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2010/07/27

26日、「女子美に集まって、四月と十月の話しをします」。

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女子美の相模原キャンパスに朝9時半集合だったので、前夜泊まった下北沢のサウナ「ミナミ」を出て相模大野へ。『四月と十月』牧野伊三夫編集長から声がかかって、夏季集中講義「女子美に集まって、四月と十月の話しをします」に、出席。午前2時間半、実質3時間以上? 午後4時間ぐらい講義、そのあと中庭での懇親会、そのあと相模大野駅近くの飲み屋で「反省会」と、長丁場をこなしているうちに帰れなくなる。落雷で電車も遅れ、またもや下北沢のサウナに泊まることにする。

たくさんの方にお世話になりました。ありがとうございました。

くわしくは、のちほど。→以下、28日に追記。

サウナに泊まったので、朝起きて風呂に入り、ヒゲもそることができた。二日酔い気味ではあったが、気分は悪くなくスッキリな感じだった。一緒に泊まった野暮連のシノさんタノさんとサウナを出て、7時半ごろ下北沢駅。彼らは新宿方面、おれは下りの急行で相模大野へ。

9時半集合には、かなり余裕があるので、キャンパスに早く着いたら、どこかで寝てようというつもりだった。ところが、相模大野に着いたら、腹がすいてたまらん。立ち食いそばを探すがない不毛の地。駅前のコンビニでにぎりめしとお茶を買い、バス停の木陰のベンチで食べる。

腹ごしらえができバスに乗るべく、付近の案内図を見て、グリーンホール前バス停へ向かう。駅から、けっこう歩いて着いたバス停だが、行き先が相模大野駅だ。停留所一つ歩いたらしい、これではもどることになる。ならば近くに女子美行きの停留所があるはずと、道路の反対側をもっと先に向かって歩く。気温はグングン上がって暑い。停留所はない。総務省のナンタラ施設があって守衛がいたので聞くと、そのバス停は、駅前の伊勢丹のすぐ隣だという。また駅近くまでもどらなくてはならないのだ。

余裕だった時間がなくなり、急いで汗流しながらもどる。ちょうど出るところだった女子美行きバスに乗り、座る。ウトウトしてハッと目が覚めた。運転席上の次の停留所と料金の案内に、つぎは「じょしだい前」とある。たしか終点のはずだが、もう着いたのかと思っているうち、じょしだい前は通過しちゃったので、あわてて停車ボタンを押し、つぎの停留所で降り、もどってみたら、そこは相模女子大で、まったくちがう。ならば、「じょしだい前」のバス停で、乗り直せばよいものを、また先ほど降りた一つ先の停留所までトボトボ急いで歩いた。

やはり二日酔いだったのか、動いて酔いがぶりかえしたのか、朝からおかしなことをやり、やっと乗った目的地までのバス。前々夜、神保町の路地と人で一緒に飲んだ言水ヘリオさんがいた。言水さんは以前に一度このバスを利用したことがあるそうで、とにかく女子美までは、けっこう時間がかかる。なかなか着かない。こんなにバスに乗るんでは通学の意志がくじけちゃいますね、自分なら学校へ行かなくなってしまう、などと話し合う。

バスは20数分はかかっただろうか。もう9時半の集合時間を少しすぎていた。指定されていた、4号館の研究室へ。すでにみなさん揃っていて、川原真由美さんから、牧野さんたちと一緒のバスで来る途中で、おれが歩いているのを見つけた牧野さんがエンテツさんは女子美まで歩くつもりなのかと言っていたと聞く。いやあ、とても歩ける距離じゃありません。

正しくは、ヴィジュアルデザイン夏季集中講義ということで、ヴィジュアルデザイン専攻の学生が対象。同専攻の講師で『四月と十月』同人の鈴木安一郎さんを中心に簡単な打ち合わせ。助手の方が、徹夜でいろいろ準備してくれていた。と、見たことのある顔が、立花文穂さんだ。それで知ったのだが、立花さんはヴィジュアルデザインの准教授なのだった。ってことで、立花さんは、打ち上げの飲み会が終わるまで、一緒だった。

女子大だが、大学院は男子もいるのだそうで、男子便所はどうなっているか、まず気になっていたのだが、便所がある位置には、女子より半分以下の広さのようだが、男子便所もあり安心した。

午前の部は224号教室で、2年生と4年生が対象。同人の青木隼人さんのギター演奏で始まる。鈴木さんの司会で、牧野さんが『四月と十月』の紹介。同人で『四月と十月』の表紙デザインを担当している内藤昇さんと本文デザインの青木さんと牧野さんの打ち合わせや制作風景をビデオで紹介。見たことがない現場なので、ふむふむ、美術作品のデザインは、とりわけ難しそう。

続いて、同人や寄稿者の仕事の内容を中心にした自己紹介になる。同人の久家靖秀さんは出席の予定だったが、はずせない撮影が入り、ビデオで参加。久家さんが撮影するところは古墳部の旅行で見たことがあるし、撮らせてといわれてモデルにされたこともあるが、4×5を使う仕事の場面やアトリエ作業は初めて見るので、興味津々だった。

寄稿者の有山達也さんは、午後の部は出席だが、午前はビデオ参加。鈴木さんがアートディレクターの仕事についてインタビュー。有山さんが、見たものを見たまま表現しても、そのものが伝わるわけではない、「うそ」をすることで見たものが伝わる、というような「うそをつく」効用の話をしたのがおもしろかった。有山さんとはアリヤマデザインストアの事務所で打ち合わせしたことがあるが、有山さんのデスクや作業の部屋は初めて見た。10年間アシスタントを務める女子が、スタッフを紹介し「有山磁力」について話す。なるほど~。毎日終電だけど、近頃は土日が休めるようになってよかった、という話が印象的。どんな好きな仕事も休まなくては疲れますね。

同人の松本将次さんは、出席だがビデオが用意された。松本さんは『四月と十月』を印刷する大洋印刷の営業担当取締役なのだ。なので、印刷の現場を案内しながら、デザインや絵と印刷の関係を話した。ビデオ冒頭、大きな声で「営業の松本です」と始まる編集が、会場の笑いを誘った。松本さんは、あとのトークでも、マイクをにぎると状況に関係なく、熱く話す。それが無神経な押しの強さとうつらないで、笑いを誘う。純心オヤジ愛嬌のある方だ。

スソアキコさんは、『四月と十月』の前号のあと同人をやめたが、四月と十月山脈にあるし、またスソ山脈に四月と十月もあるという関係ではないかと思う。そのスソさんは、午前中は欠席でビデオ参加だった。思えば、スソさんとは、これまでの人生やら生活やら古墳やら縄文やらについては話し、トランプやカラオケに興じたりはしていたが、仕事についてはあまり話したことがない。このあいだの麦わら帽子の作品展で、初めて、帽子の作り方を聞いたという調子である。なので、アトリエで自分の仕事についてインタビューにこたえるスソさんは新鮮であり、じつにかっこよかった。いまさらながらだが、自分の仕事や責任について、しっかり考えているひとなのだと噛みしめた。

ビデオは、いずれも、専攻の助手のみなさんが中心に制作したものらしいが、すばらしい出来だった。なんてのかな、「人間と仕事のドキュメント」という感じに、うまくまとまっていた。

同人の川原真由美さん、発行になったばかりの『四月と十月』の最新号に同人参加の挨拶があるミロコマチコさん、そして鈴木安一郎さん。寄稿者の、言水ヘリオさん、鈴木伸子さん、そしておれは、スライドで自分の仕事を紹介した。

鈴木さんは、この春お会いしたときは、副編集長を勤めていた『東京人』4月号の撮影だったが、そのあと同誌を発行する都市出版を辞めた。都市出版が請け負っていた、外務省の出版物が「仕分け」にあって廃刊になったことは、記憶に新しい。鈴木さんは、その出版物ではなく、長年関わってきた『東京人』の編集だったのだが、とにかく当面フリーになったのだ。その新しい門出の本といえるか、河出書房新社から『大人の東京散歩』が出版になった。9月には『鉄道沿線をゆく大人の東京散歩』が発刊になる。写真も鈴木さんが撮影、そのスライドで、自分はどんな考えや視点で東京を見ているか語った。鈴木さんは東京生まれで、生まれ育った故郷・東京の、まだまだ知らない風景を追う視線があるようだ。大いに活躍してほしいと思った。

午前だけ、スペシャルゲストの方がいた。「超大物」というと、政治業界くさい言い方になるが。これはもう「牧野磁力」というか、葛西薫さんが、短い時間の滞在なのに、わざわざ来てくださった。サントリー烏龍茶のCMや最新のポスターを見ながら、葛西さんと牧野さんが話す。

自己紹介のあとは、「四月と十月」の魅力や自分と「四月と十月」の存在などを話す座談会、学生が制作したポスターの講評があり、午前の部は、大幅に時間が超過して終わった。終わる前、午後出席のスソさんが、学生席のほうに座った。おれが気がつくと「学食を食べたくて」といった。愉快なひと。

昼食は学食で食べるのだが、午後は14時開始であり、30分ぐらいしか時間が残っていなかった。カフェテリア式の食堂で、おれはカレーライスを選ぶ。トレーを持って並ぶと、前の、学生と思っていた女子が声をかけてくる。なんと『雲のうえ』の編集委員でもある、つるやももこさんだ。午前の講義を聴いていたし、午後も聴くのだと。つるやさんは、女子美のOBだったのだ。えーと、有山さんも到着。ほかに、ヤマゲンさんなど、なんだか「牧野磁力」だろうか、いろいろな方が来ていた。

午後の部は、1312教室で、1年生と3年生を対象に、午前と同じように進行。有山さんとスソさんが加わり、スソさんのビデオは午前とちがう作品展覧会紹介が中心になった。さらに、野村辰寿さんが、多摩美卒業制作のアニメーションビデオを持って出席。野村さんは、牧野さんに、その後の野村さんのアニメには、これを超えるものがないといわれると紹介したが、うーん、そうか。

この教室は、あとに授業があるので時間超過はできないと時間通りに進めるが、けっきょくポスター講評は別の教室でやることになった。なかなかおもしろかったが、詳しくは省略。

18時から、中庭で、学生が準備した懇親会「鉄板の会」となった。生ビールサーバーまで用意されて、やきそばにお好み焼、飲み放題食べ放題。やきそばもお好み焼も上手に作られていた。いまどきの女子大生と話す機会は、ほとんどないのだが、ま、話しを合わせてくれるのだろう、楽しくいろいろな人たちと話をしながら飲み食い。牧野さんは、ここでも、お得意の、角ハイづくりをやっていた。北九州出身の学生が声をかけてくれた。2年生の学生が、3年生になると夏休みは就活になるから、この夏休みは大学生活最後の夏休みといっていたのが印象的。途中から激しい雷雨となり、建物下に避けながら20時まで。

20時20分発の相模大野行きバスが最終なので、みなこれに乗る。相模大野駅近くの居酒屋で「反省会」という打ち上げ。あとから片付けの済んだ学生も加わり、いやあ、とにかくにぎやかで元気のよい打ち上げだった。前夜は下北沢のサウナ泊まりだったし、東大宮のうちまでは遠いし早く退散しようと思ってはいたが、途中で、また下北沢のサウナに泊まることに腹を決め、大いに飲む。

ちょうど、有山さんと立花さんが、それぞれテーブルの端に座った関係で、そばに焼酎と水やウーロン茶のセットが置かれた。なので、有山さんと立花さんが水割りやウーロン割をつくるのである。牧野さんは、立花さんにこんなことをしてもらうことなんてありえない、などとよろこびながら写真に撮る。おれも、「有山割り」と「立花割り」を楽しんだ。

23時過ぎ、店も閉店時間となり、駅へ行くと、雷雨の関係で電車が大幅遅れ。なんだか、スソさんと川原さんに、カラオケ行こうよ~と誘ったような記憶もあるのだが。とにかく下北沢に。電車のなかでは、隣に座ったミロコさんと話していたが、ずいぶんおもしろいひとで、また飲みなおしたいと思った記憶がある。

下北沢駅ホームで、井の頭線に乗り換えるスソさんと川原さんと抱き合って別れ、腹が減ったのでラーメン屋に入り、チャーシューで生ビールのちラーメンを食べ、朝出てきたサウナのミナミにもどり、風呂に入って寝た。

ああ、長々と書いたが、まだ書きたいことがタップリある一日だった。このように同人や寄稿者が一同に会して、自分の仕事などを紹介したり「四月と十月」について話すことはなかったので、貴重な楽しい機会だった。四月と十月山脈は、それぞれ磁力のある人たちの山脈であり、しかも変化に富んだ造山活動を続けているからおもしろいのであると、あらためて思った。

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