンに続け!

紹介めんどうだから特集リード転載。

「今回紹介する店は、おそらくミシュランには未来永劫載らないだろうし、食べログでももしかしたら「やかましい」だの「皿がチープ」だの「会計が疑問」だの書かれているかもしれない。例えば、そのオカンはスーパー玉●で買い物してるかもしれないけど、美味しい。そういうのはちょっとと思うなら、安定した味で食材の原産国とか生野菜の殺菌何秒とかの情報開示している大企業の店へどうぞ。色気を求める方、構われたくない方もご遠慮願いたい。ただし、街と店と人の画一化されない面白みが好きなら、きっと疼くはずである。」

よくぞ言ってくれた。拍手喝采。
製品化されない街、製品化されない店には、製品化されないオカンがいる。
気どらない街、気どらない店には、気どらないオカンがいる。

編集前記で、橋本由嗣編集が書く、「思い返すと今回のオカン店取材には心が躍った」と。
「心が躍った」「心が躍った」…すごくイイことじゃないか、すごく大事なことじゃないか。
まだパラパラ見ただけだが、写真見ているだけでも、心が踊る。
なあみんな、心が踊るような日々を生きよう。

ああ、心が踊るような原稿を書きたいのだが…。
ああ、オカン。
燗酒、呑みたい。

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製品としての惣菜の反対語を考える。

コンビニで売っている惣菜は、たいがいは製品としての惣菜だ。一定の基準でパッケージされたプロダクツってことだな。

では、自分の店でつくって売っている惣菜は、どうよべばよいか。「手づくり品」?あるいは「手製品」?単に「手づくり」「手製」「自家製」? ちょっとちがうような気がする。どうも「製品」に対して有効な言葉が思いつかない。もしかすると、だから、製品が、こうものさばってしまうのか。

本づくりにしても、製品としての本をつくるのとはちがう本づくりがある。「自家本」? よび方はそうだとしても、手づくりの小部数のものであっても、製品のような本もある。出版社のような、製品としての本をつくるシステムで活動しているところでも、「手づくり感」のある本をつくったりする。

そのへんは、惣菜とはちがう。だから、ますます製品としての本ではない本を、何といえばよいか。惣菜を例に考えても、思いつかない。惣菜は、食べるものだもんね。

本は、そのものが、ある種のパッケージされたプロダクツなのだ。それでいて、製品という文脈ではないものもある。その境目が、うにょうにょで難しいが。

製品としての本ではない本をつくることは容易でないにせよ、その文脈にピタッとくる簡潔の言葉あるといいのだが。そうすれば、もっと、ビジョンを明確にしやすいことがあるのでは、とおもったり。

手づくりの惣菜だって、製品のようなものもある。画像の惣菜は、製品としての惣菜ではない惣菜の見本のようなものだが。

ああ、ややこしい。

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2010/03/30

ゆるゆるゆらゆらスタート、株式会社スローコメディ広告社。

何度か須田泰成さんから聞いていた、新会社、4月1日のスタートだと思っていたが、もう立ち上がっているようだ。

その名も、株式会社スローコメディ広告社。須田さん、松尾貴史さん、大里圭介さん。なにをやらかしてくれるか、たのしみ。

こちらのサイト。
http://www.slowcomedy.tv/

トップのページ上段の右側に「スローコメディ広告社のネットワーク」に、おれの名前もあります。

ま、とにかく、真剣に、おもしろいことをやりましょうぜ。

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2010/03/29

なるようになる、ってことで浪曲乙女組+武本国春を堪能。

008きのうのこと。最初の進行では、28日までに原稿を終えているハズだったので、瀬尾さんや野暮連のタノ、シノ、シバと、浪曲乙女組+武本国春を予約してあった。

実際は大幅にずれこみ、行ける状況ではなかったが、行かずにやっていればうまくいくという確率はないし、もちろん、行けばうまくいくという確率もない。ならば、行ったほうがトクということで、出かけた。ひさしぶりの東京さだったのに、雪が降りそうなほど寒かった。

「大衆めし」の最後のコラムは、瀬尾さんとの対談風に書くつもりなので、その件で早めに会って打ち合わせることになる。新宿東口ベルクの前で12時半に待ち合わせたが、12時5分ごろには着いてしまったので、まず1人ベルクで生ビール。瀬尾さん時間にあらわれ、ション横鳥園。生ビール。鳥園、改装して、一部は今風立ち飲みコーナー、ほかは今風ダイニング居酒屋風にしてしまい、値段も安いわけじゃなくなり、もう昔の鳥園ではなくなったね。

14時ごろ出て、新宿御苑の前を通り、四谷区民ホールへ。寒いのに、御苑は花見客がぞろぞろ入っていく。

15時開演。乙女組は、一昨年ぐらいの国立劇場以来。浪曲もひさしぶりだ。大阪から、春野恵子、菊池まどか。奈々福さ~ん。みんな、上達している、いいねえ。曲師という三味線は、おおっDVD「沢村豊子の世界」が4月2日に発売になる沢村豊子、やっぱりうまい!東京から大阪へ行ってしまった沢村さくら、えーと、もう1人大阪から。そして、とりは国春、別格圧倒的上手。

堪能し、のち瀬尾さんと野暮連と、新宿の三平酒寮別館。ここも大改装にメニューが変ってしまい、もうかつての面影なし。またション横に移動し、きくやにしようとしたが席がなく岐阜屋に。けっきょくこれが正解だった。

あまり呑み過ぎないようにと、それでも、けっこう紹興酒を呑み、あまり遅くならないようにと、22時ごろだったかな?出て帰る。

とりあえず、こんなところで。さあ、きょうの午前中が勝負だ、こうしちゃいられない。やるぜ。

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2010/03/27

クリティカル・パス。難所と難関。

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きょうは、一日かかって、1600字のコラム1本だった。だけど、これで、難所は越えたハズだ。ま、難所といっても、文章のばあいは、自分の力量に対して難所というだけだが。

岩登りなら、難しい順に、6級、5級、4級…といったぐあいにグレーディングがある。それにしても、技術や装備が変るから、普遍的なものとは言い難いが、あるていどルートの「難しさ」の基準にはなるし、自分が何級ぐらいの力量かの目安にはなる。

同じ力量なら、誰でも必ず手こずるところが、難所だろう。上のクラスからすれば、難所にならない。ってことは、下のクラスにとっては、難所が多いってことだな。

一つしかない便所に大勢が押しかけると、難関が生じるが、難所ではない。しかし、ああっ、もれそう、大便ちびりそう、という状態になると、ある種のクリティカル、つまり危機である。それだって、なーに、人間なんてクソをたれるものさ、このままズボンの中に出せばよいのさと気楽に思えるひとにとっては、そのクリティカルは存在しない。一方、どうしても便所で、しかも自分のやり方でクソをしたいと思うと、そのクリティカルは、かなり深刻になる。

ビジネス用語では、近頃はどうかしらないが、クリティカルを通過する経路、クリティカル・パスは、時間的に効率のよい経路をさしているハズだと思う。ま、ビジネスは、そういうことになる。そして、たいがいクリティカル・パスだけでは、別の問題が発生する。

一日かかって、1600字のコラム1本は、クリティカル・パスとしては失格だろう。これは、どうしても自分のやり方でクソをしたいと思った結果なのだ。

と、わけのわからんことを書き。まだ書くべき原稿量の3分の1ぐらいを経過したばかりだが、もう大丈夫、なんとかなると確信している。そういえば、いつも、根拠のない確信を持っているな。

しかし、まだ百数十ページと掲載の料理80点ぐらいの全部が頭に入っていないので、いちいちデザインと写真とデータを見て確認しなくてはならない。そういうボケ頭で、よけい時間がくわれることになる。ともあれ、これで、あとは、かなり快適に書けるハズなのだが。それもボケ頭の誤算になるかどうか。

だいたい、おれは書くとき、エネルギーを消耗するのかどうか、ただでさえ猛烈に腹が空く。そう、技術ではなく、体力で書いているのだな。その上、うまそうな料理の写真を見てばかりいるから、すぐ何か食べたくなって、きょうは何回食べたか、けっこう食べたなあ。

そうそう、きのうスロコメの須田さんから、そろそろ4月の「泥酔論」どうしますかと声がかかったが、いまは見通しがたたずってことで、先延ばし。

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井の中の蛙な気分で、天窓の月を見る。

そして、生まれて初めて、月を撮る。
なんだ、写ってるじゃないか。バカチョンデジカメは、いいねえ。と、感心す。

それで。原稿のほうは、どうなった。
いや、それをいうな、さっぱりで。
なにしろ天気がよかったもので、洗濯して、風呂に入って、酒呑んだら、寝ちゃいました。とさ。

井の中の蛙、危機を知らず。かな。

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2010/03/26

お茶とコーヒー。

おれはお茶を飲むとき、よく声を出しているようだ。それは声というより、がるるるるああああぐああああがごえええうめええええ、という意味の、ためいきのような、うめきごえのような、雄たけびのようなもので、自然に腹の底から出てしまうのだな。それは、ある種の弛緩であろう。屁を放つのともちがう。あるいは無意識に出てしまう屁のようなものか。と、考えると、屁も、肛門や直腸あたりの筋肉の使い方で「音声化」が可能かもしれない。とにかく、このお茶のときの声は、自分で意識してないから、ひとに言われないと、気がつかないのだ。言われて、おお、そういえば、うめいていたな、と。

もしかすると、縄文人は、うまいもので満足したとき、こんな言葉にならない音声を出していたかもしれない。と、思ったり。

おれはウチではコーヒーをのまないから、外でのばあいになるが、コーヒーでは、そのようなことはない。コーヒーが好きなひとのばあいは、どうなのだろうか。知り合いを思い浮かべてみても、やはりそういうことはないようだ。

生ビールのばあいは、似たようなことが、ありますね。

しかし、めしのときのお茶は、うまいんだねえ。

「大衆めし」の原稿。イントロ、260w弱。1600w弱のコラム1本、写真キャプション6本。200w弱のコラム4本。書き終わったのは、これだけ。チョイと複雑な構成で、一気に書き上げるのが難しい。想定以上に、短い文字数で上げるのに苦労する。マジメなリアリズムを捨てるにはよい機会かも。波に乗り切れないから、体調はよいが、原稿は快調とはいえない。まだデザインが固まっていないところも残っている。明後日の昼間までに、なんとかなるだろうか。やってみなきゃ、わからねえよ。

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2010/03/25

「ばくぜん」とした…。

「大衆めし」の本番原稿にとりかかる。コラムなど約20本、全部で9000字弱。今日は半勃起状態で、一本も仕上がらず。今月末に更新になる「わははめし」の校正をして送る。「第9回、サクッと究める俺様フライ。」だ。「究める」という言葉、使いたくない言葉なのに、使ってしまった。そういうこともあるでよ。

「大衆めし」の本のデザイナーを明かそう。津村正二さんだ。そう、おれが鶯谷の信濃路を書いている、あのミーツ別冊の『東京ひとりめし』も手がけている方だ(表紙も津村さん)。今回おれが書く原稿の多くは、齋藤圭吾さんの写真と津村さんのデザインに負うところが大きい。そして、そのデザインと写真については、もう、このPDFの段階でも素晴らしい。つまり、おれは、これを見ているあいだに、勃起し言葉が怒涛のごとく浮かび、必ずや原稿が書けると、「ばくぜん」とした確信がある。よい写真やデザインとは、そういうものなのだ。だから、今日は、一本も仕上がってないが、まったく不安がない。もともと、なにごとも、切羽詰っていても、なにも感じないタチではあるが。

きのう、やどカフェでのヒアリングで、おれがそばにいて口をはさんだことは、「ばくぜんとしたコンセプト」についてだった。「ぼうばくとしたビジョン」という言い方もしたかな。ルーズなシステムともいえるか。こんにちハヤリの「ゆるい」になるだろうか。だけど、「コンセプト」「ビジョン」というかぎり、明確なところがなくてはならない。「ゆるい」から、細かい収益計画はどうでもよいということにはならない。「ばくぜんとしたコンセプト」が成り立つ、それなりの収益は必要なのだ。

やどやゲストハウス、そして、やどカフェの成り立ち、今回のフランスパンサンドイッチの立ち上がり、もろもろつまるところ「ばくぜんとしたコンセプト」が、根っこにある。

どこのゲストハウスでも、インターネットは不可欠だけど、それは世界中のバックパッカーを相手にしているからだ。フランスパンサンドイッチは近隣のマーケットが対象なので、広域化する必要はない。その場合は、ネットより、もっと注意を傾注しなくてはならないことがある。そこをやるってことだな。とくに、インフォメーションカフェ、コミュニティカフェをめざすなら、カフェである店自体がメディアであり、どのような価値を持つかだから、その価値づくりに傾注する。人と人の関係のなかでしか伝わらないものを、キチンと伝えていく。ま、ゲストハウスもおなじことがコアにあって、そのときまた「ばくぜんとしたコンセプト」が意味を持つ。と、自分で話しながら、あらためて考えた。

そのコンセプトにしたがって、メディアのミックスや組み立てをやるってことで、たとえば、いま勢いのあるツイッターを、やどや関係のメディアとして利用することはしてない。いまのところ、オフィシャルには、ホームページとブログだけだ。それはツイッターを否定しているわけではなく、それを必要としてないビジネスの組み立てを、いまのところ、しているからにすぎない。

マーケットにもよるが、タイトなコンセプトのビジネスほど、広域の客を対象にして広く客を集めなくてはならない。それとおなじように、なんでもどうでもよいコセンプトなら、そういうのは「コセンプト」とはいえないと思うのだが、やはり広域を対象としなければならなくなる。誰でもよろこびそうな「一般」を相手にすると、そうなる。とりあえず何でもかき集めることをする。こういったことでは、ツイッターは有効かも知れない。やどやグループは、そういうやり方はしない。間口は広く、ハードルは低いが、「ばくぜんとしたコンセプト」がある。意識されることはなくても、それがコアにあって、人が交流している。そこからはずれる人は、自然にはずれていく。

えーと、それで、なんだったけな。もちろん、メディアから発想するビジネスというのがあるだろうから、それはまた別のことだ。えーと、なんだっけな。メモしておこうと思ったことを忘れた。ま、ようするに、上っ面ではなく、中心にある価値はなにか、ということなのだ。それが人と人をつなげる要になる。

「ばくぜんとした不安」があって、それをビジネスにする人たちもいる。ツイッターの流行には、それも見られる。ならば、「ばくぜんとした希望」があって、それをコンセプトにしたビジネスがあってもよいはずなのだ。

まず人間に期待することがあって、その延長線上にメディアがある。あたりまえのことだが、しばしば逆になる。

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神保町のち中野。離れ業スケジュールで酔いもできず。

002きのうは、ひさしぶりに都内へ行くというのに、雨で、しかも寒かった。

14時から小学館で「大衆めし」の本の打ち合わせ。長尾さん、佐々木さん。ちょうどデザインも一部をのぞいてあがったので、方向性の確認から、全128各ページの詳細の詰めまで、あれこれ打ち合わせ。方向性については、ごく部分的な民主党化で収まったから、よしとしなければならない。で、最後、スケージュールとなった。けっこうズレこんでいたので、その分、先にのびるだろうと思っていたが、もうのばせないガチガチの日程。

おれが書く原稿の多くは、デザインと写真にあわせて書くもので、使用する写真とレイアウトにしたがった文字数が確定してから、つまり、きょうから本格的な作業になる。そして、29日月曜日の午前中までに仕上げなくてはならない。かつ、後送原稿は認められないという。出版社によって、けっこう進行の仕方がちがうのだな。

ま、できない話ではないのだが、もともとのスケジュールでは今週の金曜日26日には書き終わる予定だったので、28日の午後は浪曲のち泥酔ってことで、ひとまで誘ってある。なので、この28日の浪曲のち泥酔という予定は変えられない。ま、変える気もないのだが。ってことは、28日の午前中までに全原稿を仕上げておかなくてはならない。となると、これは、かなりの離れ業になりますね。ちゃんと奮い立ち勃起しなかったら、やれませんね。勃起するかなあ、と、ひとごとのように考えながら、打ち合わせは17時半ごろまでかかった。

中野の「やどカフェ」で中原さんたちと18時半に待ち合わせていたので、神保町から地下鉄で中野へ。

005やどカフェが改装し、フランスパンサンドイッチの提供を始めてから、行くのは初めてだ。内装は、かなり変って、よくなっていたので、ビックリだった。ぜんぶ、まりりんが奮闘のハンドメイドだから、すごい。床を板張りにし、以前の長いカウンターを切って組み合わせ、トップのパネルなども張替え、ゲストハウスの受付カウンターとサンドイッチや飲み物の販売カウンターに。以前の大きなテーブルも切って、いくつもの小さめのテーブルをつくった。インターネットのカウンターも使いやすくなっている。

フランスパンサンドイッチは好評で、予想していた以上の反応。もう販売は終了後だったが、試食させてもらう。たしかにうまい。フランスパンの香りからしてちがう。これは、一度食べたら病みつきですね。テイクアウト中心のつもりだったが、くつろげるスペースができちゃったから、ゆっくりしていくお客さんも増え、飲み物も揃えるようにしている。てな感じだった。うーん、いいねえ、旅人のインフォメーションセンターとコミュニティセンターみたいな展望へ、近づいた感じだ。どなたでもご利用いただけますから、まずは、このサンドイッチを食べてみてくださいよ。

「やどカフェ」ブログhttp://cafe.tokyo-information.jp/

それはともかく、中原さんと田中さんは、ゲストハウスの運営の実際などをリサーチ中とのことで、やどやのボス澤畑さんとまりりんからヒアリングってのが、今夜の目的なのだ。あれこれ話したのち、例のごとく近くの駒忠へ。あまり飲みすぎては勃起不全になるので、清酒はひかえ、ビール中心に飲む。10時半ごろ駒忠を出て帰る。

こうしちゃいられない、勃起せよ! そうそう、小学館WEBに連載中の「わははめし」の校正も出ているのだった。

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2010/03/24

自分たちの生業としてのメディア。

木村衣有子さんの『大阪のぞき』の「大阪のぞいたもん放談」の原稿、おれのほうは校了。木村さんも今週中には校了で、えと、4月末には発行なのかな?

右サイドバー→コメント欄の2010/03/07「むっ、出演した「全日本オヤジ選手権」が予約受付中。」のkowskeohnoで思い出したが、おなじころ、このDVDも発売になるのだ。

なんとまあ、どちらも脇役以下とはいえ、おそろしいこと。考えたら、「全日本オヤジ選手権」のAmazonのデータには「出演: 勝俣州和, よゐこ, 時東ぁみ, 蛭子能収, エンテツ」とあるのだが、出演者には、テレビでご存知の方も多いだろう、タレント業本職のロバート・ボールドウィンさんの名前がなく、おれの名前がある。これは、制作サイドが、おれを相当の笑いものに仕立て上げる編集をしているあらわれではないだろうか。そうにちがいない。

いいのだ、存在そのものがコメディなおれ。大いに上映会をやって笑いものにしてくださいよ。勝手にしやがれ。すでに、福岡でも上映会をやりたいという女子がいる。

「大阪のぞいたもん放談」では、ツイッターなどを、おれは「自分たちの生業としてのメディア」と位置づけている。それは、どういうことか、読んでもらえば、たいしたことは言ってないが、わかるだろう。いま、なんやかんや「メディア論」風のものが盛んだけど、おれにとって大事なのは、ここなのだ。「生業としてのメディア」

こうして、「大阪のぞいたもん放談」と「全日本オヤジ選手権」、まったくキャラも傾向もちがうようでいて、どこかなぜだかなんだか、そうなのだの2つが、ほぼ同じごろ発行になるのだ。ひと様の舞台で、エンテツ・オンザラン。

きょうはきょうで、忙しい、こうしちゃいられない。雨なのに。

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2010/03/23

東大宮に「ガールズバー」ができたんだぜ。

005文章は、あとで。と、朝、書いたまま夕方になってしまった。「連休あけ」までの校正を2つ、無事かどうかわからんが、片付けた。なんか、疲れ。

はあ、ガールズバーのことなんか、もうどうでもよい気分だな。こんなものが、東大宮駅の、おれのウチと反対側、東口広場に面した一等地にできたのだ。あそこは、風俗街じゃねえぞ。この先の並び数軒のところには、東大宮随一、さいたま市随一、関東随一、かどうかは知らないが、いまやおれの知り合いの味にうるさい、かどうかは知らないが、そういうやつらが都内からわざわざ来るという、あーmm、とにかく、このブログでご存知だろう、遠く関西の比叡のロテのシェフまでが入ってみたいと言っている、ああ、前置きが長い、ようするに「よってってちゃぶだい」があるのだ。

そりゃまあ、クイケとイロケは「まち」の文化と活力のもとだから、こういうものを排除する気はないが、なんでも適した棲息地というものがあるだろう。淫靡な花は、淫靡な場所にあってこそ。むしろ路地一本裏のあたりのほうが、このように情緒もへったくれもない風俗店でも、奥ゆかしく思われる。そういう場所にあれば、ウム、哀しいサガの人間が寄り集まって暮らす「まち」の正しい麗しい姿、光と影があってこそ都会というものさ。なーんて思うものだ。それに第一、おれのような初心者が、なんでもオベンキョウだから入ってみようかな、うふふふ、いい女子大生がいたら通ってもいいぞ、「よってってちゃぶだい」じゃ、まったくイロケがないもんな、と思っても、こんな人通りの多い駅前にあったんじゃ、バカを晒すようで恥ずかしくて入れない。そのように商売のチャンスも逃すことになるのだ。ゴキブリのようにコソコソと入る愉しみこそ、よいものなのに。チョイとした後ろめたさを持ちながら出入りするのが、風俗店の愉しいところなのに。

006_2しかし、ピンクの看板には、19時から5時までの営業とあり、「素人女子大生がカクテルを創ります」だと。ここにカクテルを期待して入るやつはいないと思うが、「素人女子大生があなたからカネをぼったくります」ってんじゃ、まずいのだろうか。どうせ、入るやつは、そういうものだと思って入ると思うのだが。

007しかし、ピンクの看板は、まあヨシとして、入口の文字、なんとかなんねえのか。もう最悪のセンスだな。風俗だってサービス業だ、ビジネスだろ、もうちっとマシな文字にできないのか。ま、こういうスジの客だけがターゲットなら別だが。こういうセンスのなさが、「不健全」と嫌われるのだよなあ。でも、いまや喫煙家ほどは嫌われてないかも知れない。よかったね。いまや、喫煙家憎しのあまり、ほかのことはどうでもよくなったのだ。

しかし、看板には「素人女子大生がカクテルを創ります」とあるのに、このド下手な文字で、「焼酎飲み放題」だ。がははははは。愉しいねえ。いいよ愉しいから、駅前にあっても。

もう東口へ行くのはやめて、健全な西口で飲んでよかな。

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2010/03/22

築き上げてきたものが、崩れることもある。

006_3木村衣有子さんの『大阪のぞき』、放談の作業は、最終段階になりつつある。原稿校正で、急遽八百字ほどの削除と差し替えをやったが、方向性はしっかりしているから、作業はスムーズに進み、いい感じに仕上がりつつある。いま再校が手元にあって、「連休明け」渡しで、ほとんど片づくだろう。

「大衆めし」のほうは、築いてきたと思っていた方向性が、ここにきてガタガタ崩れそうな事態になりつつある。おれはライターなので、あまり編集レベルのことに首を突っ込まないほうがよいのだが、気がついたら、もう大分つっこんでいた。もともと、連載中の「わははめし」から「大衆めし」へ、大きく舵を切っているから、難しいことを抱えてはいるのだが。それだけに、方向性がふらふらしては、困るわけだ。

はて、しかし、どうなるか。うまく乗り切れるか。乗り切らなくては、いけないのだが。正念場というかんじだな。とりあえず再度の確認が必要になり、原稿書きは、様子見の休止状態。佐々木さんが大変だな。おれも大変か。と、傍観者のごとく。まさか、民主党のような本に?…まさかね。

編集の方向性は、2010/03/19「井の中の蛙な気分で、天を見る。」にも書いたが、これによって本のできは違ってくるから、大事。どんな本をつくりたいかのビジョンがなければ、方向性は迷走する。ま、面倒でも、何度も仕切り直しをして、最後に呼吸があえばよいわけだ。

そういうわけで、チョイと別の原稿をやる「余裕」ができて、そちらをやっている。

そうそう、しかし、おどろいた。ときどき、そして、いまも右→コメント欄でコメントをいただいている、ジローさん。比叡の山のロテル・ド・比叡の料理長なのだが、彼のブログを見て、以前に那須にいたことがありはしないか。と言ったのは、じつは木村さんで、そのことを思い出したので、コメント欄で尋ねてみた。そしたら、こういう返事。


はい。

那須の二期倶楽部というオーベルジュで
ほんの少しだけシェフしてました。

いいところでした。

京都に二期倶楽部のレストランがあったので、
ロテの前に5年ほど働きました。

そして今があります。


なーんと、ジローさんが那須にほんの少しだけいたあいだに、木村さんはそこへ行ったというわけなのだ。なんという偶然。

画像は、放談の再校。まだ作業中なので、ソフトフォーカスをかけた。こんにちにおいては、このように、PDFで作業が進むことが多い。おれの場合、この画面での作業になかなかなじめず(目が疲れる)、一度プリントアウトして、んで、赤を入れ、ファクスで送るということをしている。とにかく、この本、6ページある木村さんとおれの「大阪のぞいたもん放談」を読むだけでも価値があります。なーんてね。

ひさしぶりに、あまり酔ってない深夜便でした。

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2010/03/21

ピッケル、アイガー、トニー・クルツ。

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原稿を書くのに飽き、つれづれに、ネットで山を散歩していたら、スチュバイのピッケルのことを詳しく書いている方がいた。

以前、2005/12/26「ピッケル」に書いたように、おれがかつて愛用し、いまも手元にあるのは、STUBAI NangaParbat Extrem MADE IN AUSTRIA(オーストリア製 スチュバイ ナンガパルバット・モデル)だ。

もう使うことは、たぶんないだろうが、このピッケルについて詳しいことは、ほとんど知らなかった。買った当時、よく名は知られていたし、価格的にも手ごろだったので、これにしたのだと思う。昔のことで忘れてしまったが、たぶん、ほんとうは、手づくり鍛冶で著名なブランド、「門田」のピッケルが欲しかったはずだ。でも、高いのである。そして、おれの登山には、これで十分だった。

003こちらのサイトでは、スチュバイ(STUBAI)社の社屋から、さまざまなスチュバイ・モデルを写真と解説記事で紹介している。おれが持っているモデルについては、「ナンガパルバット・エクストレーム(NangaParbat Extrem) [千葉県八日市場市、中台格之氏所蔵] ナンガパルバットのピックを急カーブにした氷壁用モデル。雑誌「山と渓谷」1973(昭和48)年12月号(参考文献6-2)にこのピッケルが掲載されているので1970年代初めには作られていたと思われる。ヘッド長28.0㎝。シャフトは少しテーパが掛かっていて下に向かうほど太くなっている。」と紹介してある。写真もよいね。…クリック地獄

おれは氷壁用として買ったつもりはなかったし、たしか、これで氷壁を登った記憶はない。このシャフトは持ちやすく、雪面にステップなどをきざむときに、とても使いやすかった、というていどの記憶しか残っていない。ピックの先端部分にギザギザがあるのと、ブレードの先端が波型に仕上がっている。そこが、氷壁用の特徴なのだろう。

おれが買ったのは、30歳ごろらしいから、1973年ごろということになる。「1970年代初めには作られていたと思われる」というのは、確かだ。

さらにネットで山を散歩していたら、映画「アイガー北壁」のことがあった。アイガー北壁といえば、なんてったって、トニー・クルツの遭難死だろう。なんとも悲劇的かつ衝撃的。1960年代だったと思うが、白水社の山の本をかたっぱじから読んでいたなかに、アイガー北壁の本があった。それは登攀史というより壮絶な遭難史といったもので、なかでもトニー・クルツの名前だけは忘れないで脳みそに焼き付いた。

それまで挑戦者を撃退してきた最大の難所「蜘蛛の巣」もこえ、もう初登攀まちがいないとおもわれたのに、天候の激変で下山を余儀なくされる。ザイルパーティのメンバーが次々と死んでいくなかで、最後まで生き残り単独で下降中のトニー・クルツは、救助隊の目の前、まさにピッケルを差し出せば手が届きそうなところで、ザイルに宙吊りになったまま力尽き、ガックリ死ぬ、その写真も載っていた。どうやら、映画は、そのトニー・クルツらの登攀と遭難の話のようだ。これは、ぜひ、観たいね。

あとアイガーの本といえば、トレヴェニアンの『アイガーサンクション』か。これは活劇物という感じだが、なかなかおもしろかった。

004_2とりあえず、ひさしぶりにピッケルを出して、眺めた。画像では、わかりにくいが、木のシャフトは、アマニ油で手入れをしておいたから、アメ色になって、とても使い込んだよい感じだ。ピックとブレードの部分は、サビ止めをしておいたが、石突きというシャフトの下のほうは、なぜかサビ止めをしてなく、あわれな有様。そのうち、磨きあげて、手入れをしておこう。

おれが高校のとき持っていたのは、これよりかなりシャフトが短いタイプで、山好きの人からの「おさがり」だった。あれも、ナンガパルバットだったのではないかと思うのだが、正確な記憶がない。それをくれた先輩は、おれよりひとまわりぐらい年上で、いまのおれのトシぐらいのときに急逝した。つまり、10数年前に亡くなったのだな。黙祷。

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2010/03/20

「連休明けでいいです」。じゃあ、よってってちゃぶだい。

001_2きょうは、美容と健康と愛のために、東大宮を散歩しました。

こちらに引っ越して、初めて見た。あの国道、第二産業道路っていうのかな? いい陽気のせいか、クルマの切れ目がない状態だった。お墓参りか行楽か、それに連休なしの仕事か。

そりゃまあ、世間が今日から3連休ってのは知ってるよ。で、18日の木曜日に、「連休明けまでにお返事をいただけると助かります」ってのは、よいだろう。ナゼナラバ、その気になれば、あなたは19日の金曜日中に片付け、連休を休もうが勝手だが、それができないかイヤなら、連休のあいだにあなたがやる仕事にしても、いっこうにかまわないのです。という意志が読みとれる。

しかし、今日の20日の土曜日になって、「連休明けでいいです」という校正は、連休中に、これをヤレということではないか。

ああ、わかってますよ。いいのです。自営業は、世間の休みとは違う。ってこと。きょうはまた、陽気がよかった。とっておきの女と会いたいぐらい、いい陽気だったが、そうはいかない。ってんで、それに比べたら、かなり違うのだが、またもや東口の「よってってちゃぶだい」に行ってしまった。もうあそこは、半年ぐらいは行くのをやめようと、とくに理由はないのだが、中毒になりそうなので、このあいだ固く決心したのだが、行ってしまった。

004行ってよかった。「ちゃぶだい」の3階はキャバクラで、しかも開業15年とか。たまたまカウンターで同席の、おれよりもかなり若い新潟は佐渡出身の方も言っていたが、東大宮駅近くの営業店は、けっこう入れ替わりが早いらしい。そういうなかで、開店15年のキャバクラ。今夜、そのキャバクラの、だれかの誕生日とやらで、すごい花束が届いて、「ちゃぶだい」の店先まで飾っていた。このキャバクラ、気になりますねえ。西口の「昭和酒場 コタツ」や「鉄砲屋」もいいのだが。

ま、とにかく、「連休明けでいいです」も含め、連休明け早々の締め切り原稿もあるから、と最初は自重気味に、あとはどうでもよく、けっこう呑んだ。たぶん、最初の生ビールを入れて、5合相当は呑んだであろうか。

だから、仕事ができない。ちゃぶだいの大将に責任をとってもらいたい。

008そうそう、それで、えーと、その責任逃れかどうか、おからをいただいた。かなりの量のおからだが、ほんとうかどうか、おれが酔っての間違いかも知れないが、もとはタダというから、遠慮なくいただいてきたのだが、これが、あけてビックリのよいおからなのだ。まだ豆腐を搾れるんじゃないの。こんなによいおからは、チョイと、もしかすると、わが人生で初めてのことかも。そのう、酒粕でも、よい酒蔵の酒粕は、色合いが濃く、もっとアルコールが搾れるんじゃないの、ってな黄色っぽいというか生成りの木綿のような色がありますよな。そういう感じ。

これは、埼玉県比企郡ときがわ町番匠の「とうふ工房 わたなべ」のものだという。詳しくは検索あれ。

このおから、すぐに、作って食べた。ウチにあるものだけなので、たまごをほろほろ炒りに、おからと小松菜を炒ったのを一緒に混ぜるつもりだったが、なにしろ酔っていてメンドウ、たまごは単なるたまご焼きにひいて、その上に、おからと小松菜をごま油で炒ったやつをのせ、皿の上で一緒にしながら食べた。

いやあ、そのうまいこと。これは、おれの作り方が上手なのかな? それとも、やっぱり、もとのおからがよいのか。まだ8割ぐらいは残っているから、明日からの対策は明日考えよう。

しかし、うまかった。

ま、そういうふうに、酔っているのだが。

愛してるよ~。山盛り一杯食べて、大満足。

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2010/03/19

井の中の蛙な気分で、天を見る。

01715、16、17と、いや18もか。月曜日は、たしか一度買い物に出たかな、火曜日は夜に食事をしに出ただけ、水曜日も木曜日も外には出ず風呂も入らず。ま、風呂に入らないのは、単なる不精なだけで、1週間でも1か月でも、入らなくて平気なのだが。

別々の仕事の校正と原稿を、メールと電話でピンポンし。そのほか、細々年度末相談事とか。「大衆めし」の原稿締め切りは、ちゃんと守り、イントロと2本のコラムをあげ。えーと、ま、ああでもない、こうでもないで時間がすぎ。

今日は、よい陽気だから、洗濯をしたのち、仕事机に向かい頭上の天窓のブラインドを開けて、しばし眺める。井の中の蛙の気分。「井の中の蛙、大海を知らず」とかいうね。そのあとに「されど天の青さを知る」とかもいうね。

が、しかし、おれは蛙じゃないんでね。おれが、ここから見ている天の青さは、ほんとうに天なのだろうか、天の青さなのだろうか、この窓枠からはずれたら、もうちがう青さなのではないか。って、考える。そりゃ、もう外を知っているからいうのだが、それにしても、一つ所を見ていても天の青さを知ることはできないだろう。やはり、空も海も、外に出て見なくてはなあ。自分の「井の上の天の青さ」しか知ることはできない。それは「天の青さ」と、必ずしもおなじではない。

だけど、また人間は、「井の中の蛙、大海を知らず」と言われると、ナルホドと思い、そのあと、「されど天の青さを知る」とつなげると、さらにナルホドと思うものなのだな。そうやって、騙される。ライターは、そういうふうに、言葉をあやつって、読者をたらしこむわけだ。

そのとき、この天窓のように、どの方向に向かって、どう窓枠をもうけるかというのが、編集上は大事で、つまり方向性とフレームというか、ま、たいがいのプランニングにおいて大事になる。で、それがちゃんとしてないと、「よいできあがり」にならない。マーケティングにしても、広告にしても、本にしても、雑誌にしても、建築物にしても……。

だけど、この「よいできあがり」ってのがクセモノで。方向性とフレームがしっかりしているほど、読者をたらしこみやすい。そういうことも含まれる。つまり、「よくできている」ものに接すると、鵜呑みにしやすい、よほど気をつけないと、上手な手品のように騙されやすい。ようするに、その方向性とフレームのなかに、はまってしまうってことなんだな。そこから見える空の色が、本当の空の色だと思ったり、全部の空の色や一番よい空の色を知ったつもりになってしまう。ま、そんなに上手じゃなくても、そういうことなんである。

で、あえて、その方向性やフレームを、いったん組み立てたのち崩しながら書くとする。するとたいがい「奇書」と言われるものになる。ただでさえ、文章は読んで理解することが大変なことが少なくないのに、奇書となると、ますます大変で、ま、「一般」には敬遠される。ところが…、ここから先は書くと長くなるから、やめる。

おれの著書は、『大衆食堂の研究』も『ぶっかけめしの悦楽』も『汁かけめし快食學』も「奇書」と言われることが多いし、何度も言うように、おれも自認している。ひとによっては、「変化球」という。変化球より直球のほうが、読者は打ち返しやすいから売れる。と、言われたこともある。でもさ、ヘソも根性も曲がってるんだから、仕方ねえじゃないか。って逃げる。なーんてね。そうかな?

ま、とにかく、天窓を見上げ、井の中の蛙気分なおれは、チョイと外の世界も見なくてはと、おれはやっていないツイッターの検索を試みた。以下のような、あんばいだった。1995年の『大衆食堂の研究』について、つぶやいている方がいて、おどろいた。もう発売から15年なのに、このような方がいるなんて、シアワセ、うれしい。知らない方だ。「全日本オヤジ選手権」のことをつぶやいているのは、ナベさんとオオノさんだな。呑み会しながら、一緒に見たいね。


「エンテツ」でヒット。

nabe_saketsuma: おっ、オヤジつながりですね。エンテツさんの雄姿を早く観たいモノですw RT @kowskeohno 今、@nabe_saketsuma さんの呟きを眺めてたら、思い出してしまいました。 と、いうことで、Amazonで購入。「全日本オヤジ選手権」!! まだ予約だけど、発売イベントも

3 days ago from web mbaba47: @HRKTNK まさに奇書ですが、95年の段階で今に連なる資本と街の問題、街と人間の問題、食と人間の問題に切り込んでらした事の凄さ、を思ってしまいます。@エンテツさん

7 days ago from TwitterGadget kasamark: @hayoaokono エンテツさんのわははめしが書籍化。写真、サイトウさんらしいですよー!http://j.mp/dbUKOu

「大衆食」でヒット。

onthebriiidge: 再読。やっぱおもしろい。/「アートの力を信じる」…地域とは、好きでもないやつと暮らす場所。: ザ大衆食つまみぐい

「遠藤哲夫」でヒット。

nbmt75: 力強い読み応えある本です。オススメ! RT: @HRKTNK: なんとamazonに遠藤哲夫さん「大衆食堂の研究」が再入荷。 http://bit.ly/acWEO5 街場の食に「状況」を再設定するためのヒント満載。未読の方ぜひ。WEB版→http://bit.ly/aD7ERv


井の中の蛙も、雲の変化を見ていると、けっこうあきない。でも、やっぱり、外へ出よう。

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2010/03/18

「先生」と「好き」。

フリーライターでも、自著を出版していると「先生」といわれることが多いようだ。おれもときどき、というか、けっこう「先生」といわれる。それは、なにしろ歳だけくっていることもあって、「さん」の延長線上のもので、なにかを教えるから先生というわけではないことが多い。もしかすると高年者に対する愛情表現かもしれない。

ところが、料理研究家、たとえば瀬尾さんなどは、まさに料理を教えることをする「先生」なのだ。

ようするに「先生」には、何かを教える教えられるという関係が、ある場合とない場合がある。と、いまさら気がついた…のか。

ただのライターではなく、「評論家」となると、たいがい先生だ。おれはただのライターじゃないぞ、ってことで「評論家」を自称するひともいるだろう。「先生」になりたいって思っているし、書く場合も「教える立場」である。「料理評論家」などは、その口が多いようだ。でも、実際に、うまい店を教えてくれる、世間もそれを期待するし、その期待に応えている場合もある。だから、ま、かりに間違ったことを教えていたにせよ、「教える」ことはしているし、「教えてもらえる」という期待に応えているから、「先生」でもよいのだな。質のよい先生かどうかの違いがあるだけだろう。

ところが、おれの場合、まったく教えるなんていう気はない。ただ「書く」「しゃべる」だけだ。なのに「先生」といわれるのだけど、よく考えると、中には、何かよいことを教えてもらえるという期待を持っているらしい人がいることに、いまごろ気がついた。

かなり期待を裏切ったことがあるなあと反省もしてみた。

だけど、おれは、たとえば「おいしい大衆食堂を教える」こともできないし、教える気もない。そういうことには、あまり興味はないのだ。知らないのだ。

というぐあいに、「先生」でも、ずいぶん違いがあるなあと思った。

知っている女で、和服が好きなひとがいる。しょっちゅう、ほとんど和服を着ている。それで自分の仕事場にも行くし、どこへでも出かけていく。そういえば、ウエダカナヨさんみたいだな。それで、いつだったか、彼女と着物好きの女数人ばかりが、「着物好きの会」のようなものをつくろうということで、つくった。ところが、そこで話題になることは、えーと和服のことは知らないのでうまく説明できないのだが、どこそこのラーメンのスープがどうのチャーシューがシナチクがどうのラーメンとシナそばの違いがどうの、どのラーメン屋がうまいか、といった話をするように、帯やら帯止めやら着物の話をする会になってしまった。そこで彼女は、わたしはそんなことには興味はない、わたしはただ和服を着る生活が好きなんであって、その楽しい気分のままの話をしたいだけ、といってやめてしまった。

あ、えーと、それでなんの話だったかな。

そうそう、彼女のような人は、やはり「先生」にはなれないわけだ。
これで、話はつながっているかどうか知らないが、おわり。
ようするに、おれは大衆食堂や普通の大衆食のある生活を楽しみたいだけなのだ。

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2010/03/17

場所の記憶と文脈。杉並区・荻窪駅南口、大衆食堂三番。

Ogikubo_3ban02先日、西荻窪への途中、荻窪駅で快速から普通に乗り換えるため電車を降りた。つぎの各駅停車は、いちばん南側のホームだった。

いつも中央線に乗って荻窪駅を通るときは、南口の線路沿いを見ながら、かつてそこにあった「大衆食堂三番」を思い出していた。その佇まいと看板は、最も好きな一つだった。もちろん、なかの雰囲気もめしもよく、結果的に最後になってしまった夜のことも、いくらか記憶にある。

その姿を、荻窪駅のいちばん南側のホームから撮影したことがあった。1995年『大衆食堂の研究』が刊行された前後だ。

今回、乗換えに少し時間があったので、そのホームの端に近い撮影した場所あたりまで歩いた。ほぼ(あとで調べたら少し手前だった)、その位置に立った時、それまで写真を撮る気などなかったが、急に思い立って急いで撮影した。

1962年か3年に、初めて荻窪駅南口に立った。そのとき、「大衆食堂三番」がそこにあったかどうかは知らない。あのころから、荻窪は少しずつ変わってきた。いつも少しずつ変っていた。だけど、それは、子供が成長していくのが見えるような変り方だった。いまでも、南口の様子から、1962年か3年ごろの記憶の手掛かりを見つけるのは、少なくなったとはいえ出来る。爆弾でやられたように「まち」のカタチを変えるような再開発はなかった。つまり、生業者の「まち」のカタチが残っていた。言い方を変えれば、まだ、その場所に、生業者の文脈(「コンテクスト」とかいう、あれ)が、まだ残っていた。ということに気づき、ふと、「場所の文脈」ということに興味を持った。

どうやら、荻窪は、これから駅まるごと再開発で、「場所の文脈」が失われるほど変貌するらしい。「失われる」というか、生業者がつくってきた「場所の文脈」が、「企業家の文脈」で塗りつぶされるというべきか。

「大衆食堂三番」が跡形もなく失われたのは、いつだったか記憶にない。少なくとも1997年ごろまでには、姿を消していたと思う。

ザ大衆食のサイトには、「大衆食堂お姿備忘録」として掲載してある。…クリック地獄
(↑に書いてあるように、三番は、この場所からは姿を消したけど、チョイと入った近くで営業している)

「大衆食堂三番」の左隣にあったビルと、現在の、銀行の左隣にあるビルは、外観が少し変っているが同じビルなので、「大衆食堂三番」のあと地と、その右隣の空き地は、このおもしろくでもない銀行の建物ということになる。これが「企業家の文脈」だろうと思うが、これが「まちの再生や発展」といわれるものらしい。

三番の画像は、紙焼きをスキャンしたもの。

Ogikubo_3ban01

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キレイになって、よかったね。

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2010/03/16

食欲や性欲の「浄化」は、表現あるいは文化の衰退になるかな。

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なにごとも、クイケとイロケとネムケから始まっている。てな話を、どなたかの著作を紹介しながら、まえにこのブログに書いたことがあると思う。

日本の表現とか文化を遡ると、縄文土器に、たどりつくだろう。その先もあるだろうが、「表現」や「文化」としては、ここが現代につながる結節点になるにちがいない。

その縄文土器は、ほとんど食欲を満たす煮炊きの道具だった。そして、多くの土器の文様には、「性」が、扱われている。ときには性器そのものが、あるい抽象化され、表現されていることがおおい。

食欲や性欲は、表現や文化の源泉なのだ。

となりの東京都では、日本の首都にしては、いや、日本の首都を象徴するようにと言ったらよいか、ひどい人材不足が続き、「非実在青少年」なる「言葉」を用いて表現の統制をするしか能力がないと思われる知事が、長いあいだ居座っている。それは、まあ、東京都民のみなさんのことだからよいのであるが。

どうも、今回の東京都青少年育成条例改正案とやらについて、外から見ていて不思議に思うのは、東京には表現だの文化だのというと、日ごろは一過言ある、たいした人たちが揃っていると思っていたが、この件に関しては、あまり議論になっていないことだ。

騒いでいるのは、もっとも直接関係がある、漫画アニメ系業界のみなさんばかり。とくに「言葉」を扱う活字系が、知らん顔が多いようだ、本好きという人たちの発言も少ない感じだ。ポルノ規制、性的表現の規制を、大きくこえる規制に使われる、「非実在青少年」なる「言葉」に満足しているのだろうか。

騒ぐ漫画アニメ系業界の動きをニュースにしているのも、スポーツ紙が多いし。ま、そのあたりに、日本の首都東京の、大マスコミを頂点に飼いなされた表現者や文化人たちの現状が見られるような気がする。もっと、いろいろな議論が見られるのを期待しながら、失望し、飼いならされな都を、表現や文化の衰退の都を、埼玉の空の下から、見物しているわけである。性器をモチーフにした文様が♀と♂の記号にも見える、縄文土器を見ながら。

いやあ、数だけ多くて、人材不足の東京は、大変ですな~。
やっぱり、これからの可能性を考えると、東京はダメか。「健全」な部活の仲良しクラブのような集合ばかりか。
ツイッターだのブログだのインターネットだのといっても、イザとなると、こんなものか。

いやいや、まだまだ、気取りもしない「浄化」もされない、雑菌がいる。

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2010/03/15

集中、没頭、忘我。おれは「文章家」なのか? 人生に失敗はない。成功もないけど。

じつは、きのう、西荻窪駅に待ち合わせの14時少し前に着いて、近くの銀行のキャッシュディスペンサーを利用した。そのときいくつか気になることを考えていた。たいがい、いま原稿が進行中の「大衆めし」がらみだ。そして、カネを引き出す操作をし、もどったカードを受け取り、外へ出た。そう、カネを取り出すのを忘れたのだ。

が、すぐ、ハッと気がついて、もどった。すると目の前で、現金を取り出す口のふたが、するする閉まっていく。あわてて手を入れようとするが、ああ無情にも、機械の方が速く、きっちり閉まった。時間がないから、もう一度操作をし、とりあえず必要な金額をおろし、そばのインターフォン電話を使って状況を説明する。すぐ確認ができたが、日曜日のため口座にもどすのは、きょうの月曜日の午後になるという。午後、通帳記入をし確認するようにいわれる。

きょう、そのことは、すっかり忘れていた。朝から、「大衆めし」に使用する、おれが過去に撮影した大衆食堂の写真をセレクトし午前中に送らなくてはならなかった。すごい量の中からの数点のセレクトだ。その間に、先週土曜日の締め切りで送った、『大阪のぞき』の木村衣有子さんとの対談の原稿校正を読み返していたら、大事な欠落を発見する。木村さんの携帯の留守電に電話をくれるよう頼む。「大衆めし」に使う写真のセレクトをし、数点には絞り込めず、10数点まで絞って、共用ファイルにアップロードしながら、また「大衆めし」を考える。

といっても、おれは原稿の書き方を考えることは、あまりない。なぜなら、すでに何度も書いているように、おれは成りゆきでライターになったので、文章の書き方のオベンキョウをしたことがないから、考えられないのだな。

ところが、ときどき、あるいはよく、編集者やらクリエイティブ系な人たちに、あなたの文章は「ライター」の文章ではなく「文章家」の文章だといわれる。だけど、そういわれても、どこがそうなのかわからない。説明を聞いても、よくわからない。とにかく文章のことはわからない。なにしろ、ひとは「あなたの文体は」と、おれの文体のことをいうが、おれはおれの文体を意識したことはない、わからない。

なのにナゼ文章が書けるかというと、よく観察し、よく調べ、よく考え、よく検討を加え、そうしているあいだに脳だか胃袋だか、どこだか知らないが肉体のなかに貯まってくる言葉や論理や感覚などを、ゲップやゲロを出す感じで、キーを叩き吐き出すだけなのだ。

なので、書き出すとはやいが、はやいのは、ゲップやゲロが勢いよく出るのとおなじ。とにかく、書く前に観察や思考に没頭する。「いい文章」になっているかどうかは、ときの運、どう転んでも中身だけはちゃんとあるようにしよう。文章のテクニックをオベンキョウしているヒマがあったら、酒を呑んで酔ってアタマをフニャフニャにしておくか、モノゴトをよく見て考えておこう。ってな感じかな。はやい話、文章をオベンキョウして「文章家」になろうと思ったことはない。「文章家」の文章を書こうと思ったことはないから、オベンキョウもしたことないし、わからない。

そんなこともあるか、共用ファイルにアップロードしながら写真を見ているうちに、知っているつもりだったことに新しい発見があったりして、また考えてしまう。

そうして、また同時に、木村さんとの対談に大事な欠落を発見したりする。木村さんから電話があって、その件を話す。やはり直しが必要だろうってことになり、ところが、もう原稿量は増やせない、ならばどこかを削って差し替えようという話になる。内容からして、ハンパな量ではすまされそうにないから大幅な削除が必要になりそうか。佐々木さんからメールのち電話があり、アップロードした中から、佐々木さんが数点に絞った候補について意見交換。

なんの準備もできずに、もうきょうに間に合わないこと確定の、確定申告はあきらめていたが、銀行へ行って通帳記入することも、スッカリ忘れてしまった。ま、大丈夫だろう。

雑菌倶楽部の件で進展模様の電話があり。木村さんと電話で話し、木村さんの方の原稿をメールで送ってもらう。それを読んで、大幅に削除してみて、差し替えられる文章量を計算し、電話で相談。やはり削除し追加原稿をつくろうということになる。たぶん、なお一層よくなるはずだ。

そんなふうに積み重ねる。文章技術がないから、労を惜しまず、しかない。

でも、ちかごろ、少し、文章のオベンキョウに興味を持って、少し読んでいる。それは、たいがい、ていどの差はあれ、売れている文章家の文章を、マジメにオベンキョウすることになる。それはそれで、おもしろいことだ。反面教師にもなる。

いま、文章は、上手な(売れる)文章を書こうと思わないほうがよい。やはり、実態をよく把握し考え、ビジョンを持つことだ。純菌の文章家より、雑菌増殖のほうが、はるかにおもしろい。サラブレッドの競走馬は、いてもよいが、見るもので、憧れるものではない。

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西荻で新種の雑菌倶楽部。

003きのうは、急遽14時に西荻窪。2010/03/04「『東京人』4月号「今宵はこの店で」。酩酊できあがっている顔の3人。」の3人、牧野さん、瀬尾さん、おれ。この3人が顔を揃えるときは、銭湯に入って酒、とはかぎらない。ときには、公開できないほど真剣なことがあるのだ。

まず現場へ。晴れて、あたたかい日でよかった。とある路地にいると、路地の入口のほうから、こちらを見る人あり。まったく偶然にも、牧野さんのお知り合いのアートディレクターの妹尾さんご夫妻。瀬尾さんもおれも初対面。立ち話。牧野さんが「どうしてこの路地にいるのがわかったの」と妹尾さんに尋ねると、「なにか牧野さんの気を感じた」と。それで、それを「牧野オーラ」と呼ぶことにする。妹尾さんのカメラで、3人を撮影していただく。「東京人」のときとちがって、酔っていない。噛まれる心配もない。

別れて、少し歩いたのち、南口の「戎」へ。ビールを呑み、やきとりを食べながら、瀬尾さんのプランについて、意見交換。

また少し歩いて、牧野さんは用があって帰る。おりしも上京中のシラカワさんが来てくださるというので、駅そばのドトールで待つ。シラカワさん、羽田から来て、また羽田に引き返して帰られるので、20分ぐらいしか滞在時間がない。それでも来てくださるってんで、心強い。シラカワさんと合流後は、かけあしで。うーむ、さすが、適切なアドバイスをいただく。

シラカワさんを駅で送り、やれやれ、なんとか終わった。それでは、どこかに入ろうってんで、北口のハワイ支店長がいるはずの店を外からのぞくが姿が見えないので、南口の「ぷあん」へ。18時ごろ。チョイひさしぶり。ご無沙汰しているうちに、あっこさんが2人目の子供を生んだときく。昨年末のことだという。いやあ、忙しそうだったのに、仕事に子育てに、がんばるねえ。三十路の女は強い。

ま、とにかく、料理を食べ呑む、雑菌談義。店内しだいに混みあって来たから、軽く燗酒を呑みに行こうと、こんどは北口へ。店名忘れた、瀬尾さんご存知の店で3合ばかり燗酒を呑み、雑菌談義の続き。明日もあるからと22時ごろ出る。駅への途中の本屋で、『文藝春秋』最新号の「同級生交歓」に登場の大竹聡さんの写真を見て、ガハハハ、料理本のコーナーに『あんこの本』があったのを見つけ、齋藤圭吾さんの写真を見ながら、いいねえ~とかやって、西荻駅で瀬尾さんと別れ、新宿で22時45分ごろの湘南新宿ライナーに乗れて、帰宅。

西荻で14時から22時まで8時間も過ごした一日だった。はたして雑菌倶楽部の企ての行方は? きょうも何か動きがあるはずだが、おれはウチでの作業があるので現場には付き合えないから電話を待つ。

画像は、西荻の南口方面で、偶然に見つけた食堂。このあたり、前に通ったことがあるはずだけど、気がつかなかった。

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2010/03/13

またまたやってくれた、ミーツのエルマガ社。手にしただけでこころ騒ぐ、あんこ愛、『あんこの本』。

012昨夜に続き、木村衣有子著の『大阪のぞき』の対談の原稿校正を、のんびりぐだぐだやっているとき、その編集担当である京阪神エルマガジン社の村瀬彩子さんから、この本が届いた。これはもう、コメントの必要がない。とにかく、本屋で手にとって見てよ。ですね。3月15日発行。

著者=姜 尚美(かん さんみ)、写真=齋藤圭吾、アートディレクション=有山達也と書いただけで、食指を動かす人がいるだろう。だけど、そうした名声より、はるかに深く、感動の見ごたえ。まだチラッと読んだだけだが、読みごたえも相当なもの。編集の村瀬さん自信の一冊。お宝になる一冊。

013_2姜さんは、こう書き出す。「あんこが苦手、という人は意外に多いと思う。/実は私も、10年ほど前まで、あんこが苦手だった。甘いし、くどいし、3口で飽きる。」

そして、こう書く。「本書は、あんこが苦手だったひとりの人間が、/どんどんあんこを好きになっていく未完成の成長記録でもある。」

そう、わかりますよね、どんどん好きになっていく過程というのは、愛がどんどん深まっていくときでもある。その感じが静かにあふれ出ている。文章はもちろん、齋藤さんの写真からも伝わる。文章を書く人や写真を撮るひとだけじゃなく、あんこに関わる人たちの「あんこ愛」が、文章から写真から、びんびん伝わってくる。「日本全国あんこを知る旅」全152ページかな? 写真集といえるほどの写真に圧倒されながら、文章にうなる。最後のほうには、豆知識のページもあって、ほう~知らなかったと驚いたり。日本の食文化の深さ、本の楽しさが凝縮。

やったね、おみごと、齋藤さん、村瀬さん。だけど、まだまだある。『大阪のぞき』に、齋藤さんは「大衆めし」が。4月5月も楽しみは続く。紙メディアかデジタルか、なーんていうバカバカしい議論はヒマ人にまかせて、ようするに、なんだろうと、なにがあろうと、自分は自分の仕事をシッカリ追求するってことだな。

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一度食べたら忘れられなくなる、枝豆あんこの「ずんだ」もぬかりなく載っていて、うれしい。

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昔よく食べた「あずきキャンデー」も載っていて、うれしい。

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ああ、おれ、もちろん、甘いものも食べますよ。最中なんか好きだなあ。最中とか羊羹は、清酒のつまみにもよいんだよね。と、けっきょく酒の話でおわり。

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2010/03/12

「よってってちゃぶだい」によってしまった。

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ここのところ、ウチに引きこもりで、原稿やらなんやらやっていた。たまには歩こうか、ちょうど米もなくなっているし。散歩あんど買い物に出た。散歩だから少し歩こうと、国道で東北本線の陸橋をこえた。つまり東側へ。重松荘のあたりをウロウロし、駅に近づく。そこには、「よってってちゃぶだい」があるのだな。

このあいだ、「ちゃぶだい」の大将がブログに、東京人4月号を買ったと書いてあった。このおれのブログに紹介したのを見て、おれが載っているってんで、ミーハー気分で買ってくれたらしい。だから、お礼に伺わなくては失礼だろう、と、とにかくあってもなくてもよい口実を自らつくり、「ちゃぶだい」に寄った。

17時半ごろだった。まだ開店したばかりで客はおれ1人。店には、ちゃんと東京人4月号が置いてあった。ありがたいことである。感謝の辞のち、まず生ビール。そのあとは、大将のブログを見て気になっていた、大将が売りあまった焼酎をブレンドした、じゃない、大将がよりすぐった3種類の芋焼酎を甕でブレンドしたものを呑む。なかなか鼻に抜ける風味もよい。

そして、清酒だ。新潟は、佐渡の真野鶴、大将はブログで「なかなかにグラマラスで…日本海系ラテンなノリが楽しい娘」と、その味覚を紹介していた。佐渡の女は鬼門なのだが、ま、いいかと。うーむ、まさに大将の紹介のごとく、ほっそり純情可憐清楚な娘とはちがう。さらに故郷は南魚沼の鶴齢ももらう。ここまで冷や。最後に燗を、滋賀の七本槍。

七本槍を呑んでいるころ、真野鶴とはちがい、ほっそり純情可憐清楚な娘に見える女子が1人、カウンターのおれの隣にすわる。むっむっ、おれはこっちの方が好みだぜ。彼女は、生ビールと、いきなり賄いめしを頼んだ。なんだ、めしを食べに寄ったのか。と思いきや、鰹のタタキに生卵がのった丼を、うまそうにさっさと食べ終わり、清酒とイカ塩辛を頼んだ。むっ、これはスゴイ飲兵衛なのでは…。

と、まあ、いつしか2人で話はずんで、おれはもう七本槍を呑み終えて帰ろうかというころだった。彼女は、彼女の塩辛をおれにすすめ、もっと呑んでいかないかと。うふふふ、この娘とか、悪くねえなあ。と妄想したが、米を買って帰り、めしのしたくもあれば、仕事もあるのだという現実に、たちまち妄想は醒め。19時半ごろ出る。

米の汁を腹に入れ、その化学反応生理反応が脳をゆらす身体で、5キロの米袋とおかずの材料をぶらさげて帰ったのだった。

のち、13日が期限の、木村衣有子さんとの「大阪のぞいたもん放談」の原稿校正にかかる。

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7000年前の縄文の料理と、いまの料理。ちがうのは、道具だけ?

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2010/03/11

「大衆めし」について、以前に書いたことを読む。

あれこれ資料をひっくりかえしていると、以前に自分で書いたものが目にとまり、思わず読んで、こんなことを書いていたのか、なかなかよいことを書いているな~と他人事のように思うことがある。

「大衆めし」という言葉は、これまで使ったことはないのだが、「はたらき生きる人びと」や「はたらき生きるため」の「めし」を指す言葉として、今回初めて使っている。同じような趣旨で、いろいろな表現をしてきたが、これが簡潔かつ適切のようだ。

大衆食堂といえば、もうそのものズバリ「大衆めし」を食わせるところってことになるね。

それはともかく、きょねん12月天理教道友社から発行の『すきっと』という雑誌に、大衆食堂のことを書いている。2009/11/25「天理教道友社『すきっと』14号に大衆食堂のことを素直に書いた。」に告知したように、編集さんがつけてくれたタイトルが「「大衆食堂再発見!!「ふつう」のうまさを楽しむ」。

原稿の依頼を受けるまで、この雑誌の存在も知らなかったし、かなり多くの人が、そうだろう。つまり、このおれの文章は、これからも目にとまるチャンスは、ごくまれなのだ。そういうこともあるが、チョイと必要があって、ここに一部を抜粋しておく。

「快食ということ」という見出しの本文。

 本来どこの家庭にもあるはずの「ふつう」を、わざわざ楽しみに大衆食堂へ行く。なんだか不思議な現象だが、私は近ごろこんなふうに考えている。
 今、日常の環境は、「ふつう」でいることが、とても難しくなっているようだ。いつも「ふつう以上」に向かって追い立てられている感じである。そもそも外食の分野にしても、「厳選」された「特別なうまさ」を競って、激しい競争が続いている。お店も競い合い、客もまた、より「グルメ」であることを競い合う。そんな情報が氾濫し、あおり立てられる。本来おいしいものを食べてくつろぐはずが、趣味を楽しんでいるはずが、ひとより上をゆく情報を求め競争になってしまう。なかなかシンドイ環境ではないですか。
 どこかで息抜きしたくなる。大衆食堂の客は、のんびり「ふつう」を味わい楽しみたいのだ。「ふつう以上」を気取ることなく、慣れ親しんできた味覚に身体をあずければ、肩の力もぬけ素直な食欲が活発になる。「一膳飯屋」といわれた江戸の昔から、ふだんのふつうのままにすごし元気を回復する、心地よい味覚と時間と空間が、大衆食堂に伝わっている。その食事は「快食」という気分がピッタリだと思う。

「通いなれた一軒を持つ」という見出しの本文。

 「大衆食堂」というのは俗称だから、決まったスタイルはない。先にあげた「ふつうにうまい」メニューが全て揃っている店、おかずがたくさん棚に並んでいて自分で好きなものをとる店、あるいは、定食数品と丼物と麺類だけの店、中華と洋食だけの店など。規模も外観もさまざまだ。みそ汁の味一つとっても違いがあるのが普通だし、違いがあってこそ、それぞれ「良い大衆食堂」といえる。自分にあった店をみつけるため授業料を払うつもりで何軒か食べ歩いてみるのもいいですね。近くを見回してみると、何の変哲もないたたずまいであるがゆえに、毎日目にしながら気にもとめなかった店に気がつくことがある。少しの冒険心をふるって入ってみる。胸がときめく瞬間だ。それがまた、じつに楽しい。
 通いなれた一軒を持つことで、日々は充実する。その店がそこにあるかぎり、そこを行きつけにしている人たちがいる。ある種「おなじ釜の飯を食う」感覚のコミュニティとでもいえそうだ。その存在の豊かさ、そこにある快食の姿や生活の姿やまちの姿を知り、「ふつう」であることの大切さ、ありがたさをしみじみ味わう。
 大衆食堂の常連客には、毎日、同じ時間、同じ場所に座って食事をすることを楽しみしている人たちが少なくない。そういう人たちが作り出す雰囲気にふれるのも楽しいし、また自分がその一員になることで、ほかに替えがたい「生きがい」を、日常のなかに発見するのである。

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2010/03/10

つっかえたり、すすんだり。きょねんのいまごろは。

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おととい8日の夜、「大衆めし」制作チーム編集担当の佐々木さんから最終の台割と、おれが書く原稿の文字数も確認できるメールが届いた。彼女は、きのう悪天候の中、大阪へ行ったはずだ。そう、「大衆めし」のデザインは、大阪の方にお願いするのだ。それが、どうやら、木村衣有子さんの『大阪のぞき』のデザイナーさんとおなじらしい。

067関東では雪が降ったりしているが、大丈夫かと思い、さきほど佐々木さんの携帯に電話をしたら、ちょうど千日前の大衆食堂「しみず」でめしを食べているところだった。きょねんおれは、ミーツ別冊『酒場の本』で、「しみず」を取材した。あれは、いつだったか、調べたら5月のことだった。

その前、3月にも大阪へ行っている。7日に開催のシンポジウム「場所の力」に出席するためだ。前夜の6日、十三で飲んだ。ちょうど取材で大阪にいた木村さんと、『大阪のぞき』編集の村瀬さん、『酒場の本』編集の溝口さん、それに女体の詩人と職場の方たち全7名。記憶喪失泥酔。てなことを思い出した。

そして、いま、そのように大阪で交差している、2つのことが目の前にある。村瀬さんがまとめた、木村さんとおれのヨツパライ対談の原稿の校正、そして、その本とおなじデザイナーさんがデザインするらしい本の台割と進行表と原稿書き。

なおかつ、木村さんとおれのヨツパライ対談の写真は、齋藤圭吾さんで、彼には「大衆めし」の料理写真以外を撮影してもらっている。べつべつに始まりながら、酒を呑んで泥酔しているうちに、どこかでからんでしまった。

しかし、あれから、まだ1年とはおもえない。もう数年前のかんじだ。だからって、どうってことないが、1年のうちには、いろいろな濃いことが詰まっているということか。子どもが1人から2人になった親もいるし、定年退職したやつもいるな。

「大衆めし」の原稿量は多くない。というか、料理本なので、写真の占める割合が圧倒的に多く、文章は少ない。多く見積もっても、全部で8700字ぐらい、400字原稿用紙換算21枚チョイ。数百枚の書下ろしとは比べものにならない量。その気になれば一日で書ける。しかし、そうはいかない、めんどうがある。つまり、いくつものコラムに別れているからだ。いちばん短いコラムは、150~200字で14本、長いのは1600字で2本、ほかに数本というぐあい。それぞれ書くテーマがちがうし、14本のやつは、視点やヒラメキがものをいう。それに、少ない文字数にまとめるのも、やさしくない。

2日かけて、イントロの250字弱ばかりを書き上げた。全体の方向性や調子や色合いを決め込む文章だから、これを書き上げ、チョイと気楽になった。とはいえ…。

とにかく、こういう原稿書きは、体力を使うし、腹が空く。また、ずぼらなおれだが、緊張感と高いテンションの維持に、気をつかわないようでいて、けっこう気をつかうのだな。酒呑んで寝て起きたら、やる気が失せていた、なんてのは困るから。

ま、そういうことはないが。

気分転換に、きょねんの画像を見つけ出したり。

最初の画像は、3月6日の十三の夜。このあたりで呑んでいたのだな。
二番目の画像は、5月14日、大阪は千日前の「しみず」。


関連
2009/03/09
飲んだ、しゃべった、歩いた、楽しんだ。「場所の力」シンポジウム、ありがとうございました。
2009/05/16
大阪、神戸、京都、三都めし酒物語。

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2010/03/09

高速千円時代、男の裸にジッポーのミーツ4月号。

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きのうのエントリーに登場のミーツの4月号だが、特集は四国旅だ。高速千円で、大阪と四国が、グンと近くなった。高速千円は、人生と旅の感覚を変えるかも知れない。

昨年の暮れだったか今年の初めだったか、呑み会で会った若い男は、1月で東京を引き払い、クルマにギターを積んで歌をうたいながら全国を旅するのだといった。「高速が千円ですからね」

そのとき「高速千円」で、もしかすると男が変るのかもしれないとおもった。
一人旅もできず、都会の気のあった仲間とだけウジウジたむろし保身的にすごしていた男たちは、「高速千円だ旅に出よう!」となるか。

旅人文化のブログの2010.03.05「旅の本のライター、急募しています。」で、まりりんが書いている。…………
http://blog.tabibito-bunka.com/?eid=938417

私たちの世代は、今思えばバックパッカー全盛期でもあったのか、旅先のあちこちで旅人たちに出会いました。あれから10年ほどが過ぎ、今、世の中を見渡すと、若者はどんどん保守化の傾向にあり、旅にあこがれるということも少なくなっているそうです。

それでも、まだバックパッカー精神は引き継がれています。

…………

そうだ、男たち旅に出よう。保守の殻を打ち破って。
旅に出て、裸になろう。保守の服を脱ぎ捨てて。
都会の街なかで裸になればタイホだが、露天風呂なら大丈夫。
裸で立って、チンポを空に向け屹立させるのだ。
そして、たばこをくわえ、ジッポーで火をつける。
そのとき、男は男を感じるだろう。
旅とジッポー、男の挑戦。燃えろ、燃やせ。

と、そんな妄想をかきたられたミーツ4月号。表紙を開けると、大扉に裸の男のケツ。その大扉をめくると、裏が、ジッポー、zippo、の広告なのだ。男が持たなくては似合わない、男のライター、ジッポー。やってくれた、ミーツ、やってくれた、ジッポー。

ああ、こんなばかなことを書きながら、マジメな原稿を書いています。
しかし、ほんと、四国旅は、いいよ。酒も魚も…。かつては、仕事で高知へ毎月1回は行っていたものだ。行くと毎晩、泥酔だった。高知のニンゲンは、男も女も、オカシイ愉快だ。みんな、どうしているかなあ、生きているかなあ。一人は自殺しちゃったが…。そうそう、愛媛の西条には、藤田家族もいる。

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2010/03/08

木村衣有子『大阪のぞき』、ミーツ連載は最終回、書籍化の作業も追い込み。

着々デレデレ「大衆めし」の原稿を書いている中、昨夜、大阪はエルマガ社の村瀬編集女子から原稿が届いた。月刊の『ミーツ・リージョナル』とエルマガ社のWebサイトで木村さんが連載の「大阪のぞき」の書籍化にあたり、最後に木村さんとおれの対談というか「放談」が入る。去る1月25日、鶯谷の信濃路で、16時から22時まで6時間にわたるガブ呑み収録をした。写真の齋藤圭吾さんも、とにかく途中からみな酔っていた。村瀬さんは、酔ってしっちゃかめっちゃかの話を、おなじく酔って収録し、メモ書きもメメズがはいずったような字と言っていたが、さすがの力の編集者である、うまい流れにまとめてくれた。きょう、木村さんからも電話があり、あとの作業の段取を軽く打ち合わせ。

「大阪のぞき」最終回が載った、ミーツ4月号は、「ミーツが選んだ保存版四国案内」特集。

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2010/03/07

むっ、出演した「全日本オヤジ選手権」が予約受付中。

着々と「大衆めし」の原稿を書きつつ、資料を探したり整理したりしつつ。

昨年末、愉快な撮影があった「全日本オヤジ選手権」の予約受付が、Amazonで始まっていた。発売予定日は2010年4月28日だが、予約すると割引になるのだな。

撮影中、妻帯者たちは、女房には見せられらないとかいいながら、アホバカ痴態をやっていた。ま、どうせ出演したのなら、たくさんのひとに見て笑って欲しい。トコトンくだらない内容、もちろん、よい子の大人は、まねしてよいものばかり。

オカタイ小学館のマジメな料理本の原稿を書きながら、一方で、お笑いDVDの出演。ま、おれの存在そのものがコメディといわれるから、いいわけだ。初めてのAV女優との「共演」も楽しかった。ぐふふふ、AV女優のはるかさんを泣かせてしまったのは、よい思い出だなあ。やよいさんのオッパイも……。いったい、エンテツの真相は? 大いに宣伝、よろしく~。いくら売れても、出演料がプラスされるわけではないが。

出演には、「エンテツ」の名前が。あな、おそろしや。

出演: 勝俣州和, よゐこ, 時東ぁみ, 蛭子能収, エンテツ

内容紹介は、こんなアンバイ。おれの熱演は、けっこう好評だったのだが、見るのがオソロシ楽しみ。

大不況、リストラ、草食系男子ブーム・・・何かとオヤジたちの肩身が狭い世の中、ひと癖あるオヤジたちを集い最強のオヤジを決定する全日本オヤジ選手権を開催!
審査委員長の勝俣州和、審査委員よゐこ、時東ぁみらが、冴えないオヤジ代表「蛭子能収」を筆頭とする総勢6名のオヤジたちに様々な競技を課す!
優勝者には特典映像用として美女たちとの丸秘映像出演の権利が与えられる!
競技内容は「熱闘!地獄のダジャレ風呂」、「オレはこんなにスゴイいんだ!自慢話対決」、「エロエロ!メタボで腹筋対決」、「悶絶!足クサ王対決」、「オレもEXILE!オヤジダンス対決」、「官能!ビンビン口説き対決」、「絶品!グルメ対決」。

Amazon全日本オヤジ選手権…クリック地獄

関連
2009/12/18
15,16,17と、泥酔濃厚の日々。恒例の角文研東京支部公開忘年会から全日本オヤジ選手権まで。

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2010/03/06

野暮連、東大宮西口「鉄砲屋」のち「昭和酒場コタツ」。

「わははめし」書籍化、これからは仮タイトルが決まるまで「大衆めし」ということにする。その最初の1行目を書いた。そして、野暮な連中が東大宮まで来たので、地元で呑んだ。

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003_2そもそもは、野暮な二人が、重松荘シアターの映画を観に来ることから始まった。一人は、このあいだも、ワザワザ都内の小岩あたりから来たタノさん。もう一人は、埼玉県人のコンさん。とにかく、映画が終わるだろう17時半すぎに、東大宮駅西口の鉄砲屋で待ち合わせた。重松荘には行かないで直接鉄砲屋に来るというクマさん。彼は川崎からで、初めての東大宮デビューになる。いずれもモノズキというか、それとも重松荘や東大宮の魅力か。

00617時半すぎ、まず、クマさんとおれで呑みだした。映画が予想していたより長く、18時15分ごろにタノさんとコンさん。揃ったところで、焼酎のボトルあんどホッピー。いちいちこのブログに書いてないが、今年になってから、何度かここに入っているのは、レバ刺しが食べたくなったときだ。ってことで、レバ刺しに始まり、焼き物をドンドン頼む。酒場めぐりの取材経験も豊富で、酒場に詳しいタノさんが、この焼き物は「上」の方ではないかと太鼓判。ほお~、東大宮じゃ、こんなのフツウだとおもっていたが、やっぱり東大宮は「グルメ」なまちなのか。重松荘の主人ミチコさんとチエさんも加わり、6人でにぎやかに呑む、食う、しゃべる。

一番上の画像は、先日、東大宮駅のホームから撮影。おれは、ここのポテトサラダが好きで、必ずたのむ。イモのゴロッとした感触がある。

010_2

21時ごろかな、鉄砲屋を出て、ミチコさんとチエさんは帰り、野暮な男4人で「昭和酒場コタツ」へ。じつは、動いたら酔いがまわり、コタツに着いてからのことは、あまりよく覚えていない。22時半ごろ、会社帰りのさっちゃんが来て、だけど23時ごろには終電の時間なので、ゆっくりする間もなく出て…はて、駅の階段下で別れたのかどうか。

下の画像は、コタツの店内。古い、まさに「昭和」のアパートの1階の4部屋ぐらいをぶちぬいて「リノベーション」したと見える店内の壁は、よしずと板を張って仕上げている。テーブルは大きな厚い木のつくり。この素朴な雰囲気が「昭和」なのか。いずれも手仕事感にあふれているのだが、大将の父上の仕事と聞いた。料理も、手仕事感にあふれていて、うまい。

013_2

鉄砲屋で呑んでいるとき、こんどは浅草で浜野佐知監督のピンク映画を観て酒を呑む会をやろうとか、木馬亭で浪曲を聴いて酒を呑む会をやろうとかいう話題になった。今月の28日には、オススメしたい浪曲がある。東と西の若手女子浪曲師プラス武春さんの共演あんど競演。

3月28日(日)「浪曲乙女組!+武春兄貴!」
出演:国本武春 玉川奈々福・菊地まどか・春野恵子
@四谷区民ホール 15時開演
木戸銭:前売3000円 当日3500円
(60歳以上500円)

玉川奈々福さんの「ななふく日記」
http://tamamiho55.seesaa.net/


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2010/03/05

神保町で、打ち合わせ、「路地と人」とか。

13時、小学館、「わははめし」書籍化、打ち合わせ。長尾さん、佐々木さん、おれ。全体の構成、おれが書く文章の確認、齋藤圭吾さん撮影の写真のセレクト、スケジュールなど。いよいよ、書き上げなくてはならない。

15時半ごろ終了。そのまま作業を続ける佐々木さんを残し出る。三幸園で1人ビール、昼めし抜きで腹が空いていた、いろいろ食べる。ビール2本も呑んでしまって、よい気持ち。すずらん通り、ふらふら歩き。東京堂3階に畠中さんを訪ねてみようかと思ったが、いつ行ってもいないし酒が入って3階までのぼるのがメンドウ、そのまま歩き、東京堂ふくろう店に入る。なかをザラザラと見て、出ようとすると、カウンターの中に、見たことのある体格が電話をかけようとしている。その下向き加減の顔を下からのぞくように、「あれ、畠中さん?」と声をかけると、「あれー、エンテツさん」まさに畠中さんそのひと。今月1日から、ここに異動とか。髪を振り乱し忙しそうなので、軽くオシャベリ。

「路地と人」へ。「路地と人」では、今日の13時から新しいイベントがスタートしているという記憶があったし、いつだって、行けば言水さんがいて一緒に呑めるだろうという思い込み期待で行く。

原田淳子さんがいた。16時からは、原田企画のレコード喫茶のようなアンバイらしい。古いレコードが、たくさんあって。あー「軽音楽をあなたに」とかいうかんじだったかな。詳しくは「路地と人」のサイトを見てほしい。原田さんはコーヒーを入れていたが、おれはコーヒーは呑まずに、ビールと大関カップ酒(コンニチ、大関カップ酒といえば、「土方」ではなく「アーチスト」が呑むんだぜ。どっちも、肉体労働者であるが)。壁には、大村みよ子さんの、木目プリントを使った、不思議おもしろい作品が、空間を和ませる。

チョイと出かけていた言水さんが戻ってアレコレおしゃべり。安岐理加さんがあらわれる。アレコレおしゃべり。東京湾の釣りと魚の話とか。でれでれグダグダ過ごせるのがいい。

『四月と十月』や『こころのたねとして』など、フツウの本屋では手に入らない本を売っていて、その中に、『堂々めぐり』という、小さなA6版50ページほどの写真と文の本があった。手にとって見ているうちに文章がよくて引き込まれ、500円だして買ってしまった。

写真と文は、帰ってしまったばかりの、安岐理加さん。たぶん、文章家としては名前は知られてないと思うし、自費出版の本だが、すごくよい文章。それが、きょうの最高の収穫だった。そもそも、文章は、著者名で読むもんじゃない。アッタリマエだが…。

そして21時ごろ、気分よく退出し、ほろほろ酔い気分で帰宅。でした。

そうそう、神保町交差点から小学館へ向かう途中、伊澤さんとバッタリ。前日の古墳部のことなど立ち話。

なんとなくよい「部屋」…神保町へ行ったら寄ってみて下さい「路地と人」…クリック地獄
あれっ、もうおれの写真が載っている。

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2010/03/04

『東京人』4月号「今宵はこの店で」。酩酊できあがっている顔の3人。

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古墳部から帰ってきたら、この見本誌が届いていた。発売中。

2010/02/11
武蔵境で銭湯のち武蔵小金井「大黒屋」、『東京人』泥酔ドンチャカ朝帰り。

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古墳部活動「縄文海進」時代の東京湾沿岸貝塚めぐり1回目、富士見市みずほ台「水子貝塚」。

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077_2このあいだ、スソアキコさんとおしゃべりしているときに、前に「四月と十月」古墳部で行った千葉の加曽利貝塚は、縄文時代の海水面が高かった(縄文海進)ころの東京湾沿岸であり、東京湾は群馬の館林や藤岡あたりまで入り込んでいて、沿岸には貝塚がたくさんある、そこをコツコツまわろうという話になった。さっそく、スソ古墳部長が調べて、きょうの見学会となった。

埼玉県富士見市東武東上線みずほ台駅13時集合。全部で4人のはずが、1名は二日酔いで脱落。もっと酒を鍛えなくてはいかんなあ。スソさんと瀬尾幸子さんとおれ。めざすは「水子貝塚」。じつは、どうせたいしたことないだろうと舐めていたのだが、なかなかどうして、またさらに縄文の深さや多様性を考えることになった。

ここの貝塚は、これまで見た貝塚とちがった。しかも貝塚の中から人骨まで発掘された。貝塚といえば、ゴミ捨て場のようなものじゃないの。どういうこと?

続きは、あとで。

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2010/03/03

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2010/02/20「契約書もいろいろある。」に、「カマスの開きなんぞを食べながら、生ビール1杯のあと、八戸の「八仙」を燗で2合あけ、さらに、ほかの人が呑んでいてうまそうだった、秋田の山本合名という酒蔵の「ど」という濁り酒を1合、呑んでしまった。うめええええ、満足して店を出たが、チョイと一杯のつもりが、チョイと呑みすぎた」と書いた。これは、地元、東大宮の「ちゃぶだい」でのことだ。

すると、なんと、まったく想像も予感もなかった、その「ど」が届いた。

おどろいたなあ。ブログに書けば、書いたものが届く。こんなにうれしいことはない、アラジンの魔法のランプ的ブログである。なーんてことはないのであって、ま、それなりにイキサツというものがあるわけだ。こちらは何度あってもよいイキサツだが、先方は、やっぱり、そうはいかねえような雰囲気で残念だなあ。

大事に、瓶の外の包装をしたまま撮影。この酒、ごらんの通り、にごりの生酒で、麹の味も芳醇だが、酸味とのバランスがよく、あとくちがスッキリ呑みやすいのが、とてもキケンなうまさ。アルコール度15のせいもあるのだろう。これぐらいが、近頃、なにかと加齢し弱くなったおれの身体にはよい。

とりあえず、これがなくなるまで、「ちゃぶだい」に行かないですむ。かもな。

ついでに、最近の、食楽やダンチューで、日本酒つまり清酒の格付けのようなことをやっていた。それを見ると、かつて一世を風靡したかのような「淡麗辛口」系は、ハッキリ落ち目である。その背景は、いろいろ考えられる。一般的には、よくあることで、「飽き」があるだろう。それから「保守」と「革新」の立場の入れ替わり。かつて「淡麗辛口」は「革新」によって売上げをのばしたが、いつのまにか「保守」になってしまった。「純米酒」の普及で、比較的、麹味の濃い系統になれてきた。そのへんにからんで、意図的な、市場活性化。とかとか、「評論家」的には、いろいろいえるわけだが、簡単にいってしまえば、そもそも「淡麗辛口」一辺倒というのが、おかしかったのだ。それが、少しは正常化に向かっていると思いたい。のだが、ナニゴトにつけても、極端から極端へ流行を追いかけるクセが、非「淡麗辛口」反「淡麗辛口」へふられすぎやしないか、興味あるところ。

酒に限らず、いろいろなものが、渾沌と存在する。酒と、どうつきあうかという、それぞれの嗜好とビジョンで選択する方向へ向かうことを、おれとしては期待したいのだが…。なんか「究極の正しさ」みたいなのが基準になると、いやだね。と、「ど」を呑みすぎて、どヨツパライ。

客観のコーヒー主観の新酒哉    寺田寅彦

と書くと、おれも、ちったあ文芸的文化人ぽく見られるか。

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太田尻民芸展、今日まで。

ネガティブなのか、ポジティブなのか、ネガにしてポジ、ポジにしてネガ、あやしいエナジーが輝き笑いがあふれる。欲望を抱え野暮と猥雑の洗練。

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いまからでも、遅くはない。世田谷区経堂のロバロバカフェで開催中の、太田尻智子さんの個展「太田尻民芸」は、今日が最終。夜7時まで。帰りは、もちろん、すぐ近くのバー太田尻家へ。きのうも、混雑していた。

2010/02/03
経堂、さばの湯、太田尻家で飲酒歓談。「太田尻民芸」に野暮あるいは貧乏くささの洗練を考える。

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ロバロバカフェでは、『四月と十月』も購入いただけます。

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2010/03/02

「ちゃぶだい」で、酒と60年代の漫画雑誌。

007きのう、チョイと気になった資料があったので、20時半ごろになって買いに出た。こんな時間でも、急がない資料を買いに出るほど暖かくなったということか。東大宮駅西口の本屋でそれを買った。本屋を出ると足が駅の階段をのぼり、東口の「よってってちゃぶだい」に向かった。「よってってちゃぶだい」、困った名前だ。

カウンターに座ると、テーブル席の若い男が1人、寄って来て挨拶された。西口にある「昭和酒場コタツ」のスタッフだった。こうして、少しずつ「まち」に知り合いができていくのはよいことだ。

けっこう客がいて、大将は、今日はこんなに混雑するはずじゃなかったのにとテンテコ舞い状態で笑えた。まず生ビールを飲み、つぎに栃木の「澤姫」を冷で、つぎは青森の「田酒」を燗で、最後は地元埼玉は蓮田の「神亀」を燗で、できあがり。

酒を呑みながら、買ったばかりの資料『趣味の園芸ビギナーズ やさいの時間』や、大将が見せてくれた、68年のビッグコミック、65年の少年サンデーなどをパラパラ。おれが20歳代の漫画というわけだ。劇画ブーム前夜といえるか。とかく手塚治虫やトキワ荘ばかりが話題になるが、辰巳ヨシヒロの影響も小さくなかったと感じた。

23時すこし前に出る。雨が小降り、ウチに着くころには、けっこう降っていた。「澤姫」は原酒でアルコール度が高かったこともあるが、純米酒を3合飲むと、近頃は身体に決まる。泥酔状態で、着替えもしないで寝てしまった。

そんなふうに3月1日は、終わった。

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2010/03/01

「わははめし」更新、『四月と十月』連載「理解フノー」4回目の原稿。

なんだ、もう2月は終わったのか。先日、校正をして忘れていたが、「わははめし」が更新され、第8回「たっぷり食べたい脇役おかず」が掲載になっています。ごらんください。
http://bp.shogakukan.co.jp/wahahameshi/

きのうは、『四月と十月』22号の原稿締め切りで、「理解フノー」の4回目を書いて、牧野編集長に送った。今回のタイトルは、「健康と酒と妄想と」だ。いいかげんな新型インフル騒動の震源地で、かつ「WHO、製薬会社と癒着?新型インフルで欧州会議が調査」という疑惑をもたれているWHOだが、1月中旬に、「たばこの次はアルコール、広告など規制」「アルコール規制強化、各国に要求 WHOが指針案採択」とのニュースが流れた。禁酒禁煙へ向かう社会は、「健康」なのか。不寛容化トゲトゲしい社会がはらむ問題。禁酒禁煙で誰が得をするか。ってことで、禁酒禁煙のない社会を妄想アートする。

前号の発行が遅れ、12月末だったので、締切りがすぐ来た感じだった。こんどの号は、予定どおり4月に発行されるらしい。500円だから、ぜひ読んで。おれよりはるかに実力があり活躍している、ほかのみなさんの文章や作品も読みごたえ見ごたえあるから、お得。
http://4-10.sub.jp/

そうそう、連載陣の1人で、アートディレクターとして『雲のうえ』や『クウネル』などでも活躍の有山達也さんは、たばこをよく吸うのだけど、いま発売中の21号で、「やりたいことと言えば」と題して書いている。「しかし最近やってみたいことがひとつできた。愛煙家のひとりとしてこの頃の煙の嫌がられ方は本当に頭が痛い。頭が痛いのは隣で私の煙を吸っていらっしゃる方であろうけど、そこをなんとか少しでも寛容な社会になって欲しい(無理でしょうか?)という思いを込めて、雑誌とは言わないまでも何か冊子のような小さな読み物が作れたらいいな、と」

おれは、たばこを吸わないが、たぶん寛容でもあるし、なによりルーズを好むから、たばこを吸うひとがいても平気だ。

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