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2010/11/12

古い電話帳から、その2。大衆酒場の元祖。

2010/11/10「古い電話帳から、大衆食堂のむかしを探る。」の続き。この電話帳、1951年(昭和26年)3月30日発行の、日本初の職業別電話帳「東京都市職業別電話番号簿」だった。

そこから、きょうは、もったいつけて、ひとつだけ。

なんと、この広告、「大衆酒場の元祖」とあるのだ。かつて浦和にあった、大宮いづみやと同じ経営の「いづみや」には、「元祖居酒屋」という看板があったのだが。

この「三岩酒場」は、検索したが見つからない。住所は大田区入新井4丁目あたり。といっても、いまは「入新井」という地名はない。「入新井」のついた施設や公園があって、大森北4丁目あたりになるようだ。

はたして、大衆酒場の元祖「三岩酒場」は、どうなったのだろう。

Denwacyo_mitsuiwa1

ちなみに、2010/10/17「神保町な夜の痛飲泥酔やっとこさ帰宅。」に登場の、明治38年創業という「みますや」は、「元祖大衆酒場神田みますや」だ。
http://r.tabelog.com/tokyo/A1310/A131002/13000630/dtlrvwlst/1367481/

そうそう、おれはかつて、2006/05/01「「元祖」のススメ」で、「もし、売れる本を書くライターになりたい人気のサイトを作りたいという野心のある人がいたら、この「元祖」を名乗るものを食べ歩いてまとめたら、よいのではないかな」てなことを書いている。どうです、おもしろそうな企画でしょう。売れますよ。

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