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2010/11/13

古い電話帳から、その3。味覚の民主化。

Denwacyo_sanpei02

前のエントリーの続き。

三平食堂のことは、『大衆食堂の研究』に書いたし、この電話帳広告についてもふれている。

1951年1960年は、まだ「民主化」がショーバイになったのだろうか。いや、当時でも、「民主化」をショーバイにつなげた経営者は、そうはいないだろう。ましてや「味覚の民主化」とは、いやあ、エライ!

が、この電話帳の発行は3月のことだが、すでに、60年2月のことだが(電話の局番が3桁になっている)、すでに51年には、日本の支配者GHQ占領軍のマッカーサーは、「民主化」なんぞやめて、戦前の旧体制の推進者の公職追放を次々と解除し、日本の再軍備の必要を説いていた。そして、9月、日米安保条約調印。「民主化」の時代は、わずか数年でおわっていた。しかし、60年といえば、その安保条約をめぐって、改定反対闘争が盛り上がっていた最中ではある。

「味覚の民主化」を掲げた三平は、目先がきいていたのかきいていなかったのか。とにかく、おれが上京した62年、新宿東口のアチコチで、三平は繁盛していた。メニューは、和洋中をそろえたデパートの大食堂の廉価版といったところ。

おれが、たまーに利用したのは、東口の武蔵野館通り、三越裏のへんに2軒ほどあった店だった。『大衆食堂の研究』にも書いたが、三平は、ション横の「つるかめ」などに比べると、やや出費が多くなるので、あまり利用してない。おなじ東口の駅前にあった「じゅらく」なんぞは、上野のじゅらくにしてもそうだったが、三平より「高級」で非日常的な場所で、大衆食堂という認識はなかった。

この広告の三平の本社住所は、新宿区角筈1-1。角筈1丁目は、現在の新宿3丁目。おそらく、三平ストアがあるところだろう。この広告によれば、食堂は、東口周辺に5店のほか、西銀座5丁目、渋谷宇田川町、浅草、神田にも出店していたのだな。

おれが行っていた三平は、70年代前半ぐらいまでは、あったような気がするが、いつのまにかみな消えた。いまでは東口界隈で、居酒屋の三平酒寮を何軒かみかける。三平ストアの上あたりの別館の三平酒寮には、ときどき利用している。きょねんぐらいまでは、まだ饐えた新宿のニオイを残していたが、ことし行ったら改装され、ただのチェーン安居酒屋に近い感じになって、若者で込んでいた。

P603005006年の夏。古墳部の旅で諏訪へ行き、諏訪大社上社の本宮も訪ねた。近くの古墳を見学するため、その本宮から出ようと、大きな立派な石の鳥居をくぐるとき、鳥居の柱の裏側の文字が目にとまった。そこには、「東京都新宿区 株式会社 三平」「会長 小林平三 社長 小林莞侍」の名が刻まれていたのだ。古墳部の同行のひとたちも、ほかの参拝者たちも、みな気にしないで通り過ぎていた。

60年代70年代、新宿の飲み屋あたりで聞く、地元の有名人といえば、「名士」として紀伊國屋書店の創業者である田村 田辺茂一であり、そして「名士」とはチョイとニュアンスがちがって「立志伝中のひと」ということで、三平の創業者があがった。たしか、「甲府商人」の出と聞いていたのだが。ま、諏訪と甲府は近い。故郷に錦を飾った、ということになるか。

三平食堂で食べたものというと、大きいがかたいカツライスが記憶にあるぐらいで、忘れてしまった。

はなしはちがうが、この鳥居の前に並ぶ茶店で食べた、名物のトコロテンはうまかった。

この鳥居とトコロテンのことは以前に書いている。2006/08/29「諏訪大社新宿・三平鳥居前の茶屋トコロテングルメに襲われる」

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コメント

東大宮先住民さま、どうもありがとうございます。

わたしのような優れた物書きが間違いをおかすなんて、ありえない、と思っている方が多いのかも。

「弘法も筆の誤り」「猿も木から落ちる」いろいろ言われているのに。

なにしろイイカゲンな男ですので、これからも、よろしくお願い致します。

投稿: エンテツ | 2010/11/14 23:39

物書きがこんなミスをしても、誰も指摘していないので。

紀伊國屋書店の創業者である田村茂一→田辺茂一

もいっちゃんは、超有名人です。

投稿: 東大宮先住民 | 2010/11/14 23:00

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