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2010/08/26

小鹿野町の〔つつっこ〕。

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お盆のときもらってきた〔つつっこ〕を食べた。梅干としょうがの酢漬けと食べたが、いつものように、うまかった。つつっこのことは、03年7月10日、ザ大衆食のサイトに詳しく書いている。…クリック地獄

それぞれの家によって作り方は少しずつ違うようだが、これは、モチゴメとキビとアズキを栃の葉で包んで茹でる。この味覚のコンビネーションがよい。

いちおう、雑穀料理の範疇に入れてよいだろう。さらには、そのザ大衆食の記事にも「郷土料理」として紹介しているように、一般的には、そういうものである。

おれとしては「郷土料理」という表現は、あまり使いたくない。「郷土」という言葉は、歴史的に、中央コンプレックスと外国コンプレックスが含まれて使われてきたとおもうからだ。本来は、「○○地方の料理」である。つつっこは、埼玉県の秩父地方の料理というのが、いまのところいちばん正確のようにおもう。それならば、「東京地方の料理」も存在するし、「東アジア地方の料理」も存在する。あるいは、いま書いていて気がついたが、「地方」は「地域」でもよいかも知れない。と、迷いながら「郷土料理」という言葉を使っている。

最近の雑穀ブームがいつごろから始ったか把握しにくいが、ザ大衆食につつっこを初めて紹介した、03年7月ごろは、まだそんなにハッキリしたものではなかったとおもう。

きょねんの4月1日発行の月刊誌『Tasc Monthly(タスクマンスリー)』4月号(TASC 財団法人たばこ総合研究センター)に、おれは「雑穀ブームの居場所」を寄稿している。とにかく、そのころがブームの頂点だった。

この文章を、さきほど読み返したが、雑穀ブームを俯瞰しながら、「主食」や嗜好の動向を視野に入れて、なかなかよくまとまっている。と、自画自賛したくなるできばえだ。当時より雑穀がそれほど騒がれなくなった、現在のほうが、説得力があるというか示唆に富んでいる。おれは先見性が、ありすぎるのかな?ナンチャッテ。

長文なので、全部を紹介できないのは残念だ。といっても、そんなに読みたいひとはいないだろうけど。この文章は最後にどうまとめられているかというと、こんなぐあい。以下引用……

 雑穀ブームはどうなるかわからない。「白米原理主義」の優位は変らないだろうけど、かつてほどの求心力はない。もともと生活の実態としては、白めしは、パンや、蕎麦やうどんなど麺類と共存関係にあり、それほど強固なものではなかった。そこに雑穀の居場所が続く可能性は大きい。白米も唯我独尊じゃなく、共存を追求すべきだろう。
 注目したいのは底流だ。「身体」や「いのち」に目覚める人びと、雑穀や焼酎のように少々クセのある味覚に親しむ人たち。さらに増え続けるような気がする。その精神や嗜好が、何を選択するか。たぶん、本当の多様化は、これからなのだ。
 ブームのついでに、雑穀と汁かけめしの歴史に興味が持たれ、「米食憧れ」に偏向した歴史が見直されることになったら、うれしい。あまり期待してないが。

……引用おわり。

「本当の多様化は、これからなのだ」ってとこが、ヘソなのだが、この引用部分だけじゃ、伝わらないな。ま、いっか。

おれは、新潟の米どころの生まれ育ちで、一日一度は米のめしをくわないと腹が落ち着かない。だけど、米食の歴史は、とくに戦後、かなり偏向しているとおもっている。稲作は、あまりにも「政治的」すぎて、生活の実態と矛盾が激しくなっている。つまりは、生活の実態に即した、正常な食糧政策を逸脱している。そもそも、まっとうな食糧政策としての稲作なんぞは、存在しなかったにひとしい。だから、いまごろになって、稲作を、食糧のためではなく、「日本の原風景」として守らなくてはならないような議論にまでなっているのだ。かつての「五穀豊穣」の精神は、何処へ行ったのだろう。と、話しを広げるのは、やめておこう。とにかく、稲作に偏向してきた政策は、いろいろ無理が生じている。

このつつっこに使われているキビは、安い輸入物を使うとマズイのだそうで、高い国産を買って使っている。だから、かつては、地域や自家の産物だけで作っていたものだが、いまでは高価なものになった。

雑穀の国内生産は、たかだか1000トンぐらいのものだ。たしか、国内流通量の80~90%は、輸入品。この輸入品を、飼料用にしてしまうと付加価値がつかないから、食品としての付加価値をつけたい。といった思惑が、某大手商社などにあり、そこらあたりが雑穀ブームの火付け役だったような気配も感じられる。

下の画像は、わかりにくいが、つつっこを包む葉がなる栃の木だ。家の前の川の畑にあった。まだ木が小さく葉も小さいので使えない。栃の木といえば、トチの実を使ったトチ餅は、ここ10数年のあいだに急激に姿を消しているんではないかとおもう。縄文期から食べられてきた、長い歴史を有するトチの実だが。

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