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2010/05/30

地域の清掃活動だったから、あらためて「草むしりからの幸福」「「アートの力を信じる」…地域とは、好きでもないやつと暮らす場所」。

006大きな山はこえたから、少しはヒマになるのではというのは願望的錯覚で、なんだか、やってもやっても片づかない。

今朝は、地域の清掃で、公園掃除をした。さいたま市のクリーン運動の一環のようなものと、東大宮自治会の班当番でやるのと、2種類あるようなのだが、どのみち同じ公園の掃除を同じようにやるのだから、どこが主催でも関係ないのだ。けれど、班当番でやるときは、えらく人数が少ない。とくにウチの班は、いちばんその公園から遠く、隣の地域の公園のほうが近いという関係もあってか、参加が少ないようだ。今朝は、大人数いたから、さいたま市のほうのやつで、ほかの班の人たちも一緒なのだな。

おれは賃貸住まいのときでも、町内会や自治会には加盟するようにしていたが、その活動は、地域によって、かなりちがいがある。賃貸住まいは、加盟しなくてもよい、という感じのところもある。

ま、そういうことを書いていると長くなるから、オシマイ。

「草むしりからの幸福」ということがひらめいたのは、きょねんの取材だった。これ、けっこう大事なことだと思ったが、あまりにもテーマとはずれてしまうので、そこには十分書けなかったし、ずいぶん半端な内容になってしまった。
2009/09/27
「city&life」93号、発行。特集「マチとムラの幸福のレシピ」…ルポ「日本で最も美しい村」連合。

そして、ココルームの活動から、「草むしりからの幸福」より突っ込んだひらめきがあったのが、これ。
2010/01/20
「アートの力を信じる」…地域とは、好きでもないやつと暮らす場所。

そして、これを読んだ、須田泰成さんのスコーコメディブログも、刺激的。
slow comedy & community factory blog.「アートの力を信じる」…地域とは、好きでもないやつと暮らす場所。
「すごいなぁ、エンテツさん@66歳。」って、歳は関係ねえだろ。

何度か書いているが、1980年代後半あたりからの、「アート」だの「文化」だので「まちづくり」という、「アート」や「文化」な人たちの「まちづくり」とやらは、じつは「まち」を消費しているだけで、「地域」としては、なにもつくり出していないのではないかという疑問を持ち続けていた。

地域を舞台に、好きな連中が、好きなことのために集まってやるのは、人が集まりカネが落ちても、地域を舞台として利用しただけで、「地域づくり」とはちがう。好きなことのために、誰かが育ててきた「地域」を利用してオワリ、つまり消費してオワリ。

そういう舞台になるような地域を、「自分たちが暮らすところだから」といった、たいして根拠にならないリクツで、好きでもないことや、たいしてやりたくないことを、好きでもない人や、好き嫌いも関心にならない人たちと、無償のつながりで育ててきた人たちがいるということを、どうつなげていくかじゃないか。とか。「草むしり」も、そういうものなのだ。

そのことを書いていると、長くなるから、これも省略。

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班当番でやるときは、66歳のおれでも若いほうなのだが、今朝はちがった。ウチの近くには、公立小学校、私立中学高校があって、若い子持ちの家庭が、けっこう多い。隣のご主人は、中学生筆頭に3人の子どもを連れて参加していた。

009_2おれが草むしりしたり、掃いたりしたあと。きれいになりましたね。だけど、人数は多くいたのに、この奥側のフェンス下のように、まったく誰も手をつけなくて草ぼうぼうが残ってしまったりする。とくに指図する人がいるわけでなく、なんとなく取り掛かり、なんとなく人が寄りかたまりながらになってしまうからだろうか。これが、「自律的」な「自然」の姿なのかもしれない。

とにかく、朝の清掃というのは、遅れそうになって、大急ぎで顔を洗って駆けつけたのだが、なかなか気持のよいものです。帰りに、コンビニでビールを買ってきて飲みました。これが、たまらんうまさ。

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2010/05/28

『みんなの大衆めし』ができた。昼酒、夜酒、泥酔帰宅。

010出かける時間ギリギリまで資料をつくり、持って出かけようとすると宅急便が来て、『みんなの大衆めし』の見本が届いた。パラパラ見て、一冊だけ手にして出る。2日発売ですが、大部分の書店では、店頭に並ぶのは3日になるそうです。

東大宮駅で電車を待っていると、なんと、チエさんが。夜勤務がある日で遅い出勤だそうで、それにしても、このあいだは、その夜勤務の日の帰りに、大宮駅のホームでばったりあった。むむむ、赤い糸か。あれこれおしゃべり、赤羽で上野に出るチエさんと別れる。

タケカメさんと13時の待ち合わせ。焼肉屋で、焼肉などをつつきながら生ビール。絶好のビール日和だし、がんがん飲む。そもそもタケカメさんと会ったのが、きょねんの11月ごろ以来で、そのときはすでに妊娠していた彼女はノンアルコールビールなんてものを飲んでいたから、飲むのは一年ぶりぐらいか。生ビール3杯、マッコリ2本、最後に口なおしにレモンサワーだったかな?あれこれおしゃべり。まだ生まれて数か月の子がいる2児の母で仕事もしているのだから、なかなか大変で、飲む時間もままならないことが多いのはトウゼンだが、近頃のご近所保育園の母様たちは、夜中に近くのカラオケに集まって、亭主の悪口などを言いながら、ストレスを発散させているとのこと。なかなかおもしろい「生態」。こんどはシラフであうことや、佐々木さんと一緒に飲むなどの段取りをまかせ、別れる。

ほろほろ酔い気分で、神田神保町の「路地と人」へ。見たかった、小田島等「新生代第三紀のアノニマス・ポップ」展。言水ヘリオさんと原田淳子さんがいた。言水さんは、一週間ほど検査入院していたのだが、それだけでも健康そうになっていた。酒は、さしつかえないのだそうで、それはよかったと、飲む。言水さんがいないときに、どうやら諏訪のすみれさんが来たらしいと、置いてあった真澄のカップを飲む。

小田島さんもいて来客との応接をされていたが、合間に挨拶。入れ替わりたちかわり、人が絶えない。言水さんとあれこれおしゃべり、いろいろ活発に動いているし、「路地と人」を始めたおかげで、おもしろい話も生まれている。下北沢のスロコメに近い東北沢の「ゲンダイハイツ・ギャラリー・デン」で、「言水制作室企画展」7月20日までなど。いやあ、やりますねえ、頼もしいねえ、あぶらがのってます。前の酒が効いているのか、酔いが深まる。

とにかく、抜かりなく、『みんなの大衆めし』の宣伝もしてしまった。小田島さんの作品集『アノニマスポップ』を買って、サインをしてもらい帰る。水道橋駅へ向かって歩いているうちに、どんどん酔いが深まり、記憶がなくなる。とにかく泥酔帰宅。酩酊のなかで、このブログの画像だけアップした。いま書いている文章は、翌朝なのだ。

『アノニマスポップ』の著者プロフィールを見たら、監修本に『1980年代のポップ・イラストレーション』があって、アスペクトの発行。これ、前田チンくんが編集担当じゃなかったかな?そうそう、1980年代といえば、80年代のパンク、宝島について、あれこれタケカメさんと話たのだった。ちかごろ、「80年代」や「80年代的」が、チョイ気になる。

さて、『みんなの大衆めし』を、よくチェックして、大いにプロモーションして売ろう。みなさんも、宣伝よろしく~。先日、「泥酔落語」をやらないかとの話があったのだが、おもしろそうなので気になっている。またバカをやるか?

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2010/05/26

「食の本つまみぐい」と「料理研究家」とレシピ。

悩ましい。まず、きのうの肉体労働で身体のアチコチが痛む。考えごとをしていても、なかなかまとまらない。このあいだから、仕上げなくてならない企画書があって、そのタイトルが、なかなか浮かばない。どれもイマイチで、それをまたきょう考えるのだが、浮かばない。身体中がズキズキする。すると、なにか別のことをやりたくなる。なので、ザ大衆食のサイトの、「書評のメルマガ」に連載の「食の本つまみぐい」のリンクをいじった。

「食の本つまみぐい」は、「書評のメルマガ」編集陣の1人、南陀楼綾繁さんに声をかけられて03年8月13日始まり、編集陣が一新する、きょねん09年12月で終わった。隔月で、途中2、3回は休んだような気がする。全部で35回。

かなりいきあたりばったりに本を選び、かなりいきあたりばったりに書いていた。「書評」なんてのは、つまらないものが多いとおもっていたので、好き勝手に書いていたのだが、ふり返ってみると、なんとなく、おれが選んだ本の感じではある。内容的には、もう少し「書評」なるものについてオベンキョウをしておいてもよかったかなとおもわなくはないが、かなりテキトウで、そのへんもおれらしいとおもうのだが、自分としては興味津々で読み返している。

テキトウというのは、なるほど、かなりトンデモなおかしいことだらけではあるけれど、なかに一割あるいは一言でも、きわめて重要な指摘が含まれていることがある。脳みそが、編集者や読者の顔色や、自分の気取りや常識など、なにものにも縛られず、ぐわあああああと暴発、自由に沸騰しているなかでしか浮かばないだろうことがある。

それらを拾い集めてみると、それはそれは、たいへんおもしろいことになる。そうやって、自分では楽しめる。これからの企画や文章を書くときのネタになりそうな「宝庫」であるのだな。

とにかく、この連載は、ザ大衆食のサイトにタイトルなどを一覧にし、「書評のメルマガ」の掲載号にリンクをはるだけだったが、これを全文、ザ大衆食のサイトに転載し収録した。

「食文化本のドッ研究」にリンクがある…クリック地獄

この「食文化本のドッ研究」のページも、もう少しなんとかしたいのだが、手が回らず、ダッサイままだ。

このなかに、いわゆる「料理本」に分類される本が3冊ある。有元葉子さんの『有元葉子の料理の基本』と、瀬尾幸子さんの『簡単!旨いつまみ』と『ちゃぶ台ごはん』だ。

『簡単!旨いつまみ』は07年10月の掲載。瀬尾さんのレシピに、「スピード感とリズム感」を強く感じたので、タイトルに「スピード感とリズム感のある料理」とつけた。

そのとき、料理研究家によって異なる、レシピの表現が気になった。それは、作り方がちがえば、ちがうのはトウゼンなのだが、それだけではない。たとえば、興味があるひとは、サバ味噌煮のレシピをネットで検索してみよう。じつに、たくさんのレシピがある。そして、おなじような作り方なら、レシピの表現もおなじようであるかというと、なかには「盗作」のようなものもあるが、必ずしも、そうではない。

前にも、チョイと書いたが、レシピを「文学」としてみると、おもしろいことがみえてきそうだとおもった。とにかく、「料理研究家」という肩書をつかうなら、レシピがイノチのはずであり、そのレシピは、じつに文学的なシロモノではないのかと、気になっている。

今回、『みんなの大衆めし』では、瀬尾さんは、2回目の校正の段階になっても、かなりの直しをしている。その付箋がたくさん貼られた校正紙を、編集の佐々木さんに手渡すところは見てはいるが、直しの中身は見てない。その段階になって、どこをどう直したのか、気になっている。ただでさえ、瀬尾さんのレシピは、これ以上直しようがないだろうとおもわれるほど、シンプルなのである。だけど、たとえばレシピが、俳句のような性質を持っているとするとならば、推敲は、いくらあってもおかしくはない。レシピが俳句と大きくちがうのは、料理をする身体の動きを導かなくてはならないことだ。

レシピは、料理を言葉にして伝える表現形態であることには、ちがいない。叙情性の必要はないとはいえ、身体の動きは感覚をともなうし、言葉や文章の持つ、さまざまな感覚が含まれるのは、当然といえばトウゼンなのだが。

ま、きょうは、ごれぐらいで。

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2010/05/25

酒代のため、どう・いっと・ゆあ・せるふ。

005ウチは、いわゆる「9坪ハウス」だから、近所を見回しても、一番小さな家の、そのまた半分ぐらいの大きさだ。だけど、クルマがないので、車庫スペース分ぐらいの庭スペースがあり、そこにウッドデッキを装備している。ウッドデッキにしたのは、なかの狭い部屋を広く感じさせるためだ。

前の木造の古いアパートから越してきてわかったのは、前の2DKの賃貸の面積とあまりかわらない、こんな小さな家なのに、すごくメンテナンスの必要が多いことだ。

このウッドデッキも、その一つ。防腐のため、塗装の塗りかえをしなくてはならない。ほんとうは一年ぐらいのうちにやらなくてはいけないのだが、ぐずぐずのびて、引っ越してから1年半ぐらいになった。「一年半」が基準の小説やら随筆のたぐいが、いくつかあったようにおもうが、ケジメの限界であるようだ。1年という習慣的な単位があって、1年以上は待てないとおもっても、1年半ぐらいまではガマンできる、それ以上は長すぎる、ということだろうか。

そこで、業者に頼むか、自分でやるかの選択がある。しかし、たいして考えるまでもない、5万以上かそこら払うなら、そのぶんで酒を飲みたい。

002そう決めたのだが、道具を買ったり、使いたい塗料をネットで取り寄せているうちに、先日の晴天続きはすぎてゆき、雨模様に変った。ぐずぐずしていると、梅雨になる、塗装の劣化の状態からすれば、かなりヤバイことである。

きのうは一日、けっこう降った。今朝、目が覚めたら、晴れていた。7時過ぎ、取り掛かった。ウッドデッキの上の、植木鉢などを動かし、まずは水洗いで、ウッドについた汚れを落とす。

と、まあ、そういうことなんだが、こんなことを、こと細かに書いてもしょうがねえな。きのうの雨で、ウッドデッキは水を含んでいるのに、さらに水洗いをしたから、乾くのにすごく時間がかかり、塗装を始めたのは15時ごろだった。刷毛で、一度塗って、もう一度。ほんと、狭い家の狭いウッドデッキでよかった。

017_2乾かしている途中、2階からのぞいたら、猫がきていた。よくうろうろする猫が、3匹いて、そのうちの一匹だ。なぜか、どの猫も、この位置を確保したがる。この位置には、ふだんは植木鉢を置く棚があるのだが、その下にもぐりこんだりしている。ときには、二匹がはちあわせ、激しいうなりあいのにらみあいをやっている。

ま、とにかく、夕方には終了したのである。ひさしぶりに、肉体を激しく動かすことをした。

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最初の画像は、きょねんの6月のもの。おれはたばこを吸わないが、客が吸うのはかまわない。室内は禁煙ということではないが、ちかごろの喫煙者は、よく飼いならされているらしく、黙っていても、このデッキのテーブルセットのところで喫煙する。そのために用意したわけではないのだが。でも、家の中で吸うより、気持がよいかもしれない。

近所の家では、みなクルマがあるし、クルマが2台の家もある。だから、庭やウッドデッキなどのスペースは、うちの半分ぐらいが少なくない。そこで、その家のご主人が、立ったまま、たばこを吸っている姿を、ときどき見かける。夜は、薄暗いなかで、たばこの火が、わびしく見えることもある。ご本人の気持ちは、わからない。

なんか、「たいへんな時代」になったなあとおもう。

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昭和ひとけたジャズ時代、大衆食堂勃興の時代。

昭和元年は、たしか1925年ということになっている。いわゆる「上海事変」は、昭和7年だったか?とすると1932年。

いま水族館劇場が駒込大観音のテント小屋で演ずる芝居、「NOMAD 恋する虜」は、そのころから後とおもわれる上海が、一つの舞台になっている。上海の、たぶん当時は「カフェ」といった場所であり、それはたぶん日本などの「列強」が治外法権的特権を行使できた「租界」と呼ぶような地域にあったとおもわれる。

先日、ウチに遊びにきたエルちゃんが、自由劇場「上海バンスキング」の公演があり、観に行ったら、「吉田日出子やほかの人たちが、前とまったく同じなのでおどろいた」という話をした。「老化」を感じなかったというのだ。「前」というのは、おれも観ているが、1990年か91年ごろだったのではないかとおもう。調べると、そのあと94年を最後に休演し、今年の2月下旬から3月上旬に、以前と同じように再演されたということらしい。

「上海バンスキング」は、もともとはミュージシャンではない役者が楽器を練習し、ジャズを演奏し、吉田日出子がうたう。「NOMAD 恋する虜」にも、バンスキング(借金しまくり借金男)が登場するし、こちらはミュージシャンの生演奏をバックに、カフェで役者が扮する「歌姫」が歌うのは「ジャズソング」だとおもう。音楽のことは詳しく知らないが、日本のジャズは、この時代の上海をぬきには語れないらしい。

くりかえし読んでいる『小沢昭一的 流行歌・昭和のこころ』のなかで、けっこうおもしろいのが、二村定一の話だ。昭和3年「私の青空」「君恋し」、昭和4年「洒落男」をうたい、ヒットした。いずれも「ジャズソング」といわれた。ところが、「私の青空」「洒落男」はエノケンこと榎本健一のうたとして、「君恋し」はフランク永井のうたとして、知られている。そういうイキサツが書いてある。あるいは、そのことは、二村定一が「ホモ」だったらしいことに関係するのかもしれない、という推測もできる。

「上海バンスキング」の時代は、昭和初年ごろを前後に「大衆」という言葉が流行するにしたがい、「大衆食堂」の呼び名も広がり、戦前の大衆食堂が最も勢いを持つ時代と重なる。それは大衆的なジャズの流行とも重なっている。

この時代の、「魔都」と呼ばれた上海は、すごく興味深い。だけど、たとえば江戸時代や戦国時代と比べたら、はるかに近いのに、わからないことが多いし、とかくすぐ「政治問題」化して、実態の把握そのものが難しい。

「NOMAD 恋する虜」では、日本の敗戦で上海から帰国した男が、「おれは、はいあがろうとして、おちていたのかもしれない」というようなことをいう。それは、とてもよいセリフだとおもったし、明治からコンニチまでの日本の歩みを含んでいるようにおもえた。だけど、ひとつの括りとしては、そういえるのだろうが、大衆食堂的には、それでは不足が残るような気がした。

この、ジャズな時代は、おもしろそうだ。まもなく、ジャズも甘い恋の歌も「敵視」され「国賊」あつかいされる時代がくる前夜。

昭和13年(1938) 5月、東京府料理飲食業組合大衆食堂部ができた。これで大衆食堂は外食産業として本格的な発展をするかと思いきや、前年からの日中戦争のほうが本格化。 昭和15年(1940) ああ、節約ムードのなか、食堂の米飯使用禁止となる。

ってことで、今夜のヨツパライ深夜便は最後に二村定一さんのうたに登場いただこう。ヨウツベから「君恋し」…クリック地獄

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2010/05/23

性欲と味覚の勝負。

『四月と十月』に連載の「理解フノー」第4回の校正が出て、おえた。これは、本来は4月発行の22号なのだが、6月中には発行になるだろう。

今回は、「健康と酒と妄想と。」のタイトルで、2010/05/15「もっと飲ませろ!」に紹介した、6月1日発売の『ミーツ・リージョナル』7月号に寄稿の酒エッセイ、「もっと飲ませろ!」と内容が重なるところがある。

つまり、「日本だけは、禁酒禁煙のない国にしよう」「「寛容と包摂の先進国」をビジョンにすべきだろう」と、主張している。のだが、『四月と十月』は美術系同人誌なので、チョイとアートがらみに書いているし、禁酒禁煙の動きをバッサリ鋭く切っている。

ま、どちらも、おれの妄想であると「自虐的」になりながら、「健康幻想」にメスを入れたいと試みているが、巧みな文章力がないため、好き勝手言いたい放題アリャサッサなのだ。愛煙家、飲兵衛のみなさんは、いささか溜飲を下げることはできるだろう。

しかし、おれは、もっと決定的に「健康幻想」を破壊したいという過激な願望を持っている。ところが、いまや「健康幻想」はファシズム顔負けの力を握っていて、なかなか難しい。戦時下で戦争反対を唱える難しさを痛感する。

禁欲なんざ、坊主にまかせておけばよいが、歴史的に禁欲を説く者は、たいがい富めるものたちで、坊主にしたって、富める坊主は、禁欲を説きながら富を集め、血色よくやりたい放題だった。なにしろ、大勢の民が欲望のままに嗜好品に手を出しゼイタクをしたのでは、限りある資源を手中に集中することができないのだ。おれは、信心深く、大きな寺にお参りするたびに、そこの坊主たちの体格と血色のよさを、疑問に思っていたのだが。カラクリは単純なのである。

そういう構図は、いつの時代にもあった。しだいに、やり方がオリコウになってきた。禁欲を説かないでも、健康を説けば民は自ら禁欲すると気がついたのは、さすが長いあいだ地球をまたにかけ収奪のかぎりをつくしてきた白人どもの頭脳である。WHOは、貧困と貧困からくる病気をなくすより、健康を旗印にした禁酒禁煙に熱心のようにみえるのは、なぜか。と考えてみれば、少しは見当がつくというものだ。

ほんと、貧乏人は、人生の楽しみである嗜好品すら、ままならない。いやさ、たばこや酒だけでなく、貧乏人は、性生活も、ままならず苦労が多いのではないか。

きのうのことだ。近所のドラッグストアへ、米と酒を買いに行った。何気なく、その売場の通路を見ると、やせた貧乏くさい若い男が、棚から何かを手にとって、難しそうな顔をしている。その棚に「スキン」と「妊娠検査薬」の表示があることに気がついたおれは、大いに興味を持ち、かれが何を手にしているか気になった。

用もないのに、その通路に入った。ゆっくり近づき、かれの背後を通り、棚とかれの手元を確かめる。かれは、おれのことなど、まったく気にならない様子だった。そしてかれが手にしているのは、妊娠検査薬であることを確認した。

この店で下から2番めぐらいに安い、5キロ1700円ぐらいの米と、箱入り焼酎の黒霧島を買い、レジのところへ行くと、そのかれがおれの前にいた。かれは、妊娠検査薬を、レジ係りに差し出した。それは知らないひとは見てもすぐにはわからないだろうが、おれは見たばかりだからわかるのである。

食べるものもちゃんと食べてないような痩せた、しかも小柄な身体。それだって、若ければ、セックスはできるのだなあ。いまのおれは、けっこうちゃんと食べて、かれより大きい身体をしているのにできないのは、どういうわけだ…。と、やや腹立たしくおもいながら、ややうつむき加減に、さえない顔で自転車に乗って去っていくかれを見送ったのだった。

かれがいまから帰るところには、きっと若い女がいて、かれの帰りを待っているのだ。そう、かれは、かのじょもか、ガマンできずにナマでやってしまったのだ。クソッ、このおれをどうしてくれるのだと、おれはもだえ、妄想をたくましくして、スキンも妊娠検査薬も、まるで関係なくなった、わが身の衰退をあわれみながら帰る道は、片手にさげた米の袋は重く、しかし、もう一方の手にさげた酒が、より愛おしく、おれにはまだ酒がある、おんなに相手にされなくなっても酒があるのだ、そういえば、あのおんなからも連絡がなくなったな、やっぱりそうか、わああああああ~、でも、酒があるぞ~、ナマなら生ビールがあるぞ~、泥酔があるぞ~、と、初夏の空に向かって叫んだ…ら、ほんとのバカですね。

禁酒運動なんかやってみろ、自殺する老人が確実に増えるにちがいない。そもそも、年間の自殺者が3万人をこえる事態が改善されないのも、嫌煙運動の激しさや禁煙地帯の増加と関係あるかもしれないではないか。

ああ、これでは、「味覚の勝負」の話が、つながらずに残ってしまいそうだ。

先日紹介した、「「円盤カレー道場第3期一回戦第9戦」挑戦者:安岐理加VSいまおかしんじ」は、7対17で、安岐さんは敗退だったそうだ。

野暮連の1人が現場に行っていて、ということは食べて、投票もしたわけだが、かれから届いたその報告のメールが、なかなかおもしろいから、一部をここに紹介する。かれは、これまで今期9試合全てに行っているとかで、こう書いてきた。……


やはりいまおかさんは去年出場して結構勝ち抜いているだけあって、非常に解りやすい「勝ち」にいくカレーでした。
というか、食べ始めて大体どちらのカレーかは解りました。

対して安岐さんのカレーは、かなり独創的なカレーでした。

オリジナリティとかオリンピックみたいに芸術点を求めるなら、ああいった料理もありかもしれませんが、高円寺の腹を空かせたヤングな方達には残念ながら今いち訴求効果に欠けるカレーでありました。


……引用おわり。

この「円盤カレー道場」は、プロアマ区別なしに2人で対決し、その場にいる人たちが食べ投票し勝ち負けが決まり、トーナメント制で勝ち残ったものがグランプリに輝き賞金10万円、というやり方なのだ。

この野暮男は、おれを「師匠」だの「教祖」だのと仰ぐだけあって、なかなかおもしろい観察をしている。

「高円寺の腹を空かせたヤング」と、余裕のある中年ぽい口ぶりだが、こいつは、妊娠検査薬を買ったことがあるのだろうか。そのヤングは、また腹を空かせたままナマでやり、妊娠検査薬を買いにいくやつらかも知れないということには、この野暮男は、まだ気がついていないにちがいない。

と、最後は、無理矢理つなげて、おしまい。

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2010/05/22

竹屋食堂、空虚な跡地を撮影。

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きのう、西日暮里へ行ったついでに、06年8月に閉店した竹屋食堂の無き跡を撮影した。京成線の高架下は、竹屋食堂だけでなく、すべて退去取り壊しになった。踏み切りのところから見えた、竹屋食堂は、もうあとかたも無い。

001きれいさっぱり、あまりの様変わり、竹屋食堂があった場所すらも見当がつきかねる景色だ。しかし、竹屋食堂は、高架下をくぐる通りの角にあったので、なんとかそこがわかった。

山の手線の西日暮里駅から歩いて10分かからない場所。京成電鉄の意志が支配するところ。生活のにおいが消え、空虚な通りが続いていた。

これは、一つの戦後の「精算」とみることができるが、ずいぶん乱暴な「精算」であり、都市の「まち」から都市的荒野への後退ではないか。そこに生活する人がいてこそ「まち」であり、その「まち」を生かしながら、よりよく変る姿を追求すべきだと思うのだが…。こうも排除が先行してしまっては。

竹屋食堂には、大変お世話になったし、最も付き合いが深かった。その間に、5人ぐらい?の常連さんが亡くなったりした。たいがい、マットウな人たちから見れば、マットウでない人生だった。そういえば、きょねんも水族館劇場へ行くのに、西日暮里駅で瀬尾さんと待ち合わせ、さくら水産に入ったのだが、そこで竹屋食堂の元常連さんとバッタリ会って呑む、なんてこともあった。写真がたくさんあるにもかかわらず、ザ大衆食の「竹屋食堂美術館」には、まだ少しだけしか掲載してない。…クリック地獄

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無邪気に楽しむ。忘却、追憶、流浪、「驚愕のカーニヴァル」水族館劇場。

005水族館劇場、夕暮れ時、まいどのように、外舞台から始まった。これも、見納めになるのか、駒込大観音境内のテント小屋。

無邪気に楽しめる、無邪気に楽しめばよい、「驚愕のカーニヴァル」。戦中の上海、戦後の日本、さまよう人びと。ギター、アコーディオン、ヴァイオリン、トロンボーンの生演奏が、切なくよかった。ま、その音楽も含め、たいがい寸足らずの未完成の始まりであり、それはそれで楽しめるのが、この見世物小屋的カーニバルの魅力なのだ。

010脚本は、この初日の朝8時ごろ出来上がったばかりだそうだ。開演どんぎわまで、台本片手にセリフを覚えようとしている役者の姿が見えた。てんこもり錯綜気味の物語は、これから日々手が加わり充実していくだろう。その「成長」の様子を、また観に行くのが楽しみだ。

16時半、西日暮里駅で、瀬尾さん、てらやんと合流。駅前のさくら水産しか開いてないので、そこへ。1時間ほど呑んで、高架下の「喜多八」へ。なにせ暑くてビール日和。もつ焼きなどを食べ、ほろ酔い気分で、歩いて駒込大観音へ。

途中、古書ほうろうに寄る。宮地さん夫妻は休みで直接大観音へ行くとかで、6月に日暮里夕焼けだんだん上に「古書 信夫翁(あほうどり)」を出店するお二人がいた。

012_2境内入口の受付は、物語の時代背景である、いわゆる「昭和レトロ」な装飾で、フンイキだねえ。谷中のギャラリー「やぶさいそうすけ」のチエさんと合流。初対面。

プロデューサーの中原蒼二さんが、やや疲れた感じで立っていた。その疲れぐあいを、からかいながら激励。森田夫妻、谷川夫妻、宮地夫妻など、初日を飾るにふさわしい人たち。演題は、「恋する虜」。脚本・演出の桃山邑さんの挨拶、外舞台の中に観客がいるかたちで、芝居が始まり動いた。

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027_2水槽を置いた外舞台は、空間を高いところまで広くフルに活用して、ダイナミックというか、いやはや、ときどき役者のセリフが聞こえなくて話が把握できなくなるのも気にならない、まさに驚愕連続のシーンが展開。

まいど、物語はけっこうリクツっぽいのではあるのだけど、リクツっぽさを感じさせない、楽しい演出。

筋書きは、ややカオス的でみえにくいところがあったけど、もともとこの浮世は、不条理不合理の積み重ねで筋書きなんぞはないのだ。生演奏がシーンとシーンを包み込むようにつなぎ、退屈する間もなくテンポよく話がすすんだ。

最後は、例によって、大量の水が滝となって落ち、あるいは噴出し、舞台が崩れていく中で、落ちがないというか、トツゼン、投げ出されるように終わった感じだった。脚本が未完なのかな?と思ったが、この投げ出されるように終わる感覚が、また悪くない。

6月7日まで。もう一度、観にいく。

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2010/05/20

「やっぱり、これだよ。」は『みんなの大衆めし』のキャッチフレーズ?

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きのうに続いて、『みんなの大衆めし』の表紙カバーまわりの画像を掲載する。腰巻付きの、おもて表紙と背表紙だ。腰巻の背表紙部分に、「やっぱり、これだよ。」の文言がある。これは、本文の最初のイントロに、おれが書いた文章の締めの文言なのだ。

このイントロのページ全体を、アマゾンで見ることができる。見たついでに、予約してもらえたら、うれしいぜ。…クリック地獄

齋藤圭吾さんが撮影した大衆食堂の写真と、おれの文章で構成されている。デザイナーの津村正二さんが、文章の最後につく、「やっぱり、これだよ。」の文字を、大きくしてくれた。大きくすると、まるで、この本の主張を象徴するキャッチフレーズのように見えた。

その「やっぱり、これだよ。」を、腰巻の背表紙にも入れたのは、おれのあずかり知らないことで、どなたかのアイデアなのだが、ますます、この本のキャチフレーズの位置に座った感じがする。

とにかく、ほかの文章なんかどうでもよいぐらい、「やっぱり、これだよ。」に、おれは満足し、気に入っている。

編集とデザインによって、文章や文言は、大いに生かされることがあるのだ。逆もあるのだが。

もちろん、「気どるな、力強くめしをくえ!」も、あるべきところで、ちゃんと使われている。それは、できあがった本を手にとってごらんください。やはり、津村さんが見事にデザインしています。

この本は、いわゆる料理本でありレシピ本である。瀬尾幸子さんの77の大衆めしのレシピが基本の著書であるのだが、しかし、「これまでの料理本とちがうもの」ということで、いくつもの新しい試みがある。おれの文を添えたのも、その一つなのだが、またこんなこともしているという例を、ここに画像で紹介しておこう。

画像は、どれも校正刷りを撮影したもの。

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2010/05/19

今週の注目。『みんなの大衆めし』の表紙は、こうだ。

どちらも、行くぞ。21日金曜日から。

駒込大観音で水族館劇場が始まるよ。6月7日まで。
2010/04/25「今年も、水族館劇場の季節がきた。」

神田神保町「路地と人」で、「小田島等「新生代第三紀のアノニマス・ポップ」展」が始まるよ。6月6日まで。
http://rojitohito.exblog.jp/

そうそう、これは行けないが、結果が気になる。「路地と人」の安岐理加さんが、明日20日、高円寺の円盤「円盤カレー道場」に挑戦するのだ。このあいだ「路地と人」で会ったとき、「負ける気がしない」と言っていたが、はたして? 「路地と人」の言水ヘリオさんは、前前回だったかな?挑戦し、僅差で敗退している。
http://enban.web.fc2.com/enbanschedule.html「円盤カレー道場第3期一回戦第9戦」挑戦者:安岐理加VSいまおかしんじ


やっぱり、これだよ。『みんなの大衆めし』は、小学館から、来来週6月2日発売。予約の受付が始まってます。
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2010/05/18

うれしく、楽しくなる、紹介のされ方。

001いつもとは限らないが、画伯は、おれを初対面の方に紹介するとき、「カレーライスは日本の汁かけめしであるという本を書いた人です」というようなことを言う。おれとしては、これが、うれしい。

そこでおれは、このように言う。「でも、ほとんど相手にされません。ほとんどバカにされています。売れなくて絶版です」。そして笑う。画伯も笑う。

先日も、そういうことがあった。思い出しては、反芻し、1人でにやにや、楽しむ。とても愉快だ。

「カレーライスは日本の汁かけめしである」と言い続けるのは、やりがいのある「難事業」である。

そうそう、何人かの人に聞かれて、編集長の画伯に確認しましたが、『四月と十月』の22号は、6月中には発行の予定で作業が進んでいます。ま、そのうち、おれの原稿の校正が出たら、ここで話題にしますから、それまでゆるりお待ちください。「四月と十月」ではなく、「六月と十二月」ではないか、などとおっしゃらずに。それに、比較しても、なんにもならないけど、例の『酒とつまみ』よりはマシか。『酒とつまみ』13号と『四月と十月』22号、どちらが早く出るか楽しみにしていましょう。

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2010/05/17

雑司ヶ谷・鬼子母神通商店街「みちくさ市」から高円寺で銭湯のち泥酔。

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わめぞ協賛の古本フリマ、鬼子母神通商店街の「みちくさ市」は、暑すぎるぐらいの天気に恵まれ、大盛況だった。瀬尾さんと、雑司ヶ谷駅で14時に待ち合わせ。目白通側から商店街に入る。入ってすぐの、本部案内所のようなところに、わめぞボス早稲田の古書現世の向井透史さんやネギさん。それから、つぎつぎと知っている人に会う。

わめぞの池袋往来座の外市には、何度か顔を出しているが、「みちくさ市」は初めてだ。大盛況だが、激しい混雑というわけではなく、のんびり歩いて見られるのでよい。6月2日発売の『みんなの大衆めし』の宣伝用に、はがきサイズのチラシを作っていったので、渡しながら話す。

すでにコメントをいただいているが、岡崎武志さんも店を出していて、一冊買ったら、岡崎さん手製のおみくじがひける。これが、おもしろい。瀬尾さんがひいたら、「吉」という字に見えたが「エロ」。エロイよいことがありそうなことが書いてあったけど、はたして? 岡崎さんは、古本を売るだけじゃなく、そんなことをしながら、フルに楽しんでいるようだった。 

嫌われ者の塩山芳明さんに会ったのは、ひさしぶりではないかな。彼は、ただちにおれも近頃離婚ウワサを耳にする某夫妻について話す。彼らしい見方で、なるほど~、人の不幸は蜜の味と、軽くおしゃべり。おつきあいに古本を一冊ぐらい買おうとしたら、「年寄りは目が悪いんだから無理して本なんか読まなくていい」ときやがった、「漫画ならいいだろう、エロ漫画は売ってないのか」と切り返し、ま、そんな雑言の応酬が、あいかわらず楽しいのであった。

鬼子母神近くの第二案内所には、武藤良子さんがいた。すぐ近くに酒屋があるのだが、武藤さんは市のあいだは「禁酒」だというが、それじゃあせっかくのイベントなのに地元の酒屋に貢献できないじゃないかと無理矢理?缶ビールを買わせる。瀬尾さんと3人で、参道入口のところで腰掛けて呑む。一番上の画像、武藤さんの頭を少し入れて撮影。

なんだか近頃わめぞで話題の青年ユーセンくんに会って見たいので、彼が店を出しているところに連れて行ってもらう。なるほど、こういう青年ね。往来座の瀬戸さんや退屈くんなども来て、おしゃべり。瀬戸さんの、激しい偏食というか、イジョーぶりは、「研究」の価値あり。

16時に高円寺で、画伯や北九州から来る画伯の同級生と待ち合わせることになったので、刃研ぎ堂さんに挨拶して、鬼子母神でお参りのち池袋まで歩く。

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006_216時半、画伯、瀬尾さん、石飛さん、初対面の成合さんと顔ぶれが揃い、まずは銭湯へ。この銭湯が、80年前だったか、とにかく戦前の古いところを残しながら新しくしたもので、なかなかよい。お湯も、よかった。17時15分に風呂を出て、一徳へ。うまいぐあいに、外の席といっても空き箱を重ねたものだが、そこが空いていた。いやあ、外で呑むには、最高の日和でした。さらに1名、画伯の同級生の男子が加わる。

暗くなって少し風も冷たく寒くなったので移動。沖縄料理のきよ香に。泡盛一本あける。

とにかく、なんだか、よく笑いながら呑んだ。食堂開設の話しや100キロマラソンの話は、記憶に残っている。人心掌握の手品とか。あと、中国マーケットとか。画伯の0点のことや、愉快。

高円寺駅、22時すぎだったかな、酔って覚えていない。泥酔帰宅。

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それにしても、わめぞは、ほとんど雑菌系だが、自分たちが生きているまちを舞台に楽しそうにやっている。

きのうのことが書いてある、古書現世、向井さんのブログ。
http://d.hatena.ne.jp/sedoro/20100516
きのうのことが書いてある、岡崎さんのブログ。
http://d.hatena.ne.jp/okatake/20100516

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2010/05/16

晴れて、よかったね。

きょうは、雑司が谷の鬼子母神の商店街で、わめぞ協賛の古本フリマ「みちくさ市」がある日だ。雨天なら延びちゃうのだが、晴れだから、トーゼン実施。ビールもうまいだろう。
http://kmstreet.exblog.jp/

それから、神田神保町の「路地と人」は『postpunk tea saloon ポストパンク・ティー・サルーン』の最終日で、「WE ARE POSTPUNKS ! 持ち寄りCDJ大会」ってことで、17:00〜23:00くらいまで、ゲストDJ、千原 航さん、他数人。飛び入り歓迎。音を流したい方は、当日CDを持って来てください。」とのこと。パンクで飲むのも、いいねえ。
http://rojitohito.exblog.jp/

行ける人は、はしごして、両方行ってみたら。

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2010/05/15

もっと飲ませろ!

あ~。きょうは、なんですね、高齢の結婚が騒がれている芸能人の結婚披露宴だかパーティーとやらで、おれは、かなり、いろいろ片づいて、18時過ぎだったかな?夕めしの買出しに行ったのだが、いつものスーパーへ着く前に、足が勝手に動いて、駅の向こうがわの「よってってちゃぶだい」に行ってしまったんだな。

それで、生ビール1杯、清酒2合、焼酎1合弱かな。さんまの糠漬けというのを、初めて食べた。北海道のものだというが、これは、つまみにもめしのおかずにもよい。一匹で、酒なら4合、めしなら3杯くえそうだった。糠漬けなのに、焼き方が上手のせいもあるか、皮はパリパリ。また、食べよう。こんどは、これを最初にとれば、ほかのつまみは頼まなくてもよいから安上がりだ。

きょうやった仕事の一つに、6月1日発売の『ミーツ・リージョナル』7月号の酒特集に寄稿した酒エッセイの校正があった。おれにしては、けっこう直してしまった。すみません、編集さん。

これは、酒好き、たばこ好きは、トーゼンのこと、多くのみなさまに読んでほしいものであるから、ズボラなおれとしては、念を入れて校正したのである。ほんらいは、「全国紙」といわれる中央紙の社説こそ、このような主張をすべきだと思っている。まったく、いまの、アサヒだのヨミウリだのといった中央紙の社説なんか、何様のつもり、お笑いだよ。

そのタイトルは、「もっと飲ませろ!」だ。そして、おれは、「日本だけは、禁酒禁煙のない国にしよう」「「寛容と包摂の先進国」をビジョンにすべきだろう」と、主張している。

そもそもだよ、って書き出すと長くなるから、やめた。

だけど、そもそもだよ、WHOが主導の禁煙禁酒は、なにか大事なことを置き去りにしてはいないか。というか、大事なことから目をそらしてはいないか、ということもあるのだが、今回のエッセイは、そういうカタイことではなく、酒飲みの妄想なのだ。しかしね、くどいようだが、「健康幻想」よりはマシだと、マジメに思っている。

この原稿の最後は、「気どるな、むきになって飲め!」で締めている。

だからさ、半分ジョーダンなんだけど、『ミーツ・リージョナル』7月号のおれのエッセイ、読んでみてよ。

ヨツパライ深夜便でした。

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2010/05/14

『東京あたらしい下町』、気になる「いり豚」「ポテトフライ」。

007先日、いただいた京阪神エルマガジン社のミーツ・リージョナル別冊『東京あたらしい下町』だが、編集力がきわだっていると思った。縦横無尽の編集力、なーんて書くとほめすぎかも知れないが、でも、そうなのだな。オールドもニューも、大衆店も高級店も、食べ物も雑貨も落語も…「まち」まるごと、ミーツの編集でおもしろくしちゃおうという感じ。紙メディアを編集しているというより、「まち」を編集し、紙メディアにアウトプットしている、ということかな。

情報誌をこえる雑誌としてのおもしろさを備え、雑誌としてのおもしろさを備えながら、充実した情報をマニュアルやスペックとして実用になるよう巧みに整理して伝えるのは、なかなか難しい。そのへんの実力のほどが、この『東京あたらしい下町』では強く感じた。

うーむ、この編集力は、紙メディアにしか通用しないようなものではなく、紙メディアをこえて、情報をめしのように食べて生きなくてはならないコンニチの時代を、しっかりつかんでいるようだ。しばらくこの一冊を、カメラやコンピュータを分解して組み立てるように、いじってみると、何かを得られそうだと思うのだった。

002_2それはともかく、おそらく偶然だろうが、前から気になっている2つの料理が載っている。それは、本誌の45ページに載っている水口食堂の「いり豚」と、ちょうど次の46ページにある駒形軒の「ポテトフライ」なのだ。

これは、今回『みんなの大衆めし』を作りながらも、すごく気になっていた。ポテトフライは、瀬尾幸子さんが子どものころ、近所の店でフツウに売られていた惣菜だってことで、小学館のサイトで連載の「わははめし」にも載っているし、『みんなの大衆めし』にも収録される。店によっては「いもフライ」と呼んでいたところもあったが、いまはどうだろうか。

001「いり豚」がある大衆食堂は少なくなった。ほぼ共通しているのは、タマネギと豚肉(バラ肉のことが多いと思う)を炒めたもの、ということになる。だけど、かなり、さまざまだった。かつては、豚の脂身がちょろっと入っているだけで、圧倒的にタマネギだらけというのも少なくなかったし、調理と味付けは、店ごとに違うのがフツウだった。

『みんなの大衆めし』には「大衆めし探訪」というページがあって、瀬尾さんとおれが商店街の惣菜店や大衆食堂を訪問する。その都内の大衆食堂にも「いり豚」がある(この店の表記では「いりぶた」)。店内のショーケースにはサンプルもあって、それが写っている写真が掲載される。残念ながら、誌面の都合で、「いり豚」の説明は、書けなかった。

「いり豚」も「ポテトフライ」も、なにかしら共通の地理的背景や文化的背景があるのではないか、というのがおれのカンなのだ。そして、それがわかると、何かおもしろいことが見えてくるような気がしている。

ま、きょうは、これぐらいにしておこう。

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2010/05/13

東大宮、おなじ景色を見ても印象はさまざま。味覚だって。

なのに、なぜ~。

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画像は、本日撮影の東大宮駅、北へ向かう東北本線仙台・青森方面を眺める。と書くと、これまた印象がちがうのでは。左側が西口、右側が東口。鉄道がデジタル化することは、ありえないんだな。あらゆる道はアナログのまま存在しつづけるように思うのだが。鉄道は、いつ、どう、滅びるのだろう。

『みんなの大衆めし』の最終の校正が終わった。つまり、制作に関する、おれの全作業はおわり。その気分で、この景色を画像で見ると、昼間ナマで見たのとは、また印象が違うわけだ。そもそも、写真は、ナマの景色を編集したものだし。まちの景色はまた人間によって、ていどの差はあっても、編集されている。

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2010/05/12

『みんなの大衆めし』6月2日発売せまり最後の校正。

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きょう、『みんなの大衆めし』の最後の著者校分が届いた。一緒に、本番の紙に刷った、本体の表紙とカバーの校正刷りも届いた。これを見ると、やっと本ができるんだなという実感がわく。本文デザインの津村正二さんが装丁の表紙カバー、ぐぐっとくる。

6月2日発売だから、もう約20日後なのだな。ほかにも同時に、6月1日発売の『ミーツ・リージョナル』7月号の特集・酒キーワードに寄稿の著者校も届いた。

外は、きのうの雨から一転、快晴。ちょっと風が強いが、まさに五月晴れ。でも、仕事しましょう。あとの酒とめしがうまくなりますように。

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2010/05/11

すばらしい!はすみふぁーむ「2009シャルドネ」発売開始に突き抜け祝コーフン。

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いやあ、おどろいた。トツゼンという感じで、このシャルドネが届いたのだ。送り主は、愛人6号。持つべきものは、優しい愛人だね。おれの足が治るようにと、ワインを送ってくれたのだ。

ってことじゃなくて、じつは、このワイン、2005/10/06「長野県に移住してワイナリー&ブリュワリーをつくりたい、頑張れ日本の農業ビジネス」に紹介した、ニック蓮見さんのぶどう畑「はすみふぁーむ」のぶどうを使った、初出荷のワインなのだ。

そう、さきほども、愛人6号と電話で話したのだが、実際にワインができるのは、まだまだ先のことだろうと思っていたが、長野県東御市の荒地化していた畑に移住して、10年たたないうちに、実現しちゃったのだ。すごいなあ。しかも、当ブログでも紹介したが、ニック蓮見さんは、この間に巨峰やアスパラガスの栽培と販売をやりながら、東御市の市議会議員になっちゃうなど、大活躍なのである。若い人の快挙、大いに祝福し、応援したい。みなさんも、よろしくね。

最近のはすみふぁーむのメルマガから………

はすみふぁーむの「2009シャルドネ」発送開始しました。

すこしラベル作りで苦労しましたが、何とか完成。

地元の山城、祢津城をモチーフにステンドグラス風
にして、説明文は日本語と英語の二ヶ国語で記載しました。

そのラベルもホームページで見ることが可能です。

http://hasumifarm.com

実際にテイスティングしてみましたが、東御市産の
シャルドネに出る特徴的な香り、グレープフルーツ系の
香りがよくでています。

酸もよく残っていて、この酸がこのワインの骨格を作っている
部分もあるし、もう少し瓶内熟成をさせれば、まろやかに
なる部分もありますが、このあたりはあくまで好みの
問題ですね。

この機会に是非一度はすみふぁーむの「2009シャルドネ」
お試しください。

……以上。
はすみふぁーむのメルマガの申し込みは、こちらです。
http://www.mag2.com/m/0000162911.html


002いやあ、感嘆するのみで、感嘆していると、またもや宅急便が届いた。なにかな~と思ったら、DVD『全日本オヤジ選手権』の見本なのである。ちょっと、シャルドネとは、大ちがいのセンスだが、こちらもよろしくね。今夜は、シャルドネを呑みながら、このバカバカしいDVDを見るとするか。しかし、ずいぶんギャップがある2者だなあ。でも、このギャップを楽しむのも人生なんだよね。

そうそう、新発売のミーツ・リージョナル別冊『東京あたらしい下町』も届いた。「グルメから手仕事まで、カジュアルに楽しむ東トーキョーめぐり。」ってことで、あいかわらずのよいできばえ。

『全日本オヤジ選手権』と『東京あたらしい下町』は、あらためて紹介しよう。きょうは、なんといっても、はすみふぁーむの「2009シャルドネ」に突き抜け祝コーフンです。

それから予告の予告だけど、6月の下旬ごろに、下北沢のスローコメディファクトリーで、ひさしぶりに「泥酔論」を再開するつもりです。6月2日には『みんなの大衆めし』が発売になるのと、いま進行中の『酒とつまみ』13号が6月中に発行になりそうな気配です。なので、編集発行人の渡邉さんと相談したのですが、ナベさんと瀬尾さんとおれとのトークで、そうですねえ「酒とつまみとめし」ってな感じでやれたらいいなあと思っています。『酒とつまみ』の発行の目安が立った段階で、日時を決めますので、こちらも、よろしく~。

明日は、これが最終になる、『みんなの大衆めし』の校正が届く。

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2010/05/10

「大衆めし」あるいは「生活の中の料理」という文脈。

買い物に出かける前は、今夜のめしはどうするかという、バクゼンとしたイメージがあったと思う。少なくとも、きのうの残りめしを、焼くか蒸すかする、というのがキホンのイメージとしてあったように思う。焼くにせよ、蒸すにせよ、そこに何を混ぜるとしようか、ほかにおかずやツマミになるものをチョイと用意しようかな、とか。

ところが、きょうは、スーパーのいつもと反対の口から入った。いつもは、ほぼ平均的な順路である、入口の近くに野菜売場があり、肉、魚と続く。きょう入った口からだと、平均的には「逆」になるのであり、入ってすぐはデイリーのパン売場、乳製品などに続いて惣菜売場、そのつぎに魚売場となる。

魚売場の平台のケースをのぞいたとき、すぐ目に入ったのが、50%の値引きシールが貼られたアサリのパックだった。見ると、50%引きは、それ一つだった。自動的に手がのびて、カゴに入れた。こういうとき、グズグズしていると、わきから、たいがいオバサンの手がのびて、横取りされちゃうことがあるのだ。サッと素早く取らなければならない。ほかの売場を見てから、その組み合わせで買うかどうか決めよう、なんてのは論外である。

そのように、アサリを買ってしまって、魚の平台ケースにそって横に移動すると、こんどは刺身だった。なんと、アジの3枚におろしたやつが3尾分入って、398円のものが30%引きではないか。これも一つだけ。ただちにカゴに入れる。

17時前後の時間帯というのは、前日にパック加工した生ものや、昼すぎにつくった刺身などは早く売り切って、勤め帰り客のピークにシフトする売場をつくる関係で、このような値引きがある。

肉売場へ行くと、若鶏モモ唐揚げ用298円が、やはり30%引き。これはいくつかあったが、とにかく、買っておく。

と、そこで、考えてみたら、もう当初のイメージなんぞ関係ないのだな。さて、野菜をどうするか。といっても、もうイメージがわかない。とにかく安いの!ということで、98円の小松菜1束と玉子10個入りを買って、レジに並んだ。千円でおつりがきて、ああ、いい買い物だったと、鼻歌気分で帰る。

はて、冷蔵庫の少しばかりのストックも利用して、どう料理し、どんなめしにするか。まもなく23時、これから、エイ、ヤッ、と思いつくままにつくるのだ。大げさにいえば、これまでの人生の、あらゆることが、この一瞬に凝縮され試される。

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2010/05/09

山を片付けたあとは…。初夏の候、気になるのは、酒、ばかりじゃない。

001全国の、とりわけ若いおかあさん、母の日おめでとうございます。って、母の日は、「おめでとうございます」でよいのかな。

はあ、きのうから、けっこうしゃかりきになって、いろいろ片付けた。パソコンの左側に積みあがっていた資料のよなゴミのような山は、キレイになくなった。なかには、すっかり忘れていた、3月中に出さなくてはならなかった書類があったり。

画像は、きのう夜の状態。山を片付けた向こうに、しばらく隠れていた、酒の空箱などが姿をあらわした。これ、何かの資料にしようと思っていたのだが、忘れた。とにかく、すっきりして、気持がよろしい。

今朝は、早々に、いくつかの郵便と、いくつかの宅急便を出して、買ってきたビールを朝の爽やかな空気の中で呑み、冬物の洗濯をしながら、残りの今日中に片付けなくてはならないことを、ほぼ終え、やれやれ、とりあえず一段落だ。何人かに電話をし、これからの段取りをした。あと、手紙を何通かと、短い原稿を一本、書かなくてはならないが。

今夜は、下北沢のスローコメディファクトリーで、おれも出演した「全日本オヤジ選手権」ナイト! 入場無料+キャッシュオン」ってのがあって、スロコメのブログには、「このド不況の世の中に彗星(?)のように現れた驚異のバカ・バラエティーDVD「全日本オヤジ選手権」。出演者/スタッフ/単に「バカ」が好きな人/オヤジが好きな人etc. バカ映像を見ながら飲んでワイワイ楽しむ敷居のない夜です(笑)」ってことなのだが、先ほど店長の須田さんに電話をして、やはり行けそうにないと断る。プロデューサーやシナリオライター、出演者の何人かは参加らしい。これからでも間に合うひとは、ぜひお出かけください。

このDVDの見本版は、芸能人関係者のほうに優先的に配布だそうで、おれのぶんはまだ届いていないから、見てないのだが、ま、ようするにバカなことをしているわけですよね。大いにバカにして笑ってください。

えーと、これからの気になるスケジュール。

5月21日の金曜日、水族館劇場の初日です。今年で休演だそうで、そのあと再開するかどうかはわからないので、お見逃しなきよう。今年は、昨年の混雑もあって、期日指定の予約制が基本になっていますから、気をつけてください。当日行っても、立ち見になる可能性があります。
http://www.suizokukangekijou.com/

神田神保町の「路地と人」は、本格始動で、おもしろいことをやっている。小豆島産の「オリーブサイダー」がすごく気になるのだが、おれ的には、5月21日(金)―6月6日(日) の小田島等 「新生代第三紀のアノニマス・ポップ」展 は見逃せない。
http://rojitohito.exblog.jp/

えーと、浪曲の玉川奈々福さんが、神田神保町の「路地と人」のご近所さん「らくごカフェ」で、「玉川奈々福の浪曲浮かれナイト 古典ばっかり春夏秋冬」ってのを始める。浅草の浪曲定席「木馬亭」までは足が遠い方には、この場所ならよいのでは。また浪曲は初めてという方には、花も実も有る女、奈々福さんが楽しませてくれます。

第一回初夏の巻 5月20日(木)19:00~@神保町らくごカフェ
第二回盛夏の巻 8月19日(木)19:00~@神保町らくごカフェ
第三回冬の巻  11月18日(木)19:00~@神保町らくごカフェ
http://tamamiho55.seesaa.net/

えーと、あと、故郷の酒蔵、高千代酒造友の会の集いがあるのだが、残念ながら予定があって行けない。残念。

そうそう、これは、ぜひ行きたいと思っているんだが、16日は、わめぞ共催の「第6回 鬼子母神通り みちくさ市 ~商店街が、一日だけの古本街~」がある。
http://d.hatena.ne.jp/wamezo/

とりあえず、こんなところかな。今週は、校正がいくつか出るが、新しい原稿はないので、なんだか気楽。って、校正は大事だが、ま、ゆるゆるつぎの山にとりかかるとするか。とかとか。

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南魚沼市六日町の万盛庵本店のばあちゃん亡くなる。

享年96。

万盛庵のまんちゃんのブログを見たら、「目黒ミヨノ 6日8:50 永眠いたしました。」と。
http://mansean.exblog.jp/13260002/

006_2何度も書いているが、万盛庵は、おれの故郷、六日町の大衆食堂的老舗蕎麦屋だ。大正年間の創業だったかな? おもえば、おれはガキのころから高校を卒業するまで、このばあちゃんが店を仕切っていたころの、へぎそばやラーメンを食べていたのだ。

その息子さんに、おれの同級生が嫁いでいたとは知らず。そして、まんちゃんがその息子とは知らず、おれはまんちゃんとネットつながりで知り合った。縁は不思議なものだ。

ばあちゃんが、まだ割とシッカリしていたころ、といっても80歳後半だったか。
おれの顔を見て、「(町を)出て行ったしょも、残っているしょも、容易じゃね」と言った。
経験に裏打ちされた含蓄のある言葉だと思った。

ご冥福をお祈り申し上げます。

衰えていく老人を抱えながらの飲食店経営も容易じゃなかったと思う。みんな、えらいなあ。とうちゃんも、かあちゃんも、身体大事に店を続けてください。画像は、一昨年の9月。

とうちゃんは、自他共に認める「山菜採り名人」、まんちゃんは自他共に認める「釣り名人(渓流、フライフィッシング)」。

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2010/05/07

足の痛みは引いたのだが、こころの傷みが癒されない。

002ごく少数の優しい女から、足はどうなったかとメールをもらう。痛みはないし、腫れも引いてはいるのだが、まだむくんだような腫れが残っている。ま、動いたり酒を呑んだりには、支障がない。

汚い足の写真を、なんど載せても、汚いだけだが、もしかすると、ごく少数の優しい女が、写真でもよいから、おれの足を見たいと思っているかもしれないので、載せる。

連休で3日間ほど休んでいた東大宮の「よってってちゃぶだい」が、きょうから営業で、タイショーのブログに、いきなり、タイショーの汚い足の写真が載ったのでビックリした。タイショーも足が腫れたのだそうだ。

しかし、お互いにキッタナイ足の写真を載せても、誰もよろこばないだろうと思うが。ま、おれの場合は、ごく少数の優しい女がよろこぶとの妄想はあるのだが、タイショーの場合、誰がよろこぶのだろうか。

はあ、タイトルに、「こころの傷みが癒されない」と書いたが、前の文句のつながりで思いついて書いただけだから、とくに書きたいことがあるわけじゃない。それに、おれのこころは傷だだらけで、いまさら癒しなんぞいるもんか。って、よっ、かっこいい。

いや、しかし、いま潰れそうな会社が目の前に一つあって、まるでひとの臨終に立ち会っているみたいだ。ひとの臨終も、会社の臨終も数々見てきたが、いつまでたっても慣れない。

しっかし、読売新聞の「読売経済提言」には、笑っちゃったね。どうせ、政官財癒着の策士たちが練ったものだろう。こういうものを、偉そうに「提言」なんてやっている感覚だから、「活字離れ」という「新聞離れ」が生まれるってことについて、新聞社の幹部や、とくに偉そうにしている政治部は、考えたことがあるのだろうか。「活字離れ」を起こす、自らの原因を考えるほうが先じゃないの。それとも、あいかわらず、自分たちは「オリコウ」、読者大衆は「バカ」という意識なのか。

大新聞社を中心とする大マスコミは、インターネットの普及で、広くメディアリテラシィーの情報と能力が向上していることについて、まったく考えがおよんでいないようだ。つまり「KY」ってこと。もっとも、まだ大新聞社の書くことを、ありがたがっている人たちもいることはいるが、そういう人たちの言動には、未来性は感じられない。そもそも「読売経済提言」そのものが、数時代前の感覚だもの。ま、官房機密費のカネに尻尾をふったような、カネのためならなんでもする「御用評論家」のたぐいを総動員して、キャンペーンをはるのだろう。

これだけの不況だから、大新聞社お得意の、それしか能がないような、ものごとのあら探しを、そう真剣にやらなくても、ネタなどいくらでもある。そして、そのネタは、あらかじめ用意された「読売経済提言」に沿ったキャンペーンとして利用される。そんなことは、もう誰でも知っているのだ。もう、そういう煽情煽動は、うんざりだ。

いまいわれる、「活字離れ」「本離れ」「出版不況」だのは、これまでの大新聞を頂点とする既得権勢力が後退しているだけで、それはまあ、その中核をなしてきた「中央原理主義」のようなものが、実効性を失ってきているってことだと思う。だから、その対抗としてインターネットやデシタルがある、ってことじゃなくて、メディアの質や中身として、地域性や多様性に対応しうるってことじゃないと、右だろうと左だろうと、大だろうと小だろうと、紙だろうとアナログだろうとデジタルだろうと、ダメだってことだな。

と、ああ、今夜は、なんだかひさしぶりに、気分のよいヨツパライ深夜便なのだった。

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2010/05/06

東大宮、東北本線を眺めながら呑むもよきかな、昭和酒場コタツ。

きのうは、「デブとハゲとモジャの3人組」が来て、よく食べ、よく呑み、よくしゃべった。いつもは、祖師谷大蔵での宴会だが、今回はこちらに来てもらった。料理は、「居酒屋エンテツ」を開業する試みとして、前夜から仕込みをするなど、ぜんぶおれが作った。食べ物については、ぜいたくで口うるさい連中だが、おおかた好評であった。

「デブとハゲとモジャの3人組」は、よく連れ立ってサッカー観戦に行くのであり、おれも現在の日産スタジアムである横浜国際のこけら落としの日韓戦以来、何度か一緒している。きのうも、その日韓戦のときのことが話題になったが、あの日は忘れようもないほど悪天候で、冷たい雨と風で、ワレワレは燗ができる缶酒の燗娘を呑みながら観戦したのだった。で、この3人は、先日、甲府まで観戦しに行ったばかりで、ハゲは赤ワインの一升瓶を買って、持ってきてくれた。これをあけたのはもちろん、ほかにもビールと清酒を、呑んだ。

「デブとハゲとモジャの3人組」と言ったのは、「デブ」の女みずから。「デブ」ではみもふたもないので、おれは「エル」と呼んでいる。物理的な呼び方であることにおいて、大差ないか。ま、いつものことだが、遠慮のない楽しい話で時間はすぎ、酔っぱらったのだった。「エル」は、ガン闘病をしながら、買った建売住宅の不良工事の後始末に奮戦し、逞しくやっていますなあ。

010

きょうは、呑み疲れもあり、ぐったりしていたが、夕方になって、どうしても生ビールを呑む!ということになり、昭和酒場コタツへ。18時ちょうどぐらいだったが、もう陽が長いのであり、冬のあいだは灯りのなかに情緒ありげに浮かんでいたコタツは、素肌の姿をさらしている。昭和なアパートの1階の3分の2、2戸分ばかりか?を、ぶちぬいて酒場にしてある。こういうアパートを、このように利用しても、「リノベーション」とはいわないようだが、その姿、なかなかよろしい。いかにも「昭和酒場」な姿だ。

012席から、窓越しに、東北本線の電車を眺めるのも、よろし。眺めるだけではなく、電車の走るゴトンゴトンが響くのが、高架下で呑んでいるようで、またよろし。

もちろん、つまみも、安くうまいのがいろいろある。手づくり感あふれる店内で、生ビールを呑みながら、ゴトンゴトンに身をまかせ、夕暮れ時をすごした。ゆっくり味わう時が流れた。しみじみよかった。

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ポテトサラダは、ジャガイモのカタチがしっかり残り、ゆで卵がからんでいる。

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2010/05/05

東大宮の連休。

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きのう、大宮まで買い物に行ったら、駅と周辺は、激しい混雑だった。でも、チョットはずれると静か。もちろん、東大宮は、いつものようにのんびり静か。画像は、どちらも2日の撮影。

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きょねんの秋、2009/09/05「東大宮、なしもぶどうも畑で売ります。」に書いた、なしの畑では、ご夫婦が受粉作業と思われることをしていた。

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2010/05/04

もう一度『盛岡の喫茶店』。まちに生きる言葉、文章、表現。

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前のエントリーで紹介した『盛岡の喫茶店』は、いいねえ。

たとえば、画像は、「ティーハウス リーベ」だが。店主の児山信一さんは、20歳そこそこで、「盛岡の街で、おいしい紅茶を出す喫茶店を作る」と一念発起した。

画像、左下の写真のキャプションに、こうある。「児山マスターと千代子さんの元気な掛け合いが『リーベ』の明るさを作ってきた。「生まれ育ったこの街でずっとやってこれたのは、俺たちにしては、ちょっと自慢かな」と二人は笑う。」

前のエントリーに書いた、木村さんと「機屋」の店主・関基尋さんとの会話、チョイと略しながらつなげると、こうだ。

「コーヒーについての話を聞く中で幾度も「興味がない」そう関さんは言う。」 「あまりにもあっさりと関さんが口にする、その言葉が気になった。」「言い換えれば、「楽しくない」ということですか、と、私は訊ねた。/ 「そうそう、ほんとうにそうです。つまらないっていうか、味気ないっていうか」。関さんはこちらをしっかり見て、答えた。そして例えるならば、アニメを白黒で観るような、とも付け加えた。」

うなってしまいますね。

かねがね、書くことや表現は、自分の感性や知識や才能を開陳したり、自分の「正しさ」を主張したり自慢したり、自分の慰めや感傷のためではなく、もちろん自己顕示のためでもなく、事象をしっかりみつめ、とらえ、そこから想像をめぐらし可能性を膨らませていくことであり、表現の技術は、その先にある。とは、思っていたが、こういう文章を読むと、あらためて身が引き締まりますね。

事象、あるいは人の話や景色などの、どこにくらいつくか、どこをとりだすか。そこが、表現の、最も大事な一歩なのだと、また自分に言い聞かせておこう。

それにしても、文も写真も、『盛岡の喫茶店』はすばらしい。この誌面、そして前のエントリーにも書いた「てくり」は、何を編集し表現しているかといえば、たぶん、「暮らしの中の普遍性」といった感じのことだと思う。その一点を軸に、登場者も登場する風景も、文も写真もデザインも何もかも、編集されている。

ここに引用した文は、その結果の一端なのだ。と、思う。

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岩手県盛岡「てくり」と、てくりブックレット『盛岡の喫茶店』。

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前のエントリーは東北のことだったが、アップしたあとに、ぐうぜんにも『盛岡の喫茶店』をいただいた。送ってくれたのは、木村衣有子さん。木村さんの、写真と文による新著(共著)なのだ。しかも、木村さんは、おれも入ったことがある、「喫茶 carta」のことも書いている。

「まちの編集室」から発行になったばかりの本だが、「まちの編集室」は、『てくり』というまち雑誌を発行している。たしか季刊だと思うが、以前、簡単に紹介した。

『てくり』には広告がない。「てくりの会」の会員と販売で生きている。しかも、ペラペラの情報誌ではなく、毎号、デザインも内容も、一度手にしたら捨てられなくなる愛蔵本のようなつくりなのだ。

『てくり』のクオリティについては、いつか書きたい。

とりあえず、この一冊。手に持ったときから、静かな喫茶店に腰を下ろし、コーヒーを飲みながらくつろいだ気分になれる。『盛岡の喫茶店』は、写真集と言いたい、のも無理はない。木村さんと、もう1人の著者は、写真家の奥山淳志さん。表紙を開くと、扉に、こんな文章がある。


何十年も続く個性豊かな喫茶店が
そこかしこにあるからだろうか。

「ス○バが潰れる街」

盛岡はそんな異名を持っているとかいないとか。

パン屋が多いのも、コーヒーを飲む文化が
古くから根付いているからなのかもしれない。

(以下略)


東北―岩手―盛岡というと、小沢とわんこそばをイメージするかも知れないアンタ、これが、盛岡のふだんの顔なのだ。店も店のひとも、じつに個性的で、そこをまた著者の2人が、うまくとらえている。木村さんが書いたのでは、「機屋」がよかった。機屋の主人は、「興味ない」と幾度も言う。そこで木村さんは問う…。ま、読んでください、味のある会話。

ってことで、もっと書きたいのだが、ただいま午前1時過ぎの、あまり酔ってない深夜便で、けっこう眠い。
あとは、続きは寝ておきてから。でも、寝ておきた4日5日は、けっこう忙しいから、どうなるか。

こちら、てくりのサイトを、まずはごらんあれ。
http://www.tekuri.net/

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2010/05/03

ソノシート「東北民謡の旅」と駅弁にコーフンする。

010連休に、わざわざ混みあう都心へ行ってカネをつかうなんて、じつにバカバカしいことだと思う。が、それは比較的都心に近いところに住んでいるものが思うことかも知れない。連休でもなければ、東京を楽しむことができない人も少なからずいるだろう。でも、それほど、貴重な連休をつかって行くほど、東京は「価値」あるところだろうかと思わなくもない。と、「価値」のモンダイに踏み込むと、ややこしくなるからよそう。

きょうもだが、きのうは天気がよかったので、足慣らしに近所を散歩した。すぐ近くの東大宮操車場を眺める位置から歩き始めた。ときどき見かけるのだが、「鉄ちゃん」がいた。「鉄道マニア」といわれる彼らは、とくに「おたく」な風貌の彼らは、すぐわかる。かつて「おたく」という言葉と概念を創造した中森明夫さんが指摘した当時の姿と、根本的な変化はない。そして、とりわけ「おたく」的な彼らは、ひとりで歩いている。

見方によっては、彼らは、都心に集まる群衆に群れず、ひとり自らの価値観によって行動しているようにも見える。ともあれ、このあたりには、鉄ちゃんたちがよろこぶビューポイントがあるのであり、その景色の魅力は、鉄ちゃんでなくても、なんとなく感じることはできる。それは、ある種の胸騒ぎコーフンである。もちろん、鉄ちゃんたちのコーフンとはちがうだろうとは思うが。

たとえば、線路端を歩いていて、電車が通ると、思わずカメラを向け、シャッターを押してしまう。なぜだろう?

と、書いていると長くなるので省略。当面の作業でたまっていた資料を片付けたり捨てたりしつつ、新たな当面の作業のための資料をさがしていると、おもしろい資料が出てきた。

Ekiben_tohoku_01

「ビクターミュージック ブック」の『東北民謡の旅』という「本」だ。本であるが、あいだにソノシートを何枚かたばねたもの。「全曲振付つき」とあるように、東北地方の有名な民謡のソノシートに、歌詞と踊りの振付がついている。そして、これは、旅の案内でもある。いやあ、おどろく発見がつぎつぎ。

Ekiben_tohoku_02ソノシートが4枚ついて、380円。発行年月日がないのだが、このあと引用する文中に「三十九年より、寝台特急「はくつる」が本線を走るようになって」とあるから、これにあわせた発行かと思われ、おそらく昭和40年ごろのことだろう。

おどろいた一つは、表紙を開いた最初が、「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」で始まる、芭蕉の「奥の細道」からの引用なのだ。そして「東北への旅だち」という見出しの文章は、「東北地方を旅する人にとって、いつも心に留まるもの、それは俳人芭蕉の紀行文「奥の細道」だ。」と断定的に始まる。

食に関してもそうだが、日本の文学は、ある種の偏った観念と権威をもたらしている。そもそも、旅を語るのに、いきなり文学からの引用である。これを、こんにちでも、あまりイジョーとも思わない傾向があるのではないだろうか。

ま、その偏った文学的観念の「中央組織」に、多くがからめとられているというか。その影響が、こんにちのような「活字離れ」「本離れ」の時代より大きかった、この時代には、より鮮明であるようだ。

きょうは、そのことではなく、この本に掲載の「東北沿線の駅弁」を、これは資料価値も高いと思われるので、ここに掲載する。こんな資料価値の高いものを、めんどうして読み込んでテキスト化し、タダで掲載しちゃうのだ。でも、たいがいの資料がそうであるように、興味のない人にとっては、クズにすぎない。

いちばん上の画像は、きのうの散歩のとき思わず撮影しちゃった、宇都宮線という東北本線の列車だ。いったい「東北」とは、その呼び名からして、なんなのだろう。では、なぜ、神奈川など、東京の「南西」方面は「南西」と呼ばないのだろうか。東北に対する「ロマン」は、文学がもたらした東北に対する「偏見」と、表裏の関係であるようだ。

Ekiben_tohoku_04ソノシートについて。あてにならないウィキペディアには、「「ソノシート」は元々は朝日ソノラマの商標だったため、「フォノシート」や「シートレコード」と言い換えられる場合がある」とある。

「日本での初めてのソノシート付き雑誌は、1959年11月に発売された『歌う雑誌KODAMA』(コダマプレス刊)である。同年12月には、朝日ソノプレス社(後の朝日ソノラマ)が、ニュース記事を含むさまざまなトピックにニュースの現場やオリジナルの録音テープ、音楽などをソノシートとして収録し、「音の出る雑誌」という触れ込みで『月刊朝日ソノラマ』という雑誌を発行」ともある。いまでは、CDやDVDと「融合」した雑誌もあるが、ソノシート付き雑誌は、デジタル電子ではないが、ひとつの「活字離れ」「本離れ」のハシリと見ることができるようだ。こんにちの、「電子書籍」の大騒ぎは、かつてのこういう騒ぎの盛衰を、なにか教訓にしているのだろうか。

そうそう、付け加えるなら、これをおれにくれたのは、レコードコレクターの男で、あさって東大宮まで遊びに来るのだった。

そうそう、このブログを見て、きのう東大宮に遊びに来たというやつもいる。あんたたち、もの好きだねえ。でも、いいことだよ、都心を離れて、こののんびりした凡庸な土地あたりをうろうろしてみるのも。それにしても、来たなら声をかけてくれればよいものを。ここに忙しそうなことを書いていても、時間なんてなんとでもなるもの。なんとでもならんのは、カネとナントカ、ですね。

では、「東北沿線の駅弁」から。ほんと、テキスト化には手間がかかりました。これは、いろいろな「読み方」ができる資料だと思う。

 東北への起点、上野を出た列車は、発車数分にして日暮里で二手に分れ、海岸線の常磐廻り、片や東北本線経由となるが、仙台に入る少し手前の岩沼で両者は合流し、東北線一本となって一路青森へとひた走る。
 東北線が、日本鉄道会社の手で青森まで全通して以来、宇都宮、福島を通る本線がメイン・コースだったが、海岸線の方が平坦なため、常磐線は早くから、平(たいら)まで復線化され、そのため特急「はつかり」を始め、青森行急行のほとんどが常磐線を廻ったので、青森行は常磐線が本線と思われがちだが、三十九年より、寝台特急「はくつる」が本線を走るようになって、かろうじて本線の面目を保った。
 しかし、おもしろいことに駅弁の世界から見ると、本線は昔からレッキとした正統派の本線で、あれほど優等列車の驀進していた常磐線にこれといった駅弁駅がついに出現せず、むしろ裏街道といえる奥の細道本線に、いろいろな優れた駅弁が育ってきた。これは、あるいは、明治十八年、上野ー宇都宮間に初めて東北へのレールを敷いたとき、わが国最初の駅弁が、宇都宮に誕生したというから、本線側に駅弁だけは負けてはならじの駅弁屋の意地があったのかもしれない。
 さて、では駅弁の銀座、新宿といえるのは、駅弁の売子のアクセントが尻上りに聞え始める栃木県の小山駅から、わが国駅弁の発祥地といわれる宇都宮をはじめ黒磯、白河、郡山にかけてである。とくに黒磯は、ここで交流・直流電流を異にする関係上、すべての列車がゆっくり停車するから、ホームに下りて、のんびりと駅弁あさりを楽しむことができる。
 次に、仙台からさきが、これまた銀座、池袋に劣らぬ駅弁通りだ。小牛田、一ノ関、盛岡、青森と、止る駅、止る駅、そのいずれにも、これはというものが現われて、応接にいとまがない。うっかりしていると、座席のまわりが駅弁だらけになってしまうか、財布の中がカラッポになるか、それともオナカをこわすか、といったにぎやがさである。

駅弁総らん

東北沿線

上 野=すし100 幕の内150 鯵の押ずし100
赤 羽=すし100
大 宮=すし100 鳥めし100 盆栽ずし100 うなぎめ150 武蔵野弁当150
小 山=すし100 鳥めし100 うなぎ丼200 三色ずし100 三色弁当150 幕の内150
下 館=すし100 幕の内100
宇都宮=すし100 ぜんまい弁当150 茶きんずし100 とりめし150 ひさご弁当150 茶めし弁当150 幕の内150
黒 磯=すし100 那須野寿司130 おはぎ弁当100 赤飯弁当120 うなぎめし200 おにぎりランチ100 九尾ずし150 九尾釜めし150 幕の内150
白 河=すし100 串カツ弁当100 鳥めし100 関のすし100 鱒ずし130 幕の内150
郡 山=いなりずし150 すし100 磐梯のちらしずし100 カツライス弁当150 山菜ちらしずし150 うなぎ丼200 幕の内100・150
会津若松=山菜巻ずし100 栗めし100 会津弁当150 幕の内100 
日出谷=鳥めし100
福 島=すし100 幕の内100・150
白 石=すし100 釜めし150 幕の内100・150
仙 台=すし100 ちらしずし100 うなぎめし200 栗めし150 松たけめし200 竹駒ずし100 かにずし150 釜めし150 幕の内100・150
作 並=すし100 幕の内100・150
小牛田=いなりずし50 すし100 五目めし150 洋食弁当150 うなぎめし200 幕の内100・150
一ノ関=すし100 鮎ずし150(七―九月)きのこめし150(十―六月)うなぎめし150 幕の内150
北 上=すし100 うなぎめし150 幕の内150
花 巻=すし100 とりめし150 幕の内150
盛 岡=すし100 釜めし150 鳥めし150 うなぎ弁当150 幕の内150
一 戸=ちらしずし100 トンカツ弁当150 幕の内150
尻 内=すし100 小唄ずし200(十―三月)幕の内150
野辺地=すし100 鳥めし150 幕の内150
青 森=すし100 帆立釜めし150 うなぎ弁当200 幕の内150
気仙沼=すし100 幕の内100
遠 野=すし100 幕の内150
釜 石=すし100 幕の内150
宮 古=幕の内150
十和田南=錦木おこわ100

  常磐沿線

我孫子=いなりずし50 幕の内100
土 浦=すし100 うなぎ丼200 幕の内150
友 部=すし100 幕の内100
水 戸=すし100 うなぎめし180 幕の内100・150
常陸大子=すし100 幕の内100
日 立=すし100 幕の内150
高 萩=すし100 幕の内100

  奥羽沿線

米 沢=すし100 牛肉弁当150 肉弁当(豚肉)150洋食弁当150 幕の内150
山 形=すし100 釜めし150 幕の内150
新 庄=すし100 幕の内150
院 内=すし100 幕の内150
横 手=すし100 幕の内150
 平 =すし100 幕の内150
小野新町=すし100
富 岡=すし100 幕の内100
原ノ町=すし100 ちらしずし100(八月を除く) とんかつ弁当100 さけめし弁当150(十月―四月) そば折づめ弁当70 幕の内150
大 曲=すし100 幕の内150
秋 田=すし100 トンカツ弁当150 幕の内150
東能代=すし100 シイタケめし150 幕の内150
大 館=すし100 鶏めし150 若鶏弁当200
弘 前=すし100 幕の内150
羽後本荘=すし100 幕の内150
酒 田=すし100 シューマイ弁当150 幕の内150
余 目=いなりずし80
鶴 岡=すし100 幕の内150
鼠ケ関=すし100 幕の内150
坂 町=すし100 幕の内150
新発田=すし100 幕の内150
小 国=すし100 幕の内150

 春の東北旅行で嬉しいのは、山菜料理のたべられること。雪深い土地だけに、雪の下から芽生えた、くさぐさの山菜は、春とともに生き生きとのびてくる。わらび・ぜんまいなら都会の人でも知っているが、根曲り竹の子山うど、山ふき、ぎぼうしゅ、あけびの若芽など、宿の人に聞かなければ分らないような種々の料理が出てくる。アクが強いが、いかにも山菜らしい香が高く、通人に喜ばれよう。
 わらび あく抜きをしておひたしや煮ものに。また塩漬、粕漬にして貯蔵する。
 あけび 新芽の油いため、干したものは茹でて味噌煮。
 ふ き あく抜きをして油でいため、煮つける。また、青々と茹であげたものをおひたしにする。
 た ら 新芽の天ぷらは柔かく、くせがなくておいしい。また茹でてゴマ和え、くるみ和えなども。
 のびる 茹でて酢味噌和えやおひたしに。味噌汁の実にもよく使われる。
 山うど 酢のもの、煮つけ。酒の肴には生のままで味噌をつけてたべると香りが高い。

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2010/05/02

歩いても歩いても行きつかず、じっと足をながめる。

004きのう、きょう、いろいろほったらかしにしておいた細かいことを片付けているが、のろのろぐずぐずとしか進まない。

足のほうは、ごく少数のみなさんに、ご心配いただきメールをいただいたりしたが、もうほとんど回復している。痛みの引けぐあいから、骨や筋は心配ないと思っていたが、腫れがいつまでも残っているから、もしかして内出血しているかと、しげしげわが足を観察すると、左くるぶしの外側に、それが認められた。おそらく毛細血管からの内出血だろうが、どうしてこんなところに???理解フノー。転ぶときに、左足こゆびのへんに体重がかかるようにねじれたような気はするが…。

ま、とにかく、しげしげとわが足をながめるなんて、めったにないことだと気がついた。ながめてみれば、両足とも、スネ毛の下半分が、正面から外側にかけて抜けてツルンハゲ状態。若いころの痕跡が、しみじみ思い出される。

003これは、高校の山岳部以来の登山とスキーの靴で、擦り切れたあとなのだが、一時、そのように激しく挑んでいたってことだ。最終的に、この状態が続くようになったのは、20歳代後半だったと思う。それまでは徐々にハゲが拡大していたのだが、あれは何年のことだったか、一週間のスキー合宿で、まさに血がにじむようなトレーニングだった。広範囲に皮がむけ毛が抜け血がにじみ、ヒリヒリ痛み、ハゲ状態になってしまった。そして回復する間もなく続けてスキーへ山へとやっていたら、二度と元通りにはならなかった。あのころは、眼がなかったら、顔の裏表がわからないといわれたほど、一年中真っ黒な日焼けがさめることもなかった。

さてそれで、何を得たのか。ま、何か得たのだろう。このようなことがなかったら、ふさふさのスネ毛のおれは、いまどうしているのだろう。なーんて考えても、しようがないことだ。

ことし67歳になる男の足の画像をブログに載せているおれが、いまここにいる。ただ~それだけ~。

前回のエントリー「どやさ!」に、藤本さんからコメントをいただき、おれは例によって、夜のヨツパライのまま返事を書いたのだが、今朝読み返してみると、なかなかよい会話である。こういう会話ができる関係というのは、なかなか得がたく、うれしい。

コメントに出てくる津村正二さんには、『みんなの大衆めし』のデザインをしていただいているが、『ミーツ・リージョナル』の表紙などを手がける中心的なデザイナーさんなのだ。大阪在住のこの方に、『みんなの大衆めし』のデザインを、どうしてもお願いしたいと、ねばって実現にこぎつけたのは、制作チーム編集担当の佐々木さんだ。彼女の一念以外のなにものでもない。

この間のミーツを見ていると、なにかを模索しているように思われた。そして、さわりだけ何度か書いているように、『みんなの大衆めし』のワレワレも、なにかを模索していた。それが、津村さんを結節点に交差しているような印象を、おれは持ったのだな。

それは、たぶん、ある種の「方向性」なのだ。そして、その方向性の可能性に、なにかしら胸がときめくような手ごたえを感じている。ある種の突き抜け感、つまり、パンク。そういう印象なのだ。

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