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2010/10/28

寒々しい気分で、「ロードサイド文化」「まちづくり」とか。

寒いねえ。身も心も、寒い。あったかい酒を呑んでも、心までは温めてはくれない。さみしく心残りなことには、さっさとオサラバして気分を切り換え、あったかい酒を呑みなおせば、しだいに心もあったまるだろう。いいことを追いかけていても、しかたないのさ、もうトシだもの。これからは、うしろを向いて生きていこう。ひとの心も、季節も、まちも、みな変る。

ちかごろ、「抒情的」文章というのを書いてみたいと思っているのだが、どうもうまく書けないなあ。

こんにちのサムイ文化を象徴するような、「ロードサイド文化」とかいうものなんぞを調べていたら、検索でヒットしたなかに、五十嵐泰正さんのブログ「・・・・・まだまだこんな風に生きてみた」のエントリーがあった。五十嵐さんは、まだ筑波大に「就職」する前だね。

August 04, 2004
ここは「どこ」だろう?

その一部。

「それより、僕らはそろそろ、南彦根の8号線沿いのような「名前のない郊外」に名前をつけていくという方向性を、真剣に考えなければならないのじゃないだろうか?
生活空間が、どこでもない取替え可能な風景に包囲されるのを嘆くだけでなく、それが必然であるのならば、少なくとも自分の主観にとってだけは、どこでもない場所ではないような何かを充填し、読み替えてゆくこと。それが、言葉の真の意味で「住まう」ということなのだろうと思う。」

そして、こうあった。

「※コレはずいぶん前に書いた記事ですが、最近遠藤哲夫さん(この方との愉快な邂逅については、またエントリをあらためて触れようと思っているが)が書いた記事に、とても似たような問題意識があるように思えたので、今更ながらにトラバさせていただきます(2005.4.3)」

アレッと思って、リンクをたどったら、おれのブログのこのエントリーだった。

2005/04/03「観光」で東京はナントカなるのか?

そうそう、これ、大事なことだ。しかし、書いちゃうと、すぐ忘れちゃう。

ようするに、「まちづくり」とかいうけど、「まちづくり」というと、すぐ建物や道路や公園や観光や交流…あるいはイベントといったことになるけど、もっと大事なことがある。

その場所で、ほかでもない自分は、どういう暮らしの物語をつくりたいかということがないと、ダメなんだということ。そうでないと、サムイ話になってしまうのだ。

それは、五十嵐さんが書いている「少なくとも自分の主観にとってだけは、どこでもない場所ではないような何かを充填し、読み替えてゆくこと。それが、言葉の真の意味で「住まう」ということなのだろうと思う。」に通じる。

このあいだ書いた、盛岡の桜山問題は、あれこれ議論になっているようだ。さっそく署名に協力いただいた方、ありがとうございました。

ネットで見るかぎりでは、そこでも、その場所に、あるいは盛岡に、どういう暮らしの物語をつくりたいかの考えはないままの意見が、けっこうある。よくありますね、さもさも理論正しく公平な根拠ありげに、相手の欠点や言葉尻をとらえる、あれである。

そもそも、「まち」とか「都市」とかいうが、これは人間がつくるもので、あるいはつくってきたもので、じつに不合理と不条理をはらんだ、人間とおなじ生きものなのだ。だから、やはり人間がつくったものであるがゆえに不完全な法律のアレコレを持ち出し検討したところで、「正しい結論」など出ない。

みな現実的にやってきて、不合理と不条理を抱えたなかで、たぶんそれぞれ最善をめざしながらも、もろもろの関係で、べつの不合理と不条理を抱えた新しいまちをつくってきたのだ。

各地の「国史跡」にしても、そうだ。それはもう、そうたくさん見てきたわけではないが、じつに現実的な「史跡」の姿である。東京の、「常盤橋門跡」など、よい例だろう。ここはかつての江戸城の正面にあたる。そういう意味では、盛岡城に対する桜山と同等の位置かもしれないが、とにかく有名な「日本橋」より史的価値が高いのではないかと思われるが、関心があるかたは、ネットで検索し、その変遷と現在を見て欲しい。なにも、この景観もへったくれもない姿をヨシとするわけじゃないが、この周辺の高速道は無くしても、ほかのビルまで潰して、ここをかつてのように復元することは、ありえないだろう。

ようするに法律が絶対ということはなく、生きる営みが、いつも現実的に行われてきたということである。

それから、横丁や路地の存続のことになると、とかく「防火防災」のことが問題になる。アブナイから潰せという、これにキタナイから潰せが加わる、乱暴な意見だ。近年、おれも取材したことがあるが、「横丁や路地からのまちづくり」の研究がすすんでいるし、火事で焼けた法善寺横丁の再建のように、横丁や路地を残しながら「防火防災」を整える方法だって工夫されてきた。そういう事例は、けっこうあるのだが。そもそも、東京の住みたいまちで、なぜかいつもトップの人気の吉祥寺にして、あの駅前正面に闇市時代のままのハモニカ横丁、これがあっての吉祥寺である。これについてはイノケンさんの研究労作があるね。そうそう、高円寺なんぞは、横丁と路地で成り立っているようなまちじゃないか。

ようするに、法律だのハードの対策などは、自分たちがどういう暮らしの物語を残したいかによるのだな。

おれには、もうサムイさみしい明日しかないが、どうか日本のみなさん、寒々とした明日ではなく、あたたかい明日を迎えられるような暮らしの物語を、期待します。

まったく抒情になっていない。
やはり、日頃から、もっと抒情的な人間でなければ、そういう文章は書けないのだな。
抒情より、暖房がいつでも使えるよう、エアコンの掃除だ。

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