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2010/07/21

日暮里、又一順。昭和のレヴューなこころ。

シャンデリア、シーリングファン、そして階段。

山の手線日暮里駅東口の風景は、大きく変った。駅前広場に向かって左側つまり北側にあった、おもちゃ駄菓子の問屋街は痕跡をとどめることなく姿を消し、白っぽい高層のビル街に変った。さらに広場の頭上には舎人ライナーの高架。空が狭くなった。

だけど広場の右半分は、あまり変っていない。5階建ぐらいの小さなビルが数個ならぶ。その一番右端は、この並びでは比較的有名な「行列ができる店」になった「馬賊」がある。その左隣が「又一順」、その2,3軒左隣が大衆食堂の「いづみや」だ。

以前は夜は薄暗い一角だったが、馬賊は、今風に全面ガラス、蛍光灯で真昼のような明るさ、中の客が丸見え、いづみやは以前とほとんど変らず薄暗い店先には古臭い飾り提灯がぶらさがっている。又一順は、エントランス上を改装したが、この店らしい、ネオンのような雰囲気をあしらったモダンな感じを残している。

19日、又一順にひさしぶりに入った。この店は入ったとき、蛍光灯になれた、いまどきのひとの目には薄暗く感じるだろうが、おれのようなタングステン照明で育ったジジイには、すごく落ち着く照明である。

又一順には何度か入っているが、2階が多かった。今回は1階の座った位置の関係か、ひょいと横を見るとシャンデリアがあり、天井のシーリングファンが視界に入った。シャンデリアの向こうの階段と、その手すりの装飾を背景にした景色が、すごく郷愁を誘った。

ここの味は、この灯りのように丸みをおびやさしくあたたかい。と、考えたとき、馬賊の目を射るような蛍光灯の明るさと味を思い出し、もしかすると照明と味覚は関係するかも知れないと思った。落ち着いた明るさのなかで食べる味と、客の回転率を上げるような刺激の強い落ち着かない明るさのなかでは、味覚も変るのではないか。

又一順は、中国読み風の正しい呼び方があるらしいが、覚えられず、覚える気もなく、「またいちじゅん」と呼んでいる。経営者と思われるひとを見かけたことがあるが、中国人であり、働いているひとも、ほんとんど中国人であり、客も中国人が多い。

このあたりは昔から中国人が多い。ここの中国人客は、日本に長く住んでいる家族連れが多い印象だ。この店のように、渋い、オールドな感じがする。やはり中国人が多いまち、池袋の平和通り、そこにある「永利」は日本とは思われない中国語が圧倒する空間だが、まだ日本に長くないらしい若い中国人の客が多い。日本のなかの中国人世界も、新旧があるのだろう。

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コメント

おっけいさん。

日暮里駅前の呑兵衛、ありましたね。そのそばに「まねき」という大衆食堂があって、ラーメン屋のような中華屋もありましたね。

いまの日暮里の奇観をみるにつけ、これからの東京の景色は、「東」だの「西」だのではなく、高層や超高層と、その周辺の猥雑なまちの、あやしい同居関係が、おもしろくなりそうな気がしています。都市計画屋がどうがんばったところで、ぜんぶを高層に清浄化できませんからね。「半分空」な景色が、その下におやしい猥雑なまちが、パッチワークのように残るのではないかと。

メール待っています。来週中ごろまで都合悪し。

投稿: エンテツ | 2010/08/11 18:14

いづみや、いいですよねえ。あの店のおばーちゃんが独特の化粧で。

日暮里。ちょっと前までは東口はまるで整理されていなくって、そうそう、階段を下ってすぐ左には呑兵衛かなんかあってよく友達とそこで呑んでました。

右半分。出来ればこのまま、せめて空は広いままであって欲しいです。そろそろまたメールしまーす!

投稿: おけい | 2010/08/11 16:44

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